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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの断罪 後編
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第272話 させると思うか?

 黒い霧を通して手にした錫杖に魔力が蓄えられていく。

 その魔力を存分に体内に取り込み、男は愉悦の表情を浮かべていた。


「廃嫡されたとは言えサフィーラ王妃の娘。じつに膨大な魔力だ!」

 

 青白い顔で息も絶え絶えとなったローラは絶望の中にいた。

 全身から力が抜け、もはや身をよじる気力も無い。

 唇を噛みしめて話を聞き続けるしかなかった。


「成人の祝福まで魔力増強を待っただけのことはある」 


 王家に双子として生まれ、生後すぐに殺される運命にあった忌み子。

 ローラのことをそんな廃嫡された姫と勘違いしているらしかった。

 以前にも聞いたような話だったが、どこで耳にしたのか思い出せない。


「……っ」

 

 記憶を探ると頭の奥がズキリと痛み出す。


「ほう? しぶといと思えば、魔力の放出に制限を掛けられていたか」


 正直な所、そんな制限が掛けられていることなど知らない。

 膨大な魔力が暴発したら大変な事態になることくらいは容易に想像がつく。

 思い当たるのは幼少期の記憶欠如。

 きっと私を守るために両親が対策してくれていたのだろう。

 それならそうと教えておいて欲しかった。

 そんなことを考えていたらふと思い付く。


(もしかしたらアルフも魔法の放出を制限されているのかも……?)


 魔力は多いのに魔法が使えなくて、皆から侮られている幼なじみ。

 自分の悪評には平然としているのに。

 誰かのことになると心配ばかりして。

 困った時には、いつだって親身になって助けてくれるお人好し。


「その心臓を貫き、すべての力を頂くとしようか。クククッ」


 そう笑った男の身体がドロリと溶け、異形の姿へと変貌する。

 肌は紫色に変色し、額からは鋭い角が伸びていた。

 上半身は膨れて豪腕がいくつも背から生えていく。

 周囲にいた者たちも呼応するようにボコボコと姿を変えていく。

 もはや人としての姿を保つ者はいなかった。


 取り囲んでいるのは化け物たち。悪魔と魔獣の群れだ。


 いよいよ最後の時が来てしまったらしい。

 死を目前にして、何故だか幼い頃のアルフの泣き顔が脳裏に浮かぶ。


「今この時! 我が糧となり永遠の下僕になれることを喜べ!」 


 死の宣告。

 ローラはギュッと口を結び、目を閉じて祈ることしか出来なかった。  


――女神様! どうか天罰を!


 刹那、雷が落ちたような衝撃音が轟き、同時に足元がぐらりと揺れる。


「させると思うか?」


 不意に拘束が解けて倒れ込んだローラの身体は優しく受け止められていた。


「目覚めろ。炎の精霊」


 パチンと指を打ち鳴らす音がして、じんわりと周囲の温度が上がっていく。

 冷えた身体が温まる。

 まるですぐ近くに焚き火があるような気分だった。


「なっ……何者だ!?」


 そんな声とともに、ぼとりと何かが落ちる音。

 そして絶叫が響き渡る。


「ぐあああああっ! 腕が、私の腕がああああああっ……!」

「散々、死者を愚弄しておきながら。腕が落ちたくらいで大騒ぎとはね」

「っ……おのれ! よくも高貴な私に……このようなっ狼藉を!」

「そんなイカの姿で高貴って言われてもな」

「……イ、イカだと……!?」

「あっ。この黒い霧はイカ墨だったのか。イカと愉快な仲間たち?」


 (まさか化け物を煽ってる? 恐ろしくないの!?)


 目を開けて状況を確認したくても、ひどくまぶたが重かった。

 それでも必死になってローラは薄っすらと目を開ける。


『ニャア』 


 まとわりついていた不快な霧が消え、足元では黒猫が見上げていた。

 

「ともあれ……間に合って良かった」


 抱き寄せられながら聞こえたのは、安堵からのつぶやき声。

 護るように後頭部へ置かれている手。

 この陽だまりのような安心感には覚えがあった。


 (でも、だけど……?)


 疑問とともに顔を上げて声の主をしっかり見ようとした直後。

 ローラは強い眠気に襲われた。


 (だめ! ここで眠ってはだめよ! 確認しないと) 


 ローラはとっさに唇を噛み、痛みで眠気を逸らす。

 唇からポタリと血が落ちる。


「……うっ……っ」


 自ら噛んだだけでこの痛さだ。

 あのまま心臓を貫かれていたらと思えば背筋が凍る。


「えっ……? ローラの口から血が! ド、ドロシー!」

『ニャア』


 倒れないように支えてくれていた人は、愛猫の名前を呼んだ。

 そこで確信する。

 アルフだ。アルフが助けに来てくれたのだと。

 黒いフードに覆い隠されて顔は口元しか見えない。

 見えなくても今なら分かる。

 幼なじみの心配そうな顔が思い浮かんで、目の端に涙が溜まる。


『ニャア』


 (ドロシー)の鳴き声を聞きながら思う。

 巻き込まれて死ぬかも知れないのに。

 これほど危険な場所にまで助けに来るなんて。

 本当にお人好し過ぎる。

 命が助かったら真っ先に伝えよう。


「(……バカね。本当にバカなんだから)」


 力の入らない腕で抱きしめようとして、ローラの意識は途切れた。



 

■■■


「ドロシー。ローラは」

『体力と気力の限界で気を失っただけです。ご安心下さい』


 無事を知った途端に、見守っていた炎の精霊たちが騒ぎ出す。


『だぁーっ! 遅い! 遅いぞー魔導士!』 

『べったり姫につきまとってるくせにー!』


 確かに間一髪だった。

 助けに来るのが遅れたのは自覚しているけれど。

 いつでもローラにつきまとっていると言うのは心外だ。


「遅れたのは謝るよ。でも、つきまとってないからね」

『常に姫を観察してるだろー!』

『魔力をつないでるくせにー!』

『黙りなさい! 守護対象を守れず封印された輩が!』


 ペシリと尾が勢いよく床を打つ。

 大精霊(ドロシー)のキツいお叱りに、精霊たちは言葉の勢いが弱まる。


『うっ……それは、その通りだけどさぁ』

『仕方ないだろ。強力な精霊封じだったし』


 再び尾が床を打つ。


『ご主人様に文句を言える立場だとでも?』


 今度は爪まで出ている。これはかなりお怒りのようだ。


『ごめんよ。遅いなんて言って』

『姫を守ってくれてありがとな』


 目の前でペコリと頭を下げる精霊たち。

 その素直さに、こくりとうなずき返す。

 ドロシーが睨みを効かせているから当然かもしれないが。


『聖炎で囲ってくれたんだな!』

『これなら姫の回復も早まるぞ』


 異形たちは怒り任せで闇雲に攻撃しては聖炎に焼かれていた。

 イカの姿焼とはならず、触れた部分が燃えて消えるだけだが。

 そして何度も触腕の再生と消失を繰り返し、学んだらしい。

 攻撃を止めて、黒い霧により魔力を吸収することに切り替えた。


『おいおい! 大量に魔力を吸われてるぞー!』

『魔力が尽きる前に、逃げた方が良くないか?』


 心配そうな声を出す炎の精霊たち。

 聖炎を保てる魔力が無くなれば、黒い霧に飲まれてしまう。

 そうなれば動けなくなった所に総攻撃を受けるだけだ。

 かと言って転移魔法で遠方に逃げたとしたらどうなるか。

 大聖堂の結界を打ち消すために、だいぶ無理をした。

 反動によってはその場で倒れて長い眠りに落ちかねない。


「ここで僕が逃げたらこの国は終わるよ」


 奴らは集めた魔力や精霊の力を使い、王妃の結界を破るつもりだろう。

 王城地下が魔界とつながり悪魔の軍勢が溢れ出したら、護りきれない。


『だけど、このままじゃ……!』

『姫もお前も助からないぞ!?』

「大丈夫。こんな悪夢は終わらせる」


 精霊たちとそんなやりとりをしていると、霧の向こう側から笑い声が響いた。


「クククク! この魔力。さては貴様が眠りの魔導士だな! ハハハハ!」

「何が楽しいのやら」

「アハハハハ! バカな奴だ。自ら魔力を差し出しに来るとは!」


 吸収した魔力によって(ハウンド)の身体はさらに大きく膨れ上がっている。

 その重みで床は軋み、いつ時計塔が崩れてもおかしくない状況だ。


「どうした魔導士? ずいぶんと結界が弱くなっているぞ!」

「そろそろ限界だ」

「フッ、ハハハハハハ! グハハハハハハハハ!」

「お前がな」


 そう言ってパチンと指を鳴らし、魔法を発動させる。


「ハハハハ……は?」


 笑い声が止まり、大司教ハウンドだった塊はピタリと動きを止めた。

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