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機械仕掛けの僕と盲目の少女

作者: 塩れもん

 「お前は機械みたいでつまらない」

 「無表情。マネキンかよ」

 「最低。人の心がわからないの」


 数々の暴言と悪口を浴びてきた。僕はただ正直に応えたはずなのに。

 イマイチ面白くなかったギャグだったから、平然と流した。

 グループになって、皆は笑い合っていたけれど、何が面白いのかわからなくて、「何が面白いの?」と尋ねたら、冷たい白い目を向けられた。

 彼女持ちの彼に彼女の直して欲しいところを言われたので、僕はそれを彼女に伝えた。そしたら、次の日、彼に目を真っ赤にして怒鳴られた。


 僕は思ったままの行動をしただけ、その方が良いと判断しただけ、何が間違っているのかがわからない。人の心なんてわからない。

 今まで多くの冷たい感情をぶつけられてきた。それでも、僕は特に何も思いはしなかった。たぶんそれは僕に感情、つまり、人の心がない機械なのかもしれないからだ。

 だけど、まさか本当に自分自身が機械でできていたなんて。


 その時の僕は自分の身に一体、何が起きたのかを理解できなかった。

 高校一年生の五月、入学式から一カ月が経ち、クラスメイトの性格がなんとなく分かってきて、友達グループが確立してきた頃、僕はだんだん孤立していった。皆が僕のことを避けているのは確信できたけれど、その理由まではわからない。

 その日も一人でいつものように駅から学校まで続く桜の並木道の通学路を歩いていた。桜の並木道、とは言っても季節は五月で既に花びらは散ってしまい、未熟な若葉が芽生え始めている。散ってしまった花々に思いを馳せることもなく、黙々と歩いていると、


 「危ない!」

 「えっ?」


 後ろから誰かの叫び声が聞こえた。声の方へ振り返ると、勢いよくスピードを出した黒い車が瞬きをする間もなく、正面から突っ込んでくる。当然、かわすこともままならず、重々しい衝撃が体を襲う。

 ぶつかった衝撃で固いアスファルトの道路に跳ね飛ばされ、朦朧とする意識の中、僅かに目を開けると、そこには電柱に激突し凹んだ車とあるべきはずの血だまりがなく、壊れかけのねじが飛び散り、膝からは鉄の骨格が露出している。


 「あぁ、僕はやっぱり人間じゃなかった」


 目を覚ますと、街中のとある病院のベッドで寝ていた。さっきの事故を思い出し、ケガの具合を確認してみると、体のどこにも傷跡が見当たらない。でも、事故にあったのは確実で自分の体が機械でできていたことも鮮明に覚えている。決して夢なんかじゃない。けれども、どうして機械の僕がこんな町中の病院なんかで修復できたのは謎だが、痛みもなく、正常だったので考えるのを止めた。


 病院内はとても静かで雑音一つない。静寂に包まれた空白の空間。

特にすることもなくて、なんとなく病院内を歩いてみようと思い、ベッドから体を起こす。別にじっとしていることは苦手ではないけれど、寝てばかりでは体の調子が悪くなる。

 とほとほと院内を歩き回っていると、正面の渡り廊下から一人の少女がこちらに向かって歩いてくる。まだ年老いていないにも関わらず白い杖をついた少女。杖を前左右に振ってゆっくりと歩いてくる。僕は立ち止まり、その少女を見ているとだんだんこっちに近づいてきて、少女の肩が僕の肩に軽く当たる。けれど、彼女は何も言わず通り過ぎていく。


 「あの・・・」

 僕は彼女に声をかける。決して謝ってほしいからではない。彼女の様子が普通ではなかったから声をかけた。


 「あれ?今、私、人にぶつかりましたか。ごめんなさい。何かモノに当たったと勘違いしてしまって。ぶつかったのに失礼な態度をしてしまって本当にごめんなさい」

 「いや、僕の方が避ければいい話だったから。ところで、もしかしてだけど君は目が見えていないの?」

 「はい。私は何も見えていません」

 「そう、なんだね」

 少女ははっきりとした口調で言葉を告げる。まだ中学生くらいの少女にも関わらず随分と大人っぽい印象だった。

 「それでは、失礼します」

 少女は一礼して、廊下の奥へと消えていく。

 

 まもなく病院を退院し、日常へと帰る。自分自身が機械で異物なものであっても、その日常は変わらない。日々を一人で孤独に生きていく。別に困ることは何一つなく、普通に生きていられる。いや、正常に稼働していると言った方が今となっては正しいだろう。


 学校を終え、夕暮れ時の学生やサラリーマンなどの雑踏にまみれた街を歩いていると、身に覚えのある少女の姿が目に映る。少女は今、交通量の多い交差点に差し掛かり、横断歩道を渡ろうとしている。だけど、今、横断歩道の信号が示しているのは赤色で僕は危険を察知し、彼女を引き留める。


 「待って」

 少女の細い腕を取り、少女が危険な目に遭うところを防ぐ。

 「待って。今、信号赤だよ」

 「その声は、病院の時の・・・危ないところを助けて下さりありがとうございます」

 「いや、別に礼は言わなくてもいい。危険だと思ったから助けただけだから」

 「それでも、助けてくれたことには変わりないですから。もし良かったらお茶でもどうですか?助けてくれたお礼といっては何ですが、ここで会ったのも何かの縁ですから」

 「構わないよ。特に用事もないから」


 そして、僕たちは近くの喫茶店に足を踏み入れる。茶葉の香りがするレトロな喫茶店。店長の趣味なのか時計がいたるところに設置してある。大きな古時計に鳩時計、砂時計。何だか時空を超えて、過去にタイムスリップしたような気がする。


 「ところでまだお名前を聞いていなかった気がするのですが」

 「そうだね。まだ名前を言ってなかったね。僕の名前は亜衣」

 「あい?男の人なのに女の子っぽい名前ですね」

 「よく言われるよ。君の名前は?」

 「私の名前は凛です」

 「凛ちゃんね。凛ちゃんはいつから目が見えなくなったの?」

 「生まれた時からです」

 少女はそれが当たり前のように言う。


 「私は生まれた時から両目がまったく見えていないんです。だから、私はこの世界がどんな風でどんな形をしているのか、どんな色をしているのかがわからないのです。自分の顔がどういう顔なのかさえも」

 「うん」

 「でも、その代わりに聴覚、嗅覚、触覚、味覚の四覚がとても鋭いんですよ。あと・・・女の勘も」

 「・・・」

 少女は得意げに言って、僕はただ何も言わず彼女の話を聞いていたら、急に彼女が照れ臭くし始める。頬を赤く染め上げて。

 「じょ、冗談ですよ。何か言ってくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」

 「ごっ、ごめん」


 やっぱり僕には感情がないんだ。冗談を言っているのにそれに笑ってあげることもできないなんて。

 「謝らないでくださいよ。私が勝手にやって、勝手に滑っただけですから」

 「ううん。僕には感情がないんだよ。実を言うと、僕の体は機械でできているんだよ」


 何故か不思議と僕は信用されるはずもない真実を彼女に口にする。

 すると、彼女は口に手を当てて、驚いた素振りを見せる。それもそのはず、今、目の前で話しているのが人間ではなく機械なのだから。


 「本当なんですか?」

 「うん。ごめん、急にこんなこと言われたらびっくりするよね」

 「いえ、驚きはしましたけど、そこまで意外だとは思わなくて」

 「どういうこと?」

 「初めて会った時、私、『人にぶつかりましたか?』って言ったじゃないですか。あの時のぶつかった感覚が人の肌とは別の感覚とは違ったものでしたから。だから、本当に人じゃなかったんだなぁって」

 「すごいね。君の感覚は。そうだよ、僕の体は機械でできている。だから、僕には感情がない。人の心がないんだよ」

 機械に感情なんてない。無機物が感情を持ち合わせていることなんてありえないのだから。


 「本当にそう思うんですか?私はそうは思いません。私にはこの世界のことが見えませんが、一つだけ見えるものがあります。それは人の心です。人の心は実際には見えませんが、目の見えない私にとってはそれが見えるんです。ですから、私には亜衣さんの心が見えます。亜衣さんも人の心を持っていますよ」


 彼女ははっきりと自信に満ち溢れた顔で僕に伝える。正直、彼女の言っていることには半信半疑だが、彼女が嘘を言っているようには見えない。

 「随分と長話をしてしまいましたね」

 「うん。そろそろ解散しようか」

 「はい。では、また何処かでお会いしましょう。きっと亜衣さんも人の心を持っていることに気づきますよ」

 少女は最後にそう言葉を残して、喫茶店を去っていく。

 

 

 また、人を傷つけてしまった。

 クラスのとある女子グループ。その中に一人の女子がいる。その子はいつも会話の外にいて、手に持ちきれないほどのジュースを買って来させられ、自分のやって来た宿題を同じグループの女子に見せている。

 明らかに異様に思えた。だから、僕は彼女たちのいる前でその女子に言った。


 「嫌なら、嫌って言えばいいだろ」

 すると、一人のリーダー格の女子が立ち上がり、

 「ねぇ、私たちといるの嫌?私たち友達だよね」

 「いっ、嫌なわけないじゃん」

 「だよね。アンドロイドが私たちに口出しすんなっつうの。マジうざい」


 リーダー格の女子が僕の蔑称を口にすると、グループ内でケタケタと嘲笑う声が聞こえる。

 だけど、僕は何も言わず、その場を立ち去る。別に彼女たちの仲をどうこう言うつもりはないけれど、不当な扱いを受けていることに疑問が浮かんだだけだ。

 

 その日の放課後、掃除をし終え、校舎裏のゴミ捨て場にゴミを捨てに行く時、一人の女子を見つける。さっきの異様な女子。彼女は僕が来たことに気づき、俯きながらこっちに近づいてくる。彼女が僕の目の前に立ち、顔を上げると、彼女の目からは涙が流れ、片頬は赤く腫れている。

 「何があっ・・・」

 

―ベシッ


 彼女の震える手が躊躇なく、僕の顔を打つ。

 現状を理解できない。何か訳ありの事情を聞こうとしただけなのに。

 

 「何で、あんたのせいでこんな目に遭わなきゃいけないの。どうして、私が殴られなきゃいけないの。ふざけないでよ!あんたが余計なことをしなければ、前と同じように笑ってやり過ごせたのに。全部あんたのせいでめちゃくちゃ・・・許さない。私は絶対あんたを許さない」


 ひどく冷たい攻撃的な感情。剝き出しの感情の刃を突き刺し、一方的に怒りをぶつける。

 彼女の行動、言葉の意味がわからない。


 「偽善者ぶるのはやめて」

 「別にそんなつもりはない。僕は・・・」

 「何もしゃべらないで!あんたといると気が狂いそうになる」

 「・・・・・」

 「何であんたみたいなのがいるのよ」

 彼女はそう呟いて、目を合わさずその場から立ち去っていく。


 昼の白い太陽が夕刻の赤い太陽に染まっていくもの静かな帰り道。ちょうどこの時間は大半の生徒が部活動に励んでいるため、人が少ない。彼女に攻撃的な感情をぶつけられ、人の心について思索していると駅の方からピアノの音色が聞こえる。不思議と心地よく、どこか儚げな音色。


 僕はその音に導かれるままに駅の中へといざなわれる。そこにいたのは多くの観衆とあの盲目の少女だった。彼女は目が見えないことが嘘のように正確にピアノの音を奏でている。滑らかに流れるような旋律、やがて、それは大きな流れとなり、辺り一帯を飲み込んでいき、ここにいる観衆のすべてが少女の虜となっている。

 彼女が演奏を終えると、すぐさま駅内に観衆の人の歓喜と喝采が響く。僕も観衆につられるがまま拍手を送る。しばらくして、観衆が離れていった頃、僕は少女に声をかける。


 「やぁ、久しぶりだね」

 「その声は亜衣さん。どうしたんですか?」

 「ここ通学でいつも使っている駅だから」

 「いや、私が聞いたのはそういう意味ではなくて、何かあったんですか?」

 「えっ?」

 「ほら、私、前に言ったじゃないですか。人の心が見えるって。何だか悲しそうな感じがしたので」

 「自分が悲しくなっていたのはわからないけど、少し考え事はしていたかな。実はさ・・・」

 僕は、今日の自分の行いとそれによって人を傷つけてしまい、攻撃的な感情を受けたことを淡々と彼女に語る。


 「そうでしたか。確かに亜衣さんは間違ってはいないと思います。でも、正しくはないですね」

 「それって、どういうこと?」

 「亜衣さんはその子が不当な扱いを受けていると思い、グループのメンツが間違っていると判断した。だから、そのグループの前で彼女に言った。だけど、私が思うにその子にとってはそのグループが唯一の居場所だった。例えその場所でどんな扱いを受けても、その子は居場所を守りたかった。きっと一人になるのが嫌だったから。でも、亜衣さんがそこに口を挟んだことで、彼女たちの仲が悪くなり、最終的に口を出されておもしろくないグループの人たちはストレスを発散するためにその子をストレスの捌け口に使った。」

 少女は探偵のように心理をすらすらと推理していく。でも、僕には少女が何を言っているのかが理解できない。酷い扱いを受けて、何も言わないなんて、自分に不利益なだけ。


 「やっぱり僕には人の心がわからないよ」

 「ううん、そんなことはないですよ。確かにちょっと複雑で難解な点はありますけど。でも、亜衣さんはその子を助けようとしたのではないのですか?それに私の音楽を聞いて、どうでしたか?」

 「とても良かった。今でも耳の奥に残っている感じがする。音色がとても正確で心地よくて思わず、聞き入ってしまうような・・・」

 「ほら、それが心ですよ」

 「えっ?」

 「亜衣さんは心を持っているんですよ。ただそれを自覚していないだけです」

 「そうなのかな。でも、例えそれが心であったとしても、きっと僕の心は作り物でしかないよ」

 僕の心は機械でできている。だから、本当の人間の心を理解できない。


 「そんなことありません!人の心が作り物であるはずがありません!人の心は温かくて、ぬくもりがあって、時には冷たくて気持ち悪いギスギスした気持ちになる時があります。でも、私は多くの温かい心に触れて救われてきました。だから、心が作り物であるはずありません」

 少女はこれまでの経験を語るかのように語気を荒げる。大人っぽい少女とはまた違う一面だった。

 「凛ちゃん?」


 すると、少女はっと我に返ったように姿勢を戻す。

 「ごっ、ごめんなさい。つい声を荒げてしまいました・・・・・ん、あれ、電話が鳴ってる。もしもし・・・うん、わかった。」

 少女は電話を取ると、すぐに会話を終え、電話を切る。


 「そろそろ、母さんが迎えに来るそうです」

 「そう」

 「それともう一つ話したいことがあって、私がここに来るのはある夢があるからです。私は将来、ピアニストになりたいんです。目は見えなくても音は聞こえます。音楽は人の心を癒してくれます。私はそういう人の心を感動させる人になりたい。ですが、私は少し臆病で人見知りなところがありました。そこで母さんは私に自信がつくようにと人前でこの駅の中で演奏することを提案してくれたのです」

 「だから、ここにいるんだね」

 「はい、それにここにいると心地いいんです。聞いてくれる人の温かい穏やかな心が伝わってくるんです。あと、もう一つ理由があって、もうすぐ私のコンサートがあって、その練習も兼ねてここに来ています。もし良かったらですが、私の演奏聞きに来てくれませんか?」

 「もちろん、行くよ」


 すると、少女はぱっと嬉しそうな表情へと変わる。僕にはそれがとても眩しく見える。夢を語る少女の姿は眩しくて尊いもののように思えたからだ。

 そして、少女と約束を交わし終えると、少女の母親が迎えに来て、母親は僕に軽く挨拶をして、少女の手を取り、駅の外へと歩いていく。

 

 あれから、少女と連絡先を交換し、時折、電話をすることが多くなり、日々の日常を言い合った。今思えば、事務連絡みたいに思えるけど、当時はそれがずっと続いてほしいと願うようになった。そして、月日は経ち、遂に少女のコンクールの日がやってくる。そこで僕は改めて思い知らされるのだった。

この世界の残酷さ、理不尽さを。そして、人の死が突然であることを。


 暗雲が空を覆い、光の一矢さえ通すことを許さず、猛烈な風と叩きつけるような大雨の日、少女はコンクールを迎える。少女とあの日、約束を交わした僕は少女がピアノの演奏をする会場へと向かっている。しかし、猛烈な風と大雨の影響で交通網は麻痺し、電車は遅延している。早めに家を出たおかげで時間的余裕は十分にあるけれども、急がずにはいられなかった。


 刻々と時間は過ぎて行き、妙に落ち着きがなくなっていく。漸く電車が駅に到達し、すぐさま電車へと乗り込む。目的地の駅までは五駅ある。僕は激しい雨と風の外を眺めながら、時折、スマホを開いて時間を確認する。一駅、一駅、また、一駅と過ぎて行く。その度に雨脚が強くなり、電車が強風で揺れ動く。そして、目的地まであと一駅というところで時間を確認すると、スマホの画面に速報が表示される。


『女子中学生 コンクール会場 事故死』


「えっ?」

 そこには顔なじみのあるあの盲目の少女の顔と目的地であるはずのコンクール会場が公表されている。僕は恐る恐るスマホに表示された速報をタップすると、そこには次のようなことが書かれている。


『被害にあった女子中学生は全盲で目が見えていなかった。女子中学生はピアノのコンクールの発表で会場に訪れていたが、演奏間近、彼女がステージに上がろうとしたとき、突然、天井から機材が落ちてきて、運悪く彼女の頭の上に落ちてきた。コンクールの関係者はすぐさま彼女を助けようとしたが、助け出したときには既に息はなかったという』


「嘘だ」


 電車が目的地の駅に着くと、僕はすぐさま電車から駆け降り、吹きつける大雨の中、コンクール会場へと走る。正面から強烈な雨風が立ちはだかる。目に雨粒が叩きつけ、水溜まりに足が取られ、固い膝がコンクリートに擦れる。それでも、足は止めない。信じたくない、嘘だ。まさか、そんなことあるはずがない。運悪くだなんてそんな言葉で死んでいい人ではない。嘘だと言って。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 息を切らし、会場にたどり着くと、僕は無慈悲にもその現実が突きつけられる。

数台のパトカーに多くの青い制服を纏った警官たち。事故現場である会場を取り巻くブルーシート。カメラを回し、騒ぎ立てるマスコミ。


「嘘だ」


そんなわけない。

ありえない。

彼女が死んだ。

そんなこと絶対あってはいけない。


—痛い

—苦しい

—嫌だ

 

 感じたことのない吐き気がするような気持ち悪い痛み、苦しさが胸を締め付け上げる。怖い、わからない、嫌だ、やめて。


 「わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そして僕は漸く気づく。自分にも感情があったことに。

 この胸の痛みが心。彼女が死んでしまったことが全部、悪夢だと思いたい。彼女の死を認めたくない。

打ちひしがれる雨の中、叫び続けた。冷たい雨の雫が頬をつたっても、本当の涙は流れない。あぁ、やっぱり僕の体は機械でできている。

 だけど。


 「僕にも心がある」


 人の心がある。胸が苦しい、張り裂けそうな痛み。

 でも、こんな形で知りたくなかった。君が死んで漸く気づくなんて。後悔、悔恨、無念が心に重くのしかかり、視界がモノクロへ変わる。


 夢を語る盲目の少女はもうこの世にはいない。

 世界は残酷で理不尽だ。世界は少女から目を奪うことでは飽き足らず、命さえも奪い去った。

 「どうして、どうして、どうして!」

  疑問を声に出しても、誰からも答えは返ってこない。聞こえてくるのは無情な雨音ただそれだけ。

 僕は抑えきれない感情のままに孤独に不格好にただひたすら泣き叫び続けた。


 彼女の死から二週間。

 僕はある場所を訪れている。すでにこの世にはいない盲目の少女の墓。そこには少女の遺骨だけがあり、実際に少女がいるわけではない。だけど、どうしてかは分からないが、そこに彼女がいるとどうしても思わずにはいられない。

 「やぁ、久しぶり。君が死んでからもう二週間が経つんだね」

 僕は目の前の石向かって、一人でしゃべり続ける。


 「君のおかげで僕にも心があることをわかったよ。心ってこんなにも揺れ動くものなんだね。君が教えてくれなきゃ、きっと一生気づけなかったよ。だけど、こんな形で知りたくはなかった。君が死んでから気づくなんて遅すぎたよ」

 言葉を語りかけても、何も返事は返ってこない。やりきれない悔しさが再び込み上げてくる。


 「ごめん。それと君にはもう一つ伝えたい言葉がある。・・・〝ありがとう〟君と出会えて本当に良かった。それじゃあ、さようなら」

 

 僕の体は機械でできている。血肉があり、生命を持った人間とは違い無機物な存在。でも、僕には心がある。こんなにも揺れ動き、誰かといたいという想い。君はそれを決して望む形ではないけれど、僕に大切なものを教えてくれた。だから、僕は君に心からの感謝をする。

そして、夢半ばで消えてしまった盲目の少女をこの胸に宿し、生涯、君をずっと忘れない。


 最後まで読んで下さりありがとうございます。

 あなたはこの作品を読んで何を感じてくれたでしょうか。人の心とは何か。

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