表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの勇者探索編
105/274

第105話 召し上がれ

「そもそも、何で私はあなたに抱っこされているの……誘拐?」

「状況を説明するから落ち着いて聞いてね」


 女性の顔では黒縁の眼鏡が主張している。

 茶色い瞳と茶色い髪。

 眼鏡から感じる野暮ったさと、刺激的な服装に違和感を感じる。


「毒ヘビに噛まれて倒れていた所に、僕が通りかかったからだよ」

「え!? 私、毒ヘビに噛まれたの!?」

「毒の回りが早くて、すぐに気を失ったのかもね」


 正しくは通りかかったのではなく、死ぬ前に駆けつけたのだが。

 そこまで言うと怪しまれそうなので伝えないでおく。


「猛毒で危ないところだったよ。近くには魔物もいたし」

「あなたが毒消しをしてくれたの?」

「まあそんなところかな」

「……助けてくれたのに、ひどいこと言ってゴメンね」

「別にいいよ。気にしてないから」


 状況を説明して、魔物の気配がない場所で女性を降ろす。 


「あれだけ叫べるならもう大丈夫みたいだね。それじゃ」

「待って! 大丈夫じゃないの!」


 浮かび上がろうとしたらローブを掴まれ、引きとめられてしまう。


「え?」

「あの……その……」


 女性は言い出しにくいことなのか、中々続きを口にしない。

 でも話しを聞くよりも先にアルフは気がついてしまった。

 キュルキュルとお腹の鳴る音が聞こえてきたからだ。


「お腹が空いているの?」


 顔を赤くしてコクコクと頷いている。

 そして小声で理由を明かす。


「荷物を落としたみたい」

「あーそれは困るよね」

「少しでいいから、食料を分けてもらえると助かるのだけど……」


 迷宮内での食料は貴重だ。

 基本は不足したら魔物を狩って食べるが、は虫類は苦手らしい。

 それで言い出しにくかったのだろう。

 申し出に対し、アルフは収納空間から食料の入った袋を取り出して渡す。

 ついでに数日は過ごせる備品の詰まった袋も出しておく。

 

「パンやチーズでよければ。あとはドライフルーツとナッツがあったかな」

「パン……! 食べてもいい?」

「どうぞ召し上がれ」


 かなり空腹だったのか、袋から取り出して早速食べ始めた。


「果実水も飲む?」

「うん! あなた最高!」


 一つ食べきったところで声を掛ける。


「こっちも使えそうなのがあればどうぞ。食材や調味料も入っているから」

「こんなにもらっていいの? 大事な食料なのに」

「いいよ。今日中に塔を出る予定だからね」

「諦めるってこと?」


 顔を曇らせた女性に対してアルフは首を横に振る。


「いいや、最上階まで攻略するつもりだよ」

「今日中に攻略するって……本気で言ってるの!?」

「もちろん」


 言い切るアルフを女性はジッと見つめていた。

 そして今度は笑顔になった。


「そっか! 助けてくれて、本当にありがとう!」

「どういたしまして」

「お礼にこれをあげるわ」


 渡されたのは女性がかけていた黒縁の眼鏡だった。

 

「えっ? 僕、目は良い方だけど」

「これ認識を阻害してくれる魔道具なの」


 言われて女性の姿を見ると、茶色かった髪が銀色に変化していた。

 瞳の色も茶色から深い緑色に変わり、特徴的な尖った耳が現われる。

 これが本来の姿なのだろう。


「あーエルフ族だったのか」

「私の姿にあんまり驚かないのね」

「どちらかと言えば、服装に驚いたかな」

「これは……仕方ないのよ。へんてこな家訓があってね」

「へんてこな家訓か。少しだけ気持ちが分かるよ。僕の家にもあるから」

「あなたも家訓で苦労しているの?」

「うん。とっても」


 しみじみと答える。

 きっと納得しなくても従わなければならない家訓なのだろう。

 子孫が迷惑する家訓を作るのは止めてもらいたいものだと思う。

 

「面白い魔道具だね。でもこれを僕がもらってしまっていいの?」

「イヤリングのタイプも持っているから大丈夫よ」

「何でこんな眼鏡を? せっかくの美貌が台無しだけど」

「……エルフが珍しいからってジロジロ見られるのが嫌なの」

「なるほどね」

「あなたも煩わしくて顔を隠していると思ったのだけど。違った?」

「あはは。大体当たってる」


 思わずアルフも大きく頷いた。


「塔を攻略したらもっと注目されるだろうから、使ってみて」

「それは攻略の言葉を信じてくれるってことかな」

「そうね。あなたはたくさんの精霊に好かれているし」


 ニコリと微笑んだその顔には、服装が似合っていた。

 相変わらず目のやり場には困っていたが。


「魔力も相当あるわね。かなり強いでしょ?」


 それには応えずアルフもニコリと微笑む。

 精霊や魔力に気づけるこの女性も強者だと感じたからだ。


「じゃあ、僕はそろそろ行くね」


 別れを告げて、アルフは元の通路へと向かって飛んでいく。

 その姿に手を振りながら女性は呟く。


「……優しくて素敵な人。またどこかで会えると嬉しいな」



■■■


 通路へ戻ったアルフとドロシーは塔の攻略を再開した。


 飛べない者には足を取られて厳しい道のりなのだろう。

 多くの冒険者が湿地や沼地での戦いや罠に苦戦している。

 そんな中をアルフは素早く通り抜けて行く。


「この塔、空間が歪んでいるみたいだね」

『三階からの空間がおかしいです』

「うん。塔の高さや幅に対して、どう見ても収まらないし」

『時空を操る魔法でしょうか』

「そうだろうね。魔道士としては興味深い仕掛けが多い塔だよ」


 感想を話しながら飛んでいると、三階の守護獣がいる部屋にたどり着いた。


「三階の守護獣は大蜥蜴(トカゲ)か」

『焼いても美味しそうですね』


 ドロシーは元々魔女に育てられていたので、魔物の肉も好んで食べる。

 魔力を含んでいて栄養もあり、美味しく感じるらしい。


「ドロシーもお腹が空いているの?」

『ニャア』

「分かった。任せて」


 アルフは突撃してきた大蜥蜴に向かって大きく腕を振る。

 守護獣の身体がゴオッと音を立てて炎に包まれた。

 炎を振り払おうと暴れるが、すぐに全身が焦げて動かなくなる。


「はい、丸焼きの出来上がり。ちょっと焼きすぎたかな?」

『ありがとうございます。食べてもいいですか? ご主人様』

「どうぞ召し上がれ」


 ゴクリと喉を鳴らしていたので、少し休憩することにした。

 広範囲を索敵してくれているドロシーにも魔力の補給が必要だ。


『美味です』

「お腹が満足したら次に行こうか」

『ニャア』 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ