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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの幼なじみ編
202/274

第199話 闇の力

 闇の魔力が全身に満ちている。


『それではご主人様。存分に闇の力を使って下さい』

「実体のほうが心配ではあるけど」

『何かあれば、ポンコツと魔女様が対処するかと』


 成人したことで、これまで以上に強くなった闇の魔力。

 周囲を無意識に闇でかき消してしまうほど強力で、まだ完全な制御は難しい。

 危険だと判断したアルフは、大部分を潜在意識に眠らせている。

 その力をドロシーが完全に解放して、目覚めさせてくれた。


「まずはこの世界から出よう」

『ニャア』


 アルフが腕を振ると、閉じていた世界が闇に飲み込まれるように消え去った。


■■■


 様子を見守っていた魔女は、即座に異変へと気づく。

 近くにいたセオドールも距離をとった。


「魔道士くんから闇の魔力が放出されているね。これは――」

『闇の女神からの加護であろう』


 ゆっくりと闇が広がって何も見えなくなっていく。

 この闇に飲み込まれて無事である保証は、どこにも無い。


「さすがに放置出来ない。周囲に聖結界を張ってもらえるかい」

『すでに張った。それでも溢れ出るほどの力だ』


 時を止めて闇の広がりを抑えながら、魔女は冷や汗を流す。


「世を照らす希望の光でありながら、同時に眠らせる闇にもなれる存在か」


 光の女神だけではなく、闇の女神にまで愛されている。

 世界を救うことも、滅ぼすことも出来る神の遣い。

 勇者や聖人の器になど収まらない、おそろしいほどの二面性だった。

 

「これだけの加護があって、身体に聖印がないとは思えないのだけど」

『主に近づく理由はそれか』

「彼の正体も興味深いけれど、聖印を解析してみたくてね」

『見ておらぬぞ。そもそも解析してどうするのだ』

「稀少魔法の研究さ。闇の女神の聖印なんて、数百年は見ていない」


 あまりにも強力な闇の力は、魔女に故人を思い起こさせた。

 彼女の無念を思って大きなため息を吐く。


「きっと闇の女神は許していないだろうね」

『何を許しておらぬと?』

「愛し子が人々に裏切られ、その存在を消されたことだよ」

『闇の女神の愛し子……エルフの王女か』


 命懸けで世界を救ったのに、汚名とともに処刑された。

 そして歴史上からも名が失われている。

 これでは死後も魂が報われることはない。


『王女の魂ならば、主の中で眠っているが』

「は……? どうしたらそんなことになるのかな」

『理由までは我も知らぬ』


 話している間にも闇は広がっていった。


「おっと! これは助っ人が必要かもしれない」


■■■


 閉じ込められていた悪夢を消し去り、夢魔と対峙していた場所へと戻る。

 するとパチパチ手を叩く音が聞こえた。


「ふふっ。私の悪夢から抜け出せたのは、あなたが初めてよ」


 相変わらずセシルの姿で、微笑みを浮かべている。

 闇の中でも姿が認識できるのは視覚で見ていないからだ。

 ドロシーによると、脳が直接感知しているらしい。


「それじゃあ次は僕が悪夢に招待する番かな」

「笑わせないで。聖力を使えないのに何が出来るというのかしら」


 この状況で夢魔が恐れるものなど無かった。

 聖剣も聖力も使えない、闇が支配する世界。

 悪魔にとっては有利な状況でしかない。

 

「性格は最悪だけど、黒目黒髪で容姿は気に入っているの」

「あっそ」

「器が嫌なら特別に専属の下僕にしてあげてもいいわ。嬉しいでしょ」

「そんな言葉に喜ぶわけないだろ」


 悪魔崇拝者にとっては、感涙するような提案なのかもしれないが。

 もはや呆れるしかない。


「愚かね。斬り刻んで、二度と出られない悪夢を見せてあげる!」


 アルフの素っ気ない態度に、夢魔は言葉を荒げた。

 両手にナイフを持って攻撃してくる。


(軌道に工夫がないな。右は脇腹、左は首狙いか)


 魔法を使わないのは、セシルを意識させるためだろう。

 そんなことを考える余裕も生まれていた。


――ガキンッ!


 金属同士のぶつかる鈍い音が、重なるように響く。


「なっ! どこでそれを!?」

「メフィスからの贈り物だよ」


 左右のナイフを黒い柄の双剣で受け止め、弾き返す。

 闇の力が満ちる身体では、聖剣よりも呪いの双剣が力を発揮する。

 そして呆気にとられている間に、両腕を狙い斬る。


「ぐうっ……!」

 

 魔力を吸収する特徴を持つ刃は、夢魔にも効果があった。

 これは精神体の戦いだが、夢魔にとってはこちらが本体。

 傷ついたと認識すれば痛みを感じるらしい。

 

「あの男が裏切ったのね……! 目をかけられておきながら」


 勘違いさせたまま、アルフは双剣で斬りつける。

 夢魔の身体から黒い霧が流れ出して、刃に吸い込まれていく。


「おのれ! 何故この姿に魅了されない!?」

「その姿には魅力を感じないからに決まってるだろ!」


 さらに斬り裂き、弾き、斬り飛ばす。

 剣技においては完全にアルフが勝っていた。

 すでに夢魔は握っていた両手のナイフを弾きとばされている。


「そんなはずはない……」


 夢の中でも魅了出来なかった事に、夢魔は困惑する。

 間違いなく、弱点を突いた姿のはずだったからだ。


「記憶から姿を作り出しているのよ! 同一人物に見えているはず」


 セシルの姿をしていることに、アルフはだんだん腹が立ってきた。

 いいや。本当は最初からその姿を使ったことに怒っていた。

 魔道士として冷静でいるために、ずっと抑えていただけだ。


「セシルの瞳はお前みたいに濁ってない! それに――」


 目の前へ瞬時に移動して胸を斬り裂き、上へと跳ぶ。

 そのまま脳天へ刃を突き刺し、クルリと宙回転して背後に回る。


「ぐああっ……!」


 さらに半回転して背を斬る。


「ぜんぜん可愛くない! 魅了どころか、不愉快だっ!」

「ぎゃあああああっ!」


 胸と頭部と背から噴き出した黒い霧が双剣に吸い込まれる。

 すでにカリュブディスの魔核以上に、魔力をたっぷりと吸収していた。


「……あ、ああっ。私の魔力が……奪われる……」


 それでもアルフは容赦せずに双剣を振る。

 全身を刻まれて、もはや夢魔は人の姿をしていなかった。

 魔力を失って泥のように崩れている。


「ぐがあああぁぁっ!」


 そして黒い馬の姿に戻った夢魔が、狂ったように突進してくる。


(やっぱり行動が単純で読みやすい)


 しかしアルフに蹴り飛ばされて、大きく吹き飛ぶ。


「ぎゃああぁぁっ! ぐふっ! 」

「うるさいな」

「ぐがあああっ! ごふっ!」

「しつこい」


 何度も同じ動きを繰り返した黒い馬は、弱々しい呼吸で横たわった。

 魔力は奪われて翼は折れ曲がっている。

 聖結界に阻まれ、瘴気から力を補充することも出来ない。

 立ち上がる気力もないほど消耗していた。


「はぁ……はぁ……。なんで……突然……こんなに強く……」

「あっ! 悪夢に招待するのを忘れるところだった」

「な……に……を……」


 深くかぶったフードから見える口元が弧を描く。

 夢魔はその時、恐ろしさで震えていることに気づいた。


「ひっ!」

「追体験のお返しに、捕食される側の気持ちを体験させてあげるよ」


 パチンと指が鳴らされる。そして――。


「いやああああああ――――!」


 夢の中で絶叫が響く。 

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