第16話 自己紹介
翡翠のような深緑の瞳から目を反らし、アルフは改めて周囲を確認する。
木の香りが漂う室内だった。
カーテンは閉められているが、薄明かりがこぼれているのですでに夜は明けているのだろう。
血や泥で汚れていたはずの頭髪や身体は清められていて、腹や腕には包帯が巻かれている。
そしてベッドサイドには悪魔バルバラムの雷撃でボロボロになったはずの黒ローブや着ていたシャツが、洗って繕われた状態で置かれていた。
(ズボンは……履いているな。頑張って下半身への雷撃を避けておいてよかった!)
つまり今の自分は素顔を晒してしまっているということだ。
つまり今の自分は半裸を晒してしまっているということだ。
状況を把握してここまでの思考に数秒。
(落ち着こう。まずは落ち着こう。平常心、平常心、平常心……)
そうアルフは自分に言い聞かせて、銀髪の少女達に視線を戻し常識的に挨拶を返す。
「えっと……。おはようございます。ここは貴女たちのお家ですか?」
「そうです」
「見苦しいものをお目にかけました」
「気にしないで下さい。見慣れていますので」
「え?」
少女が男の裸体を見慣れていると言う事実に言葉が止まる。
短髪の少女は何か誤解させてしまったようだと気づき、慌てて説明する。
「その……お父様の鍛錬を見ることがあるので」
「あ、ああ。そうでしたか」
「お父様を呼んで参りますね」
「あ、はい」
短髪の少女が部屋を出て行くと、長髪の少女が椅子に座りリンゴの皮を剥き始める。
そして食べやすく切られた状態でお皿に盛り付けアルフに差し出してくれた。
「よろしければこちらをお召し上がり下さい。魔道士様のお口に合うかわかりませんけど」
「えっと……。いただきます」
一口囓ると甘酸っぱい酸味が口の中を満たしていく。
焦りや混乱が一周して、逆に落ち着いてきたアルフは素で応えていた。
「とっても美味しいです」
「良かった!」
昨夜は食べ損ねて空腹であったことに気付き、つい残りに手が伸びてしまう。
パクパクと食べて完食するアルフの様子に安心したのか、少女は両手を合わせながら嬉しそうに説明する。
「お母様がおっしゃるには魔力を回復させる力があるそうです」
「今の僕にはありがたい効果ですね。リンゴにそんな力があるとは知りませんでした」
「この辺の森にいる魔獣を栄養にして育つと、時々不思議な実が出来るそうですよ」
「へー。魔力が回復する実があるなら、たまに来て探してみようかな」
「私達の住む森は危険も多いですが、魔道士様ならいつでも歓迎しますね」
そんな会話をしているとドアがノックされ、見知った顔の男と先ほどの少女が入ってきた。
「よう! お目覚めのようだな魔道士様。顔色も良さそうだな」
「族長さん」
その二人に続いて足元を黒猫のドロシーがトコトコと歩いて来る。
「ドロシー! 会いたかった」
『にゃぁ』
ベッドに上半身を起こしていたアルフが手を広げると、ドロシーがジャンプで飛び乗っていく。
目を閉じて抱えるように抱きしめる。
それから互いに目を合わせてよく見ると、泥だらけだった毛並みが洗われてフワフワになっていた。
「美人になったね! ドロシー」
『ニャア』
そんなやり取りを笑顔で見守っていた族長が、後ろ頭をかきながらアルフに話しかける。
「あーそう言えば、まだ名前も名乗っていなかったか。俺がこの森に住むエルフをまとめている族長のサリオンだ。そして、ここにいるのが二人の可愛い娘たち」
「双子の姉のエレンです」
「妹のカレナです」
父親を呼びに行った短髪の少女がエレン。
リンゴの話をしてくれた長髪の少女がカレナと名乗ってぺこりと頭を下げる。
双子だけあってとても顔が似ている。
髪の長さが違わなければ間違えてしまいそうだった。
「皆さんご無事で何よりです。僕は通りすがりの魔道士で、この子がドロシーです」
『にゃあ』
アルフの変わらない自己紹介にサリオンが苦笑いを浮かべた。
そして真剣な顔になり握った手を胸に当て敬意を示す。
「お二人に最大限の礼を。魔道士様とドロシーさんの協力で娘を助け出すことが出来ました」
敬意を示す相手に座ったままでは礼を失する。
アルフは立ち上がり置いてあったローブを羽織ると貴族の一礼を返す。
「こちらこそ倒れていた僕を助けていただき感謝いたします」
「この程度では返しきれない大恩ですが、我が家でゆっくり身体を休めて頂きたい……丁寧な口調は慣れなくてな。無礼かもしれないが、言葉使いを戻しても?」
家名どころか名も名乗っていないし、貴族だからと威張るつもりも無い。
普通に接してくれたほうがアルフも話しやすいので、微笑みながら了承する。
「かまいませんよ」
『にゃあ』
「ドロシーもお礼を言っています。さて、お互い少しお話が必要ですよね?」
「出来れば話せる範囲でいいから、魔道士様にはいろいろと説明願いたい」
「分かりました。場所はここで良いでしょうか?」
「食事を用意したのでダイニングにしよう。妻も紹介する」
「身支度を整えますので少しお時間をいただけますか」
「もちろんだ。準備ができたら降りてきてくれ」
頷いたアルフを見てサリオンは二人の娘たちと一緒に部屋を出た。
ドアが閉まったのを確認し、アルフはパチリと指を鳴らし防音結界を張る。
「ドロシー! どうしよう。僕いろいろと見られちゃったみたいなんだけどー!?」




