第130話 演技派
財務大臣が逆上して短剣を公爵令嬢を突き刺そうとした瞬間。
力を込めて手を叩き、アルフは三人を同時に眠らせた。
そしてドロシーが共通する悪夢の世界へと閉じ込めていた。
「悪夢への特別出演はこのくらいにしておこうか」
『本当に目を潰しても良かったのではありませんか』
精霊でもあるドロシーは、嫌いだと思う者を徹底的に嫌う。
闇の中で尾を打ち付けるように揺らしている。
まだまだ怒りがおさまらないようだ。
「あまり時間も無い。あとの処分はこの国の人たちに任せるよ」
『よろしいのですか』
「王族に手を出した証拠も揃っているし、おそらく会話の証言者もいる」
『目覚めても悪夢が続くということですか』
ドロシーの言葉にアルフはうなずいた。
眠っていても人間の本質は大きく変化しない。
現実だったとしても、人質を刺すような行動を取ったことだろう。
「しばらくはこのまま悪夢も見続けてもらうけど」
『かしこまりました。引き続き地獄を見せておきます』
「うん。精神が壊れない程度にね」
『ニャア』
「さてと。ゴミ処理よりも、仕出かしてくれた後処理の方が面倒そうだな」
ため息をつきながらアルフは意識を現実へと戻す。
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そして今。
目の前では、男たちが床に倒れ込んで眠っている。
それぞれが呻き声を上げて苦しそうな表情を浮かべながら。
「ううっ……何も見えない……」
「ひいいっ」
「……ぐっ」
夢の中にいることにも気づかず、目覚めるまで苦しみ続けることだろう。
そんな苦悶の表情から視線をずらし、無表情の公爵令嬢へと語りかける。
「完璧な催眠状態の演技ですね」
「……」
「安心して下さい。彼らも外の見張りも、しばらく目覚めませんから」
その言葉に安心したのか、数回まばたきをしてから令嬢が口を開く。
「……お気づきだったのですか?」
「水の精霊たちが健気に護っている姿が見えていましたので」
「まあ! 精霊が見える方にお目にかかったのは久しぶりです」
そう言ってエレインは手のひらを上に向けた。
直前までの無表情は崩れ、微笑むように見つめている。
アルフが集中して周囲を見ると、水の精霊がクルクルと踊っている。
「胸元に刃を向けられても顔色一つ変えないとは、すごい胆力ですね」
「これでも騎士団長の娘ですから。覚悟は出来ていました」
加護の力があっても、振り下ろされる刃までは防ぎきれなかっただろう。
しかし避けたり悲鳴をあげることもなく、無表情で立ち続けていたのだ。
気づいていたからこそアルフは驚いていた。
さすが帝国の皇子が見初めるだけのことはある。
「怖い思いをさせて申し訳ありません。今、騎士団を呼びますね」
「近くにいるのですか?」
「ウォーターズ公爵家で待機していますよ」
「え?」
船内なのにどうやって呼ぶのだろうか、という疑問を飲み込む。
目の前に魔方陣が浮かび上がったからだ。
「魔道士様でしたか。ドアを蹴り飛ばしたので、てっきり武闘家なのかと」
「あー。あまりに腹の立つ会話だったものでつい」
「私も怒りを抑えるのが大変でした」
「演技派ですね」
「あら? 魔道士様こそ演技派なのではありませんか」
エレインが首を傾げる仕草をみせる。
「先ほどまで凄い殺気だったのに、こんなに穏やかな方だとは」
「あはは。血生臭いのは苦手なんです」
揺れ動く船に転移座標を設定するのは難しい。
少しだけ床から浮かせ、ドアのように作り出す。
完成した転移方陣から次々と王国の騎士が現われた。
「ここが敵のアジトか?」
「ずいぶん揺れるな。船上だろうか」
その中に父親の姿を見つけてエレインが声を上げた。
「お父様!」
「おお! エレイン! 無事だったか!」
「はい。危ない所を助けていただきました」
「ケガもないようだな。心配したぞ」
互いに無事の再会を喜び合う。
そして騎士団長は床に倒れている男たちに気づく。
「む。そこで倒れているのは財務大臣に、補佐官と外交官殿ではないか?」
「彼らがご令嬢を誘拐し公爵家を脅していたものたちです」
アルフが状況を手短に説明する。
こうしている間にも事態は進んでいるからだ。
「何だと!? おい! こいつらを捕らえろ」
「さらには、港町を帝国艦隊の魔導砲で撃ち滅ぼす計画にも加担しています」
「て、帝国の艦隊が……我が国を攻めて来るのか!? 一体いつの計画だ?」
「今夜。このままだと日付が変わる頃には百の艦隊が到着します」
「なっ……!」
事態の深刻さに騎士団長はしばし言葉を失う。
このままでは何の準備も出来ずに防衛に回り、戦争に突入してしまう。
国の騎士団を任されている将としてすぐに行動を始める。
「もはや公爵家では無く、国の危機だ。急いで各所に連絡しなくては」
部下に次々と指示を出していく。
公爵家から国王へ。そして許可を受けて自衛艦隊を動かす必要もあった。
一刻の猶予もない。
船内が慌ただしさを増していく。
「お父様。余罪があります。このものたちが結託して王妃を病にさせたのです」
「王族の病にまで関与しているのか!」
「外交官の男が懐に隠し持っている瓶が、病に至らせる証拠品です」
催眠状態の演技をしていたエレインは全て見聞きしている。
裁判となれば彼女が証人となり、数々の罪を公にしていくことだろう。
「隊長! 行方不明になっていた騎士がいました!」
「そうそう。部屋の外で眠っている二人の騎士が誘拐の実行犯です」
「くっ、こいつらが内通者だったのか……!」
「補佐官に金で雇われたようですね」
「裏帳簿や違法取り引きの記録は、そのカバンの中にあると言っていました」
「すべて押収しろ!」
「船内では違法な人体実験も行っていたようです」
「どこまで非道な行いを……!」
証拠となる品が次々と見つかり、船内で眠っている者たちが拘束されていく。
「その黒い柄の短剣と公爵家にある同型の短剣は、僕がお預かりしても?」
「構わないが……どうするつもりだ」
「かなり危険な品なので、処理した後に証拠品としてお返しします」
「わかった。向こうにあるものを持ってこさせよう」
「お願いします」
公爵家に転移方陣がつながっているお陰で、すぐに短剣がアルフに手渡された。
その間にも船内から次々と、拘束されたものたちが運び出されていく。
「しかしすごい人数だな。すべて貴殿の仕業なのか?」
「眠らせただけですよ」
「即座にアジトを突き止め無力化するこの手際の良さ。さすがは勇者殿だな」
「違います。何度も言いますけど僕は――」
そんな否定の言葉を最後まで伝える前に、騎士団長に手で制される。
「ああ、すまない。正体は内密にするのだったな」
「いや、だから……ん?」
『ニャア』
ドロシーとアルフが瘴気に気づき視線を上げた。
「まずい!」
――そして。
ほぼ同時に複数の爆発音が響き、大きく船が傾き始めた。