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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの冒険者 後編
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第76話 聖域

「思い知らせる? 笑わせないでよ。どれほど斬ったところで無意味だわ」

「跪いて許しを請え。楽に殺してやる!」


 ドロシーの言葉に二人の不死者は激昂していた。

 しかしアルフは反応しない。剣を高く掲げたまま精神を統一している。

 

「何よ? 攻撃してこないならこっちから……」


 ローズとマクシムがそれぞれ攻撃しようと構えた瞬間。


――ゴオオッ!!!


 振り下ろされた剣からの風圧に圧倒される。


「なっ!?」

「がっ!?」


 真っ二つに斬られたと錯覚するほどの威力が身体を通り抜ける。

 その一撃を受けた後、二人の視線はアルフから動かせなくなっていた。

 攻撃されたからでも拘束されたからでもない。

 ただただ剣舞の美しさに魅了されていたからだ。


 振り下ろされた一撃は攻撃ではなく剣舞の始まりを意味していた。


「……もう我慢できん!」


 舞い踊る美しさに我慢できなくなったレオンが笛を奏で始めた。

 優美にそれでいて力強い動きに合わせるように。

 即興とは思えない美しい音が響き渡る。


「………………」


 舞っているアルフは神々しい光に包まれていた。

 まるで神が踊っているかのような幻視さえ起こさせる。

 光の精霊が喜びに震えている。

 普段は姿を見せることのない様々な精霊が集まり、周囲が覆いつくされる。

 剣舞を追いかけるように光の残滓が銀色に流れては煌めく。


「………………」


 誰も言葉を発することが出来なくなり舞に魅入っている。 

 目からは自然に涙が零れていく。

 あまりの美しい光景に、心の奥底から打ち震えていたからだ。


 舞い続けるアルフを中心にして神々しい光が周辺にも広がっていく。

 数多(あまた)の精霊が集った教会は、もはや神域と呼べるほどだった。


 教会の敷地をこえて街全体に、それでも収まらず溢れた光は広がり続ける。

 ついには広い王都全域を光のベールが包み込んだ。

 そして――――。


――――ザンッ!


 使用していた剣が深々と地面に突き刺ささり、ピタリと動きが止まった。


 その剣を楔(くさび)として王都全体に生まれた聖域が定着した。

 笛の音が、舞の余韻を残しながら王都の空に溶けるように消えていく。


「これでお仕舞です」

「な……?」

「……は……? これは……聖域……!?」


 アルフの剣舞が止まり、気がつくと不死の二人は地面に膝をついていた。

 その姿はまるで神を崇めるようだ。


「……何を……ただ踊って……!」 

「……うっ!? な、なんだ……力が……」


 混乱し立ち上がることも出来ない二人の身体から、瘴気が消えていく。

 聖域の浄化作用により王都中の不浄な瘴気が消滅していった。


――ヒュッ!


 風が通り抜ける。

 ささやきに耳を傾ける。


『もう王都は大丈夫』

『咬まれた人は元に戻れたよ』

『あの魔獣たちはね……』


 ゾンビとなっていた魔獣は瘴気が抜けて動きを止め、そのまま消滅。

 咬まれた者も聖域の浄化作用で身体が元に戻ったようだ。

 あとは咬まれた者の傷を治療すれば問題ないだろう。

 

「ふぅ」


 アルフは一息ついて顎(あご)から滴る汗を手で拭いとる。

 多くの精霊が力を貸してくれたとはいえ、神格の舞手は負荷が大きい。

 数年分は寿命を削ったことだろう。

 出来れば使いたくなかった手だ。

 しかしアルフは何としてもセシルの信頼に応えたかった。


「あ、ああああ……! 私の美しい顔が……身体が……! いやああ!」

「……ぐふっ……な、なぜ……腐る……嫌だ! やめろ……元に戻せ!」


 不死だったはずの肉体が腐敗していくことに、ローズとマクシムは恐怖する。

 ガタガタと震えながら朽ちていく手足を呆然と見ている。


「レオン。即興の笛、助かったよ。ありがとう」

「お、おう。あいつら不死じゃなかったのか?」

「彼らが不死だったのはその身に瘴気を宿していたからだ」

「うん? つまり?」


 よくわからないと言った顔でレオンが問いかけた。

 地面に深々と突き刺さった剣を指さしながらアルフは答える。


「ここを中心に僕が聖域を作った」

「おう……清々しい気分になると思った! って、聖域作っただぁ!?」

「レオンのおかげで王都全体を包み込めたよ」


 聖域を作り出せる者など世界に数名の存在だった。

 聖女様や教皇様といえども王都全体を包む聖域を作ることが出来るかどうか。


「……今度は聖女様にでもなるつもりか?」

「あはは。僕は男だよ。その称号はセシル様にこそふさわしいさ」


 言いながら肩をすくめている。

 とんでもないことをしているのに、いつもどこか軽い。

 レオンから見た魔導士はそんな不思議な男だった。


「本当にお前ってやつは……。で? その聖域があるとどうなるって?」

「聖域は不浄な瘴気を消していく力があるだろ」

「ああ! わかってきたぞ」

「そう。彼らは宿した瘴気が消えていくにつれ、元の死体へと近づいていく」

「そんな気はしていたが、やはりもう死んでいるのか?」

「悪魔の力らしいけど、魂を失っていては蘇生も無理だろうね」


 騒がしかった声もだんだんと静かになっていた。

 そろそろ活動を維持できなくなってきたのだろうとアルフは思う。

 視線を向けると、崩れた手を合わせながら懇願された。


「……助けて……助けてくれ」

「助けて……お願い……」

「お断りします」


 その願いをアルフは容赦なく一蹴する。

 助けようにも悪魔に魂を渡してしまっていては、もう手立てはなかった。


「眠りの魔導士は……救いを求める人の元に訪れる……そうでしょ?」 

「僕が誰をも等しく救う高尚な人間だと勘違いしているようですね」

「……嘘よ……助けてくれるわよね……?」

「嘘? いいえ、僕は助けたいと思う者しか助けません」 


 そう言ってくるりと背を向ける。

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