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新しいコーヒーを召し上がれ 6



 純血回帰主義を掲げるメイソン公爵家では、より純血に近い子供を得るという大義名分の元、代々の当主が平然と大勢の愛人を囲ってきた。

 ルーシアの父である、現メイソン公爵も然り。


「それを棚に上げて、フォルコのおじ様を薄情者呼ばわりしたのよ、あの父は。自己を客観的に見る能力が著しく欠如しているのでしょうね」


 ルーシアが『カフェ・フォルコ』の前で呟いた、私生児のくせに一人前に家名を背負っていい気なものだ、なんていうのも、本当はイヴではなく自身を皮肉った言葉だったのだ。

 愛人の産んだルーシアがメイソン公爵家の最高傑作なんて呼ばれることに、本妻やその子達がどれほど屈辱を覚えたのかは、推して知るべしだろう。

 そんな事情を聞かされたジュニアは、さすがに気まずそうな顔をした。


「じゃ、じゃあ……あの金貨のやりとりは……?」

「あれは〝この金貨でおいしいお菓子をいーっぱい買ってきてね。おつりはいらないわ〟を最大限ツンツンした感じで伝えたんですよね、ルーシアさん?」

「ええ、大階段の陰で父の取り巻きが聞き耳を立てているのに気づいたものだから……。金貨を投げつける演出にしてもよかったんだけど、それだとカップにぽちゃんしちゃいそうでしょう?」

「イヴさんが、ウィリアム様を煩わせてるっていうのは……?」

「私が、ウィリアム様にお世話になりまくっているのは事実ですもの」

「あのね、イヴ。私が言いたいのはそういうことではなくてね。あなたが、ウィリアム様のお気持ちも考えずに気安くモフモフするから……」

「んんっ……そこまでにしようか」


 わざとらしい咳払いをしてウィリアムが話を遮った。

 ともあれ、ここまでのやりとりを見れば、イヴとルーシアの関係が良好であることはもはや疑いようもないだろう。

 しかし、この状況にいまだついていけないジュニアが、金色の頭をぐしゃぐしゃしながらなおも続けた。


「コーヒーなんかって言ったのは!? あれはいったい何だったんですか!?」

「コーヒーなんか、とは何だ。ぶっ飛ばすぞ」


 コーヒー過激派がすかさず反応したが、イヴはそんな兄をさらりと無視して答える。


「あれは、〝誰がコーヒーなんか飲むものですか。だってお父様から禁じられているんですもの。ごめんなさいね。でもいつかイヴのおすすめを飲んでみたいわ〟の略ですよ」

「本当に!? その行間の読み方で、本当にあってます!?」

「いつかイヴのおすすめを飲んでみたいわ」

「あってた!!」


 ルーシアをはじめ、メイソン公爵家の人間はコーヒーを口にすることを許されていない。

 純血回帰を謳うメイソン公爵家にとって、ヒト族はオオカミ族の血統を汚した諸悪の根源。そんなヒト族がもたらしたコーヒーもまた、かの家にとっては悪魔の飲み物という位置付けなのだ。

 オリバーの母が、祝福されてフォルコ家に嫁いだわけではないのも明白だろう。

 一年前、メイソン公爵が『カフェ・フォルコ』を襲撃したのにも、コーヒーに対する憎悪が根底にあったから。

 ちなみにあの時、直前にイヴを店から連れ出して助けたのは、ルーシアだった。


「ほ、本当に……決闘じゃ、なかったんだぁ……」


 さすがにここまでくると、ジュニアも自分の心配が杞憂だったと認めずにはいられなくなった。

 脱力した彼は草原に尻餅をつくと、はーっと盛大なため息を吐き出す。

 夕日は、すでに半分が山際に隠れてしまっていた。

 イヴの側に座って一連のやりとりを見守っていたウィリアムが、猫耳をぺしゃんと伏せたジュニアに笑いが滲んだ声をかける。


「納得したか?」

「はい、まあ……いやでも、もう日暮れですよ? こんな時間からお茶会なんて、普通します!?」


 これはジュニアの言う通りで、ウィリアムも疑問を抱いていたことだ。

 間もなく夜の帳も降りようという山の中腹で、飲み会ならまだしも、お茶会とは。


「イヴ、どうしてこの時間にこんな場所で集まることになったんだ?」


 ウィリアムが改めて問うと、イヴはルーシアとロメリア、そしてクローディアと顔を見合わせてから、いつになく硬い表情で彼を見上げて言った。


「ウィリアム様……メイソン公爵閣下が議席を剥奪されてしまうというのは、本当でございましょうか?」

「――ロメリア」


 とたん、ウィリアムは妹を鋭い目で見据える。

 しかし、本日の会議決定を喋ったであろう犯人は、べっと舌を出して応えた。

 それを庇うように、ルーシアがおずおずと口を開く。


「ロメリア様に教えていただくまでもないことです。あの父には当然の報い、自業自得。ざまあみろってんです」

「……これは闇が深そうだな。何の落ち度もない君にまで影響が及ぶのは、我々としても非常に心苦しいのだが」

「私はいっこうにかまいません。むしろ、よくぞ一年も待っていただけたものだと思っておりますもの」

「そうか……」


 聡明なルーシアは、すでに覚悟を決めていた。

 父がやらかした上に義務を放棄するようになって一年の節目を迎える今日の会議で、ついに審判が下されるであろうこと。

 そして、その決定が明日にはメイソン公爵家に伝えられるであろうことも。


「きっと父は議会の決定に反発し、みっともなく騒ぐでしょう……」

「ルーシアさん……」

「ルーシア……」


 ぐっと俯いてそう呟くルーシアに、イヴとロメリアが左右からしがみ付いた。

 オオカミのモフモフの手も、彼女達を抱き返す。


「女の子達の友情……美しいわぁ……」


 感涙で頬を濡らしたクローディアが、少女達を慈しむように一まとめに包み込んだ。

 夕日に染まっていた世界が、ゆっくりと夜に侵食され始める。

 濃紺の空にぽつりと一つ、小さな星も姿を現した。

 冷えた風にヒゲを撫でられて、ぷしゅん、とマンチカン伯爵がくしゃみをする。

 それを合図に、女性陣を代表するみたいにイヴが口を開いた。


「お願いが、あります」


 彼女のコーヒー色の瞳が、じっと見つめる。

 保護者である兄オリバーでも、年長者であるマンチカン伯爵でもなく、この場で最も位の高い――そして、いつも自分に対して心を砕いてくれる頼もしい相手を。


「今後しばらくは、こうしてルーシアさんと会うのが難しくなるかもしれません。今夜は、もう少しだけ一緒にいさせてください」


 この健気なお願いに、ウィリアムが否と答えるはずがなかった。



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