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RESTART FANTASY【リスタート ファンタジー】  作者: 棚山 もんじゃ
第2章
8/27

2-2

「おお~…おみごと…」

「あの…!私の、財布…!」


そう言って後ろから息を切らしてきたのは、最初に被害にあった若い女性だ。

犯人を拘束した赤い瞳の麗人は、スリの懐からオフホワイトの可愛らしい財布を取り上げる。


「安心しろ、目立った傷はない。次からは目を離さないようにな」

「あ、ありがとうございます~!あのっ!お名前をお伺いしても?」

「なに、名乗るほどの者じゃあない。気兼ねなく観光を楽しんでくれ」

「ハ、ハイッ!本当にありがとうございました~!!」


優しく土埃を払い落してから被害女性に一言添えて手渡す様は、完全にイケメンだ。

女性は黄色い声を上げてお礼を言うと、ほかの女性と連れ立ってはしゃぎながら去っていく。


「さて、これは誰の財布だ?」

「あ!私っす!ありがとうございます!」


ワトーが少し声を弾ませながら、小さな折り畳み財布を受け取る。

うん、やっぱり女性だ。言動は荒々しいし、テノールボイスのせいでイケメンが助長されているが、間違いない。あれはサラよりおっきいおっぱいだ!筋肉か?胸の筋肉の発達のおかげなのか?

胸筋トレーニングをすれば、多少は哀れな乳から脱出できるのだろうか。巷で流行ったキャベツとから揚げの食育は体重を増やしただけだったし、次は筋トレしてみるのも悪くはない。

兄は大絶賛していたが、この太ももは他の女の子に比べると太いしむっちりし過ぎている。太ももの魔導師とか言われてしまいそうなほどだ。お尻と太ももの脂肪が胸に移動すればいいのにとつくづく思う。

とまあ、サラがある意味煩悩だらけの視線を送っている最中、爆乳美少女がお礼を述べていた。


「私からも、ありがとうございました。見事なお手前でしたわ」

「大したことはしていない。…それはそうとご令嬢、この国は残念なことにスリやひったくりが多い。昼日中でこれだ。夜更けは出歩かない方が良い」

「はい。ご忠告、感謝いたしますわ」

「さて、と。私はコイツを詰め所に引き渡してくるとしよう」


イケメンが過ぎる女冒険者様は、男のフードを引っぺがして器用に縄状に変形させた。

それを拘束具代わりとして男の両手を縛り上げる。

すると騒ぎを聞きつけたのか、数頭の馬がこちらに駆けてきた。


「ライナさま!!」


先頭を走っていた和服の女性がひらりと灰色の馬を降り、ものすごい剣幕でライナと呼ばれたその人に迫る。


「おっと、リナリア。元気そうじゃないか」

「なあにが元気そう~ですか!城下で警察のまねごとなんかして!早急にお戻りください!」

「生きが良い、の間違いだったな」

「ライナ様っ!」

「わかった、わかったから。そうお客人の前で怒鳴り散らすな」

「御客人…?」


ライナが目線を送った先に居たサラ達へと、リナリアと呼ばれる人が顔を向けてきた。

品定めするようにじろじろと3人を見つめてくる。警戒の色が見て取るように感じられる。

サラが委縮していると、ジュリアがスッと前に出て微笑んだ。


「この方に私の従者が持っていた財布を取り戻していただきましたの。

本当にありがとうございました。それでは私どもはこれにて失礼いたしますわ」


丁寧な口調と物腰でリナリアにも礼を言ったジュリアはサラとワトーに目配せをして、その場を立ち去ろうとする。半歩おくれてサラもジュリアの後に続こうとしたが、鷹のような目の彼女が3人を逃がすはずがなかった。


「お待ちください」

「…なんでしょうか?」

「どちらの宿に、お泊りでしょうか?」


何故だかリナリアは神妙な面持ちで、サラ達の宿泊先を聞いてきた。

これにはさすがのジュリアもわずかに動揺してしまう。意図が見えないからだ。


「え?ええと…「リナリア。それは初対面の方に聞くものじゃあないな」

「…申し訳ございません」


笑顔を張り付けたまま無難な回答を探すジュリアの言葉をライナが遮ったおかげで、リナリアの不可解な問いにサラ達は答えを出さなくてもよくなった。サラは思わず安堵の息が漏らす。

名前を聞くのではなく宿を聞いてくる、というのが妙に恐ろしかったのだ。

少し吊り上がった真っ黒な瞳に何もかも見透かされているような、まな板の上に寝かされて捌かれるのを今か今かと待つ魚のような気分だった。


リナリアは釈然としない様子だったがジュリアに頭を下げ、ライナの傍に控える。

様付の口調といい、どうやら彼女はライナに仕えているらしい。


「失礼した、お客人。気にせずカロラを楽しんでいってくれ。

もし昼飯がまだなら、『飛翔亭』に行くといい。あそこのタンドリーチキンはうまい」

「まあ、そうなのですね。候補に加えさせていただきますわ」

「さて、そろそろ行くとしよう。これ以上長居をすればリナリアが怒り出すからな」

「みなさま、失礼いたします」

「ありがとうございました~!」

「ああ。またな」


ライナはスリの男を後ろで控えていた軍服の兵士に引き渡し、リナリアと共に同じ馬で相乗りをして去っていった。


「さあて、やっとご飯やな~!ってあれ?パロマさんは?」

「そういやリナリアっていう人が出てきてから急に姿をくらましたっすね」

「どこへ行ったのかしら…」


サラ達があたりを見回していると、細い路地からぬうっと麦わら帽子が顔を出した。


「行った?どっか行った?」

「は?」


パロマが開口一番に聞いてきた質問に、ワトーは疑問符を突き返す。


「だーかーらー、リナリア様!もういない?」

「いらっしゃらないわ。馬でライナ様とお帰りになったわよ」

「よかった~!!これで安心してメシにありつける!」


ふい~と両肩を回してパロマは安心しきった顔で大通りに立つ。

明らかにおかしい。

リナリアという人は軍兵と一緒にいたし、何かやましいことがあるのでは…?

サラがそう思っていたのと同じようにワトーも考えていたらしく、パロマに疑いの目を向けた。


「いったい何なんすか?もしかしてアンタなんか前科が…」

「無いっての!あー…そっか!お宅ら、よそ者だからリナリア様のこと知らないか~」

「あの人って有名な人なん?」

「有名すぎてヤバい。特にあのイケメンがヤバい」

「スリをお縄にしたあの方も?軍の上層部の方だったのかしら…?」

「あー、まあ~あれだ。お昼食べながらその辺教えてあげるよ~」


ついてきな~と言われて入った店はこじんまりとした店だった。

めん処と看板を立てているその店は、石造りの多いカロラには珍しく木造建築の和風な店構えだ。

紺色の布地に『たけや』と白い筆文字が入った暖簾をくぐると、だしの香りで満たされた空間がサラ達を出迎えてくれる。


「いらっしゃい。あれまあ、ロマちゃんまた来てくれたん?」

「朝ぶり~シオンちゃん。テーブル空いてる~?」

「空いとうよ。いまお冷だすわねえ」


シオンちゃんとパロマが呼んだ受付嬢は、高齢ながら品のある小綺麗なおばあさんだった。

竹模様があしらわれた若草色の着物と、こっくりとした落ち着いた黄色の帯がよく似合っている。

シオンはサラ達を丁寧にテーブルへ案内したあと、しずしずと誰もいないカウンターの奥へと引っ込んでいく。

その後ろ姿にサラはレイばあちゃんを重ね、懐かしんでいた。

レイはもっと快活な老婆だったが、話口調がかなり似ているし、何よりひまわり色の瞳はレイと同じ色だった。

サラが思い出に浸る一方で、ワトーはメニューを手にして震えていた。


「も、もしかして…めん処って…パニージャの店っすかココ!!」

「うるさいわよ、お馬鹿」

「あらあ、ふるさとを知っとう人なんて、めずらしいわあ」


興奮収まらぬワトーからメニューを奪い取ったジュリアがサラは何を頼むの、と気を遣ってくれる。

丁度その時、お冷を持ってきたシオンが会話を小耳に挟んだらしく、ワトーへ花が綻んだような笑みを浮かべた。


「パニージャの麵は世界一上手いと思ってるっす!」

「あーそれわかる~!絶対世界一っしょ!」

「マジすか!やっぱ、いいっすよね~!」


思わぬところでパニージャ愛好家が揃ってしまい、共通の話題に花を咲かせる。

一番の麺料理は何かという話題に移った時にワトーとパロマは声を合わせてこう言った。


「蕎麦」

「うどん」

「「は??」」


ついさっきまで心の友よと握手まで交わしていた二人の間に大きな亀裂が入った。

その亀裂は水と油のように相いれない存在。某きのこと某たけのこの戦争のように。

お客がサラ達だけで本当に良かった。いや良かったのかこれ、逆にヒートアップしそうだ。


「アンタ今、うどんって言いました?違いますよねェ?聞き間違いっすよねェ?」

「お宅こそ蕎麦ってなん?パニージャの麺って言えばうどんっしょ!」

「ちょっとワイアー!お店にご迷惑でしょう、おやめなさい!」


いくらジュリアが制止しようと聞く耳を持たない二人を前に、シオンがすっと袂から筆を取り出した。


「はいはい、ご注文は?」

「蕎麦!」

「うどん!」

「あったかいのと、つめたいの、どっちにするん?」

「「あったかい!」」

「そんじゃあ、付け合わせは?」

「「かき揚げ!」」

「まあ~仲良しさんやねえ~。そんで、そちらさんは何にしましょ」

「私はこの、ソウメン?をひとつ」

「私オヤコドンひとつ~!」

「はい。じゃあ蕎麦とうどんのあったかいので、かき揚げの付け合わせが一つずつ。それから、そうめんと親子丼やね。もし甘いの食べとうなったら追加できるから、いつでも言うてね」


白い小さな紙に注文を書き記したシオンは、ふんわりと微笑んで厨房へと消えていった。

先ほどの『仲良しさん』発言が効いたのか、それともシオン独特の雰囲気に毒気を抜かれたのか、ワトーとパロマは落ち着きを取り戻していた。


「ええ~と…さっきはごめんよ~。この店のうどん大好きでさ~、ついカッとなっちゃった~」

「私も大人げなかったっす…」

「何はともあれ、二人とも冷静になれてよかったわ。

改めてパロマさん、私はジュリエット・ローズよ。こちらが私の従者のノア・ワイアーよ」

「サラ・エトワールやで!よろしくな!」

「そういや名乗ってなかったんだったね~。あたしはパロマ・ルイス・シヴォリ。パロマでいいよ~」


やっと麦わら帽子を脱いだパロマの顔は、夏を満喫しきった少年のように焼け焦げていた。

ひとまとめにするのも大変そうな力強く、1本1本の主張が激しい黒髪が松葉色の瞳を引き立てる。

女っ気をかなぐり捨ててきたような見た目のパロマが、お冷をグイと酒のようにあおる。


「それでパロマさん、リナリアさんはどういった人なのかしら?」

「まあ~、カロラの地元民ならだれでも知ってるんだけどね~。

リナリア様、リナリア・マツユキ。カロラの王女補佐官だよ」

「王女補佐ァ?なんでそんな人が城下町にいるんすか…ってまさか…」

「ライナ様と呼ばれていた、彼女…もしかして…」

「もしかするんだよなあ~。ミネルヴァ・ライナ・カロラ・レアード王女殿下」

「嘘、気づかなかったわ…。ライナなんて聞いたことがなかったもの…」

「なんかミドルネームが嫌いらしくってねえ~。一般的には『L』表記にしてるっぽいよ~」

「あれ?でも呼ばれるの嫌いやのに、リナリアさんにはライナって呼ばせてるんやな?」

「リナリア様とミネルヴァ様は幼馴染なんだってさ~」


小さいころからライナと呼んでいたのであれば、それは変えようにも難しいだろう。

今となっては、ライナと呼んでいるのはリナリアだけになった。最初のころは地元民もライナ様と呼んでいたが、ありとあらゆる国の文献や表記が『L』で統一されてからは国の無言の圧力に民も負けたのだそうだ。

そこまでしてミドルネームを嫌う理由が知りたいが、さすがにパロマも分からないらしい。

それよりも、予期せぬ形で王族と顔を合わせてしまっていたことがジュリアはショックらしかった。


「ハア…まさかあんな形でお会いしていたなんて…失礼にもほどがあるわね…」

「仕方ないよ~、ミネルヴァ様はしょっちゅう城下におりてきてるから。それもなーんにも変装しないで一人でひょっこり来るからさあ~。も~冷や冷やものだよね」

「そりゃそうやろ~!なんかあった時大変やん!」

「ホントそれな~。リナリア様が過労死するんじゃないかってみんな冷や冷やしてる」

「ひえ?」

「ほえ?」


サラ達が予想していた返答に、真逆のものがくっついている。

間抜けな声を出すワトーに対し、パロマも素っ頓狂な声で返した。

思考がこんがらがっているワトーに代わり、頭を抱えながらもジュリアが口を開く。


「ええと…パロマさん。ミネルヴァ様は、城下で何をなさっているの…?」

「地元民と酒飲んだり、冒険者と即興で組んで魔物倒しに行ったり~…あとはブラブラしてるかな?」

「一国の王女が、町をほっつき歩いてんすか…?」

「そだねー」

「うわあ…信じらんね…危機管理能力ないんすか?」


ジュリア専属で使えているワトーからしたら、到底有り得ないことなのだろう。

守るべき対象がウロウロと当てもなく遊びまわっていたら従者の身が持たない。

ふと想像してしまったのだろうか、ワトーの顔は今までになく引きつっている。


「危機も何も、あの人クッソ強いからさ~。拉致しようとした輩が逆に城に拉致されたり、暗殺者を素手でねじ伏せたりしてる~」

「そ、そうなのね…」

「だからいっつもリナリア様がミネルヴァ様に振り回されっぱなしで~。もう一時なんか目のクマがすごかったよ~」

「あらあ、リナリアちゃんのはなし?」


4人の食事を乗せたワゴンを、ゆっくりと押すシオンが話しかけてきた。


「ホント、よくあの人をちゃん付けできるね~シオンちゃん。怖くないの?」

「え~?リナリアちゃんはやさしい子ぉやで?

同郷やから気ぃ遣うてくれてるんかしらんけど、たんまにうちにも来とうよ」

「ってことは、リナリアさんってパニージャの人なんすか?」

「そうや~。リナリアちゃんはちいちゃい時に、お父さんにこっち連れられて来てなあ。

泣き虫さんやったのに、今はほんまにしっかりした美人さんになって、うちはうれしいわあ」


そう言いつつサラ達が注文した料理を一つずつシオンは優しく並べていった。

最後に中央に置いたのは、サラが見たことのない薄茶色の粉がかかったモチのようなもの。

頼んだ覚えのないものにサラ達が動揺していると、シオンがくすりと笑う。


「これはうちのおまけ。パニージャでは『わらび餅』いうんよ。

冷やっこくておいしいから、よかったら食べてみてなあ」

「ありがとうございます、シオンさん」

「へえ~、コレわらび餅って言うんや~!ありがとうシオンちゃん!」


サラの感謝の言葉を聞いてシオンがあらあ、と小さく驚きを見せつつも嬉しそうに話しかけてきた。


「おじょうちゃんもパニージャなん?そのなまり、ダイハンやろう?うちはヘイゴ出身やねんよ~」

「あっ、えっと、これはおばあちゃんの訛りで…私はエデン出身やねん」

「あれまあ、せやったん。ごめんなあ、早とちりして」

「ううん、大丈夫!それよりこの訛りって、ダイハンってとこなん?」

「ベタベタのイサンカ弁やから、そうやと思うけどなあ」

「イサンカべん?」

「ああ、パニージャの西の方の言葉って意味なんよ。

うちの町とダイハンはおとなりさんで、ことばがよう似とうから区別すんのむずかしいけどなあ」


もしパニージャに寄ることあったら行ってみと残して、シオンはまた厨房へと戻っていく。

ダイハン。シオンの言う通りならレイばあちゃんの故郷はその町なのだろう。

いつか兄弟そろって訪ねてみたい。その為にもヒュブリスを何とかしなくては、とサラは一人意気込むのだった。


その後、サラ達は個々に注文した料理たちに舌鼓を打ち、おまけで出してもらったわらび餅もあっという間に完食してしまった。お勘定をワトーが済ませ、出入り口近くまでシオンが見送りに出てきてくれた。


「きれいに食べてくれよってありがとうねえ。またいつでも来てな」

「いえ、本当にお料理が美味しくて。あのお餅も不思議な食感でしたけど、気に入りましたわ」

「ほんまに美味しかった!また来るわシオンちゃん!」

「本場の蕎麦…素晴らしいお手前だったっす…!あの領域に立てるよう自分も精進するっす!!」


ワトーが店に響く声量でシオンのそばを賛美し、熱のこもった瞳で見つめる。

それをにこにこと聞いていたシオンがワトーの左手にそっと手を重ねる。


「夢があってええねえ。がんばりや~」


ついにワトーの熱意が誰かに届いたのかと思いきや、左手に渡されたのは小さな飴玉だけだった。

お土産と称してシオンが全員に配った飴玉は、ほんのり梅の香りのする優しい味だった。

さっそくもらった飴玉を口に含み、コロコロと転がしていると麦わら帽子を被りなおしたパロマが口を開く。


「あ、そうだ。お宅らもう宿に戻る感じ~?」

「ええ。少し体を休めようかと思って」

「馬車からぶっ通しで動いてますからね。さすがにそろそろ休まないと体持ちませんよ」

「ん~、私はちょっと休憩したら町ブラブラしたいかな」

「そっか。んじゃあたしはここで。広場で画材見ていくから~」


宿までの道はジュリアが記憶していたので、問題ないと答えるとパロマは広場のある方向へ軽やかに走っていく。パロマが離脱したのちにシオンとも別れ、サラ達は宿への帰路についた。

宿が見えてきた頃にはもう夕暮れ時になっており、長いこと『たけや』で話し込んでしまっていたらしい。

中途半端な時間にお昼をたくさん食べてしまったせいもあり、晩ごはんは各自自由にするという事で話はまとまった。


「ハア~、さっすがの私でも疲れたっすね…。今なら秒で寝れるっす」

「シャワーを浴びてから寝なさいよ?あなたとサラはスリの一件でよく汚れているもの」


御者を務めていたこともあってか、ワトーは大分くたびれている様子だ。

ジュリアの言う通り、サラとワトーの服と体は土埃にまみれており、手で払っているとはいえよく食事処には入れたなといった風貌をしている。二人の服装よりもパロマの方が全体的に薄汚れていたので目立たなかった、というのもありそうだが。


「汚れた服は私が洗うんで、適当にひとまとめにしておいてくださいよ。あ。ついでにサラのも」

「えっ、私のも洗ってくれるん?!」

「これでも一応、従者って立ち位置なんでね。お嬢様のお洋服を魔法で綺麗にしてるのは私っすよ」

「そうね、料理をさせること以外なら安心して任せられるわ」

「料理以外って…蕎麦作れるんとちゃうん?」

「サラが興味あるなら喜んで作るっすよ!」

「サラ、悪いことは言わないから本当に遠慮しておきなさい。遠慮では足りないわね…断固拒否しておきなさい」

「え?えええ?じゃ、じゃあ今回は止めとこっかな…?」

「気が変わったらいつでも言ってくださいよ!すぐ作るんで!!」


サラ達がわいのわいのと喋りながら宿の正面玄関を開くと、受付にいたカーヤが慌てて駆け寄ってきた。


「アンタたち無事かい?!」

「え?」

「どうかなさったのですか?カーヤさん」

「良かった…何ともなかったんだね…。

あたしゃてっきり、マーファクトの奴らにいたぶられたんじゃないかって…気が気じゃなくてねえ…」

「マーファクト…?!」

「そんな、どうしてマーファクトの人間がここに…」

「『カーバンクル小隊』って名乗る男どもが突然うちの宿に来てね。ジュリアとノアイユという二人組の女が泊まっていないかって、尋ねてきたんだよ」

「!?」


カーバンクル、と聞いたジュリアとワトーの眼がこれでもかと見開かれる。

その後すぐにジュリアは顔を伏せ、ワトーがそれをカバーするようにジュリアを背に隠した。

マーファクトのカーバンクル小隊。それがどういった隊なのかサラにはさっぱりわからないが、二人の本名を知っている辺り、どうもきな臭い連中だ。

カーヤは心の底から心配してくれていたようで、事の顛末を話し始める。


「人相書きも見せてきて…似ている人物がいれば教えてほしいとまで言ってきたのさ。

うちにそんな綺麗な子は泊ってないよって突っぱねてやったんだけど、アンタらは顔と名前が少し似ていたから心配で心配でねえ~。でも何事もなくて本当に良かったよ」

「ハイ、そうっすね!ありがとうございます!ではお嬢様が疲れているのでこれで!」

「お嬢ちゃん大丈夫かい?顔が真っ青だけど」

「食あたりっす!しばらくは部屋で休むんで起こさないでほしいっす!」

「うんうん、無理は良くないからねえ。もし本当に困ったら呼んどくれよ」


カーヤの気遣いを生返事で交わしたワトーは、自らの体を抱いて震えているジュリアを支えながら、早足で3階の部屋まで進んだ。とても話しかけられる雰囲気出ない二人に対し、サラは首をかしげるばかりだった。

部屋に入って鍵をかけ、震えるジュリアをベッドに座らせたワトーは浴室からベランダ、部屋の隅々までを調べ始めた。


「なにしてるん?」

「ちょっと黙って」

「あ、ゴメン…」


ワトーに話しかけるも一刀両断されてしまった。

今は話せなさそうなので、サラはジュリアの隣のベッドに腰かける。

いったい何が起きたというのだ?部屋に入り込んだ1匹のアリを血眼になって探しているかのようだ。

念入りに部屋中を調べ尽くしたワトーはカーテンをぴったりと閉めて、ジュリアの前にひざまずく。


「お嬢様、大丈夫。大丈夫です。奴らはここに入ってないですし、気づいてもいませんよ」

「…ほんとう?」

「私がお嬢様に嘘ついたこと、あったっすか?」

「無い、わ。…ごめんなさい、私ったら…駄目ね…」


ジュリアは未だに止まらない手の震えを見て、自分自身を嘲笑した。

そんな状態の彼女に聞くのは少々心苦しいが、サラは思い切ってジュリアに話しかける。


「な、なあ、一体全体何がどうしたって言うん?」

「そうよね…わからないわよね。きちんと、説明するわ」

「お嬢様は横になっててくださいよ。コイツには私が説明するんで」

「そう?そうね…じゃあお言葉に甘えて。サラ、ごめんなさい。お先に失礼するわ」

「いやええんよ!気分悪いんやろ?ゆっくり休んで!」

「サラ、こっち」


ワトーはジュリアの寝支度を慣れた手つきで手伝い、ひどい顔色のご主人様を横に寝かせる。

そしてサラを小声で呼び、ベランダ側にあるテーブルセットを指さして、二人は椅子に座った。

普通ならベランダから見える景色を眺めながら、ゆったりとくつろげる空間なのだろうが、今はカーテンを閉め切っているせいで風情もへったくれもない。


「さてと。簡単に説明するっす。まず大前提として、マーファクトとレニセロウスは水面下で敵対してるんすよ。

んで、カーバンクル小隊っつー奴らは、エルフを攫う少人数の編隊」

「さらう?!」

「しっ!声がでかい。…十数年前の戦争でエルフに関する情報がマーファクトに漏れてんすよ」


ちらりとベッドで眠るジュリアを見た後、ワトーは顔をしかめてサラにその実態を教えてくれた。

エルフの瞳は宝石になる、血液を飲めば老化を止められる、内臓を食べれば長寿になる、心臓は魔力が増える。

腐敗処理を施せばアンティーク人形のように飾れる。脳をいじれば美しい従順な奴隷として飼える。

事実、戦争のさなかでマーファクト軍に捕まったエルフたちが体を弄くり回され、その様々な効能が立証されてしまった。

その後、マーファクトで『カーバンクル』というエルフ狩りの小隊が作られた。

レニセロウスはすぐに止めるようマーファクトに要求。二国間で『シュタール条約』が締結した。


「シュタール条約?ってどんな条約なん?」

「レニセロウスがマーファクトを攻撃しない代わりに、マーファクトはエルフを殺さないっていう条約。

何よりも国民を守ることに重きを置いたレニセロウスの性質を逆手に取った、マーファクト優位なクソ条約っす」

「で、でもそれやったら条約違反やん!訴えたらええねん!」

「アイツらが約束したのは『エルフを殺すこと』で、『攫わない』とは言ってないんすよねェ~…」

「なんなん、それっ…!」

「マーファクトの国家はマジでクソみたいな連中ばっかりなんで、もうレニセロウスとしては取り合うだけ損なんすよ。下手に抵抗したり攻撃したら、条約違反にされる。だから逃げるしかない」


レニセロウスとしてはマーファクトを軍事的に攻撃しないというつもりで交わした条約だった。

それなのに条約文には軍事的という文字は無いし、国民同士の争いは国同士の争いともとれるとかなんとか言われ、うまく掻い潜られてしまったらしい。まるで悪質なクレーマーである。

よって、レニセロウス民がマーファクトの兵を正当防衛で攻撃しても条約違反となり、ほぼ一方的にエルフは捕まってしまうようになったそうだ。

ハア~と深いため息をついたワトーは後頭部で両手を組み、椅子の背もたれにもたれる。


「それよりもタチが悪いのは、なぁんにも知らないマーファクトの軍兵がエルフを攫いに来てるってことっす」

「何も知らん?そんなことないやろ」

「人体実験の効能は上層部のほんの一握りしか知らないらしいんすよ。だから末端は何も分からずエルフを生け捕りにして国に持ち帰る。兵をどう言いくるめてんのかなんて、知りたくもないっすけどね」


内に秘めた怒りが漏れだすワトーの語尾が少しだけ強くなった。

また深いため息をついたワトーはとにかく、と話を続ける。


「お嬢様は今いるエルフの中でも特別キレイで、地位も最高。魔力も抜群。何度も狙われてきたんすよ」

「それで、あんなに怯えてたんや…」

「どういう経緯で奴らがここに来たのかは知らないっすけど、今晩は私とお嬢様は外に出ないんで。もし晩飯食べたいなら、これで食ってきてくださいよ」


そう言ってワトーがテーブルに置いたのは小さな麻の巾着。中には10枚の金貨が入っていた。

一応サラも貯金箱に入っていた小銭を持ってきてはいるが、銀貨ばかりで金貨1枚にも満たない。

晩ごはんを食べに行くだけにしては多すぎるが、金欠の身としてはお金持ちの厚意をありがたく受け取る他ないだろう。


「あーもうやめやめ。アイツらの話すると気分悪いっす。サラ、風呂は?」

「帰ってから入るわ~。ちょっとウロウロしてご飯食べるだけやし、19時までには戻るつもり」

「そうっすね。夜は治安悪いって聞いてるから、遅くなんない方がいいっすよ。ノック5回してくれたら部屋の鍵開けるんで、忘れないように頼みますよ」

「ノック5回ね、オッケー!そんじゃあ行ってくるわ~」

方言って難しいですよね。

私は関西出身なので、私が良く聞いてた方言をサラちゃんに喋ってもらってます。

シオンちゃんとサラちゃんの分け方が一番難しかった…。

あんまり方言だらけにすると読者様が辞書開く羽目になるので、

わかりやすくなるよう努力します。

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