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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの魔道士編
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第3話 街の噂話

 ローラの持参したお菓子問題を解決して、心配事がひとつ消えた。

 温かな紅茶を飲みながら雑談をする。


「それでね。どうやら昨夜も街に出たらしいのよ」

「出たって……何が?」


 幼なじみのローラは、話題が豊富で会話していても飽きることは無い。

 紅い瞳がキラキラと輝く。

 機嫌さえ悪くなければ、とても可愛らしい女性だ。


「もちろん眠りの魔道士様に決まっているじゃない」

「ああ……。でも正体不明の人物なんだよね?」

「実際に助けられた人はたくさんいるのに、どうして不明なのかしら」

「さあ? そもそも本当にいるのかな」

「私が聞いた話はね――」


 ローラが語ってくれたのは、誘拐された子どもの話だった。

 街におつかいに出かけたきり、帰宅しない女の子がいた。

 いつもなら遊んでいても夕暮れには帰宅する娘だ。

 心配した母親が街の店主に話を聞きに行った。

 すると見知らぬ男の馬車に乗せられどこかへ向かったのだという。

 母親は慌てて衛兵に説明し、行方を探したが分からずじまい。

 途方に暮れていたらしい。


「へぇ、街ではそんなことがあったのか」

「知り合いも心配して総出で探していたの。昨夜は結構騒ぎになっていたのよ」

「でもその話がどうして眠りの魔道士につながるの?」

「探し疲れて仮眠していた母親が気付くと、娘がベッドで寝ていたらしいの」

「無事に帰って来たのか。それは良かったね!」

「女の子を連れ去った男は、詰所前に縛られた状態で寝ていたそうよ」


 ローラは街の噂話を興奮気味にまとめて話してくれた。


「うーん。正義感の強い誰かが気づいて救い出したのかもしれないし……」

「でもね」


 ローラは早く続きを話したいという顔をしていた。

 正直な所、そろそろ切り上げてもいいかなとアルフは思い始めていた。

 けれども輝く紅い瞳に負けて続きを促してしまう。


「でも、そうじゃなかったってこと?」

「そう! 目を覚ました女の子が証言したのよ!」

「何を?」

「怖くて泣いていたら『眠りの魔道士様が助けてくれた』って」

「ええっ!?」


 アルフはその話に驚きの声を上げる。

 まさか女の子が証言するなんて、思いもしなかったからだ。


「ふふっ。さすがのアルフも驚いたみたいね」

「……うん。驚いた」

「ついに眠りの魔導士様が実在していたことが証明されたのだもの!」

「そうなるね」

「本当にいたのよ! 私も会ってみたいわ!」


 目の前にいるけどね。

 なんてことは、絶対に言えない。


「どんな人だったのかな」

「優しい声だったそうよ。でも顔までは分からなかったみたい」

「特徴とかは?」

「噂通り。黒いローブを着て、肩に黒猫を乗せていたらしいわ」


 女の子は声を覚えているようだが、それだけでは探し出せないだろう。

 安堵してアルフは話を続ける。


「猫を肩に乗せていたら、僕も眠りの魔道士だと思われるかな」

「馬鹿ね。形だけ真似したって、眠りの魔道士様だと思われたりしないわよ」

「それもそうか。それで女の子は無事だったの?」


 不自然にならないようにアルフは尋ねる。


「ええ。でも、危うく奴隷として売られそうになっていたらしいわ」

「最近多いよね。そういう事件」

「そうね。ねえ、本人に話を聞きに行ってみない?」

「僕は遠慮しておくよ。面倒だし」


 アルフは首を怠そうに振って断る。

 聞き覚えのある声だと指摘されたら、本当に面倒なことになりかねない。

 

「怖かったことを何度も聞かれるのも嫌よね」

「そうだよ。怖い目にあったんだから、そっとしておいてあげようよ」


 そんな話をしていると、窓辺に寝そべっていた黒猫が鳴いた。


『ニャア』


 その鳴き声で、視線を外に移したローラは腰を上げる。

 高かった陽も陰って、そろそろ夕暮れ時だ。


「話に夢中になって、長居してしまったわ。そろそろ帰るわね!」

「クッキーごちそうさま」

「また自信作が出来たら持ってくるわ」

「うん……。楽しみにしておくよ」


 ローラを門の外まで見送ると、アルフは自室へと急ぐ。

 その後ろを黒猫もトコトコとついて来る。


「あら坊ちゃん」


 途中の廊下で出会った侍女に、今夜は外で食事をしてくると伝える。


「デートですか?」

「あはは……」


 曖昧な苦笑いを見せつつ自室へ入り、扉を閉める。

 同時にパチンと指を鳴らして防音結界を張る。


「可愛い女の子とのデートなら良かったけど。はぁ……」

『可愛い女の子ならここにいますよ。ご主人様』


 自室でため息を吐くアルフに、黒猫が話しかけてくる。

 見た目は普通の猫に見えるのだが、頼りになる使い魔だ。


「うん。確かにドロシーは可愛いね」

『ニャア』

「それで、今の状況は?」

『北西の森で迷子になっている子どもが一人』

「他には」

『南東の村が野盗に狙われています』

「反対方向じゃないか。魔物に襲われると危ないから、迷子が先かな」


 言いながら収納空間(アイテムボックス)から取り出した黒いローブを羽織る。

 その肩へドロシーがひょいと飛び乗った。

 アルフは額に手を当て軽く目を閉じ、北西の森の座標を頭に浮かべる。

 その姿は一瞬で部屋から消え去った。


「坊ちゃん、入りますよ」


 しばらくして、アルフの自室扉がノックされた。


「旦那様が……あら? いない。もう出かけたのですかね」

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