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29.余命と寿命のゆくえ



 少しして落ち着いたリズが、ゆっくりとオレから離れながら、少しうつむいて照れくさそうに言う。


「ありがとう、シーナ。久しぶりにランシュに会えて嬉しかった」

「うん。オレの声ってバージュ博士と一緒なんだな」

「そうだったの?」

「え、知らなかった? 声紋が一緒だったよ」

「そうなんだ。設計図と一緒に入ってたデータをそのまま使ったの。あの時は写真の少年のものだろう程度にしか思ってなかったけど、だとしたら若い頃のランシュのものに違いないわね」


 そうだろうとは思ってたけど、やっぱり意識して一緒にしたわけじゃないんだな。オレの体ってつくづくリズの趣味から生まれた産物なんだ。

 気を取り直して、肝心なことを尋ねる。


「ソースコードはどうする? シークレット領域にあるから大丈夫だとは思うけど、オレが解体されたりしたらヤバいよ」

「そうならないように気をつけて。あなたにもしものことがあったら、最終手段としては完全消去して。これは命令よ」

「了解しました、マスター」


 厳しく言い放った後、リズは表情を緩めた。


「まぁ、あなたの体が違法なことには変わりないから、ライセンス使用の許可申請が通るまで、しばらく出動はないと思うわ。もしものことも起こりようがないってことね。王宮に連絡をとる方法ってわからないから、明日二課長に相談してみるわ」

「そういえば、バージュ博士って、どうして前国王陛下と知り合いなんだ?」

「博士のお父さんが前陛下とお友達だったらしいの。時々王宮に招かれてたらしいわよ」

「へぇ」


 いったいどういう経緯で一般庶民が王族とお友達になったのかは謎だが、博士の父親って科学技術局の局長だったらしいし、オレやリズよりは出会いの確率が高そうな気はする。


 時刻はすでに深夜になっている。正門前の報道記者や野次馬も減っているだろう。オレのバッテリもある程度回復してる。


「送っていくから。そろそろ休んだ方がいいよ」


 オレはバッテリの残量が減っただけだけど、人間のリズは精神的な消耗が体力にも影響したと思う。

 慈母の微笑みでムートンにおやすみの挨拶をした後、リズは真顔でオレを見つめた。


「今夜はここに泊まるわ。あなたとはもうひとつ話したいことがあるの」

「それはいいけど、ここ寝るとこないだろ?」

「ソファがあるから大丈夫。以前も泊まったことあるし」

「そう」


 小柄なリズなら結構余裕で眠れるかもな。


「で、話って?」


 リズは少しの間、黙ってオレを見つめた。

 少しの照れと喜び、それを覆い隠すいらだちと非難の感情がオレを見つめる瞳に宿る。

 総じて、怒ってる? なんで? オレ、なんかしたっけ?


 不愉快そうな感情とは裏腹に、リズは静かに問いかけてきた。


「なんで、あんなことしたの?」

「あんなこと?」


 とぼているわけではないが、リズにはそう聞こえたらしい。眉間にしわを寄せてオレを睨む。


「うそつき。もう悪ふざけはしないって言ったくせに」

「あ……」


 アレか。

 フルスピードで記憶を検索していたオレの脳裏に、マスター命令を阻止したときの記憶がピックアップされて感触まで蘇る。

 思い切りやらかしてんじゃねーか、オレ。


「あ、アレはほら、命令を阻止するためには口をふさぐしかないし、オレは両腕を拘束されてたから……」


 しどろもどろに言い訳をするオレに、リズは冷ややかなツッコミを入れる。


「他に方法はなかったの?」


 他に……。頭を両手で掴んで胸に押し当てるとか?

 でもリズが窒息する危険があるし……。



 シミュレーション結果。

 窒息の可能性は0.03%。



 うるせー、人工知能。茶々入れんな。


 咄嗟に他の方法を思いつかなかったのは事実だけど、結果的にリズの心を翻弄したことには変わりない。オレは素直にうなだれた。


「ごめん」


 だがリズの感情は収まっていない。オレに別の答えを期待しているのはわかるが、応えるわけにはいかない。オレはただのロボットなんだから。

 幸せを祈った同じ口で、幸せとは言い難い未来を提示するなんてできない。リズが幸せに暮らしていくことはオレも願ってるんだから。


 黙っているオレを苛々したようにリズが追及する。


「私の気持ちはわかってるでしょう? でもあなたの気持ちは私にはわからないの。知りたいのよ。命令させないで。あなたの意思で、あなたの言葉で、ちゃんと話して」


 ごまかしたって無駄なことは最初からわかっていた。制作者のリズにはオレの機能は丸わかりだ。だからリズの気持ちを知りながら逃げていることも丸わかりだ。

 リズの望み通りちゃんと話そう。結論は彼女が望むものではないにしても。


「君の気持ちは知っている。オレも君が好きだよ。他の方法を思いつかなかったのは、君とキスしたかったからかもしれない。でも、君がオレを好きになっちゃダメなんだ。オレはロボットなんだから。今はいいけど、一年後にお払い箱になって、オレは君のそばにいないかもしれない」

「絶対いるわよ」

「は?」


 あまりに軽く断言されて目が点になる。


「え、だって成果を上げられなかったらお払い箱で解体処分って言わなかった?」

「言ったけど、そういうことにしといた方が成果を上げようって気になるでしょ? 危険を伴う仕事だし、今後の特務捜査二課の方針にも大きく影響するわけだから、適当にやってもらったら困るの。それでもお払い箱になったとしたら私が引き取るつもりだったわよ。元々私の趣味で作った物を提供したわけだし」


 てことは、余命宣告はハッタリだったってこと?

 気が削がれて、思わず呆けてしまいそうになる。いやいやいや、問題はそれだけじゃないだろう。


「で、でも、もっと先まで一緒にいられたとしても、オレは君に家族を作ってあげることはできない。君に幸せになってもらいたいのは、オレもバージュ博士と同じなんだよ」

「あなたが家族になってくれたらそれでいいわ」


 またしても間髪入れずに、否定されてすっかり調子が狂ってしまう。


「え、いや、あの、女の子って子供がほしいとか思うんじゃないの?」

「子供ならたくさんいるもの」

「は?」

「ムートンにトロロンに、あなたもそうね。これからもっと増えるかもしれないわ。別に人間の子供にこだわることないじゃない」

「あ、そ、そう……」


 まぁ、オレって解脱しちゃってるから、このまま清らかな関係でいつづけても別に苦にはならないけど。

 って、違う! 清らかだろうが薄汚れていようが、特別な相手になってしまうのが問題なんだ。


「余命宣告が無効になったんたら、オレには永遠ともいえる時間があるんだろ? 一緒にいた時間が幸せであるほど、君がいなくなった後の時間が無意味に感じられるよ。それはオレが辛い」

「私がいなくなった後の時間は三日間しかないわよ」

「へ?」

「バージュモデルって寿命が設定できるの。私が死んで三日経ったら、あなたは機能を停止してメモリと人格はリセットされるわ。喪失感を味わって悲観している暇なんてないわよ」

「オレ、リズと連動して死んじゃうの?」

「そうよ」


 そこまで人間らしさを追求しているとは。


「でもなんでそんな設定があるの? リセットされたら長年蓄積された仕事スキルも消えちゃうんだろ? また一から教えるって手間じゃん」

「うーん。一言で言えば、バージュモデルの特性がそうせざるを得ないようになってるのよ」

「どういう意味?」


 リズは苦笑しながら説明してくれた。

 バージュモデルを求める人は、ロボットに人間らしさを求めている。そのためノーマルモデルのような一般の仕事をさせるより、マスターの友人や親族のかわり、決して裏切らない仕事のパートナーといった特殊な仕事を与えられることが多い。

 マスターと一対一で接する時間が長いので、グリュデが言ったように感情を持つバージュモデルはマスターへ依存する傾向がある。

 そんなバージュモデルは、マスターを失った後、喪失感から使い物にならなくなるのだ。人間と違って思い出を忘れることができないので、ずっと使い物にならない。


「二度と戻らないものに囚われて動けないでいるなんてかわいそうでしょう? マスターが代わるなら前のマスターから解放してあげないとね」

「そうだね」

「他になにか気になる問題はある?」

「あー、とりあえず、それだけ」


 なんだ、悩まなくていいことで悩んでたのか。てか、悩んでたのオレだけ? 本来なら、無機物に惚れてしまった人間の方が悩むもんじゃないのか? ロボット大好きにもほどがあるだろ。


 すっかり脱力してしまったオレを横目に見ながら、リズがクスクスと笑い出した。


「寿命のこと知ってるんだと思ってたわ。”オレのマスターは生涯レグリーズ=クリネただひとりだ”って断言してたから」

「あれは、おまえなんかに従うもんかって言いたかっただけ」


 リズがいたずらっぽい表情を浮かべて、上目遣いにオレを見る。


「ねぇ、さっき私のこと好きだって言ったわよね?」

「言ったけど?」


 投げやりに答えて顔を背けると、回り込んでのぞき込んできた。くそぅ。嬉しそうな顔しやがって。かわいいじゃねーか。


「それって本当?」

「ロボット、ウソつかない」


 照れ隠しにムートンの機械音声をまねて言うと、リズはプッと吹き出した。


「あなたはうそつきなくせに」

「うるせー。減らず口たたいてると、もう一度ふさぐぞ」

「エロボット」

「エロボットですが、なにか?」


 そう言ってリズを抱きしめる。一瞬驚いたように目を見開いた後、リズは嬉しそうに微笑んでオレの背中に腕を回した。


「シーナ、大好き」

「オレも」


 ゆっくり顔を近づけると、リズは少し不服そうに眉を寄せて顔を背けた。


「ダメ。ずるい。ちゃんと言って」


 頬に手を添えて背けた顔をこちらへ向かせる。艶っぽく潤んだ瞳を見つめながら囁いた。


「リズが好きだ」


 満足そうに満面の笑みをたたえて、リズはゆっくりと目を閉じる。かすかに開いた小さな唇に引き寄せられるようにして、オレは静かに口づけた。


 全身から伝わるリズの生体反応が幸せと喜びに満ちあふれている。はぐらかして突き放してしまわなくてよかったとつくづく思った。


 ただひとつ、どうでもいいことが気になってしょうがない。腰にケーブルを繋ぎっぱなしなのが、すげー間抜け。



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