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9.一点の曇り



 いつものように腰をケーブルで繋がれてデータを取得されながら、何度目かわからない大きなため息をついたとき、コンピュータの前に座ったリズが頬杖をつきながら呆れたように指摘した。


「あのね、シーナ。ロボットって無意識にため息ついたりしないのよ」

「だって、ため息しかでねーし。てか、どんな意識でため息つくんだよ」

「感情表現のためね」

「じゃあ、間違ってねーだろ」


 結局、令嬢を誘拐したロボットは、局に連れて帰ったときには記憶領域をきれいに消去されていたらしい。当然ながら、マスターの情報もなにひとつ取得できなかった。

 破壊しなくても、これじゃ前回より酷い気がする。

 備品が言っても説得力ないので、リズを通して一応要望は出した。

 なにしろこれまでロボット捜査員はいなかったので、ロボット法に例外が明記されていない。法の遵守に関する絶対命令に対して、例外を認めてもらうように要望したのだ。

 つまりロボット捜査員に限り、違法ロボットに対して、その内部プログラムやシステムに干渉する権限を認めるという例外。


 今回のように目の前で消えていく犯罪の証拠を、指をくわえて見ているしかないという悔しい状況を改善するためだ。

 オレだけじゃなく班長をはじめ、あの場にいた捜査員はみんな同じ思いをしただろう。


 要望は十中八九通るだろうとリズは言う。だが、この要望は「絶対命令」という国家レベルの統一規格と法律を変更することになるので、一朝一夕にどうにかなるものではないらしい。


 定例捜査会議で提示されたリズの要望は、二課長から捜査部長、警察局長官、国民議会、貴族院と流れ、その各部署で承認を受け、最終的に国王陛下の承認を得て初めて実施されるのだ。

 実施が決定してからも、法の整備、プログラムの変更とテストに一斉配布ととんでもなく時間がかかる。

 オレが生きている間に実施されるのかどうか、甚だ不安でしょうがない。

 なにしろオレ、現時点では余命一年未満だし。


 もう一度盛大なため息をつくと、リズがなだめるように肩をポンポン叩いた。


「まぁ、あなたのおかげで今後の改善点が発覚したわけだから、それはあなたの功績として加味されると思うわよ」

「それって少しは寿命が延びたってこと?」

「私見ではね」

「リズの私見じゃなぁ」


 なんとも心許ない。

 今後のことを考えると、同じようなことが起きないようにするためにも、平行して早急に対策を講じる必要があるのではないだろうか。

 オレのせいじゃないのに、失敗が続いてお払い箱とかは勘弁して欲しい。


 それを思うとまたため息が漏れた。




 立て続けに事件が起きるときもあれば、なにごともなく平和な日々が続くこともある。

 成果が寿命を決定するオレとしては、あまり平和すぎるとお払い箱決定なので、素直に喜べないところだが。

 平和でもお払い箱にならないなら、オレがヒマなのはいいことじゃないかと思うけど。


 そういう意味じゃ、医者や消防士や兵士も同じような気分かもしれない。


 あれから二日間ヒマが続いているので、国立図書館の蔵書もだいぶ読み進めた。まずは基礎知識習得のために、地理と歴史関係を攻めている。

 おかげでクランベールのことは随分と詳しくなった。


 リズはいつも通り忙しそうだが、ムートンは今日も相変わらず立体パズルを楽しんでいる。オレはその隣に座って時々彼に話しかけながら、ネットワーク経由で読書をしていた。


平和だ。あくびが出そうなほど平和だ。


「クランベールって平和なんだな。日本なんか毎日警察が出動するような事件が頻繁に発生してるぞ」

「クランベールも発生してるわよ。ここは研究室だから特務捜査二課がらみの通達しか来ないだけ」

「なぁんだ」


 確かに他の事件の情報が流れたところで、オレにもリズにもなにもできない。オレたちは特務捜査二課専属なので、二課長の指示がなければ動けないのだ。

 ただ、人間の捜査員たちは情報を共有しているので、捜査会議に出席するリズにはそれなりの情報は入ってきたり意見を求められたりということはあるらしい。


「巷じゃどんな事件が起きてんの?」

「そうね、不思議な事件というと、ロボットの連続盗難事件かしら」

「ロボット?」

「バージュモデルばかり何体も盗まれてるらしいわよ。それも新品じゃなくて中古品ばかり」


 バージュモデルは精巧な分、値が張る。中古でも売ればかなりな儲けになるだろう。

 だが、バージュモデルに限らず、ヒューマノイド・ロボットは出荷時、製造番号を登録管理されているので、盗んだものを売ればすぐにばれてしまうのだ。


 オレが相手にしている違法ロボットは、基本的に廃棄処分されたものを違法に取得した犯罪者が、修理改造して再利用しているらしい。


 バージュモデルは中古販売されるときも、基本的に人格と記憶はリセットされない。仕事をしていた経験年数分の知識データが蓄積されていて賢くなっているからだ。同じ仕事をさせるなら新品を一から教育するより遙かに効率がいい。

 ただ以前の主の妙なクセや記憶も残っているので、購入者によってはリセットを希望する人もいるらしい。


「バージュモデルの中古品なんて面倒くさいもの盗んでどうするんだろう」

「さぁ、私ならたくさんいるだけで嬉しいけど、何かヤバイ記憶でも探してるんじゃないかしら?」

「ヤバイ記憶?」

「盗まれたロボットは数日後にその辺に放置された状態で発見されてるのよ。ボディには何も損傷がないけど、記憶領域と人格が破壊されてるの」

「え、それって……」

「そう。カベルネから盗まれたロボットと同じよ」


 そういえば、誘拐っていうか盗難に遭いかけた伯爵家の令嬢もバージュモデルだった。


 なんか関係あるのかな?


「その一連の事件データってオレも見ていい?」

「警察局の捜査関係者にはオープンになってるから、私のマシン経由なら可能よ」

「じゃあ、許可して」

「えぇ。シーナ、私のコンピュータにアクセスを許可するわ」



 マスターの命令受理。

 利用者レグリーズ=クリネのコンピュータへアクセス権限取得。

 権限使用期間二十四時間に限定。



 許可命令を受けてリズのコンピュータへのネットワーク回線が接続可能になる。

 人工知能が発した命令受理のメッセージを、オレの言葉に置き換えてリズに礼を述べた。


「ありがとう」


 初めて閲覧する警察局の捜査データは、常にめまぐるしく書き換えられたり追加されたり忙しく姿を変えている。

 国立図書館の蔵書データのように、ほとんど動かないデータしか見たことのなかったオレは、ぐるぐると動き続けるデータにちょっと酔いそうになった。


 人間の感覚だとマジで目が回りそうなのだ。


「うっわ……」

「どうしたの?」


 思わず声を上げると、リズが不思議そうにのぞき込んできた。


「動きの激しいデータで目が回る。気持ち悪い」

「吐かないでね」

「吐くわけねーだろ。ってか、吐くものないし」

「それもそうね」


 わかってて言ってるのかは謎だが、時々リズはオレがロボットだということを忘れてるんじゃないかという気がする。


 それにしても、このグルグルした感覚はなんとかならないものだろうか。

 額を押さえて俯くオレに、リズが助け船を出す。


「あなたの目が回る感覚ってよくわからないけど、検索条件を指定して閲覧対象を絞り込んでみたら?」


 そっか。グルグルしている全体を見るより一部だけの方がマシかもしれない。


「やってみる」


 リズの助言に従い、バージュモデルの盗難事件にデータを絞ってみる。確かに劇的なほどグルグル感がなくなった。


「すげぇ! グルグルしなくなった。ありがとうリズ」

「そう。よかったわね」


 満足げに微笑んで、リズは再び仕事に戻った。まるで我が子の成長を見守る母親のようだ。


 こういうときは、やっぱり”我が子”であるロボット扱いなのかな? と思う。

 まぁロボットとしては、オレって生まれたての未熟者だし。自分自身の機能も完全に把握しているかどうか怪しい。


 改めて絞り込まれたバージュモデル盗難関係の捜査データに目を向ける。全部で七件。内二件はオレが捜査に関わった事件だ。

 盗難に遭ったのは中古ロボット販売店が最も多くて三件。他はカベルネも含めて商利用している店、貴族や一般住民もいる。

 被害者には中古のバージュモデルを盗まれたということ以外に共通点や繋がりはない。


 中古ってことがミソのような気がする。


 オレは中古販売店のデータに注目した。販売店なのでたくさんロボットを扱っている。盗難時点での取り扱い商品情報では、盗まれたロボット以外にもバージュモデルはいた。転売目的ならなるべく新しい方がいいはずだ。ところが犯人は、他にいた新しいロボットより、あえてそのロボットを選んで盗んでいる。

 だからリズがヤバイ記憶でも探しているんじゃないかと思ったのだろう。

 記憶と人格が破壊されているのは、探った形跡を消すためだけではないかもしれない。


 中古といっても、どのくらい古いものなんだろう。


 バージュモデルが最初に生まれたのは八十年前だ。さすがにそんな昔のものはあまり残っていないとは思うが……。

 なんとなく疑問を抱いて、盗まれたロボットの製造年を並べてみる。


 あれ? もしかしてビンゴ?


 製造年はいずれもラフレイズ暦三千年。今から十五年前だ。


「十五年前ってなにかあったのかな」

「十五年前? あなた、最近の捜査データを見てたんじゃないの?」


 思わずつぶやくと、リズが不思議そうに尋ねてきた。


「見てるのは最近のなんだけど、盗まれたロボットの製造年が全部十五年前なんだ。なにか思い当たらない?」

「そう言われても、そのころの私って子供だったし……」

「あ、そっか」


 言われてみれば、十五年前のリズは七歳だ。当然ながら警察関係者ではなかったし、世の中の事件を理解できる年齢ではなかった。


 しかたないので、自分で十五年前の記録を探ろうとしたとき、中空を見上げながらリズがつぶやいた。


「十五年前って三千年よね?」

「そうだけど」

「三千年って、ランシュ=バージュ博士が亡くなった年よ」

「え……」


 相次ぐバージュモデル盗難事件とバージュモデルの生みの親が繋がった。


 これって偶然?




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