第5話 眠りの魔道士の使い魔は優秀です
「どういたしまして」
大声で叫ばれた感謝の言葉に小さく応える。
アルフは大木の陰から、家族に囲まれ抱きしめられている少年の様子を見ていた。
「間に合ってよかったよ」
『まさに間一髪でしたね。ご主人様』
「ホントにね。転移が遅れていたら魔獣のお食事中に突入する所だったよ」
夢で見た事態にならずに済んで良かったと胸をなでおろす。
「足のケガを治してあげたのはドロシーだろ? ありがとう」
『ご主人様の治癒魔法には及びませんが、お役に立てて何よりです』
「助かるよ。僕の魔法だと眠らせ過ぎてしまうからね」
アルフは治癒魔法も使えるのだが、治るまで対象者が眠ってしまうという難点があった。
背負っている時に恐怖が軽減するよう、魔法で眠らせていた。
足の治療も加えると不自然に起きない状態が続いてしまう。
そこを使い魔がフォローしてくれていた。
「やっぱりドロシーは優秀だね」
『ご主人様に褒めていただき光栄です』
「さて、こっちはもう大丈夫だろう。次は南東の村だったか」
『雇われている冒険者も奮闘していますが、怪我人が出ているようです』
「仕事が増える前にさっさと行こうか」
アルフは額に手を触れ南東の村をイメージする。
素早く肩に乗ったドロシーと一緒に野盗に襲われている村へと転移する。
■■■
転移したアルフの目に、野盗の集団と大量の松明の火が見えた。
防衛に徹しているのか、村の周囲には高めの土壁があり門は堅く閉ざされている。
壁にはしごをかけて侵入しようとする者と村人たちの間で激しい攻防が繰り広げられていた。
雇われた冒険者と思われる数人が手助けしている。
村の中に侵入されても門扉が開けられる前に対処しているが、疲労が見て取れる。
「もう夜も遅いのだから、みんな早く寝たら良いのにね」
『早く眠るのはよい子だけだと聞きますよ。ご主人様』
「じゃあこんなに夜更かししている悪い人たちには、早く眠ってもらおうか」
そう言いながらアルフが手をかざして大きく振る。
次々と村を襲っていた野盗が地面に倒れ出す。
「お、おい!? どうした」
「なんか、急に眠く……」
「俺も……」
あっという間に大部分の野盗が眠りに落ちる。
しかし慌てていても、眠っていない者たちがいた。
後方から指示を出している男たちだ。
「あー用心深く、状態異常の護符を持っている奴らがいるね」
地面に倒れた人間に蹴りを入れて起こそうとしている。
「しかし仲間を蹴るとかひどいな」
『お任せください。ご主人様』
「頼むよドロシー」
アルフの肩から飛び降りたドロシーは眠っていない野盗に近づいていく。
人がバタバタと倒れている異常事態。
足下を歩く黒猫に注意を払う者はいなかった。
ドロシーの仕事が見えているアルフはニヤリと笑う。
『完了です』
「ありがとう。良い仕事だったよ」
『ニャア』
「ご褒美は何が良いかな」
肩上に戻ってきたドロシーとそんな会話をしながら、アルフは再び腕を振る。
すると先ほどまでは効果が無かった者も、バタッと音を立て地面に倒れた。
ドロシーがすれ違いざまに護符を爪で破き、効力を無くしてきたのだった。
――パチン!
ついでとばかりに指を鳴らす。
眠っている野盗たちの身体が、ツタでぐるぐるに巻きに拘束された。
「さてと、もう一仕事かな」
『働きすぎですよ。そろそろ帰って眠りませんか』
「まぁここまで来たついで。オマケみたいなものだよ」
『本当にお人好しですね。ご主人様は』
額に手を当てたアルフの姿が消えていく。
現れたのは村にある診療所。
不審人物な感じは否めないが、黒いフードをかぶったまま診療所の扉を開ける。
受付らしき所に人がいなかったので、悪いと思いながらもさらに歩を進める。
「……ううっ」
「痛い……痛いよ……」
「……ぐっ」
奥からは複数のうめき声が聞こえてくる。
扉を開けると一人の医師が横たわる人々に治療を施しているところだった。
医師が手当中の患者は、腕からの失血がひどく顔が青白い。
男性医師は振り返ることもなく告げる。
「軽傷なら後にしてくれ。野盗にやられた傷の深い者が死にそうなんじゃ」
「僕は通りすがりの魔道士です。少しだけ治療のお手伝いをさせて下さい」
「何じゃと? 高額な治療報酬を要求されてもこの村に払える金は無いぞ」
「そんなものは求めていませんから安心して下さい」
その言葉に包帯を巻く手を止めて医師が振り返る。
確かに魔道士のような風貌をした人物が立っていた。
なぜか肩には黒猫が乗っている。
その容姿にどこかで聞き覚えがあるな、と医師は思い出そうとする。
「ん? あんたは」
その間に、魔道士と名乗る人物が腕を大きく振った。
「目が覚めるころには治っていると思いますよ。それでは、夜分失礼しました」
医師が何かを言う前に、魔道士の姿がすっと目の前から消えていく。
まるで夢でも見ていたかのような気分になりながら患者を見渡す。
先ほどまで苦しんでいた者が、みんな眠りについていた。
――今のは何だったのか。
しばし呆然と患者を眺めていると、今度は見知った村人に声をかけられる。
「先生! 兄貴はどうなった!?」
「う、うむ。魔道士様のおかげで命拾いしたようだ」
「魔道士様だって?」
「そうじゃ。あれが噂に聞く、眠りの魔道士様だったのかもしれんの」
■■■
外壁からの攻撃が止まり、静かな状態が続く。
ひとりの村人が恐る恐る土壁の上から顔を出して周囲を見渡す。
目をこらして状況を確認すると驚きの声をあげた。
「こ、これは!? 野盗が全員倒れて、しかも拘束されているぞ!?」
次々と状況が伝播していく。
「え……えええっ!?」
「何だか分からないが村は助かったのか?」
「一体どういうことなんだ」
「村を襲っていた奴らは全員が眠っているらしい」
混乱と、驚きと、そして安堵。
助からないかもと思っていた村人たちは、状況を知り次々と笑顔を作っていく。
誰のおかげかは分からないが、村が救われたのは確かだった。
村の男たちも、冒険者も歓喜に沸いた。
家の中に隠れていた女性や子ども、老人たちも笑顔で抱き合う。
「突然眠り出すなんてな」
そんなざわめきの中で誰かがポツリと話す。
「そういや、最近似たような噂話を聞いたような」
「あ! 俺も聞いたぞ。もしかして眠りの魔道士様が来て下さったのかも」
「架空の人物じゃないのか?」
「いやいや実在するらしい。一昨日近くの村でも……」
村人たちが話していると、男が叫びながら走ってきた。
野盗の襲撃が止み、兄の様子が心配で診療所へ走っていった男だった。
どうやら往復を走ったらしく顔から汗が噴き出している。
「おーい! 大変だ、村長!」
「どうした!? まだ残党でもいたのか!?」
「はぁ、はぁ。い、いや……違う。重傷だった兄貴が……それどころか怪我人全員の傷が治っているんだ! 夢かと思って頬をつねったら痛かったんだよ!」
「は? 何を言っているんだお前は。分かるように頼む」
「だから怪我が……見てもらえば分かる。一緒に来てくれ!」
要領を得ない説明に村長が疑問を投げかける。
とにかく一緒に来て欲しいと促される。
連れてこられたのは村に唯一ある診療所だった。
「怪我人の傷が治るのは、診療所にいるなら当たり前だろう?」
「それがさ……先生が言うには寝ている患者の傷が不自然に治ったそうなんだ!」
「先生の腕が良かっただけじゃないのか?」
「腕は良いけど、腕がくっつくわけないだろ!?」
「だから何を言っているんだか分かるように言えと!」
「こりゃ、診療所では静かにせんか」
二人が口論していると、この村で唯一の医師が顔を出す。
そして要領を得ない男の代わりに決定的な言葉を口にした。
「あの魔道士様は凄腕じゃのう。手に負えなかった者たちまで治ってしまったわい」
「え……それって。つまりお前の兄貴の腕が元に戻ったってことか?」
「だから言ってるでしょ!? 大変だって!」
「欠損の治癒なんて大魔法じゃないか! 本当に魔道士様が助けて下さったと!?」
ようやく村長に事の重大さが伝わる。
こくこくとうなずく男の顔からは汗がしたたり落ちた。
村長は魔道士からどんな報酬を要求されるか分からず、冷や汗がほほを伝う。
「先生! その魔道士様はどんな方でした!?」
「こんな大恩、この兄弟じゃ一生かかっても返せないかもしれない!」
「村だって救ってもらったんだ! 村人全員で礼をしなければ!」
「だから静かにしなさいと言っているだろう」
何度注意しても騒がしいことに、医師は顔をしかめる。
「うむ。それがな……話したことは覚えているのじゃが、すぐに消えてしまって特徴を思い出せないのじゃよ。わしも年かの」
「まさか、本当に……」
眠りの魔道士が架空の人物と思われているのには理由がある。
助けられた人や目撃した人の記憶が、不明瞭なことが多いからだ。
その魔道士が訪れた後は、たいてい眠っている人がいるため『眠りの魔道士』と呼び名が付いて世間に広まっていたのだった。
「そう言えば報酬など求めていないと言っておったぞ」
「なんと!? 本当にそんな無欲な人物が存在するのか……?」
「噂通り、妖精や神の遣いのような魔導士様ですね」
「架空の人物と言われるのも納得だのう」