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3.ロボットの本能



 局内に戻った途端、オレは頭の上からラモット班長の怒号を浴びた。班長はオレより頭ひとつ分背が高い。


「破壊するなと言っておいただろう! ロボットは人の命令を聞くんじゃなかったのか!? おまけに一般人所有のエアバイクまで壊しやがって。持ち主から苦情が来てんだぞ!」

「すみません」

「バグってないなら、なんであんなマネしたんだ!」

「シャスの身が危険にさらされていたからです」

「オレたち機動捜査班は、もとより身の危険は覚悟の上で任務に当たってるんだ。シャスだってそれは承知している。自分の身は自分で守れる腕はあるんだ。命令に背いてまでおまえが余計なことすんじゃねぇよ!」


 そう言われても、同じ状況になったら、オレはまた命令より人命を優先してしまうだろう。

 他人のバイクを断りもなく投げつけるなど、オレの意思ではなかったけれど、理由はなんとなくわかっている。

 黙って怒鳴られているオレを哀れんで、奥から人の良さそうなおっさんがニコニコしながら班長をなだめた。特務捜査二課の課長、デュアール=ミロンだ。


「まぁまぁ、ラモットくん。メモリは無事だったわけだし、彼も初仕事にしては頑張ってくれたんだから、そのくらいにしておいたらどうだね」

「しかし二課長、今後も命令に背くようなことがあるなら、班の統制がとれません。せめてプログラムを見直した方が……」

「その必要はありません」


 なおも言い募るラモット班長を遮るように、凛とした声が部屋に響いた。その場にいる者が一斉に声の主に注目する。

 通信司令室に詰めていたリズが戻ってきたらしい。

 リズはつかつかとそばまでやってきて、オレと班長の間に割って入った。小柄な彼女は両手を腰に当てて背筋を伸ばし、挑むように厳しい視線で班長を見上げる。


「シーナがあなたの命令に背いたのは、人命を最優先する絶対命令のせいです。プログラムのバグではありません」


 やっぱりそうか。

 確かにあの時のオレは人工知能に体の制御を支配されていた。

 他人のバイクを壊すのは、法に反する行為なので、それこそ絶対命令が働いて絶対にしないはずだ。けれどシャスの身の安全を確保することの方が優先順位が高い。

 オレがおっさんロボットに追いついて捕らえるより、たとえ法に反していてもバイクを投げつけて足止めする方が確実だと人工知能は判断したのだろう。

 絶対命令は法律で義務づけられているプログラムだ。勝手に改竄かいざんすることは許されていない。

 ラモット班長もそれは知っているので、言葉を飲み込んで忌々しげにリズを見下ろす。

 しばらくの間、ふたりは無言で睨み合った。


 なんかオレ、すげー居心地悪いんだけど。


 ふと見ると、部屋の奥で二課長も声をかけそびれて苦笑している。そこへ併設された給湯室の扉を勢いよく開いて、ニコニコしながら女性が入ってきた。


「みなさん、お疲れさまでしたぁ。お茶が入りましたのでどうぞぉ」


 間延びした甲高いアニメ声に、張りつめていた重苦しい空気が一気にゆるむ。

 たくさんのカップを載せたトレーを持ってやってきた彼女は、特務捜査二課専属のヒューマノイド・ロボットだ。名前はロティ。オレと同じ備品仲間。

 といっても、彼女はロボット捜査員ではなく、来客の応対や事務所内の雑務など庶務を担当している。

 ふわふわとした長いハニーブロンドをうしろでひとつに束ねて、髪質と同じようにふわふわとおっとりした性格の彼女は、表情も豊かで、とてもロボットだとは思えない。

 自分の姿を初めて見たときにも信じられなかったが、クランベールのヒューマノイド・ロボットは本当に人間そっくりなのだ。


 ロティはニコニコと笑顔をたたえたままで二課長の席にカップを運ぶ。続いてラモット班長のところへやって来た。


「はい、ラモットさん。どうぞ」

「いや、オレはいい」


 班長はカップを一瞥しただけでロティとは目も合わせず言下に断る。

 労ってる相手に対してその態度は社会人としてどうなんだ。と思わなくもないが、相手が人間でないならこんなもんかな。と悟っているオレもいる。

 理由はわからないが、班長は元々ロボット嫌いみたいだし。


 オレがひとりで納得しかけたとき、隣でリズが口を開いた。


「ラモットさん、ロティもシーナもバージュモデルです。周囲の反応や経験がデータとなって、今後の人格形成に影響することをお忘れなく。ふたりに嫌われては仕事もやりにくくなるでしょう?」


 いやぁ、オレは前世で日本の営業マンだったから、仕事の上では嫌いな奴とでも、そこそこうまくやっていけるけど? てか、煽るようなこと言うなよ。


 ロティはどうなんだろう。と視線を向けると、彼女はすでにラモット班長のそばを離れて他のメンバーにお茶を配って回っている。驚くほどマイペースだ。

 人じゃないからこそ、オレやリズが気にするほど班長の態度をなんとも思っていないのかもしれない。


 内心は苛ついていると思われる班長は、心に反して口元に不敵な笑みを浮かべながらリズを見下ろした。


「嫌われて結構。オレもロボットは嫌いだ」


 そうだろうとは思ってたよ。けど、そんな大人げないことを堂々と……。

 オレが半ば呆れていると、班長はさらに続けた。


「特に、人の感情を読んで涙まで流す、そんなバージュモデルが一番嫌いだ」


 吐き捨てるように言って、ラモット班長は部屋を出ていった。それを見送ってリズは大きくため息をつく。

 やっぱ、なんかトラウマでもあるのかな。

 そんなことを考えながらぼんやりしていると、後ろから肩をポンと叩かれた。ハッとして振り返る。そこにはロティの配ったカップを持ってニコニコしているシャスがいた。


「さっきはありがとう。班長のロボット嫌いは筋金入りだから、あんまり気にするなよ」

「あ、はい。大丈夫です」


 嫌われているだろうことは知っていた。班長が言った通り、オレには人の感情がある程度読める。といっても、別に超能力とかそういう非科学的なものではない。内蔵した各種センサが捉えた生体反応の変化によって人工知能が判断するのだ。

 当然ながら何を考えているのかまではわからないので、班長がなぜロボットを嫌っているのかはわからない。

 苦笑するオレを見つめながら、シャスもなぜか苦笑する。

 あれ? なにかマズいことでも言った?


「オレには敬語じゃなくていいよ。経験値は君とたいして違わない新人だしさ」

「はぁ、でもシャスさんは先輩だし……」


 備品が人間様にタメ口きいてたら、益々班長が不機嫌になるんじゃ……。

 実はリズに対してタメ口なのも、班長は不愉快そうだった。「親のようなもんだから」で一応納得はしたみたいだけど。


 オレがためらっていると、向こうから大男のフェランドがにやにや笑いながらやってきた。まぁ、機動捜査班はみんな、がたいのいい大男ばかりなんだけど。華奢で小さいのはオレくらいで、新人のシャスもオレよりはだいぶがっしりしている。

 フェランドはシャスの首に腕を回して、頭をくしゃくしゃと撫でた。


「よかったな、シャス。シーナが先輩だと認めてくれたぞ」

「へ?」


 呆気にとられて間抜けな声を漏らすオレに、フェランドは楽しそうに言う。


「こいつ、シーナが配属になったとき、後輩ができたって喜んでたんだ。お友達になってやってくれ」

「はぁ……」

「フェランドさん、からかわないでください」


 シャスは真っ赤になってフェランドの手を振りほどいた。そして気まずそうに苦笑をたたえてオレに言う。


「あ、まぁ、そういうことだから、班長がいないときくらいは、ね? そういう切り替えって得意だろ?」

 オレはクスリと笑って頷いた。


「うん。わかった」


 会話判定に班長有無フラグを設定しておけばいいか。


 そこへ部屋の中を一巡してお茶を配っていたロティが、再びオレのそばまで戻ってきた。にっこり笑って隣にいるリズにカップを差し出す。


「はい、リズさんもどうぞ」

「ありがとう」


 リズが笑顔でカップを受け取る。ロティは満足そうに笑顔を返したあと、オレにもカップを差し出した。


「はい、シーナも」

「え、オレも?」


 オレは君と同じロボットだけど? 飲み食いすることはできるけど、別に飲み食いする必要はないって知ってるだろう?

 首を傾げるオレをロティは笑顔で促す。


「シーナも頑張ったから」


 人だからロボットだからとかは関係なく、彼女の中でオレは特務捜査二課のメンバーとして認識されているのだろう。

 おまけに上下関係もバッチリ把握している。役職、経験年数の上からまずは機動捜査班にお茶を配って、研究員のリズ、最後に一番下っ端のオレ。

 バージュモデルのロティは、オレと同じように班長に嫌われていることは知っているはずだ。人格を持つ彼女には独自の感情もある。けれど感情にとらわれることなく、自分の仕事を確実にこなしている。


 本物のプロだ。伝統工芸の職人みたいに。


 リズが言うには、オレの体はロティよりはるかに高性能らしい。だが感情にぐらぐら揺れてるオレは、働くロボットとしては全然ダメなんだろうなと実感する。


「ありがとう」


 少し苦笑しながら、オレはロティからカップを受け取った。

 ぐるりと室内を見回して悪意や不快感は感じられない。班長以外のメンバーには、おおむね歓迎されていると思っていいのかな。




 ロティの配ったお茶を飲みながら雑談をしていた捜査員たちも、お茶が底を尽きるとそれぞれ帰宅していく。

 夜も遅いというのに、リズはまだ作業があるというので、オレも一緒に局内にある研究室に引き上げた。

 研究室の扉の前でリズは立ち止まる。扉に仕込まれた認証装置がリズを識別して扉が横にスライドした。

 続いてオレも認証され扉をくぐる。


 リズの耳たぶに光る銀のイヤーカフは、おしゃれアイテムではなくクランベール国民の証だ。これに住民情報が登録されていて、店での決済やセキュリティ関係など、暮らしのあらゆる場面で活用されているらしい。

 オレも研究室を出る前にロボット用のものを耳に取り付けられた。主人の命令で買い物をしたりするロボットもいるから、ロボット用もあるのだ。


 部屋にはいると人を関知して自動で灯りが点灯する。部屋の隅に立っていたレトロな白いロボットが、青い目玉を点滅させながら、あからさまな電子音声で話しかけてきた。


「オカエリナサイマセ。ヘヤノソウジハオワリマシタ」

「ただいま、ムートン。いつもありがとう。もう休んでいいわよ」

「カシコマリマシタ」


 目玉の灯りを消して、ムートンはそのまま動かなくなった。


 ムートンはドラム缶のような円柱の上に、ラグビーボールのような楕円形の頭がそのまま載っていて、頭は三百六十度回転する。胴の横には床に届きそうな細長い腕が二本ついているが、足はなく胴の底に車輪がついていた。

 体のあちこちには擦り傷があって、白い塗装が掠れているところもある。見た目だけでも随分と年季の入ったロボットだ。

 決められた命令通りに作業をこなし、こちらの言葉に反応を返すが、そこに感情は見えない。クランベールの科学からしてみればかなりレトロで、前世のオレがいた日本にもいそうなロボットに、リズは毎日微笑みながら声をかける。

 何か特別な思い入れでもあるのかもしれない。


 リズの研究室は殺風景だ。入り口横に来客用の机といすがある他には、窓際に机と一体化したコンピュータがあるだけだ。入り口から右手の壁は一面戸棚になっていて扉が全部閉まっているので壁と変わりない。

 左手には認証付きの扉でフロアを仕切った作業場があり、オレが目覚めたのはこの作業場の中だった。


 コンピュータの前まで行ったリズは、机の一角に手のひらを載せてコンピュータを起動しながらオレを振り返る。


「シーナ、こっちに来て脱いで」

「ん……」


 オレは言われた通りにそばまで行くと、制服の上半分を脱いでリズに背中を向けた。腰のあたりの皮膚をめくってリズがコネクタにプラグを差し込む。目覚めてすぐに穴があいててビビったあそこだ。


 コンピュータとオレをケーブルで繋いだリズは、コンピュータの前に座って机の上に表示されたタッチパネルを操作する。

 オレの頭の中にはコンピュータのディスプレイに表示されているものと同じ文字がバラバラとめまぐるしく表示され始めた。

 任務中のオレの稼働データを分析し、調整するためにデータを収集しているのだ。これまでも訓練の後などにケーブルを繋がれた。

 ただ、精巧な体は指一本動かしただけでもデータ量が多い。膨大なデータをコピーする間、ぼーっと立っているしかないオレは暇でしょうがない。

 それはリズも同じなので、いつも雑談をしている。今日は先ほどのことが気になっていたので尋ねてみた。


「ラモット班長ってどうしてロボットが嫌いなんだ?」

「さぁ、どうしてかしらね」

「バージュモデルが特に嫌いって、絶対なんかあるよな」

「そうかもね。私が彼に初めて会った時にはすでに嫌ってたわ」

「ふーん」


 ロボット好きのリズとロボット嫌いの班長じゃあ、反発し合うのもわかる気がする。おまけに嫌いな理由がわからないとなると、好きなリズにしてみれば納得がいかないだろうし。


 嫌いな理由がわからない班長にロボットを好きになってもらうのは無理っぽい。となると、波風立てないようにするにはオレの絶対命令をなんとかすればいいんじゃないだろうか。


「絶対命令ってさぁ、どうして法律で義務づけられてんの?」

「人としての本能のかわりよ」

「本能?」

「人を傷つけてはならないのは種の保存という本能。自分の身を守るというのは防衛本能。人は本来それらが遺伝子に刻まれてるの。遺伝子を持たないロボットには遺伝子の代わりにプログラムで機能させるしかないのよ」

「へぇ」


 目から鱗。てっきり人間様に絶対服従させるためだと思ってた。


「命令と法の遵守は?」

「集団生活の秩序を守るためよ。それも人は子供の頃から集団の中で暮らすうちに自然に学んでいくものでしょう? 生まれてすぐに成人として働かなければならないロボットには自然に学んでいる時間がないから」


 よし。だったらオレには絶対命令なんてなくてもいいじゃないか。


「オレは前世で人として二十五年間過ごしてるわけだし、絶対命令を外してもらうことってできないのかな?」


 超法規的措置を期待して提案してみると、リズはにべもなく一蹴する。


「ダメよ。法と社会の秩序を守る立場にある警察局が法に背くわけにはいかないわ。だいいちあなたの前世が人だったなんて、どうやって証明するのよ」


 確かにそうだけど、特に証明なんかしてないのに、あっさり信用した人から言われたくない。


「でも、それじゃあ、また班長の命令無視しちゃって怒鳴られるかもしれないじゃん」


 嫌われることは百歩譲るとして、自分の意思に反する行動で怒鳴られるのは理不尽な気がする。

 なおも食い下がるオレに、リズはこともなげに言う。


「命令を無視しないようにすればいいじゃない」

「だからどうやって?」

「あなたが常に最前線に立てばいいのよ。あなたが盾になってれば、みんなに危害が及ぶ心配はないわ。人命を優先して命令を無視することもなくなるはずよ」

「え……」


 いやいやいやいや。そんな簡単に危険を一身に受けろって。

 戦争や紛争とは無縁の平和ボケした日本の営業マンに、それってハードル高すぎるだろう。

 いくら体が強化機械で簡単に死なないとはいえ、死ぬ目に遭うのは前世の本能がためらう。

 班長に怒鳴られる方がよっぽど怖くない。

 けど、ロボット捜査員が導入された経緯を考えると、そうするしかないんだろうなとも思う。そういえば、自分の身を守るためにも絶対命令が働くんだっけ。

 だったらちょっとは気が楽かな。


 危険手当は出るんだろうか、とふと思ったが、考えたらオレ、備品だからそもそも給料さえもらってなかった。




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