第45話 天罰
船室のソファに座り、水差しからグラスに水を入れて一気に飲み干す。
同時に平皿にも水を入れ、それをドロシーがペロペロと舐めている。
温かい紅茶でも飲みたい気分だったが、一度座ってしまうと動くのが億劫になってしまった。全身が休息を求めているようだ。
勝手に瞼が閉じてウトウトし始めた時、頭の中に声が響く。
「(魔道士様……。魔道士様……)」
こんなに眠いのに、話しかけてくるのは誰だろう。
今は少しだけでも仮眠させて欲しい。
「(魔道士様。セシルです)」
セシル……。声の主はセシル……。
その言葉でアルフの閉じていた目がパチリと開く。
そう言えば、赤子を任せたまま何も連絡をしていなかった事を思い出す。
こんなことでは通りすがりのベビーシッター失格だ。
慌てて胸元のペンダントを取り出して魔石を握りしめる。
「(何かありましたか? セシル様。ヴェルヌ王国にいるので直ぐには行けないのですが)」
「(そんな遠方に? では赤子の両親は……)」
「(ご安心を。色々ありましたが情報のおかげで両親とも見つかりましたよ)」
「(それは良かったです! 実は、捨てられていたはずの赤子を渡せとレジナード商会の使用人が来ています)」
「(父親を倉から出したのに気付いたのでしょう。赤子……カレンちゃんはどうしています?)」
「(背に羽が生えました。シスター達が姿を見て、天使様や女神様だと騒いでいます)」
眠りの魔法の回復効果で、無事に背の翼は戻ったらしい。
あとは両親に渡せばいいのだが、すでにヴェルヌ王国の港にいてベルジェ王国の王都まで転移するには今の魔力残量では厳しかった。
何か使用人を追い返せる口実は無いかと考える。何か恐れて教会に近寄れなくなるようなことは……。
そこでアルフは先ほど船乗り達から聞いた話を思い出した。
「(セシル様。雷撃強化されたナイフはありますか)」
「(はい。このナイフで戦って追い返しますか?)」
案外攻撃的な発言をするセシルに驚きつつ、アルフは別の提案をする。
「(いいえ、戦えば余計に人が集まるだけです。脅すだけで充分ですよ。女神様に手を出したレジナード商会には天罰が下ると)」
「(信じるでしょうか?)」
「(ナイフの柄を握って落としたい場所に”落雷”と念じてみて下さい。天からの雷撃が発生するはずです)」
「(そんな効果まであるのですか!)」
「(最大限に強化しておきましたから。それと、海には神の船も天罰を下しに降臨していると伝えて下さい)」
「(神の船とは?)」
「(詳細は省きますが空飛ぶ船の情報が行き交っているので、商船を持つレジナードには真偽の確認で時間を稼げると思います)」
「(分かりました。魔道士様。やってみます)」
■■■
アルフが下船の準備をしている頃、セシルは教会前でレジナード商会の使用人と対峙していた。用心棒のような男が二人、後ろに控えている。
要求を飲まない場合は無理に教会内へ立ち入るつもりだろう。
マドレーネ修道院長には動揺する子どもたちを落ち着かせる事を頼み、セシルは一人外に出た。フードの袖にはナイフを隠して。
「そろそろ赤子を返して欲しいのですが」
「捨てておきながら何と勝手な言い分でしょう」
「旦那様からのご命令に逆らうわけにはいかないのです。孤児が減って教会も助かるでしょう?」
「赤子に瀕死の重傷を負わせるような者には渡せません」
赤子の夢の中で刃物を持っていた男を見つけたセシルは、きっぱりと否定する。
「知らないでしょうが、あれは魔物の子ですよ? 背には羽が生えていたのですから」
「物を知らないのは貴方たちの方です。あの像をご覧なさい。女神様の背にも羽があります」
そう言ってセシルは教会前に飾られている女神像に手を向ける。その像の背には大きな翼があった。
「確かに女神様にもありますけど、母親は魔物でしてね?セイレーンという気持ち悪い魔物ですよ」
「魔物とおっしゃいますが、他国では神の遣いと呼ばれていることをご存じないのですか」
「この国では魔物だ!」
「こっちが下手に出ていれば神の遣いなんて言いやがって、いいから渡せよ!」
痺れを切らして言葉遣いが悪くなった使用人達に、冷めた目を見せながらセシルは告げる。
「女神様に手を出したレジナード商会には天罰が下るでしょう」
「はぁ? 天罰が下るだと? 見えない神の天罰なんか怖くも……」
―ズガァン!
「……ひっ!」
青天の霹靂。夜が明けてすがすがしく晴れ渡っていた朝の青空から、突然の雷撃が落ちる。
それまで天罰の言葉に平然としていた使用人の足元には、焼け焦げた穴が空いていた。
「そ……そんな、馬鹿なことが……」
「神は常に人の行いを見ていますよ。神子に手を出したなら怒るのも無理はありません。海には神の船が天罰を下しに降臨したとお告げが出ています」
「か、神の船!?」
「手遅れになる前にレジナード商会の会頭に知らせてあげた方がよろしいかと」
「な……んてことだ」
「おい、どうする?」
「とにかく一度報告に戻ろう。あの魔物が……」
―ズガァン!
次は魔物と口にした男の足元に雷撃が落ち、三人全員が衝撃で腰を抜かした。
そして使用人たちは天に向かって祈り始める。
「神様、女神様! どうか、お許しを!」
「俺たちは命令されただけなんです! すべてレジナード会頭が……!」
「恥ずべき行いをしていないのならば天罰を恐れる必要はありません。しかし女神様や神子を傷付けた者を許してくださるでしょうか? ここは教会ですよ。虚偽はすべて見られています」
「う、うわあああぁぁ!」
セシルの言葉に使用人は這いつくばりながら馬へしがみつき、後を追うように二人の男も一目散に教会から去っていった。
その姿が見えなくなった事を確認してセシルはペンダントの魔石を握る。
「(脅しが効いて上手く逃げ帰って下さいましたよ。魔道士様)」
「(これでしばらくは時間を稼げそうですね。用事が片付いたら迎えに行きます。お任せして申し訳ありません)」
「(魔道士様が謝る必要はどこにもありません。それに遠く離れていても助けて下さいました)」
「(美しいだけではなく、子を守る強さ。セシル様はきっと良い母親になれますね)」
「(魔道士様こそ! あんなに鮮やかに子どもを寝かしつけられたら、世の母親が嫉妬するほどの良い父親になれますわ)」
「(えっと……通りすがりのベビーシッターですから。ではまた何かあれば知らせて下さい)」
魔石から手を離してからセシル嬢との会話を思い出したアルフは、父親になる前に恋人探しからなんだよなぁとため息を吐きつつ馬車を走らせた。




