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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの聖人 後編
185/274

第185話 お待たせ

 魔導船へ向かって飛んでいた邪竜の頭に、突如雷撃が無数に落ちる。

 銀の魔女が狐耳をピクピクさせながら呟いた。


「おやおや? これはどう言う事かな」

『この魔力は……まさか!』

『まさかも何も、ご主人様に決まっています。ポンコツ』


 眩い光りが消え、視界が戻ったと思えば斬られた頭が四つ落下していく。

 さらに邪竜の頭は落下途中で聖なる炎に包まれ、そのまま焼き消えた。


「師匠! あの多彩な攻撃っぷりは師匠だ!」

「これは……夢じゃないよね!? 本当に、本当なんだよね!?」


 ルークとセシリアの目に嬉し涙が浮かぶ。

 邪竜の巨大な身体に隠れて姿は目視出来ないが、誰がやったのかは分かる。

 同じように一太刀で頭が落とされる瞬間を見ているのだから。


「魔道士くんは不死身の種族なのかい」

『いいえ。私が目を離すと、無理をして死にそうになるお人好し族です』

「何とも困った希少種だ。たっぷり諭さないといけないね」

『もちろんです』


 聖女と勇者を助けるため、その身を危険にさらしたのは事実。

 ドロシーにとっては説教確定案件だった。


『思い返せば取り乱してはいなかったな。気づいておったのか?』

『ご主人様が戻られたのは、愛の力によるものでしょう』

「うんうん愛の力か。そういうことなら納得だ」


 光の精霊が騒いでいる場所を視て、ドロシーには無事が分かっていた。

 転移場所を知れば、誰を想って戻ったのかまで丸わかりだ。


「やっぱりアリシアちゃんと師匠は、そういう関係だったの……?」


 セシルの存在を知らないルークは『愛の力』と聞いてアリシアを見た。


「誤解です!」


 否定するがアリシアの頬は染まっていた。

 魔道士の優しさと強さに、少なからず好意を抱いていたからだ。

 聖女の護衛とは名ばかりの騎士たちとは違い、守られたのは初めてだった。

 

「だけどしっかりと抱きしめ合っていたし」

「あ、あれは……落ちないように……」

「なかなか興味深い話だけど、追求している場合でもなさそうだ」


 濃厚な瘴気と、ピリピリとした殺気を伴った気配。

 上空から漆黒のドレスに身を包んだ、銀髪の少女が見下ろしていた。


「檻から出てこられるなんてね。まあいいわ。ちょうど空腹だったの」


 見た目はエルフだが、瘴気に包まれても平然としている。

 まぶたは閉じたまま両目の部分が赤く光っていた。


「お前は! さっきはよくも……!」

「ララノア……いえ、少女に憑依している悪魔ね!」


 ルークとセシリアも、上空にいる少女を睨み返す。


「うふふっ。活きのよさが戻ってる。どこから食べようかしら」


 少女は呟き、人差し指を立てて魔力を込めた。

 その指先を地面に向けると、瘴気の刃が弾丸のように降り注ぐ。


『ポンコツ! 聖結界を』

『言われなくとも!』


 全員を刃から護るように光りの障壁が張られる。

 しかし瘴気の刃は止むこと無く続き、障壁が削られていく。

 

『押されています。真面目にやってください』

『猫の姿では力が制限されておるのだ……!』

『言い訳は無用。複数重ねて張ればいいだけです』

『すでに限界まで重ねておるわッ!』


 ララノアの姿をした悪魔が笑いながら、さらに指を振る。


「勇者と聖女がそろっても、この弱さなの? あはははは!」


 勢いを増した刃の嵐に耐えきれずに、聖結界が壊れていく。


「檻を壊したのだからと、警戒することもなかったわね」

「きゃあ」

「くそっ!」


 結界を貫通した瘴気刃に、アリシアとルークが飛び退く。


「遊びはおしまい。刻まれる覚悟はいいかしら?」

「そっちこそ」


 そんなやり取りが聞こえて、瘴気刃がそれ以上降り注ぐことはなかった。

 空中では白銀の閃光とともに黒いローブが舞っていた。

 降ってくる刃がすべて斬り払われて消えていく。

 パチンと指が鳴り、新たな聖結界が張られた。


「お返しだ」


 結界に触れた瘴気刃が、カウンターで術者の少女にはね返っていく。

 再び指が鳴り、聖刃に変換された刃がララノアのドレスや手足を刻む。


「くっ! よくもお気に入りの服を傷つけたわね!」

「そんなの知るか。そもそも似合ってないよ」


 苛立って増えた瘴気の刃が再びはね返り、ララノアを襲う。

 軽く笑ってさらに挑発する。

 そのままクルリと軽やかに回転して、黒いローブの人物が降り立った。


「お待たせ」

「師匠! 登場がかっこよすぎです!」

「魔道士様! いえ……剣士……それとも聖騎士様かな……?」


 見事な剣技と聖結界を目にして、アリシアは言い悩む。


「魔道士で合ってるよ」

「困っていると訪れるって聞くけど……狙っていたのかい?」

「まさか。精一杯行動している結果なので、どうかご容赦を」

「まあ邪竜が落ちるのは見ていたからね。信じようか」


 悪魔が動き出したことに気づいて、慌てて邪竜の翼を斬り落としてきた。

 斬った翼を石化させ、おもりにして足止めしてある。

 重力操作で荷重を追加したので、多少の時間稼ぎにはなっているようだ。


「ところで、魔女様はずいぶんと可愛らしくなりましたね」

「ふふっ。そうかい? 魔道士くんなら口説いてもいいよ」

「え? 本当ですか!?」

「もちろんだ」

「あはは……失礼しました。からかわないで下さい」


 お姉さんは本気なのに、と言う魔女の呟きは聞き流しておく。

 千年は生きる長寿命種族の相手はとても務まらない。

 一瞬『命の実』の存在が浮かぶが、安易に手を出していい代物では無い。


「魔力不足なのですか?」

「時空魔法の維持に魔力を使いすぎてね。絶賛、枯渇中だよ」

「それならば、こちらをどうぞ」


 剣を持つ片手で聖結界を維持しながら、アルフはリンゴを手渡す。


「おや? 魔力回復の果実じゃないか。気が利くね」

「あの美味しいリンゴにはそんな効果があったの!?」

「じつはそうなんだ。聖力も回復しているはずだから浄化をお願い」


 強くうなずくと両手を組み、アリシアは聖句とともに祈りを捧げる。

 まるで霧が晴れるように周囲の瘴気が消えていく。

 悪魔の憑依した少女が、忌々しそうに顔を歪ませて距離を取った。

 その隙を突いてアルフは防音結界を追加する。


「師匠、俺は何をすれば」


 本当ならば聖剣で邪竜を斬って欲しい。

 けれども武器が無いのは承知している。


「この剣を――」

『わたしのマスターは、マスターだけです!』

「(勇者を拒否する聖剣もどうかと思うよ?)」

『マスター以外に身を捧げるのは嫌です。見捨てないで下さい!』


 紺碧の聖剣を使ってもらおうと思ったのだが、頑なに拒否されてしまった。

 力を発揮出来ない剣を渡しても仕方が無いので諦める。

 そうなれば期待するのは消滅結界だ。


「剣を?」

「ああ、いや。何とかして邪竜の魔核を見つけ出すから、消滅させて欲しい」

「わかりました! やってみます」

 

 作戦は決まった。

 問題は悪魔を相手にしながら、邪竜の魔核を見つけて消せるかだ。

 一人ではだいぶ難しい。頼れる使い魔の名を呼ぶ。


「ドロシー」

『お待ちしておりました。ご主人様』


 呼ばれたドロシーがアルフの肩へと飛び乗る。

 気になっていたが、尻尾のちぎれたボロボロの姿が痛々しい。

 必死で留守を守ってくれたのだろう。


「ひどいケガだ。すぐに治すよ」


 宣言通り、アルフはアイテムを使って瞬時にドロシーの身体を治療した。

 時間をかけるなら眠りの魔法でも良かったが、早く治してあげたかった。

 尻尾が元通りになって毛艶も美しくなる。


『ニャ! 今のは世界樹の葉ではありませんか!?』


 使われたアイテムが何かに気づいて、ドロシーが驚く。


「使ってこそ意味があるからね」

『そんなに貴重なモノを私のために使わずとも』

「気にしないで。知り合いになった聖樹が、たくさんくれたんだ」

『聖樹と知り合いになったと?』

「うん。ついでに聖鳥の知り合いも出来た」

『ご主人様は大穴に入って、一体何をしていたのですか』

「まあ色々と……積もる話は後かな。そろそろ動き出したみたいだ」


――グオオオオオオオッ!


 怒りに満ちた邪竜の咆哮が大地を揺らす。


「さて、こっちも本気で行こう。セオ! 聖竜の姿に」

『おお! 主よ、その言葉を待っておったぞ!』


 白猫の姿がみるみるうちに膨れ上がる。

 そのままでは押しつぶしてしまうため、聖竜は結界を出て空へと舞う。

 アルフはその背にドロシーと共に飛び乗った。


「師匠、凄げぇ! あんなデカい竜を手懐けてる!」

「せ、聖竜様!? イグレシアス皇国の湖に封じられているはずでは!?」

「あの雪のように白く美しい聖竜を見るのは、何百年ぶりかな」

「え……? お姉さんって、おいくつですか?」

「おやおや? 勇者くんも女心を勉強した方がいいようだね」


『ご主人様』

「やあ。ドロシー!」

『やっと会えました』

「そうだね。って……痛っ! な、なんで噛むの!?」

『お仕置きです』

「僕、結構頑張ったのに!」

『言いつけますよ?』

「だから、誰に!? 何を!?」

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