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2.課題が残る初仕事



 この国で目覚めて一週間後の夜、オレは市街地にあるビルの屋上にいた。予定通り実務に投入されたわけだ。

 ビルといっても、クランベール王国にはあまり背の高い建物はない。首都であるここ、ラフルールの街でもせいぜい五階建てなのだ。

 大陸に点在する古代遺跡保護のためらしい。この遺跡のまわりに街が造られているので、むやみに地面を掘り返せないのだ。

 背の高い建物を建てるには、地中を深く掘って基礎工事をしなきゃならないからな。

 遺跡は考古学の調査対象であると共に、古くから信仰の対象でもあるので、蔑ろにはできないという。


 オレが配属された国家警察局は、その名の通り国の警察機関の総元締めみたいなものらしい。そしてリズが所属している特務捜査二課は、ヒューマノイド・ロボット関連の犯罪を専門に扱う部署だ。オレはそこの備品。

 備品だけど裸のままでは外部での実務に投入できないので、制服が支給された。ブルーグレイのつなぎに黒いブーツ、左腕の肩口付近には青い龍をかたどった警察局のマークがついている。なんとなく日本の白バイ隊員の制服に似ている。

 制服を着てリズと一緒に警察局内を挨拶周りした時には、女性職員に「かわいい」と絶賛された。まぁ、見た目美少年だし。

 この容姿は自分の趣味ではないとリズは主張していたが、絶対こだわりがあるとオレは思う。なにしろ髪を切ることを許さないのだから。

 人間じゃないので切ったら伸びないことはわかっている。だが少し長めの前髪がうっとうしいのだ。

 何度か切ることを交渉してみたが、頑なに拒否された。仕方ないので出動時や訓練の時は前髪をあげてヘアバンドで固定している。視界が遮られるのは各種センサにも影響するし。

 けれどリズはそれすらあまりお好みではないらしい。思い切りこだわってるじゃねーか。


 クランベール王国の科学は、地球のそれを遙かにしのぐ。街中にはSF映画やアニメではおなじみのエアカーやエアバイクが当たり前のように走っている。というか飛んでいる。基本的にオートパイロットらしい。そして百年前にはすでに、人間そっくりのロボットが普通にいたという。

 もっともその頃のヒューマノイド・ロボットは、見かけこそ人間そっくりだが、感情も人格もなかった。内蔵プログラムによって人の言動や命令に反応するだけのもので、精巧すぎる機械でしかない。

 主な就業先は性風俗店だったという。


 その後、時の経過と共に技術はめざましく発展し、現在では人にはできない危険作業はもとより、貴族の従僕、家庭教師、飲食店の給仕など様々な分野でヒューマノイド・ロボットは働いている。

 意外なことにオレのいる警察局ではこれまでロボット捜査員はいなかったらしい。凶悪犯相手の思いきり危険な作業もあるのに、だ。


 なぜなら、この国のロボットには「絶対命令」という何よりも最優先の命令プログラムをインプットすることが義務づけられているからだ。

 絶対命令とは以下の通り。


1、決して人を傷つけてはならない。また、人が傷つくのを見過ごしてはならない。

2、1と法に反すること以外は人の命令を聞かなければならない。マスターの命令は最優先。

3、1と2に反しない限り自分の身を守ること。


 微妙に違うところもあるけど、ようするにロボット三原則?

 人工知能搭載のロボットは必ずインプットするように法律で義務づけられている。ヒューマノイド・ロボットも当然ながらインプット対象だ。

 そのため絶対命令がマイナスに働いて、たとえ凶悪犯でも相手が人間である限り、殴ることなどできないし、動くなと命令されれば動けなくなったりするのだ。

 マスター命令で「犯人の言うことを聞くな」と命令されていたとしても、傷つけないようにというのはかなりなネックになる。なにしろ人間はちょっと強く掴まれただけでも簡単にアザを作ったりするからな。

 同じ理由でロボット兵士もいない。


 ところが、近年ヒューマノイド・ロボットの社会進出が進むに従って、犯罪の世界にもヒューマノイド・ロボットが進出してきたらしい。

 犯人側がロボットとなると、逆に人間の方に分が悪い。犯罪に使われるロボットは法に背くことを行うため、絶対命令がインプットされていないのだ。

 人よりも正確で迅速な計算能力と人の何倍もある身体能力を持ち、人を傷つけることをいとわない。狂人よりもたちが悪い。


 特務捜査二課はそういうたちの悪いロボット犯罪専門の部署として、去年設立されたばかりだという。

 ロボット相手に人相手の装備では歯が立たないので、専用の捜査機器を研究開発する科学者も所属している。リズはそのひとりだ。

 目には目をということで、ロボット捜査員の導入が協議され、リズが試作品として作ったのがオレの体なのだ。


 一週間かけて色々学んでいるうちに、自分の体にも慣れてきた。頭の中に現れる文字も今は気にならない。あれはこの体を制御している人工知能が発するシステムメッセージらしい。

 そしてその人工知能を制御しているのがオレ自身だ。本来なら人格形成プログラムによって作られた人格モジュールが制御するのだが。


「シーナ、準備はできた?」

「あぁ」


 突然、リズが頭の中に直接話しかけてきた。オレも頭の中で応答する。オレの頭脳はコンピュータと同じなので、アドレスを指定すれば、音声でも文字でも直接通信を行うことが可能なのだ。


「被疑者をしっかり見極めて。人間だったらあなたはそのまま待機よ」

「了解」


 オレは警備会社から通報があったという建物の入り口を見下ろした。建物の中には高価な宝飾品を扱う店がある。そこへ何者かが電子ロックを無理矢理解除して侵入したらしいのだ。だが監視カメラは不審者の姿を捉えていない。

 電子制御のセキュリティをかいくぐって進入したとなると、違法ヒューマノイド・ロボットの可能性が高いということで、特務捜査二課の出動となった。


 出動したのはオレひとりではない。他にも人間の捜査員がビルの周りを囲んでいる。犯人が出てきたところを取り押さえるため、物陰に身を潜めていた。

 犯人が人間だったらオレの出番はない。邪魔になるだけなので、離れたところからまずは相手を確認するのがオレの初仕事だ。その結果を受けて捜査員たちは動くことになっている。結構責任は重い。


 オレは視覚センサを暗視モードに切り替えて、各種センサの感度を上げた。夜の闇に包まれていた視界が昼間と同じようにはっきりと見えるようになる。

 少しして監視していたビルの入り口に人影が現れた。見た目は作業着を着た地味な中年男性。

 男は入り口前で立ち止まり、辺りを探るように、ていうかまるでスキャンしているみたいに、ゆっくりと首を巡らせた。思い切り不審だっつーの。

 オレの内蔵センサが働き始める。



 ターゲット確認。

 生体反応なし。

 ノーマルモデルのヒューマノイド・ロボットと断定。

 右腕に刃渡り20センチの刃物内蔵。

 左手に持った鞄の中に宝飾品を多数所持。



 オレのシステムメッセージはそのままリズが傍受している。そしてそのまま各捜査員に伝えられる。

 犯人がロボットということは、オレの出番のようだ。初仕事でいきなりかよ。とも言っていられない。成果を挙げなければ、オレに未来はないのだ。

 さっそくリズから命令が飛んできた。


「シーナ、あなたが確保して。みんなが援護するわ」

「了解。あいつ、武器を内蔵してる。リミッター解除してくれ」

「いいわ。リミッター解除命令。パスコード69022」



 マスターの命令受理。

 パスコード承認。

 筋力リミッター、ロック解除。

 痛覚センサ停止。



 全身にパワーがみなぎる気がする。

 うん。気がするだけ。実際にはフルパワーを発揮してみないと実感することはない。

 オレの体はフルパワーを発揮すると、弾よりも速く機関車よりも強くなってしまうのだが、普段はリミッターによって一般成人男性並に筋力が抑制されている。

 フルパワーはエネルギー消費が莫大になるし、うっかり人を傷つけたり物を壊したりしてはまずいからだ。

 リミッターはオレ自身に解除することはできない。マスターの唱えるパスコードによってのみ可能なのだ。

 パスコードは一度唱えると無効になる。そして新たに人工知能がランダムで設定してマスターに送信している。オレ自身は蚊帳の外だ。

 通常は日に一回変更されているらしい。


「フルパワーで動けるのは10分間だけよ。使いどころを間違えないで」

「了解」


 十分経ったら勝手にまたリミッターがかかるのだ。それ以上フルパワーで動くと、エネルギー切れで動くこと自体できなくなるからだろう。


 よっしゃ、いくぜ!

 オレは気合いを入れて背中に背負った反重力飛行装置を作動させる。そしてビルの屋上から飛び降りた。

 十センチ四方の銀色で平たい箱状の反重力飛行装置は、エアカーと同じ原理で人を宙に浮かせる手助けをする。

 バランスをとったりするのが難しいので、訓練の末許可を受けた特殊作業に従事する者しか使用できない。

 オレは三十分で自在に扱えるようになったけどな。なにしろオレの体はコンピュータ制御だから。


 証拠はつかんでいるし、相手は人間ではないので、職務質問したり、任意同行を求めたりはしない。そもそも話の通じる相手でない場合が多いという。

 確保命令が出たら、問答無用で確保するように言われている。


 ビルから飛び降りたオレは、おっさんロボットの真後ろに着地する。そして武器を内蔵している右腕を拘束するため手を伸ばした。

 ところが捕まえたと思った腕が、瞬く間に手をすり抜けておっさんはすでにはるか前方を猛ダッシュしている。


 はえぇっ! なんだ、あいつ! てか、武器内蔵してるのに微塵も使おうとしないって。


 泥棒ロボットだから逃げ足を強化されてるんだろうか。オレはすぐさまおっさんを追って駆け出した。

 一気に加速する。

 くっそぉ〜、こんな事でフルパワー使いたくなかった。舌打ちしながら頭の中でリズに報告する。


「リズ、ごめん。取り逃がした。あいつ、すげー早い。今追ってるけど、付近の道路を封鎖してくれ」

「今やってる。あなたの視覚データはモニタリングしてるから。早く追いついて。時間切れになるわよ」

「了解」


 さらに加速したとき、肩に取り付けた通信機からイヤミな声が聞こえた。


「……ちっ、使えねぇポンコツだな。グレザック、フェランド、シャス、回り込んで待ち伏せろ!」

「了解!」


 全部聞こえてんだけど?

 それを承知の上で悪態をついているのは、特務捜査二課機動捜査班班長ラモット=ベルジュロンだ。便宜上オレの上司になる。もっとも彼はオレを部下だとは思っていないようだが。

 初顔合わせの時からあまりオレを歓迎していなかった。ロボットに何か苦い思い出とか恨みとかあるのかもしれない。

 だからオレが作戦の中心を担っていることも気に入らないようだ。

 彼の思惑がどうであれ、オレは黙って命令に従い作戦を遂行するだけだ。とにかく成果を挙げなければ寿命がつきるわけだから。


 視界の片隅にフルパワー残り二分が点滅し始めた。

 おっさんロボットは相変わらず、灯りの消えた深夜の商店街を猛スピードで疾走している。その背中があと少しのところまで迫っていた。

 前方に商店街の終わりが近づいてくる。その先は官庁街になっていた。その手前で銃を構えた捜査員がふたり立っているのが見える。先ほど班長に命令されたグレザックとフェランドだ。


 ふたりの構えた銃は生き物に対して殺傷能力はない。ただ、ヒューマノイド・ロボットに対しては、一時的に機能を停止させてしまう能力がある。

 オレの体は銃の攻撃に耐えられるように、特別に防護されているらしい。

 破壊してしまわないのは、メモリやプログラムを生きたまま回収してマスターを特定するためだ。本当の被疑者はロボットではなく、それを利用している人間だから。


 おっさんロボットはオレより視覚性能が劣るようだ。少し遅れてふたりの捜査員にようやく気づいたようで突然進路を変更した。

 やはり逃げることが優先らしい。左手の狭い路地に駆け込んでいく。路地の先にはまた捜査員が待ち伏せていた。先ほど命令を受けたもうひとり、シャスだ。

 この路地にはわき道がない。おっさんは袋の鼠だ。

 オレが密かに勝利を確信したとき、おっさんの右腕がスッと横に伸びた。内蔵されていた刃物が手の甲から突き出し鈍い光を放つ。

 後ろのオレには見向きもせず、真っ直ぐに前方を向いている。おっさんの見据える先にはシャスがいた。


 こいつ、シャスを倒して逃げるつもりだ。シャスが危ない!


 そう思ったと同時に、体の制御が人工知能に支配された。

 瞬時にシャスとおっさんの距離、おっさんとオレとの距離、速度が計算される。その結果、オレはオレの意思とは関係なく、路肩に止めてあった無人のエアバイクをおっさんの背中に向かって投げつけていた。



 筋力リミッター、ロック。



 システムメッセージがフルパワーの終了を告げる。

 おっさんロボットはエアバイクの下敷きになって機能を停止していた。念のため手錠をかけて拘束する。


「リズ、ロボットを確保した」

「お疲れさま」


 向こうからシャスが小走りにやってくる。シャスの後ろで閉鎖された道路の脇には人が集まり始めていた。




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