第11話 エルフの森へ
アルフとドロシーはエルフの森へと転移していた。
この森は、迷子の男の子を見つけに訪れた北西の森をさらに西に進んだ位置にある。
エルフ同士が集まって暮らしている集落があるためその名が付いていた。
まもなく日没となり森は薄暗さを増していく。
ドロシーが鳴き声を出したのは、これ以上訪れるのが遅れると夢の内容を変更することが難しくなるからだった。
「ドロシー状況は分かる?」
『エルフ族が誘拐に気付き殺気だっています』
「うわっ。もう奪還の時間か! 血を見ることになる前に止めないと……集落は」
『すでに七名のエルフ族が南東へ移動中です』
「分かった。探してみる…………いた!急ごう」
額に手を当て集中しながら気配察知魔法を使う。
樹上を移動する集団がいることに気付き急いで転移する。
エルフ族はしなる木の枝を足場にして跳ねるように進んでいた。
長い銀髪を揺らし、皮の胸当てや軽量の鎧を身につけている。
アルフは走って追いかけるのを早々に諦めた。
速度を合わせて浮遊魔法で移動しながら呼びかける。
「エルフ族の皆様! お待ちください!」
「っ!? 何者だ!」
「奴らの仲間か!?」
アルフが移動している集団に声をかけると殺気だった声で怒鳴られる。
問答無用とばかりに数本の弓矢まで飛んできた。
「危なっ」
かけ直していた防護魔法に守られ矢は身体に突き刺さる事無く落ちていく。
それを見たエルフ族は各々が木々に留まり臨戦態勢をとった。
近くの大きな木の枝へとアルフも降り立つ。
「見ての通り、通りすがりの魔道士です」
ようやく止まってくれたエルフ族に向かい合う。
そして両手を広げて悪意が無いことを示した。
「怪しいやつめ。お前も人攫いか!?」
「断じて違います。お怒りは当然ですが冷静に話を聞いていただけませんか」
先ほど王都で女性から眠っている間に運ぶのは誘拐だと言われた。
でも実行していないのでカウントしない。
過去に何人も眠らせて移動させているが、これも人攫いとは言わないはずだ。
アルフは自分に言い聞かせながら強く否定する。
エルフ達は突然の来訪者に困惑した表情を浮かべている。
「どうする? 族長」
「今は時間が惜しい! お前に関わっている暇は無い!」
「僕が伝えたいのは、皆様が急いでいる理由に関わることです」
「魔道士とやら! 嘘をついて我らの時間を奪い、欺くと言うならお前から先に殺すぞ!」
このままでは話を聞いてもらうのも難しそうだ。
アルフは論より証拠をみせるため、渋々挑発することにした。
「僕の大切な寝具に誓って事実を述べましょう」
「ふざけやがって! そこは神に誓う場面だろうが!」
「それでは寝具の神であるベッド神と枕の女神に誓いましょうか」
言い切る前に先ほどよりも威力の上がった弓矢がアルフに飛んできた。
同じように防護の魔法壁に阻まれ矢は落ちていく。
追撃として族長と呼ばれた男に剣で斬りかかられる。
その刃も魔法の前では通用せず、フードを切り裂くことすら出来ていなかった。
「ちっ。魔法か! 厄介な」
もちろんどちらも避けることは出来た。
あえて受けたのは今のままではエルフ族の攻撃が通じ無いという事実を伝えるためだ。
傷一つないアルフを見て、剣を持った男が再び舌打ちする。
「魔道士を相手にするとはこう言うことです」
「魔導士だと?」
「そして、この先にいる人さらいの中にも魔道士がいます」
「何だと!? やはりお前はやつらの仲間か!」
そう言って男はフードの首元を片手で掴み、逃げられないように拘束した。
そのまま剣で突き刺そうとする。
アルフは無言で手刀を作り隣の大木に向かって振り下ろす。
―――バキリッ。
―――メキメキメキッ!ズドーン!!!
大木は轟音を響かせながら真っ二つに割れて倒れた。
それを見た男は、掴んでいた手を力なく離してアルフに向き合った。
二人のやりとりを見ていた周囲のエルフ族も硬直している。
「分かっていただけましたか? 敵ならば貴方に今の攻撃を当てています」
「くっ」
「このまま奇襲をかけても武器は通じず人質を取られ、逆に捕われますよ」
「では娘達をこのままにしておけとでも言うのか!?」
「捕われたのは貴方のご家族でしたか」
「そうだ。私の命より大切にしている娘達だ! 必ず連れ戻す!」
相手に魔道士がいる以上、主力が物理攻撃だけではかなり分が悪い。
眠りの魔法が効けばいいが、状態異常の対策をされていたら手が出せなくなる。
しかし人さらいの男達は魔道士の防護魔法を頼りにしているらしい。
盾などの防具は装備していないようだった。
弓矢が有効になれば勝機はあるかもしれない。
「決意は分かりました。僕にも協力させて頂けませんか」
「そんなことをして、お前にどんな利があると言うのだ」
「僕の知る悪夢が一つ消えてくれる。それだけで充分です」
「手伝ってくれるというなら、今は猫の手だろうが借りたい」
「では猫の手も借りましょう。ドロシー」
『ニャア』
「本当に猫まで出てきやがった!?」
『ニャア』
近くにいたドロシーが金色の目を光らせ、得意げに鳴き声を上げて肩に飛び乗る。
エルフたちは怪訝そうな目を向けてくる。
ドロシーを撫でながらアルフは事実を伝える。
「優秀なので僕はいつも猫の手を借りていますよ」
「はぁ?」
頭は大丈夫かという目で見られる。
「いずれ分かります。では皆さんの武器に強化魔法を掛けてみます」
「そんな魔法が使えるのか?」
「支援魔法は一通り使えますよ。これでも通りすがりの魔道士なので」
絶対に通りすがりじゃないだろうという声が小声で聞こえるが無視しておく。
今大事なのはそこでは無いからだ。
何と言われようと通りすがりで通そうとアルフは無駄な決意を固める。
「武器を強化して防護魔法をぶち破るってことか」
「その通りです」
「そんなに強化できるのか?」
「お任せを。あ、掛けた瞬間に僕を試し撃ちするのは止めてくださいね」
「そんなことは、たぶんしない。しかし効果は確認させてもらうぞ」
「……分かりました。では時間も無いので皆さん武器を目の前に出してください」
「一人ずつじゃないのか」
「これぐらいならまとめて強化できますよ」
こうして夜の森で、攫われたエルフ族の奪還作戦が始まった。