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30.大団円



 翌日オレとリズは別々に事情聴取を受けた。オレの方は、大半がモニタリングシステムでデータ取得済みだったので、ほとんど時間はかからなかった。リズもグリュデから得た情報の補足程度で聴取時間はほとんど変わらない。もっとも、独断でオレを預けようとしたことに関しては、がっつり厳重注意を受けたらしいが。

 なにしろ事件の詳細はグリュデからすでに取得済みだったのだ。というのも、クランベールの犯罪者にプライバシーなど微塵もないからだ。

 容疑が確定している犯人には、時間をかけて取り調べだの事情聴取などしない。脳内の記憶を直接押収するのだ。

 ウソやごまかしなど一切無意味。妄想と実記憶との判別をするシステムも確立しているらしい。

 こんなところにもクランベールの「時間がもったいない」精神が生きているとは。


 冤罪は限りなくゼロになるけど、えげつないなぁと思わなくもない。こんな目に遭うなら悪いことしないようにしよう。と普通は思うはずだが、どういうわけか、犯罪件数がゼロになってないのが現状だ。


 リズと入れ替わりに事情聴取を受けた後、二課長に呼ばれて事務室に向かう。声をかけて中に入ると、歓声に出迎えられて思わずひるんでしまった。


 二課長が一番奥の席からにこにこしながら手招きする。


「シーナ、正式な辞令が出たよ。昨日のはやっつけの略式だったからね」

「昨日の?」


 そういえば、フェランドがオレのことを正式な捜査員だって言ってたっけ。略式だけど、辞令が下りてたんだ。なんでわざわざそんなことしたんだろう。

 二課長は苦笑しながら真相を明かす。


「強行突入には差し迫った明確な理由が必要なんだよ。リズに関しては曖昧だったし、ロボットに戦闘を命じたことは差し迫った理由としては弱いしね。裁判で指摘されないように、突入前に略式な辞令を交付してもらったんだ」


 なるほど。オレが備品のままだと、やっぱり差し迫った理由としては弱いんだろうな。


「グリュデ氏については、以前から一般捜査二課の方で要注意人物としてマークされてはいたんだ。ほら、君がラモットくんと聞き込みに行った事件があっただろう。あれを含むバージュモデル盗難事件だよ」


 やっぱりグリュデの仕業だったのか。まぁ、オレごときが感づいたくらいだから、プロにはわかりきってたんだろうな。


「怪しいのはわかっていても、しっぽを出さなくて歯がゆい思いをしていたらしいよ。君には囮になってもらった形になったが、おかげで逮捕できた。これからも、正式な捜査員としてよろしく頼むよ」

「はい、改めてよろしくお願いします」


 差し出された手を握り返すと、二課長は満足げに頷いた。


「事務室に君の席を用意したから、今後はなるべくここにいるようにしてくれ。シャスくんの隣だ。私は別にかまわないと思うんだが、局内の風紀がどうこうと言う人が何人かいてね」

「風紀?」

「じゃあ、私は記者発表があるから、あとはラモットくんかフェランドくんに聞いてくれ」


 そう言って二課長は忙しそうに部屋を出ていった。

 そっか。お国の機関の不祥事だから、世間は大騒ぎなんだな。それはともかく、なんだろう。二課長の奥歯に物が挟まったような言い方は。

 オレは言われたとおり、近くにいたフェランドに尋ねた。


「風紀ってなんですか?」


 フェランドがニヤニヤ笑いながら答える。


「おまえとリズが密室にふたりきりでいると、仕事中でもイチャイチャするんじゃないかって勘繰ってるお偉いさんがいるんだよ」

「は? 起動したときからほとんどふたりきりで研究室にいますけど、なんで今頃になってそんな心配をされるんですか?」

「昨日、おまえのモニタリングデータは、オレたち特務捜査二課のメンバー以外に一般二課の担当チームと局のお偉いさんたちも見てたんだよ」

「え……」


 てことは、アレを見られたのか。でもオレの視点なのになんでそんなことわかるんだ。目、閉じてたのに。

 絶句したオレに、フェランドはニヤニヤしながら手招きする。顔を近づけると、こそこそと耳打ちされた。


「”目先のことにとらわれずに冷静になれよ”とか、かっこいいこと言いながら、いったいどんなキスしたんだ?」

「どんなって……」


 そっか、骨伝導でも音声は発してたから、モニタリングデータには反映されるんだな。でも色っぽい会話なんかしてないし、リズは大暴れしてたのに。

 それにゆうべのはともかく、あの時は……。


「いや、キスじゃなくて命令を阻止するために口をふさいだだけですよ。てか、なんでキスだと思われてるんですか?」


 にっこりと天使の微笑みで言い訳するオレを、フェランドはひじで小突きながら追及する。


「ごまかしても無駄だ。普通に考えてわかるだろう。おまえが目を開けた時にあんな近くにリズの顔があったら」

「え……」


 まぁ、そうかも。オレはひとつため息をついて尋ねた。


「そういえば、モニタリングシステムの起動がやけにタイミングよかったんですけど、マスター命令で通信が遮断されてたのにどうやって私の行動を把握してたんですか?」

「あぁ、外にある防犯カメラの映像を追ってたんだ」


 お茶を配って回っていたロティが、班長の隣でにこにこしながら答える。


「私が捜査に協力しちゃいましたぁ」


 なるほど、コンピュータ頭脳のロティなら、ターゲットを見失うことなく素早く対象のカメラを切り替えながら追跡するのは簡単だろう。


 それにしても、断られるのをわかっていながら、毎度めげずに班長にお茶を配るんだなぁ。立派だ。

 って、えぇ!? 班長がお茶を飲んでるよ! いつから、どういう心境の変化で!?


 凝視するオレの視界を遮るように、わざとらしく身を乗り出したフェランドが、さらにわざとらしく話題を変えた。


「そうだ、シーナ。来週からおまえに後輩ができるぞ」

「後輩?」

「おまえの功績が認められて、もう一体ロボット捜査員が配属になるんだ。おまえに負けず劣らず超高性能なバージュモデルだぞ」

「へぇ、そんなに予算がついたんですか」


 超高性能なバージュモデルって、家が一軒買えるくらいお高いんじゃなかったっけ? お偉いさんに風紀がどうこうと言われたオレの功績が認められたにしては、ずいぶんと思い切りよく太っ腹だな。

 感心するオレを見ながら、フェランドは苦笑する。


「いやぁ、中古品なんだよ。超高性能には違いないが、いらないから引き取ってくれって言われて超破格値」

「そうですか」


 ようするに廃品回収品。中古じゃないだけで、オレもにたようなもんだけどな。もっと功績を挙げなきゃ予算を確保するには至らないってことか。

 てか、超高性能のそいつが使える奴だったら、そのうちオレの方が廃品になってリズに回収されるんじゃないか?

 転生してまで営業成績上げて、リストラの恐怖と戦わなきゃならないのか。余命宣告より厳しい気がする。


 内心げんなりしているオレの横で、フェランドはお約束通りシャスに声をかけた。


「よかったな、シャス。これでおまえは押しも押されもせぬ”先輩”だ」

「フェランドさん!」


 あぁ、予定調和。


「こら、おまえら! 無駄話してる暇があるなら訓練に行ってこい」

「はい」


 こちらもお約束の班長の怒号。ふと見回すと、まわりにはロティの他に誰もいなくなっていた。

 え、てことはまた班長とふたりきりで事務室待機?

 条件反射で緊張するけど、オレは国立図書館の本を読んでいればいいんだよな。


 二課長から指定された席に着こうとしたとき、班長が制した。


「シーナ、おまえも行ってこい」

「え? 私はなんの訓練をすればいいんでしょうか?」


 新しい捜査機器でも導入されるんだろうか。


「フェランドが言ってた新人ロボットの教育訓練が来週から始まる。おまえにはそれをサポートしてもらう予定だ。教える立場で学んでこい」


 確かに、絶対命令があるから人間相手だとできない訓練もあるしな。オレの時はしっかり見て記憶して、あとは実戦で覚えろって無茶言われたっけ。


「了解しました」


 返事をして事務室を出たオレは、先を行くフェランドとシャスの後を追った。




 国家機関の不祥事が世間を騒がせた事件から、あわただしく一週間が過ぎた。

 オレのシークレット領域に保存された人格形成プログラムのソースコードも無事に前国王陛下に預けられたが、バージュモデルのライセンスそのものは科学技術局が継続して管理することになった。しかし人格形成プログラムの改変は、原則として従来通りで、やむなく改変しなければならない場合は、王室の許可が必要となる。基本的にバージュ博士亡き後、今までの十五年間と変わりないということらしい。


 違法だとグリュデに指摘された古いライセンスは、事件翌日の夕方には異例の早さで申請許可が下りた。

 どうやらグリュデが独断であれこれ画策していたらしく、科学技術局側も寝耳に水状態だったらしい。面倒からはさっさと縁を切ってしまいたかったようだ。


 あの日からオレは夕方から翌朝までは研究室にいるが、このところ事件もないので昼間は事務室か各種訓練場を渡り歩いている。

 オレが教える立場になる新人ロボット捜査員は、事件の翌日オレのいない間に、すでにリズの研究室に来ていた。毎日研究室と行き来しているオレも、その姿を見たことはない。

 筋力リミッターや各種捜査用機能の実装と調整で、リズと一緒に作業場にこもっているからだ。起動しているのかどうかも知らない。


 新人ロボットの調整に熱中しているリズは、いつものことながら食事を忘れるので、昼のチャイムがわりにオレは研究室に戻ることにしていた。

 ちょうど部屋に入ったとき、作業場から出てきたリズに出くわして、ちょっと面食らう。いつもオレが声をかけるまで出てこないのに。


 リズは楽しそうに目を輝かせた。


「あ、シーナ、帰ってたの?」

「うん。昼だし」

「あれ? そうだった?」

「もうずいぶん前にチャイム鳴ってた」

「そう。それより、調整が済んだわよ。午後から訓練に入れるわ」

「じゃあ、班長に連絡しなきゃ」

「そうね。その前にあなたに紹介しておくわ。ダレム、こっちにいらっしゃい」

「はい」


 あ、男か。たぶんそうだとは思ってたけど。落ち着いた感じの若い男の声。でもこの声、聞いたことあるような……。


 そう思ってメモリから探り出した記憶がヒットするのと、ロボットの姿が現れるのがほぼ同時だった。

 アッシュブロンド短髪、アイスブルーの瞳。スラリとした長身に警察局の制服をまとったそいつは、紛れもなくグリュデの秘書をしていた軍事用ロボットのヴァランだ。


 ヴァラン改めダレムはにっこりと微笑んで挨拶をした。おぉ、今度はちゃんと目が笑ってるよ。


「はじめまして、シーナ先輩。ダレムと申します。よろしくご指導お願いします」

「よろしく。あと、先輩はいらないから。シーナでいいよ」

「はい。シーナ」


 なんと素直ないい子になったことか。

 グリュデが自慢するほど超高性能なバージュモデルなのに、科学技術局も厄介払いしたかったんだな。

 でもあいつの秘書で終わるより、警察局の方がヴァランの特性的には性に合ってるかもしれない。


「名前はリズがつけたの?」

「いいえ、ラモットさんよ」

「班長!?」

「ラモットさんがマスターなのよ」

「なんで!?」

「私がふたり分のパスコードを管理すると、間違えたりするじゃない。職務の都合上、ラモットさんが適任なのよ」


 そりゃあそうだけど。


「よく了承したなぁ」

「そうね」


 呆気にとられるオレに、リズはクスリと笑う。


「ダレムって名前ね、二課長が言ってたけど、ラモットさんが忘れられないロボットの名前なんだって」

「あぁ、あいつか」

「知ってるの?」


 意外そうに尋ねるリズを、オレは得意の天使の微笑みで躱した。


「ヒミツ。班長はオレに知られたくないことだから、知らないことにしておくって二課長との約束なんだ」

「えーっ? 気になるじゃない」


 不服そうに口をとがらせたが、リズはそれ以上しつこく追及はしなかった。


 班長の心境の変化はなにがそうさせたのかは不明だが、今後ダレムといい関係を築いていくことを願う。

 あいつの名前をつけたってことは、あいつの分まで長生きしてほしいってことなんだろう。


 ダレムとリズと三人で、いつもの味気ないサプリ昼食を終えたとき、久々に聞くあのメッセージが流れた。



――緊急指令。ラフルール商店街にて、ヒューマノイド・ロボットによる強盗事件発生。特務捜査二課の捜査員は直ちに現場に急行してください。



「行きましょう、シーナ。仕事よ」

「了解」

「ムートン、ダレム、留守をお願いね。トロロンと遊んであげて」

「了解しました」

「カシコマリマシタ」


 ムートンとダレムとトロロンを残して、オレとリズは研究室を後にした。

 廃品回収されないように、営業成績あげないとな。



(完)



最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。


バージュ博士の若い頃に興味のある方は「バイナリー・ハート」をぜひどうぞ。


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