第7話 使い魔との出会い
自室に戻ったアルフはパチンと指を鳴らして防音の結界を張る。
扉を閉めているのでプライバシーは守られている。
しかし使い魔との会話を聞かれたくないので流れ作業のように発動してしまう。
身体の疲労と精神の疲労が重なっていた。
アルフは崩れるようにベッドへと倒れ込む。
『大丈夫ですか? ご主人様』
「うん。うーん?」
平気だと肯定しようとして、疑問になってしまった。
ベッドに飛び乗ったドロシーを腹の上に抱えながら背中を撫でる。
指先で喉を撫でるとゴロゴロと喉が鳴りはじめた。
『にゃふっ』
「ちょっと駄目かも。お嫁さんってどうしたら見つかるのかな」
『にゃっ……ご主人様が力をお示しになれば……すぐにでも……』
「魔道士の力を示すっていうのは無しかな」
『にゃふ』
「自分で言うのも何だけど、知られたら権力者に利用されると思うんだよ」
『にゃ……にゃふ』
「宮廷魔道士なんて生き方は望んでいないし、戦争に利用されるのも嫌だな」
『にゃっ……で、あれば……優しさを見せれば……』
喉を撫でられ続けて気持ちよくなったドロシーはゴロンと転がる。
くにゃりとした姿勢で腹を出している。
それを見てアルフはお腹側の毛をふんわりと撫でていく。
「ローラから男は優しいだけじゃ駄目だって言われたけどね」
『にゃ』
「もう僕のお嫁さんはドロシーで良いと思うんだ」
『っふ……嬉しいですが現実逃避しないで下さいご主人様』
「ん?」
『猫を嫁にしたら正気を疑われます』
「あはは。そうかもね」
『ご主人様……ありがとうございます。もうご褒美は充分です』
「そう?」
『はい。これ以上は危険……い、いえ私には過分です』
どこか名残惜しそうなドロシーの頭を数回撫でてから終わらせる。
アルフは寝そべったまま片手を掲げた。
以前収納していた美女の姿絵が描かれた『美女名鑑』を取り出す。
表紙を見ると相変わらず美しいセシル嬢が微笑みを浮かべていた。
パラパラとめくると、貴族だけではなく平民の女性も掲載されている。
みんな優しげに笑った姿絵だ。
「はあ……」
アルフは深いため息を吐いた。
世の中にはこんなに女の人がたくさんいるのに。
なぜ恋人すら見つからないのかと哀しくなってきたからだ。
「こうなったら禁断の魅了魔法を使ってみようかな」
『自棄になって禁術に手を出してはいけません』
相手を魅了して操る魔法は、国を揺るがしかねない危険な魔法である。
禁術扱いとなっていて、使用していた事が知られれば極刑となる。
過去には王族を操ろうとした女性が使用して、斬首されたこともあった。
「確かに、無理矢理魔法の力で縛っても仕方ないよね」
『その通りです。闇落ちは禁止ですよご主人様』
「あはは……ドロシーに禁止されちゃったか」
『当然です。ご主人様が闇の力を制限無く使ったら国が滅びます』
そんな事を言うドロシーの頭を安心させるようにアルフは撫でる。
「さて僕も少し寝ようかな。夢をみているようだったらいつも通り頼むね」
『お任せください』
あくびをしながら、アルフは目を閉じる。
黒猫のドロシーはそんなご主人様の横で丸くなり、同じように目を閉じた。
■■■
アルフが『眠りの魔道士』などと呼ばれるような事をし始めたのは、ドロシーと出会ってからだった。
彼は小さい頃から不思議に思っていることがあった。
初めて行く場所なのに見覚えがあったり、会ったことの無い人物なのに知っていたり。
何となく出来事の結果が分かることがあった。
そして十才の誕生日を迎えるころに、ようやく気がついた。
眠っている間に夢でそれらを見たことがあることに。
最初は面白がっていた。
でもある日、幼なじみが血だらけになる夢が現実になってしまった。
それからアルフは眠るのが怖くなった。
でもどんなに起きていようとしても、いずれは眠気に逆らえずに寝てしまう。
良い夢ならば問題ないのだが、人が傷つくような夢を見るのはとても怖かった。
そんな頃、家の近くの林に一匹の怪我をした黒猫がいる夢をみた。
その猫は夢の中で誰にも気づかれずに翌日死んでしまうのだ。
もしかしてと思いながら起きたアルフが記憶を頼りに探してみる。
その黒猫は夢で見た場所にいた。
「こんにちは猫さん。僕はアルフ・ド・ブロシャール。みんなはアルフって呼ぶよ」
『ニャア』
「突然おどろかせてごめんね。猫さんの怪我、そのままだと死んじゃうみたいなんだ」
『ニャア』
「そんなの嫌だから、僕に治させてくれないかな」
『……出来るのですか?』
それまでニャアとしか鳴かなかった黒猫が突然、人の言葉で話しかけてきた。
しかしアルフは驚かなかった。
何故なら夢の中で黒猫は、人の言葉を理解して助けを求めていたからだ。
「眠ってしまうかもしれないけど、起きたら治ると思うよ」
『魔力が尽きて、死を待つばかりの身です』
「僕が死なせない」
『助けて下さるならこの命、貴方様にささげます』
「えっと僕のわがままだから気にしないで。じゃあやってみるね」
そう言ってアルフは黒猫に眠りの魔法を掛ける。
そして眠ってしまった猫を自分の部屋に連れ帰った。
数日間見守っていると、ついに猫は目を覚ました。
自分自身の手で夢の内容を変えた瞬間だった。
「死ななくてよかった。これで安心かな」
『……アルフ様。本当に助けて下さったのですね』
「猫さんは名前があるの?」
『もう亡くなってしまいましたが、魔女様からドロシーと呼ばれておりました』
「ドロシーか。可愛い名前だね! よろしくドロシー」
アルフは微笑むとドロシーの背をゆっくりと撫でた。
夢で見た怖い出来事も、対処すれば起こらなくすることも可能だと分かった。
それからは使い魔となったドロシーと一緒に、悪夢を潰して回ることにしたのだった。