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7.主が分かつ明暗



 コンピュータのタッチパネルを操作しながら、リズが思い出したようにクスリと笑う。

 オレは腰をケーブルで繋がれたまま、そばでその様子を眺めていた。いつものように稼働データをコピーしているのだ。今日は動けないついでに充電もしている。

 別に笑うようなデータがあるとは思えないが。

 オレは眉をひそめて尋ねた。


「なに?」

「ラモットさんがロボットをほめるなんて、どういう風の吹き回しかしらね」

「あぁ、聞いてたんだっけ」


 班長はオレ以外に聞かれたくなかっただろうなぁ。


「フェランドさんとかに言うなよ」


 フェランドならおもしろがって言いふらしそうだ。そんなことされたら、班長の不機嫌が増幅して益々オレへの風当たりが強くなりかねない。

 それは勘弁して欲しい。


「そんなことしないわよ。あなたがほめられることは私も嬉しいんだから」

「ならいいけど」


 少ししてまたリズがクスクスと思い出し笑いを始めた。

 今度はなんだ?

 リズはイタズラっぽい表情でオレを横目に見る。


「あなた美女にモテモテだったわね」

「まぁ、見た目はリズもお気に入りの美少年だし?」

「だから、何度も言うけど別に私の好みってわけじゃないの!」


 からかおうとするので逆に茶化してやると、リズはムキになって反論してきた。

 そんな必死で否定しなくても、リズの感情なんてオレには丸わかりだって知ってるだろうに。

 リズはムッとした表情でしかつめらしくオレを諭す。


「いい? あの美女はノーマルモデルだから、プログラムされた通りにあなたを誘ってただけよ。勘違いして彼女に会いに行かないようにね」

「そんなことはわかってるよ」


 たとえ行きたくても、リズの許可なしにオレはここから出られないし。

 リズは腕を組んで胸を反らしながら、疑わしげに目を細める。だから、そのポーズはでかい胸が強調されるんだって。


「どうだか。あなた、ちょっとエロいから」

「は!? どこが!?」

「すぐ私の胸見るし」

「そんなでかい胸、エロくなくても目を引くだろ。ていうか、オレ、この体になってから自分でも不思議なくらい、まったくムラムラしないんだけど」


 いや、マジで。

 今日行った性風俗店にいたあからさまにセクシーな美女たちや、リズの大きな胸を見ても「おぉっ! すげぇ!」とは思うけど、だからどうこうしたいと思ったりとか、邪な妄想にとらわれたりとか、さっぱりしないのだ。

 もう、まるで枯れきったじーさんみたいな感じ。死ぬまではそれなりに興味はあったんだが。


 リズは呆れたように言い放つ。


「当たり前じゃない。ホルモンを分泌してないロボットに性欲なんてあるわけないでしょ」


 なんと! そういうことか。

 てことは、食、睡眠、性、という人間の生理的三大欲求をオレは超越したことになる。悟りを開いたというか、これはもうすでに解脱。

 今すぐ新興宗教の教祖になるべきかもしれない。まぁ、ロボット教祖に従う信者なんていないだろうけどな。


「じゃあ、オレって全然エロくないじゃん」

「エロい思考の根元が必ずしも性欲とは限らないでしょ?」

「なんだ、そりゃ」


 どうあってもオレをエロ認定したいらしい。ていうか、胸をチラ見したくらいでエロい呼ばわりって、どんだけ清純派。

 あ、もしかして……。


「リズってさぁ、男と付き合ったことないだろ」

「なに言ってるの。今現在、男のあなたに付き合ってるじゃないの。だいたい機械好きの女の子は少ないから、男との付き合いの方が多いわよ」


 思わず盛大なため息が漏れた。そのずれた返答がすべてを物語っている。


「いや、そういう意味じゃなくて、恋人がいたことないだろってこと」


 ようやく意味を理解したリズは、ムッとした表情でオレを睨む。そしてクランベールにはありえない言葉を投げつけた。


「セクハラ!」

「は? 今、なんて……」

「セ、ク、ハ、ラ。性的嫌がらせのことよ」

「いや、意味は知ってる。それ、クランベールの言葉?」

「あぁ、あなたニッポン人だったわね。ニッポンの言葉よ」

「なんでリズが知ってんの?」

「バージュ博士から教わったの。彼のお母さんがニッポン人だったのよ」


 はぁ!? オレ以外にも日本人がいたのか!?

 どうりでオレが日本人だと言ったとき、リズがあっさり受け入れたはずだ。


「クランベールに日本人がいるのか!?」

「今はいないと思うわ」

「え、どういうことだ?」

「博士のお母さんが特別だったのよ。九十年前に偶然やってきて、こちらで結婚したから、その後は時空移動装置で頻繁に行き来してたらしいけど、彼女以外でクランベールに定住したニッポン人はいないはずよ」


 何度か前例があったらしいが、クランベール側からしても異世界人がやって来ることは珍しいことだし、地球側からしたら、絵空事にしかすぎない。彼女が日本人であることは、ごく一部の人たちしか知らなかったという。

 時空移動装置は彼女の夫である機械工学の博士が、彼女のためだけに作ったと言っても過言ではない。現在は異世界に移動するより、広大なクランベール大陸内の街と街を繋ぐ遠距離移動用の交通手段として利用されているらしい。


「じゃあ、その時空移動装置を使えばオレも日本に帰れるのか」

「帰るならその体は置いていってね」

「ちっ」


 中身だけ帰っても意味ねーじゃん。

 だいたいオレが死んでからどのくらい時間が経過してるかもわからないし。少なくとも、クランベールで目覚めて一週間以上経過してるってことは、オレの体はすでに荼毘だびに付されてるはずだ。

 浮遊霊になるなら、帰ってもしょうがない。


 話があさっての方に転がって、当初の疑問は解決されないままだったが、まぁ予想はついたからいいか。

 王子様を夢見る処女をとめが作ったと考えれば、この美少年容姿も納得できる。


 見ただけでエロいと言われるなら、うかつに触らないようにしないと。


 オレは半歩横に移動して、リズと距離をとる。それを見てリズは不思議そうに首を傾げた。


 そういえばカベルネからロボットを盗んだ犯人はどうなったのだろう。実は被害者も犯罪者でしたってオチだったけど、盗難があったのも事実だ。

 そもそも店主はなにを隠そうとしていたのだろう。


 備品のオレには任務に直接関係のない捜査状況は、わざわざ知らされない。

 リズなら知ってるかな?


「カベルネから盗まれたロボットってどこで見つかったの?」

「第二居住地区にある公園でぼんやり座ってたんだって。あんな服装だし話しかけても反応がないから、たぶんロボットなんだろうって、通りかかった住民が通報してきたの」

「反応がないって、エネルギー切れ?」


 リズは辛そうに目を伏せる。


「違うわ。かわいそうに、人格を破壊されてたの。記憶データも消去されてた。だから犯人も特定できなかったらしいわ。彼女、バージュモデルだったのよ」

「あぁ、それで店主は盗まれたことを隠したがったのか」


 オレの内部メモリに絶対命令と共に記憶されているクランベールの法律が告げる。

 バージュモデルを性風俗店の接客で使用することは禁止されているのだ。


 バージュモデルは人間らしさを追求したロボットだ。所有者も人間らしさを求めて入手したはずである。だったら人と同じように扱って欲しい。というのが開発者であるランシュ=バージュ博士の願いだった。

 人が性風俗店で性的接待をすることは法律で禁じられている。というわけで、バージュモデルも禁じられた。


 バージュモデルのライセンスは国家機関である科学技術局が所有している。ライセンス使用の条件にもなっているのだ。

 国家機関との契約条件ということもあって、クランベール独自の法律、ロボット法にも定められている。


 ただ、カベルネの店主は法に背いたことにはなるが、拘留されたりはしない。罰金を支払い、今後バージュモデルのヒューマノイド・ロボットは所有できなくなる。

 バージュモデルである盗品の彼女は、主の元に帰れなくなるのだ。


「彼女はどうなるんだ?」

「人格が破壊されてるから、記憶領域を全部リセットすることになるでしょうね。その後は中古ロボットとして新しい主人を待つことになるわ」

「そっか。今度はいい主人だといいな」


 どんなに人間そっくりでも、オレたちロボットは人間じゃない。店で買ってくれる主人を待って、買ってくれた主人はどんな人でも受け入れるしかない。

 感情のないノーマルモデルなら、なにも思わないのだろうが、バージュモデルの中古品は色々思うところがあるのではないだろうか。中古ってことは主人と別れたってことだから。

 なんかペットの気持ちが身にしみてわかった気がする。


 彼女がろくでもない主人に買われて違法な仕事に従事させられた忌まわしい記憶をすべて失ってしまったのは、せめてもの救いだったかもしれない。


 オレの主は善良なロボット好きでよかったとつくづく思う。年下のくせに小生意気だけど。

 だが主は善良でも余命宣告されてるオレの未来は決して明るくはなかった。


「今日の仕事は班長にもほめられたし、少しは寿命がのびたかな?」


 ちょっと浮かれ気味に尋ねると、リズは鼻で笑った。


「前回のがマイナスだから、元に戻っただけじゃない?」

「そうだった……」


 途方もなく道のりは険しい。けれど期限を切られているから、のんきにもしていられない。

 がっくりと肩を落としたとき、本日二度目の緊急指令が流れた。



――緊急指令。少女誘拐事件発生。被疑者はラフルール第二居住地区にて少女と共に潜伏している模様。ヒューマノイド・ロボットが関与している疑いあり。特務捜査二課の各捜査員は直ちに現場に急行してください。



 指令を聞きながらリズが素早くコンピュータを操作し、オレに繋がった二本のケーブルを引き抜く。

 立て続けに仕事が入るとは、ついでに充電していてよかった。

 オレは腰まで下ろしていた制服に袖を通しながら尋ねた。


「現場に急行って、オレも?」

「たぶん出動することにはなると思うけど、とりあえず一緒に事務室に行きましょう。二課長かラモットさんから指示があるはずよ」

「了解」


 備品のオレは命令なしに単独で捜査行動をとることは禁じられているのだ。

 リズと一緒に研究室を出て、廊下を歩いているとラモット班長から直接頭の中に通信が入った。


「緊急指令が出てると思うが、おまえも出動だ。事務室にシャスが待機してるから合流して現地に向かえ。場所と事件の詳細はメッセージで送る。来るまでに確認しておけ。指示は全員が現地に集合してからだ。急げ」

「了解しました」


 班長の命令を受けて、オレは自然と早足になる。一緒に速度を速めながら、横からリズが顔をのぞき込んだ。


「ラモットさん?」

「あぁ。急げって言われたから、オレだけ先に行っていいか?」

「えぇ。じゃあ、私はこのまま通信司令室に行くから」

「わかった」


 リズと別れた後、オレは廊下を駆けだす。たどり着いた事務室の前では、すでに待ちかまえていたシャスがこちらに向かって手を挙げた。


「シーナ、早く」

「今行く」


 オレはシャスと合流し、一緒に現場へ急行した。




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