17.意外と人気者
班長のトラウマが判明してすっきりしたのはいいが、色々疑問の残る事件だった。
まず、なんで立てこもったのかわからない。ロボットは連行された後も無表情でなにも語らず、内部メモリは厳重にロックされていて現在解析中ということだ。
同様にオレの登録情報をスキャンした理由もわかっていない。
そして直後に起きた班長の襲撃事件。同一犯による事件なのか、たまたま時期が重なった別の事件なのかも不明だが、班長が狙われた理由もわからない。
過去の逆恨みというなら、心当たりがありすぎて特定できないとも言えるが。
なにしろ班長は入局してからずっと現場にいたので、担当した事件も挙げた星の数も数えきれない。
ロボットの死に心を痛める優しい人が現場主義ってのもなんか意外だけど。
備品のオレには捜査状況が知らされないので、腰をケーブルで繋がれたままリズから聞いた情報だけで、色々考えを巡らせていた。
今度は忘れずに充電ケーブルも繋いでいる。
立て続けに二回もフルパワーダッシュで、かなり消耗した。人じゃないので別に疲れてはないけど。
コンピュータ画面に表示されたオレの情報をパラパラと切り替えながら、リズが独り言のようにつぶやく。
「バッテリの容量を増やして、フルパワーの制限時間をもう少し増やした方がいいのかしら」
「え? 確かに消耗は激しいけど、いつもフルパワー時間余ってんじゃん」
「今回はギリギリだったのよ。走るだけなら大した負荷じゃないけど、任務で筋力も余分に使ってるし、そのあと絶対命令が働いたでしょう?」
「そういえばあの時、フルパワーの制限時間が解除されたけど、なんで? 時間が足りなかったから?」
「知らなかったの? 絶対命令の時は自動的にフルパワー使い放題なのよ」
「へぇ。気前がいいじゃん」
「そうじゃないわよ。エネルギーには限りがあるんだから、自分が動けなくなっても全力で人間の命を守れってことよ」
「え……」
思わず絶句する。
普段はゴキブリでも見るような目でオレを見ている班長の方が、ロボットに対して優しく思えてくる。
「ロボット大好きなくせにリズってシビアだな」
「私じゃないわよ。絶対命令がそういう仕様なの。他の制限や命令は一切受け付けないのよ」
「ふーん」
シンプルでわかりやすい仕様ではあるが、やっぱり基本的には人間本位なんだな。
表面だけ見てると、絶対命令ってロボットのためというより人間が都合よくロボットを操るためにしか思えない。ロボット好きの天才少年だったバージュ博士が、憤りから道を踏み外したのもわかる気がする。
ロボットのためでもあると聞かされた今でも、元々絶対命令の必要がないオレにはやっぱりピンと来ない。むしろ邪魔されてばかりで正直ウザい。
ただ絶対命令による無制限フルパワーのおかげで、班長を守りきることができたのも事実だから、微妙。
「もしも制限時間を増やすことになったら、オレはしばらく動けなくなるの?」
目覚めたときに横になってたあの作業台に寝るのかな。しかも全裸で。
たぶん省電力モードだろうとは思うけど、意識のある状態のまま全裸でリズのなすがままって、なんか恥ずかしい。今更な気はするけど。
まぁ、備品のオレには拒否る権利はないだろうし、リズに命令されれば従わざるを得ない。
それも半分は覚悟の上でそれとなく尋ねてみたんだが、リズは気にした様子もなく笑いながら答えた。
「バッテリの交換だけで済むからすぐ済むわよ。背中をめくるだけだし」
「へぇ。そんなもんなんだ」
背中ならたとえ全裸でもマシか。ちょっと駄々こねたら半裸ですむかも。
オレが乙女のようにひたすら肌の露出具合を心配していると、入り口の扉が来客を告げるアラームを鳴らした。リズがコンピュータの画面を切り替えて応答する。画面にはシャスの顔が映されていた。
扉が開きシャスが研究室に入ってくる。手には真新しい制服が握られていた。
半裸でケーブルに繋がれたまま立っているオレの前までやってきたシャスは、にこにこしながら手にした制服を差し出した。
「ほら。さっき穴が空いただろ? 班長が新しいのを渡してこいって」
「班長が?」
痛い過去を思い切り思い出させたオレなんか、益々敬遠されてもしょうがないと思ってたんだが、班長もそんなに子供じゃないか。
シャスは苦笑しながら班長をフォローする。
「おまえのこと人間の部下と同じように心配したんだと思うよ」
「うん。それはわかってる」
「そっか。そういえば感情が読めるんだっけ」
ホッとしたように笑顔を深めるシャスに、オレも笑顔を返す。
「うん。シャスが班長を大好きなのも知ってる」
「へぇ。シャスさんってそうだったの?」
横からリズがおもしろそうに茶化した。シャスは真っ赤になってうろたえる。
「ちがっ……! 変な言い方すんなよ! 尊敬してあこがれてるだけだ!」
だから知ってるって。
シャスのこういう素直な反応がおもしろくて、フェランドがいじりたくなるのもわかる気がする。
実は感情を読んだんじゃなくて、フェランドから聞いたのだ。シャスは班長にあこがれて特務捜査二課への配属を希望したらしい。
シャス以外にも班長を信頼している捜査員は多いのだという。
初仕事で班長に「嫌いだ」と宣言されたオレが、班長とぎくしゃくしてはまずいと判断したのか、フェランドが班長の武勇伝と共に教えてくれた。
彼もまた班長を信頼しているひとりなのだ。
なにしろフェランドとグレザックは元々班長の部下で、特務捜査二課創設の折りに、班長が自ら指名して連れてきたというから、互いに強い信頼関係で結ばれている。
なんだ。シャスに限らず、みんな班長大好きなんじゃないか。部下に信頼されて慕われてる上司って、日本の会社組織じゃ、絶滅危惧種だぞ。班長すげぇ。
嫌われてるから距離を置いてただけで、オレも別に班長を嫌いなわけじゃない。オレを含めたロボットに対する態度はアレだけど、仕事はできる人みたいだし。
新しい制服を受け取り改めて礼を言うと、シャスは軽く手を挙げて出口に向かった。そのまま帰るのかと思ったら、途中で何か思い出したのか、立ち止まって振り返る。
「そういえば、鑑識のロボット解析係から報告があったんだけど、あの立てこもりロボット、最新の通信記録が科学技術局になってたらしい」
科学技術局……。動き始めたってことか。
いや待て。一連の盗難事件も、もしかして科学技術局の仕業とか?
てっきり科学技術局より先に人格形成プログラムのソースコードを手に入れようとする奴の仕業かと思ってたけど。
しかし国家機関が犯罪に関与しているとなると、色々面倒くさそうだな。
リズは気づいただろうか。様子を窺いながら彼女と顔を見合わせる。
少し動揺しているようだが、生体反応からそれはうかがえない。まだあの日記を見てないから、それほど危機感は感じてないのか。
オレはシャスに視線を戻して尋ねた。
「オレの登録情報が科学技術局に送信されたってこと?」
「そうだろうな。マスターは科学技術局のロボット工学部門主任研究者になってるし」
「あのロボットは科学技術局のものだったの?」
今頃になってリズが驚いたように口を挟む。
「今、問い合わせてるらしい」
シャスが答えたと同時に、通信が入った。リズはコンピュータの画面を切り替えて応答する。画面には二課長の顔が映されていた。
「科学技術局の方が謝罪にきている。君にも同席してもらいたい。それから、先方の希望で、シーナもぜひとのことだ」
やけにタイミングがよすぎる。しかもオレになんの用だ。
怪訝に思いながら顔を見合わせているオレとシャスの横で、リズはあっさりと了承の返事をして通信を切った。
そのまま淡々とオレのデータ収集を打ち切り、ケーブルを引き抜きながら言う。
「さっさと着替えて。穴の空いた制服で来客応対するわけにいかないでしょ?」
「来客って、立てこもり犯の親玉じゃねーか。制服の穴を見せつけてやりゃいいんだ。人間だったら死んでるんだぞ」
あの日記の与えた先入観のせいで、科学技術局に対する不信感が拭えないオレは、思い切り毒づく。
だがリズは冷静に諭した。
「あなたを撃った犯人と立てこもり事件との関連性はつかめていないわ。立てこもりロボットの持ち主は科学技術局かもしれないけど、わざわざ謝りに来てるんだからとりあえず話をきいてみましょう」
「はいはい」
投げやりに答えて、オレは壁に埋め込まれた戸棚の扉を手前に開いた。この扉だけ唯一外開きなのだ。陰に入ればちょうど肩から膝の当たりまで隠れるので、ここがオレの簡易更衣室となっている。こっちに来て三回しか着替えたことないけど。
扉の陰でこそこそと着替えているオレを見ながら、シャスが不思議そうに尋ねた。
「おまえも裸見られるのって恥ずかしいの?」
「え……」
やっぱ変かな。他のロボットはどうなんだろう。
返答に窮していると、リズがおもしろそうにフォローしてくれた。
「ロボットにも羞恥心は設定されてるのよ。特にバージュモデルは人間そっくりだから、ところかまわず裸になってくれたら、まわりにいる人間の方がびっくりするでしょ?」
「あぁ、確かに」
あっさりとシャスは納得したようだ。
へぇ。そうだったんだ。
オレも納得した。バージュモデルって人間らしさを追求してるから、どこまで人間くさくていいのか未だに掴めていない。
ロボットらしくする方が結構難しい。
まぁ、人間くさすぎても「変なロボット」で済むんだろうけど。
シャスは納得しているというのに、リズは笑いながらさらに言う。
「もっとも、この子は特に恥ずかしがり屋なんだけどね。初めて起動して開口一番着るものを要求したのよ」
「ははっ。そういう設定なの?」
「そんな極端な設定はしてないけど、勝手に付加された個性かしら? バージュモデルは起動した直後から人格が成長を始めるの」
「へぇ」
クランベール人のシャスも、バージュモデルの細かい仕様までは知らないようで、リズの話に感心している。
おまえら本人のそばで勝手なことベラベラと……。「この子」呼ばわりか。
勝手に付加された個性で悪かったな。
着替え終わったオレは、あからさまにムッとした表情で投げやりに戸棚の扉を閉じる。
オレが諸々不愉快になっていることを知ってか知らずか、リズはにこにこと笑いながらオレの背中を叩いた。
「ほら、ムスッとしてないで。お客様の前では笑顔でね。笑ってごまかすの得意でしょう?」
そんなことシャスの前で暴露することないだろう。案の定シャスは呆れたようにオレを見下ろした。
「おまえ、班長にイヤミ言われても笑顔で首傾げてたのってごまかしてたのか」
「いやぁ、ははっ」
「笑ってごまかすな」
軽く頭をはたかれて、横目でリズを睨む。リズはにっこり笑って首を傾げた。
それはオレへの当てつけか。
くそぅ。シャスには「必殺、天使の微笑み」が使えなくなってしまったじゃないか。
オレは内心舌打ちしながら、シャスとリズと共に特務捜査二課の事務室に向かった。




