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新しいコーヒーを召し上がれ 5



 王城の背中を見下ろす場所にある草原に、今まさに四人の男達が到着した。

 その足下では、風になびく草の一本一本が赤に染まっている。

 

「こ、これは……いったい……?」


 目の前の光景に唇を戦慄かせるのは、イヴから伝言役を頼まれたジュニアだ。

 その声に気づいて振り返ったイヴもまた、真っ赤である。

 彼女は、大きく両目を瞬かせ……


「あれっ、ジュニアさん? ウィリアム様も兄さんもマンチカン伯爵閣下も、どうなさったんですか?」


 口元からカップを離して、そうきょとんと首を傾げた。




「――って、決闘は!?」

「「「けっとう?」」」




 素っ頓狂なジュニアの叫び声に、四人分の女性の声が返る。

 イヴと、その向こうで優雅にカップを傾ける王女ロメリア、宰相の右腕クローディア、そして――


「血統なんて……ばかばかしいわ……」


 今にも消え入りそうな弱々しい声でそう呟くのは、白金色の毛並みを赤く染めたオオカミ娘。

 西の山際にかかった夕日が、風になびく草原と――そこに敷物を広げて和気藹々とする四人の女達を赤く彩っていた。


「――って、あんた誰!? 別人じゃん!!」


 両目をまんまるにしたジュニアが、ビシリッと人差し指を突きつける。

 ルーシア・メイソン公爵令嬢に。

 とたん、彼女はビクンと跳び上がった。


「きゃっ、ねこ……こわい……猫こわい……」

「大丈夫ですよ、ルーシアさん。彼はまだ子猫ですからね。――ジュニアさん、大きな声を出さないでください。ルーシアさんが怯えてしまいますでしょう」

「いや、ホントに誰なのっ!?」


 ジュニアは目を白黒させる。

 なにしろ、さきほど『カフェ・フォルコ』の前で散々高慢に振る舞っていったルーシアが、今は耳をペタン伏せて縋るようにイヴの袖を握っているのだ。

 彼女達が座る敷物の上にはバスケットが置かれ、ポットやお菓子が乗った皿が並んでいた。


「な、なにこれ……お茶会……?」


 想像とはかけ離れた状況に、ジュニアはただただ呆然とする。

 その後ろをのんびりと歩いてきたウィリアムが、立ち尽くす彼を追い抜いてイヴの側に腰を下ろした。

 それだけで、またビクンと身体を震わせたルーシアに苦笑いを浮かべつつ口を開く。


「だから言っただろう。決闘などありえないと。イヴとルーシアは友達だよ」

「で、でも……王立学校では、ルーシアさんがよくイヴさんに辛く当たって……」

「それね、演技。今のイヴに縋り付いてプルプルしてるのが、本来のルーシアだから」

「え、演技ぃ!? なんのためにっ!?」


 続いて、えっちらおっちらマンチカン伯爵の手を引いてきたオリバーが口を挟んで、ジュニアは混乱を極める。

 彼が王立学校で見てきた通り、ルーシアは確かにイヴを目の敵にしているように振る舞ってきた。

 しかし、それは父であるメイソン公爵に命じられ、校内での言動を見張る取り巻き達の目があったからで、決して彼女自身が望んだことではない。

 オリバーが国外で愛想のいい男を演じているように、ルーシアもまた父の意に沿う気位の高い強い女を演じてきたのだ。

 けれど、本当の彼女は、大人しくて引っ込み思案な女の子だった。


「ルーシアさんが無理やり悪役令嬢を演じているのがわかっていましたから、何を言われても平気でしたしね。逆に、ルーシアさんの方が涙目になってて心配でした」

「だって、私……演技とはいえ、イヴにあんなひどいことを……」

「そんな時、いつも颯爽と現れてうまく収めてくださるのが、ロメリア様だったんですよね」

「ついでに、調子に乗っていたルーシアの取り巻きを一匹ずつ排除してやりましたわ」


 などと、昔話に花を咲かせるイヴとロメリア、そしてルーシアを、ジュニア以外の男達は微笑ましげに眺めている。一方……


「きゃーん、女の子達かわいいー。永遠に見ていられるわー」


 仲良し三人娘を肴にワインをがぶ飲みしているのはクローディアだ。

 ウィリアムはそんな彼女を胡乱な目で見た。


「想定外なのは、クローディアがここにいることだけだな。君、なぜ混ざっているんだ?」

「イヴちゃんがロメリア様を誘いにきた時にたまたま居合せたんですー。仲間に入れてもらえるよう、全力で拝み倒しましたよね!」

「もちろん、今日提出分の書類は上がっているんだろうな?」

「もちろん、上がってるわけないじゃないですかー」


 問答無用でワインボトルが取り上げられたのは言うまでもない。

 今回のお茶会の主催はルーシアで、イヴが伝言を頼まれた相手というのがロメリアだった。

 そのロメリアはイヴに頬を寄せると、じとりとした目をウィリアムに向ける。


「お兄様こそ、お呼びじゃないのにどうして来たんですの? お呼びじゃないのに」

「二回も言うな。イヴなら心配ないと言ったんだが、ジュニアがどうしても納得しなかったんだ」


 そのジュニアが、だって! と声を張り上げた。


「イヴさんのことを、どこの馬の骨か分からない女の子供だって……」

「「「「――は?」」」」

「ふぎゃっ……お、俺が言ったんじゃないんですよぉ!」

「はいはい、うちのカワイイ孫がごめんなさいねー。殺気をしまってちょうだいねー」


 ウィリアムとオリバー、ロメリアとクローディアの鋭い視線が、元々の発言の主ではなくジュニアに突き刺さる。

 震え上がる彼を、マンチカン伯爵が慌てて庇った。

 当のイヴは、平然とした顔で口を開く。


「私は別に、あんな風に言われても傷ついたりしませんよ。だって、ルーシアさんの暴言はだいたい自虐ですし……」

「えっ、自虐って……?」


 首を傾げるジュニアに、ルーシアはイヴの陰に隠れて――実際はイヴより上背があるため全然隠れられていないのだが――やはり消え入りそうな声で言った。


「どこの馬の骨か分からない女の子供なのは、私もよ。公言されてはいないけれど……私も、メイソン公爵夫人の子供じゃないの」

「――ええっ!?」



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