第144話 褒賞
「おおっ! 見事だ。よくぞ倒してくれた!」
命の危機から一転。男は氷柱に閉じ込められて、意識も無い。
ヴェルヌ王が感嘆の声を上げる。
「そなた名は何と申す? フードを外し、その顔を見せてはくれぬか」
「……」
「かように水を自在に操るとはな。我が国の者か? それとも他国から――」
これはまずい。
次々と知られたくないことを質問され、額に冷や汗が流れる。
国王陛下から尋ねられているので、嘘や偽りは処罰の対象だ。
早々にこの場から離れたいが魔力欠乏で転移魔法も使えない。
答えられないでいると、公爵が助け船を出してくれた。
「失礼ながら。正体を明かさないことを条件に、王宮にお越し頂きました」
「何と。知られてはならぬ事情でもあるのか?」
「申し訳ございませんが詮索もご容赦ください。公爵家の恩人なのです」
「誠に残念だが、仕方あるまい。さぞや名のある英傑であろう」
アルフは無言だったが、脳内では聖剣との会話に忙しかった。
真剣に心理戦をしていた戦闘中の発言も、相変わらずひどかった。
何度『激しいお尻プレイ!』と喜ぶ聖剣を黙らせたことか。
『当然。マスターこそ、比類無き英雄! 誰もが見惚れるその勇姿!』
「(何でそんなに強気なの? さり気なくハードル上げるのも止めて)」
『伏してマスターにお尻をぶってもらうがいい!』
「(そんなこと王様に出来るわけないだろ! 不敬罪で首がとぶよ!)」
そんな頭の痛くなるやり取りが聞こえることも無く。
ウォーターズ公爵は、そのまま陛下との会話を引き継いでくれていた。
「今は事態の収拾をはかるのが先決かと」
「報告の途中であったな」
「王宮の警備体制も見直さねばなりませんが、急ぎ対応を協議せねば」
そんな会話に耳を傾けていると、部屋の外が複数の足音で騒がしくなった。
ようやく宰相が、衛兵を引き連れて離宮に駆けつけたためだ。
「陛下! ご無事ですか!? お怪我はございませんか!」
倒れている精鋭の近衛兵を目にして、顔が青ざめている。
「問題無い。犯人もすでに捕らえておる。牢へ入れ、二度と出すな!」
「はっ! 直ちに連行いたします」
「こいつは……!」
氷柱に閉じ込められている男の顔を見て、衛兵の隊長が驚く。
「どうしたのだ。見覚えのある者か?」
「神職者を殺害して手配されている凶悪犯です。行方を追っていました」
「神官としてこの王宮に入り込み、王妃を狙っておった」
「まさか神官に偽装し、潜伏していたとは……!」
「そこの者が見事に捕らえてくれた」
「貴殿が! よくぞ危険な凶悪犯を捕らえてくれた! 感謝する」
隊長からの感謝にうなずいたものの、犠牲者が出ているため喜べない。
報奨金があるとのことだったが、すべて神殿へと寄贈するように願い出た。
「何と無欲な。まるで神の遣いだ」
氷柱ごと運ぶのは大変そうなので、聖剣の力を使って氷は蒸発させる。
気を失ったままの男が牢へと運ばれて行く。
すでに悪夢の牢獄に捕われてはいるのだが。
念のためにアルフは隊長へ忠告しておく。
「その男は悪魔を崇拝している魔道士です。魔法への対策を忘れぬよう」
「心得ました。魔封じの牢へ入れよ!」
「はっ! 連行いたします」
倒れていた近衛兵も、手当てを受けるために別室へと移動している。
ドロシーが負傷者に癒やしの波動をかけていたので、回復は早いだろう。
さり気なくエレインの手についた傷も治してあげていた。
「ありがとう。ドロシー」
『ニャア』
宰相やウォーターズ公爵が安堵の表情を見せている。
王妃は体内から魔核が消えて穏やかな顔で眠っていた。
陛下もその寝顔を見て疲労感が和らいだようだ。
今後は政務にも集中出来るだろう。
「協議の続きは別室で行う。事情に詳しい者を集めよ」
王妃の眠りを妨げないように、会議室へと移動して協議が重ねられた。
アルフは帰りたかったのだが状況説明を求められ、解放してもらえなかった。
心の内で思う。
せめて日が昇ってからにして欲しかったと。眠くて仕方がない。
「これ……いつまで続くのかな……」
『ニャア』
会議室に集っているのは、激務で徹夜に慣れている猛者ばかり。
白熱した議論が続き、下手をすれば夜が明けそうな勢いだった。
そこにエレインまで参戦していることが、一番の驚きだ。
公爵令嬢を差し置いて、疲れて眠いから帰るとも言えない。
「まだ……続くのかな……」
『ニャア』
アルフは遠い目になって、あくびをかみ殺しながら議論の様子を見ていた。
フードのおかげで気づかれないが、まぶたが何度も閉じそうになる。
「では次に、褒賞として何を贈るかだが――」
「難しいですな。金銭の受け取りは辞退しておりますし」
「王女との婚姻を結び、王族の地位を与えるというのはいかがでしょう」
「ふむ。宰相よ、それは名案だな!」
「謀反を企てた財務大臣以下、貴族の処罰があり領地も存分にございます」
「お待ちください。孫娘のエレインを候補にしていただけませんか」
「お爺さま! リチャード様との婚約もまだ正式に撤回していないのに」
「公爵家も相当な恩義を受けたのだ。報いるには婚姻が相応しいだろう」
「エレイン様も王家の血筋。精霊の加護もお持ちですし、問題はないかと」
何かを真剣に協議しているようだが、話の内容が全然頭に入らない。
皆、早く寝たらいいのにと思うばかりだ。
(ふわぁ……だめだ、気が抜けたら眠気が……)
すでに起きているのも限界だった。
全身が全力で休息を求めてくる。
「この場にいるのだから、本人に確認をとってみてはいかがか」
「その通りだな」
「貴殿への褒賞は、領地と公爵家エレイン嬢との婚姻でよろしいだろうか」
アルフの頭がグラリと揺れた。
「……」
『ニャア』
ドロシーの心配そうな鳴き声が耳に入る前に、アルフの視界は暗くなった。
『ご主人様! 寝ている場合ではありませんよ』
「……ん?」
『ついにPVが22222を突破しています』
「……ん? ニャアニャアどうしたって」
『寝ぼけている場合でもありません』
「ゴメン。もう限界。あと五時間寝かせて」
『では記念企画は夢の中でいたしましょう』
「……ぐぅ」