第10話 王都にて その二
二人はテーブルを挟み、対面で椅子に座り話し始める。
ドロシーは気配を消したまま、床で丸くなっている。
向かい会う相手は女性。
これがデートだったらどんなに良いかとアルフは思う。
――いや、そんな場合じゃなかった。
相手のナイフの間合いに居ることを思い出し、気持ちを切り替える。
「貴女は今、追われている身ですよね」
「隠しても仕方無いことね。その理由も分かっているの?」
「知っています。そして貴女が首から下げているペンダントですが――」
「これが何か?」
「その魔石を使うと貴女は死ぬことになる。その理由も知っています」
「……」
短いながらも死を断定する言葉に、女性はしばし無言になる。
「これは信頼出来る方につながる通信の魔石なのだけど」
「残念ですがその方から裏切られ、外の連中にこの部屋で殺されます」
「それを信じろと?」
「信じて頂きたいのですが、無理ならば僕が阻止します」
「どうやって」
「敵対者を全員眠らせて」
「ふっ。眠りの魔道士様にでもなったつもりかしら?」
小さく笑みをこぼし、からかうような口調で問いかけられる。
これでは、そうだと告げても信じてもらえそうにはない。
そしてここで言うつもりもなかった。
「僕に出来る事をするだけです。血生臭いのは苦手なので」
「人を簡単に殺せる魔道士のセリフとは思えないわね」
「人を簡単に殺せない臆病な魔道士だっていますよ。例えばここに」
「おかしな事を言うのね」
「何か笑えるような事でも言いましたか?」
「そもそも臆病な人間がこんなことをするわけ無いでしょ」
最初に比べてだいぶ穏やかになった口調で、クスリと唇が弧を作る。
魅入ってしまうような整った口元だった。
その微笑みにつられて、アルフも苦笑いしてしまう。
「さて選択肢は二つ。オススメは僕を信じて一緒にここから逃げること」
「もうひとつは?」
「信じずに魔石を使って、目を覚ましたら安全な遠方にいるかです」
「逃亡か誘拐の二択なの? 女性にたいして酷い誘い」
「申し訳ありません。彼女がいないので誘い方が下手なんですよ」
「……っ、ぷっ。ふふふ。それでその本を眺めていたわけね」
白フードの女性は思わずといった感じで、吹き出してしまう。
そしてテーブルに置かれたままの『美女名鑑』を指さした。
指摘されて置きっぱなしに気づき、あわてて収納空間に本をしまい込む。
「隠さなくてもいいのに。別に、気にしないわ」
「僕が気になるので。それでどうします?」
「そうね。貴方いい人そうだけど――」
女性は人差し指を口に当てながら、首を傾ける。
「やっぱり出会ってすぐの人間を信用することは出来ない」
「そうですか……。まあ、そうですよね」
多少の落胆はあるが想定内の反応だった。
「だから貴方の言う通りになるか、試してみてもいいかしら」
「分かりました」
「もしも本当だったら……私が逃げるのに協力してくれるの?」
「もちろんです。どんな状況になろうと必ず助けます」
「頼もしいことを言うのね。どこが臆病なのかしら」
そして軽く打ち合わせた後、行動を開始する。
■■■
アルフとドロシーは屋根裏に隠れていた。
そこで男と白いフードの女性の会話を聞いている。
呼び出された男はどうやら貴族らしい。
上質な布で出来たフードに身を包んでいる。
室内でフードを着込んでいる人間には怪しさしかない。
自分のことを棚に上げて、そんなことを思いながら様子を見ていた。
「貴女がご無事で何よりです。例の帳簿は見つかりましたか?」
「はい。こちらが奴隷商人との取引記録です」
女性が差し出した帳簿を男は中身も見ないで、そのまま受け取った。
それは果たして信頼しているからなのか。
それとも確認する必要がないからなのか。
「屋敷の地下には不当に捕われた者達もおりました」
「ご苦労様でした。ではこちらは私から宰相へ渡しておきましょう」
会話だけ聞いていると、信頼出来る仲間のようにも思えた。
「貴女はしばらくここへ隠れて居て下さい。仲間に連絡しておきます」
夢で見た通りに男は女性を残し外へ出て行く。
違っているのは、魔法で偽造した帳簿を渡してあること。
そして裏切られるかもしれないという心構えがあることだった。
男が出て行って程なく、多数の殺意ある気配を察知した。
そしてアルフは女性の前に再び姿を現す。
「囲まれています。外の気配や殺気が分かりますか?」
「ええ。貴方の言葉は本当だったのね」
白いフードの女性は、ナイフを握りしめて戦闘態勢を作り出す。
間違いなく危機的状況だった。
「たしかに、この状況を一人で切り抜けるのは難しそうだわ」
「では貴女へ危害が及ぶ前に、全員眠らせますね」
「えっ?」
「……終わりました」
「ええっ?」
それは本当に一瞬の出来事だった。
腕を軽く振った仕草を目にしただけなのだから。
言動への疑問だけが増えていく。
「十三人いますけど、このまま捕まえますか」
「えええっ?」
言っていることは分かるが、女性は理解が追いつかない。
『ニャア』
そんな中で、突然室内に猫の鳴き声が響く。
声のした方へ視線を向けると黒い猫がいた。
「あっ!? ごめんなさい! 時間が無いので拘束しておきます」
「えええっ?」
まるでその猫の鳴き声が合図だったかのようにあわて出す。
そしていつの間にか黒猫を肩にのせている。
「それでは失礼」
疑問を浮かべている間に魔道士を名乗った男の姿は消えていた。
女性はカーテンの隙間から再度、外の様子を確認する。
そして今度こそ信じられないような光景を目にした。
「まさか……!?」
追っ手だった者たちが倒れ、蔦でぐるぐる巻きに拘束されていた。
急いで外に出て確認する。
そして一人残された女性は呆然とつぶやく。
「本当に眠っている。それに、この状況って――」
――彼が眠りの魔道士様だったってことなの?