第59話 銀の魔女
「ふわぁ……眠っ」
欠伸をしながら練習場から出てきたアルフを見て、周囲の者がざわついている。
「嘘だろ……? あの翼竜を無詠唱で瞬殺!?」
「それよりも炎の威力だろ!? 何だよアレ。普通の炎じゃなかったぞ」
「俺、弟子にして貰おうかな」
「あんな魔法の使い手この国にいたか?」
翼竜を相手に無様な姿を晒すと思っていたのに周囲に賞賛され、ジャンは舌打ちする。
「……ちっ」
瞬殺された翼竜を召喚した宮廷魔道士も睨み付けるようにアルフを見ていた。
その身体からは瘴気が染みだし、目は血走っている。
遠巻きに話す者たちがいる中で一人の女性がアルフに話しかける。
銀色の長髪をなびかせ、白色のローブをまとう。
その肩では白フクロウがうとうと眠っている。
「やるね! 坊や」
「坊やって……僕はもう大人ですよ」
「ふーん。若そうに見えたけど違ったか。まだ二百才くらいじゃないの?」
「二百って……えっと、何基準ですかね? 僕は普通の人間ですけど」
「あれ? 長寿のエルフかと思ったけど違ったか。じゃあ神の愛し子とか?」
「すみませんが全然意味が分からないです」
突然話しかけてきた上に、意味不明な内容ばかり話す女性にアルフは困惑する。
「そっか……時間ある? お茶でもしながら、お姉さんとお話しない?」
「え!? デートのお誘いですか」
「あははは! そうそう。デート、デート」
「えっと、嬉しいですけど待たせている子がいるので」
「何だ彼女がいるのか。それは残念だな」
「彼女というか、家族というか……」
アルフの発言に女性は首を傾けている。そして突然パンっと手を打った。
瞬間、防音結界が発動する。それだけではなく周囲の時が止まっていた。
シンと静まりかえる中、それが何でも無い事のように会話を続ける。
「精霊の加護を受けている気がするけど……君は何者?」
「僕はどこにでもいる通りすがりの冒険者です」
時を操る強力な魔法に内心焦りを感じる。
しかし敵対しているわけではないので努めて普通に話す。
「どこにでもいる冒険者か……ん? このローブには氷の魔女の力が宿っているね」
「……!?」
そう言って女性はアルフのローブを触り始める。
突然ペタペタとローブの上から身体を触られ、どうすべきか分からず固まってしまう。
魔法も使っていないのに動けなくなるなんて凄いな、と現実逃避の思考を始める。
「そうかわかった! 彼女が自慢していたのは君だな」
「えっと? 先ほどから話が見えないのですが。貴女はどなたでしょう」
まずは相手を知らなければ対応に困ると思い、アルフは尋ねる。
「ああ、自己紹介がまだだったね。銀の魔女と言えば分かるかな」
「えっ!? 銀の魔女様ですか!?」
ベルジェ王国には古より東西南北の地にそれぞれ四人の魔女がいる。
領主とは違い、魔女は領地を管理しているわけではないが各方角を司ってはいる。
つまり人の理解が及ばない領域に対処している存在ということだ。
それぞれが水・火・風・地の四大精霊と関わりが深いと言われていた。
「光と闇の精霊から加護を受けている子どもがいると聞いていたが……君だったのか」
「え?」
「あれだけ強力な魔法を使うのだから、納得だな」
銀の魔女は勝手に納得して頷いているが、アルフにはよく分からない話だった。
四大精霊についてはアルフも知っている。
それ以外にもこの世界には無数の存在があることも感じている。
しかし光と闇の精霊からの加護とは具体的に何を示しているのか分からない。
「所でお姉さんは困っているのだけど、助けてくれないかな? 冒険者くん」
「銀の魔女様が困るとは余程のことですね」
疑問は多々あれど、魔女はどんどん話を進めていく。
「そうなんだよ。西の大地を護っていた地の精霊が怒り狂っていてね」
「怒り狂った精霊って……僕の手に負えますかね」
四大精霊と呼ばれる存在は大きな力を持つ精神体だ。
力を貸して貰えるときは心強いが、敵対したらどうなるか想像もつかない。
地の精霊となれば、大地を揺らす大地震で村や町、都市の壊滅も想定される。
「普段から精霊と良い関係を築いている魔女様の方が適任なのでは?」
「それがね、今は対話も出来ないくらいの怒りなんだ」
「どうしてそんな事態に?」
「精霊の中でも娘のように可愛がっていた存在を奪った者がいるようでね」
「うわぁ……精霊界でも誘拐ですか」
アルフの言い方に銀の魔女は引っかかりを覚えて尋ね返す。
「でもって言ったかな?」
「ええ。僕も誘拐されたエルフの子を探している所です。そのためにここにいます」
「エルフの子も誘拐されているのか……。何か分かっているの?」
「悪魔召喚を狙っている者の仕業だと言うことまでは」
「悪魔召喚か。私はこの王城が怪しいと思って来てみたのだが」
「僕も何かあると思っています。どうやら悪魔崇拝者が入り込んでいるようですから」
「悪魔頼みとは宮廷魔道士の質も落ちたものだよ」
二人は揃ってやれやれと頭を振る。
悪魔の怖さが分かっていない。一時的に力を借りても、いずれ命を失う事になるだろう。
「このままでは彼らも危険ですね」
「そうだな。瘴気に飲まれそうな者達を助けてあげてくれないか? 冒険者くん」
「どうすれば?」
「私が時を止めておくから、身体から瘴気を発している者に聖魔法を当ててくれ」
「身体から追い出した後は?」
「時間の流れを戻したら、瘴気が周囲に散る前にさっきの要領で消滅だ」
アルフは頷いて腰に吊っていた剣を聖属性に強化する。
そして指を五回打ち鳴らし、次々に光弾を五人の宮廷魔道士に放っていく。
光弾が当たると同時に口の中から黒い石のような瘴気を帯びた塊が飛び出す。
「いいぞ! やってしまえ」
銀の魔女の合図とともに時間が流れ出す。
身体から放出され動かなくなった瘴気の塊を、素早く五連続で斬っていく。
塊は割れ、聖属性の剣撃により消滅していく。
ついでとばかりに剣を持ったまま腕を真横に振り、眠りの魔法を発動させた。
―――パチン
剣が鞘に収まると同時に、五人はその場に倒れ込み眠り始める。
「おい!? どうした!?」
「突然倒れたぞ!」
アルフに注目していた周囲が、今度は倒れた宮廷魔道士たちに注目して再び騒ぎ始める。
その様子を見て、銀の魔女は片目を閉じて笑顔でサムズアップした。
古から存在しているわりにはノリがいいなと思いながら、アルフもサムズアップを返す。




