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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの英雄編
130/274

第130話 演技派

 財務大臣が逆上して短剣を公爵令嬢を突き刺そうとした瞬間。

 力を込めて手を叩き、アルフは三人を同時に眠らせた。

 そしてドロシーが共通する悪夢の世界へと閉じ込めていた。


「悪夢への特別出演はこのくらいにしておこうか」

『本当に目を潰しても良かったのではありませんか』


 精霊でもあるドロシーは、嫌いだと思う者を徹底的に嫌う。

 闇の中で尾を打ち付けるように揺らしている。

 まだまだ怒りがおさまらないようだ。


「あまり時間も無い。あとの処分はこの国の人たちに任せるよ」

『よろしいのですか』

「王族に手を出した証拠も揃っているし、おそらく会話の証言者もいる」

『目覚めても悪夢が続くということですか』


 ドロシーの言葉にアルフはうなずいた。

 眠っていても人間の本質は大きく変化しない。

 現実だったとしても、人質を刺すような行動を取ったことだろう。


「しばらくはこのまま悪夢も見続けてもらうけど」

『かしこまりました。引き続き地獄を見せておきます』

「うん。精神が壊れない程度にね」

『ニャア』

「さてと。ゴミ処理よりも、仕出かしてくれた後処理の方が面倒そうだな」


 ため息をつきながらアルフは意識を現実へと戻す。


■■■


 そして今。

 目の前では、男たちが床に倒れ込んで眠っている。

 それぞれが呻き声を上げて苦しそうな表情を浮かべながら。


「ううっ……何も見えない……」

「ひいいっ」

「……ぐっ」


 夢の中にいることにも気づかず、目覚めるまで苦しみ続けることだろう。

 そんな苦悶の表情から視線をずらし、無表情の公爵令嬢へと語りかける。


「完璧な催眠状態の演技ですね」

「……」

「安心して下さい。彼らも外の見張りも、しばらく目覚めませんから」


 その言葉に安心したのか、数回まばたきをしてから令嬢が口を開く。


「……お気づきだったのですか?」

「水の精霊たちが健気に護っている姿が見えていましたので」

「まあ! 精霊が見える方にお目にかかったのは久しぶりです」


 そう言ってエレインは手のひらを上に向けた。

 直前までの無表情は崩れ、微笑むように見つめている。

 アルフが集中して周囲を見ると、水の精霊がクルクルと踊っている。

 

「胸元に刃を向けられても顔色一つ変えないとは、すごい胆力ですね」

「これでも騎士団長の娘ですから。覚悟は出来ていました」


 加護の力があっても、振り下ろされる刃までは防ぎきれなかっただろう。

 しかし避けたり悲鳴をあげることもなく、無表情で立ち続けていたのだ。

 気づいていたからこそアルフは驚いていた。

 さすが帝国の皇子が見初めるだけのことはある。


「怖い思いをさせて申し訳ありません。今、騎士団を呼びますね」

「近くにいるのですか?」

「ウォーターズ公爵家で待機していますよ」

「え?」


 船内なのにどうやって呼ぶのだろうか、という疑問を飲み込む。

 目の前に魔方陣が浮かび上がったからだ。


「魔道士様でしたか。ドアを蹴り飛ばしたので、てっきり武闘家なのかと」

「あー。あまりに腹の立つ会話だったもので()()

「私も怒りを抑えるのが大変でした」

「演技派ですね」

「あら? 魔道士様こそ演技派なのではありませんか」


 エレインが首を傾げる仕草をみせる。


「先ほどまで凄い殺気だったのに、こんなに穏やかな方だとは」

「あはは。血生臭いのは苦手なんです」


 揺れ動く船に転移座標を設定するのは難しい。

 少しだけ床から浮かせ、ドアのように作り出す。

 完成した転移方陣から次々と王国の騎士が現われた。


「ここが敵のアジトか?」

「ずいぶん揺れるな。船上だろうか」


 その中に父親の姿を見つけてエレインが声を上げた。


「お父様!」

「おお! エレイン! 無事だったか!」

「はい。危ない所を助けていただきました」

「ケガもないようだな。心配したぞ」 


 互いに無事の再会を喜び合う。

 そして騎士団長は床に倒れている男たちに気づく。


「む。そこで倒れているのは財務大臣に、補佐官と外交官殿ではないか?」

「彼らがご令嬢を誘拐し公爵家を脅していたものたちです」


 アルフが状況を手短に説明する。

 こうしている間にも事態は進んでいるからだ。


「何だと!? おい! こいつらを捕らえろ」

「さらには、港町を帝国艦隊の魔導砲で撃ち滅ぼす計画にも加担しています」

「て、帝国の艦隊が……我が国を攻めて来るのか!? 一体いつの計画だ?」

「今夜。このままだと日付が変わる頃には百の艦隊が到着します」

「なっ……!」


 事態の深刻さに騎士団長はしばし言葉を失う。

 このままでは何の準備も出来ずに防衛に回り、戦争に突入してしまう。

 国の騎士団を任されている将としてすぐに行動を始める。


「もはや公爵家では無く、国の危機だ。急いで各所に連絡しなくては」


 部下に次々と指示を出していく。

 公爵家から国王へ。そして許可を受けて自衛艦隊を動かす必要もあった。

 一刻の猶予もない。

 船内が慌ただしさを増していく。


「お父様。余罪があります。このものたちが結託して王妃を病にさせたのです」

「王族の病にまで関与しているのか!」

「外交官の男が懐に隠し持っている瓶が、病に至らせる証拠品です」


 催眠状態の演技をしていたエレインは全て見聞きしている。

 裁判となれば彼女が証人となり、数々の罪を公にしていくことだろう。


「隊長! 行方不明になっていた騎士がいました!」 

「そうそう。部屋の外で眠っている二人の騎士が誘拐の実行犯です」

「くっ、こいつらが内通者だったのか……!」

「補佐官に金で雇われたようですね」

「裏帳簿や違法取り引きの記録は、そのカバンの中にあると言っていました」

「すべて押収しろ!」

「船内では違法な人体実験も行っていたようです」

「どこまで非道な行いを……!」


 証拠となる品が次々と見つかり、船内で眠っている者たちが拘束されていく。


「その黒い柄の短剣と公爵家にある同型の短剣は、僕がお預かりしても?」

「構わないが……どうするつもりだ」

「かなり危険な品なので、処理した後に証拠品としてお返しします」

「わかった。向こうにあるものを持ってこさせよう」

「お願いします」


 公爵家に転移方陣がつながっているお陰で、すぐに短剣がアルフに手渡された。

 その間にも船内から次々と、拘束されたものたちが運び出されていく。


「しかしすごい人数だな。すべて貴殿の仕業なのか?」

「眠らせただけですよ」

「即座にアジトを突き止め無力化するこの手際の良さ。さすがは勇者殿だな」

「違います。何度も言いますけど僕は――」


 そんな否定の言葉を最後まで伝える前に、騎士団長に手で制される。


「ああ、すまない。正体は内密にするのだったな」

「いや、だから……ん?」

『ニャア』


 ドロシーとアルフが瘴気に気づき視線を上げた。


「まずい!」


――そして。


 ほぼ同時に複数の爆発音が響き、大きく船が傾き始めた。

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