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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの聖人 後編
171/274

第171話 大雨の中

「そう。アルフはまだ帰っていないの」


 自信作の手作り菓子を持参したローラが、残念そうにため息を吐いた。

 侍女のマーサが苦笑いしながら応える。


「海を越えた隣国への荷運びですからねえ」

「珍しく仕事にやる気を出したのは、良い傾向だと思うのだけど……」

「ローラさんのお菓子を食べてくれる坊ちゃんがいなくて、寂しいですか」


 マーサに指摘されて、ローラは目をパチパチさせた後でうなずく。

 ここ数日何となく張り合いがないのは、アルフと会っていないから。

 思っていた以上に、おしゃべりを楽しみにしていたことに気づいた。


「そうね。帰ってきたらアルフに渡して」

「お預かりしますね」


 毎日お昼寝ばかりしているアルフにあれほど苛立っていたのに。

 いざ仕事をして会えなくなると、寂しいと思うなんて。

 自分の身勝手さに思わずローラも苦笑する。


「おじさまも忙しそうね? 街の外へ駆けて行く一団を見たわ」

「西の森近くに手強い魔獣が出たそうですよ。村の救援に向かわれました」

「魔獣なんて怖いけど、ブロシャール家の騎士団が向かったのなら安心ね」

「ええ。きっとすぐに倒して下さいます」


 二人は笑顔で西の方面を見た。

 その西の空から、大きな影が複数迫っているのが目に映る。


「あれは何かしら?」

「渡り鳥にしてはずいぶんと大きいですねえ」

「……もしかして……ドラゴン……かしら」


 大きな影はみるみるうちに大きくなって、姿がハッキリしてくる。


「た、大変です! ドラゴンの群れですよ!」

「えっ? 本当に!?」

「ローラさん! 外にいるのは危険です。一先ず屋敷内へ」

「え、ええ」


 慌てて二人は庭先から屋敷内へと避難する。

 そのままマーサはドラゴンの襲来を知らせに走る。


「奥様! た、大変です! 街にドラゴンが……!」


 ローラも勝手知ったるブロシャール家を上階へと走る。

 幼い頃から幾度も通っている場所だ。

 上階にあるアルフの部屋からは、街が見渡せることを知っている。

 人の部屋に許可なく勝手に入るなんて本来は許されないが、緊急事態だ。

 それに幼なじみは、それくらいのことで怒らないことも分かっている。


「入るわ!」


 部屋の主が聞いていないことは承知で告げ、勢いよく扉を開ける。

 そのまま窓際へと走り、外へと視線を向けた。

 遠目に街から煙が上がっているのが見えた。

 窓を開け放つと、離れているのに焦げ臭い匂いが風に乗って漂ってくる。


「一体何が起こっているの……? おじさまが不在なのに」


 ドラゴンが炎のブレスを吐きながら上空を旋回している。

 立ち昇る煙の数は次第に増え、白い煙が黒煙へと変わっていった。

 街の建物に炎が燃え広がっている。

 ローラは思わず神に祈るように、両手を胸の前で組む。


「誰か……!」


 安全な場所から助けを求めて祈ることしか出来ないなんて無力だ。

 苦しさでローラの顔が歪む。

 だが安全な場所というのは思い違いだった。

 群れの中から一匹のドラゴンが屋敷に向かって来る。

 まるで開け放っていた窓をめがけて、一直線に飛んで来たかのように。

 ドラゴンが咆哮する。それはローラを恐怖に陥れるのに充分な威嚇だった。


「ひっ」


 ローラは恐ろしさで窓を閉めることも、その場を離れることも出来なくなった。

 目前までドラゴンが迫り、一度窓の前で羽ばたきながら止まる。

 ギョロリと大きな瞳がローラの姿を捉えていた。

 ブレスを吐き出す体勢に入ったのを見て目を閉じる。


――ここで焼け死ぬ。


 そう思った。

 けれど熱さも、痛みも感じない。

 恐る恐る目を開けると、窓の外には黒いローブ姿の人物が浮かんでいた。

 輝く光の壁が、ドラゴンから吐かれた炎を通さずに護っている。


「間に合った」


 黒いローブの人物が振り返らずに一言呟いた。

 それはどこか聞き覚えのある声だ。

 そのままパチンと指を鳴らす。

 すると驚くべき事に、飛んでいたドラゴンが意識を失い突然落下していく。

 しかも衝突する瞬間に一度フワリと浮いて、ゆっくりと地面に横たわった。


「えっ……今のは……魔法なの?」


 ローブの人物はそのまま、屋敷の上空へと浮かび上がる。

 すべて無詠唱で魔法を使っている。一流の魔道士なのだろう。

 そこまで考えてローラは思い至る。


「もしかして……! 眠りの魔道士様」


 昂揚する気持ちを抑えながら、ローラは黒いローブ姿を目で追う。

 何かに集中するかのように片手を掲げて振り下ろしている。

 すると雨雲が集まりザアッと強い雨が降り始めた。


「すごいわ! 街に広がっていた火が消えていく」


 ローラは確信する。

 間違いない。本物だ。

 本物の『眠りの魔道士』が目の前に現われたのだと。

 大雨の中でいつの間にか魔道士の姿は消えていた。

 街に目を向けると上空を旋回していたドラゴンの姿も消えている。

 おそらく屋敷の前で横たわるドラゴンのように、地面に落下したのだろう。

 教えたい。今見たことを誰かに。


「マーサ! 聞いて!」


 アルフの部屋を出ると、今度は侍女を探してローラは屋敷内を駆け下りた。


■■■


「焦ったぁ! ローラが僕の部屋にいたのにも驚いたけど!」


 アルフは雨に濡れながらボストミラの街に降りたって、周囲を見渡す。

 横たわるドラゴンに驚き、ローブ姿を気にする者はいない。

 大雨の中、混乱に乗じて腕を振る。

 怪我や火傷をしている人たちは眠らせ、焼けた建物は修復していく。

 幸い死者は出ていなかった。


『あの赤髪の娘。強い魔力を内包しておるな』

「やっぱり気づくか。さっきのドラゴンも魔力に反応していたみたいだね」

『主が封じているのか』

「そこまで分かるの? まあ、そうだけど」

『炎の魔女なのか』

「いや、違うよ。小さい頃に色々あって記憶と一緒に封じてる」


 覚えていないだろうけど、封じていなければローラは炎の魔法を使える。


『ご主人様。東の村もドラゴンに襲われています』

「了解。急ごう」


 額に手を当て、アルフは次の場所へと転移した。

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