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RESTART FANTASY【リスタート ファンタジー】  作者: 棚山 もんじゃ
第2章
7/27

2-1 カロラ国


「姫様~もういいっすかね?」

「ええ、いいわよ。これだけ離れていれば大丈夫でしょう」

「なに?なんかすんの?」

「ふふふ、馬をよく見ていてね?」

「馬?」

「うちの愛馬をとくとご覧あれ!」


手綱を握っていたワトーが左小指に嵌めていた変化の指輪を抜き去ると、ワトーの姿と共に馬の姿も変わる。黒毛の馬たちは瞬く間に一頭の葦毛の馬へと姿を変え、その足は4本脚ではなく8本脚で地面を蹴り上げていた。


「ええ?!色、あれ?!足増えっ、ええ?!」

「どうっすかサラ!私の愛馬、スレイプニルっす!かぁっこいいっしょ!」

「すごいけど、えええ?!ど、どういうことなん?」


サラが驚くのも無理はない。

なんせ8本脚の葦毛の馬に姿が変わってからの馬車のスピードが凄まじい。

つむじ風どころか荒れ狂う暴風。この異常速度ならカロラまで一足飛びだ。

変化の指輪を取ったワトーがエルフ姿をさらしてスレイプニルを操縦したって、一般人の目に留まることは無いだろう。竜巻に遭遇してもなお目を開けていられる者がいるなら教えてほしい。


「スレイプニルはね、レニセロウスに1頭しかいない8本脚の幻獣なのよ。

ディーファ様がスレイプニルに乗って世界樹に降り立った、なんて伝承もあるわ。

ずっと昔から王宮で飼われていたのだけれど、気性の荒い馬で誰も寄せ付けないような馬だったのに…。何故だかワトーにはベッタリなのよ」

「ほえ~!ワトーって意外とすごいねんな!」

「意外とは余計だっつの!」

サラから余計な一言があったものの、褒められて上機嫌になったワトーはビュンビュン速度を上げていく。

1時間も経たないうちにエデンの領地である牧草地帯を抜け、カロラ国領の砂漠地帯に突入した。

普通の馬車に乗っていれば暑さでやられてしまうところを、スレイプニルは猪突猛進がごとく駆け抜ける。

おかげで常に風を感じられるので砂漠の暑さに参ることはなさそうだ。


「そういえば、ワトー。ボブさんと何の取引をしたのかしら?鍵と指輪を交換したと聞いたのだけれど?」

「えっ…?!あー、えーと、いやだなあ姫様~!そんなことしてないっすよ~!!」


アハハと笑い飛ばすワトーの手綱を持つ手が震える。

動揺が馬にも伝わっているのか、心なしかスレイプニルの速度が落ちたようにも感じる。


「ワトー。変化の指輪の予備、あと一つ持たせていたわよね?出してごらんなさいな」

「あぅえっ?!だだだだだだめですよぉ~!今は手綱から手が離せないもんで!」

「あら、ついさっき指輪を外しながら操縦できていたじゃない。

いつも予備はポケットに入れておくよう指示していたもの。

あなたなら出来るでしょう?手綱を片手で持って、ポケットの中のものを取って見せるだけよ?」

「そそそそ、そ、それが、ですねえ~…」


ワトーの声と体が動揺で震えまくる。まるで彼女の足元限定で大地震が起こっているかのようだ。

しっとりと優しい声色で問い詰めてくるジュリアの雰囲気に負けて、ワトーは事のあらましを話し始めた。

サラの予想していた通り、事務室から魔法師団長の指輪を拝借しようと潜入を試みるも、扉に鍵がかかっていた。

建物の前で思案しながらうろついていると、ボブ爺さんに後ろから声を掛けられ、取引を持ち掛けられたのだという。


「は、はじめは自分で何とかしようと思ったんすよ!?でもその建物の防犯上なのか、魔法で無理やり扉を壊すこともできなくってですね…。そこに爺さん登場っすよ?しかも鍵をくれるとか言うんすよ?!」


そして、渡りに船だとワトーはすぐさま取引に応じたのだ。


「その時の持ち合わせがぜんっぜん無くてですね…。

慌てて体中のポケットまさぐったら指輪出てきて…予備だし使わないしいっかなァ~なんて思いまして…。

その~、気が付いたら交換、してたっす…」

「馬を止めなさい」

「ハ、ハイッ!」


ワトーの自白を聞いたジュリアが馬車を止めるよう指示する。

その言葉に慌ててワトーは従い、小さなオアシスのあるあたりでスレイプニルは足を止めた。

ジュリアが無言でワトーのいる御者席に向かう。もうそれだけで傍から見ていても怖い。

砂漠の真ん中にいるはずなのに、馬車の中だけ極寒かと思うほどの冷気をジュリアから感じる。

ワトーが一番それを察知しているようで、顔を真っ青にしてジュリアと向き合う。


「ワトー「クビだけは!クビだけはご勘弁を!!姫様あ~!!!姫様に一生仕えるって誓ったじゃないっすかああああ!!酷いっすよひめさまあぁぁあ!!」

「お馬鹿、違うわよ」


ジュリアが口を開いた途端にワトーがクビは嫌だと泣いて懇願する。

スカートに鼻水を引っ付けてきたダメダメな従者を前に、ジュリアは大きくため息をついた。


「もうすぐカロラに着くから、変化の指輪をつけなさい。取引の件は…もういいわ。

結果がどうであれ、鍵がなければ杖は手に入らなかったでしょうし…「ですよね!!」


さっきまでの涙はどこに行ったのやら。ジュリアからお赦しを貰えたワトーはケロリとしていた。

そればかりか、主人の言葉を遮ってべらべらと喋りだす。


「いやあ~!姫様の言う通りっすよね!!

あの鍵があったからこそ大聖堂の地下へも行けたし?杖も見つかったんすもんね?

杖がアホ毛のもんになってるのはいまいち納得いかないんすけど…。

なんにせよあの取引をして良かったってことっす!むしろ褒められるべきっすね!」

「そこまで言っていないわよ、お馬鹿。大体、あの指輪は私の私物よ?

主人の私物を勝手に手放す従者なんて聞いたことがないわ。本当にクビにするわよ?」

「す、すんまっせんでしたァアアア!!!」


調子に乗りすぎた者の末路は誠意を感じない土下座であった。

こういうことが度々あったのだろうか、ジュリアはハイハイと適当に相槌を打ってワトーに再度、注意を促していた。


「ああ、そうだわ。サラ」

「へ?なに?」

「杖は今後もあなたが持っていて。トラヴァス教皇はあなたに杖を託されたのだもの。当然だわ。

けれど…もし、杖の魔力が戻った時は、レニセロウスのために振るってくれるとありがたいわ。

それから、ワトーの言葉は気にしないで頂戴ね。あの子なりに必死だったのよ、色々とね」

「うん。ありがとう、ジュリア」


サラはおもむろにポケットの中に手を突っ込み、杖が収まっているカードを取り出して見つめる。

てっきり、自分に扱える武器がないから持たされているだけだと思っていた。

持たせてもらっているだけで、何か別の杖が手に入ったら取り上げられたりするのかと思っていた。

だけど、そうじゃなかった。エデンの宝であるこの杖を、サラが自由に使っていいのだ。

カードを丁寧にポケットへ戻し、サラは心に決めた。

託してくれた人たちの想いに報いてみせる。善行と正義のためにこの杖を振るっていこう、と。


「サラ、出発するわよ」

「うん!」


ジュリアに言われた通り、ワトーは変化の指輪を装着していた。

それに伴いスレイプニルも黒毛の4本脚の馬たちに変わっていた。

ガクッと速度が普通の馬車並みに落ちたが、カロラはもう目と鼻の先だ。


一昔前のカロラは戦の国と呼ばれていたらしい。戦争がない昨今では夕陽の国、鍛冶の国と呼ばれ始めた。

その古い通り名の由来は国の外壁を見れば、誰でも感じ取れるだろう。

石材を高く積み上げた城壁がカロラ国全体を六角形で囲んでいる。

その6つの角には古いカタパルトが設置され、所々にある矢狭間は戦争の影を連想させる。

今は使われていない戦争の道具がカロラには点在しているのだそうだ。


しかしそれも数年前のこと。統治者が代替わりした今、カロラは観光業に力を入れているという。

カァンカァンと国の外まで鳴り響く鉄を叩く音に誘われるように、冒険者たちが列をなすのは昔から変わらない。

だが、近ごろは観光客も増えてきた。

火の精霊が群がるカロラ城はいつも夕焼け色に照らされて幻想的だ。

鍛冶の国らしく精巧なアクセサリーを安価で販売していること、地理的に夕方の時間帯が長く美しい夕陽を楽しめることが今のカロラの売りである…。


と、ミアが楽しそうにいつも語っていた。

やたらめったらに外国事情を語るので、もう耳にタコどころか耳がサラ尾漬けである。

ミアはカロラやセントレードなど、ほかの国への興味が誰よりも強かった。サラ的には兄弟みんなで店を経営できたらと考えていたが、ミアは違ったらしい。

他国の文化や流通に興味があるミアは、間違いなく兄よりも商売人の血が濃いのだろう。

いつか世界をまたにかける商売をするのだと目を輝かせて語っていた弟の夢を守るためにも、サラはヒュブリスを追わなければならない。


カロラに思い出らしいことは何一つないのに、ミアのことを思い出してしまった。

きゅう、と胸が締め付けられる。兄弟は無事だろうか。

痛めつけられたりしていないだろうか?苦しい思いをしていないだろうか?

ミアは泣いていないだろうか?オズワルドはやせ我慢をしていないだろうか?

はやく、はやく助けないと。本当ならすぐにでもヒュブリスの根城に乗り込んでやりたい。

でも今は、カロラの人たちの身の安全が第一だ。

目の前に助けられる人がいて、助けないという選択肢はサラにはないのだ。


「サラ、もうそろそろ着くわ」


ジュリアが優しく肩を叩いてくれた。あまり記憶にないが、ずっとぼんやりと外を眺めていたそうだ。

オアシスから出発して、もう1時間ほど馬車に揺られていたらしい。


「ごめん、考え事してて…」

「いいのよ。私もそうだったもの。考える事、今は特に多いものね」

「うん、せやな…」


互いに何を考えていたのかは言わなかったが、似た境遇であるジュリアにサラは親近感が湧いていた。

二人が知らぬ間にしっとりと汗をかいていた頃、エデンの3倍はある石造りの城門前で馬は止まった。


「お二方~、着きましたよ~」


ワトーの声を聞いたジュリアとサラは、ワゴンから砂地に足を下ろした。

サラは首を一周させてみたり、肩甲骨周りを軽く指圧して馬車での疲れをほぐす。


「ん~!馬車はくたびれるけど、こんなに早くカロラに着けたんはすごいなあ~!」


城門の真ん中に取りつけられている時計を見れば、短針は1を指していた。

普段なら3日かかるところを約2時間程度で来たことになる。スレイプニル様々だ。


「そこの者たち、旅の行商か?手形を拝見したい」

「はえ?」


ワトーがスレイプニルの世話を焼いていると、門番らしい甲冑の男が槍を携えて声をかけてきた。

まずい、カロラでは手形がないと国に入ることができない。

兄が配達の度に発行していた紙切れの存在を、サラは今頃になって思い出した。

レニセロウスから来たワトーとジュリアが手形を持っているはずがない。

このままでは怪しまれて、下手を打てば牢屋に入れられかねないぞ、と内心ひやひやして見守る。


「ああ、そうなんすよ!これ手形っす」

「…ふむ。間違いない。遠いところからご苦労様です。ようこそ、カロラへ」

「どうも~」


サラの予想を良い方向で裏切り、馬車は城門をくぐることを許された。

まさかワゴンにいくつか置いてある道具袋の中から、手形が出てくるなんて思いもしなかった。

ワトーが馬の世話を終えると、サラはジュリアと共に再びワゴンに乗り込む。

ゆっくり安全な速度でスレイプニルがカロラの街路に入った。


「な、なあジュリア。手形のこと知ってたん?」

「え?ええ。知っているわ。お忍びで何度か来ているの」

「そうなん?!」

「帝王学の一環でね。他国の調査もかねて、姿を変えて多くの国を訪れたことがあるわ。

その時にワトーも連れているから、慣れているのよ」

「なるほど…」


忘れかけていたが、ジュリアは王女様なのだ。そりゃあ他国に行ったりもするだろう。

とはいえレニセロウスの一般市民が国から出ることは一切無いらしい。

ほんの一握りの官僚や王族、専属従者のみが人に化けて外遊するのだそうだ。

ジュリア達よりカロラに詳しい気でいたサラは、拍子抜けしてしまった。


「さて、馬車を置ける宿屋を探さなくてはね…。

サラは此処に来たことがある風だったけれど、どこか良い宿は知っていて?」

「ごめん、いつも日帰りやったから知らんわ~」

「そう…。私たちも宿には泊まったことがないのよ。どうしましょうか…」

「お嬢様、私が人に聞きますよ!ほら、あの広場なら誰か一人は親切な人がいるはずっすよ」

「そうね、そうしましょう」


カロラの大きな街路の先は、多種多様な露店が立ち並ぶ長方形の広場につながっていた。

馬車専用の街路を通りながら良い宿屋はないかと辺りを見回してみるも、この広場近くに宿の看板はない。

ワトーの言うように、人に聞いた方が早そうだ。

はじめは露天商に尋ねようとしたが、客ではないとわかった途端に態度を変え追い払われる。

広場を歩く人々も早歩きで世話しなく、何だか話しかけづらい。

カロラの人はこんな風だっただろうか?兄と行商に来ていた時は、気さくで優しかったイメージがある。

サラが首をひねっている中、ワトーは広場の端で何やら奇怪な動きをしている女を見つけていた。


大きな樽に向かって足を引っかけたり、急に地べたに座り込んだりしているその女は、行動はもちろんのこと、風貌も奇抜で変わった印象を受けた。

黄土色のサルエルパンツを腰ではき、黒のサスペンダーがだらりと両腿に垂れている。トップスには白のタンクトップをチョイスしており、焼けた肌も相まって女性らしさはかけらもない。

特にデザイン性があるわけでもなく、様々な絵の具がカラーペイントのように飛び散って汚れているタンクトップはある意味、世界に一つだけだろう。

つばの大きな麦わら帽子を被っているので顔は確認できないが、今は樽の上に座り込み、無気力に両足をぶらんぶらんとばたつかせていた。100人に質問すれば全員が彼女は変人である、と答えるような雰囲気だった。


「…ワトー、違う人にしない?確かに時間を持て余していそうな女性だけど…ちょっと、ねえ?」

「うん。ちょっとなあ~…。なんか変な人っぽいで?」

「文句言わない!もう地元民っぽい人で暇そうなのアイツくらいですって!」


ワトーの言い分はまさしく正論で、もう広場で声を掛けられそうな人は麦わらの女だけなのだ。

他の場所で聞こうにも馬車を連れたままでは行ける道が限られる。

手分けして宿を探しに行くのもできない。土地勘のない人間が歩き回ったって迷子になるだろう。

ましてやワトーとジュリアはエルフだ。姿を隠しているとはいえ、何かの拍子にバレる可能性だってある。

町中を駆けずり回ったりするような、目立った行動は避けるべきだ。

背に腹は代えられない。ジュリアとサラは顔を見合わせたのち、諦めの表情で先導するワトーについて行く。

麦わらの女の前に馬車を止めて、ワトーが近寄り声をかけた。


「すんまっせーん。ちょっと聞きたいんっすけどいいっすか~?」

「今空腹だから無理ぃ~」

「宿屋聞きたいだけやねんって!すぐ終わるから!」

「腹ペコだから無理ぃ~」

「…ご馳走しますから、馬車を止められる宿屋を教えてくださいませんか?」

「マジぃ?!行く行く!教える教える!」

「なんだコイツ…ただのタカリ屋じゃないっすか?」

「いやいや、そっちからごちそうしてくれるっつったじゃん?あたしは何も言ってなーいし」

「もう何でもええよ…。とにかく、馬車を置かんとご飯行きにくいねんから宿屋教えてや~」

「ハイハイ、こっちこっち~」


麦わらの女は樽の上からひらりと飛び降り、後ろに置いてあった馬鹿でかいリュックサックを背負う。

小さい子供数人が隠れているのではないかと思う程大きなそれには、いったい何が入っているのやら。

かなり怪しげな女はサラよりもマグカップ一つ分くらい背が高く、年は同じか少し上だろうか?

大きすぎる帽子のせいで相変わらず顔の上半分が見えないが、口角は上に上がっているので機嫌は良いのだろう。

歩き慣れた様子の彼女は奇妙な見かけによらず約束は守るタイプらしく、馬車が通れる道を選んで宿屋へ案内してくれた。


「そこの敷地に馬車泊めな~」


連れてこられた宿は広場から外れたところにあり、厩もある中々大きな建物だった。

ワトーが言われたところに馬車を止めていると、宿の裏手からこちらに歩いてくる草刈り鎌を持った奥さんの姿を見つける。

紫色のワンピースに白のエプロンを身に着けたふくよかなマダムは、麦わら帽子を見つけると表情を一変させた。服の裾をひっつかんでドタドタと駆けてきたと思えば、ここまで案内してくれた彼女を怒鳴りつける。


「パロマ!どこほっつき歩いてたんだい!いい加減にしないと、晩ごはん抜きにするよ!」

「それは勘弁してよ~!客連れてきたんだからさぁ~!」

「あれま!こ、これは失礼を…。本日は『アーベントロート』にようこそ。

私は宿のおかみをしております、カーヤと申します。受付をいたしますので、どうぞ中へ」


宿のおかみ、カーヤは手にしていた草刈り鎌をサッと後ろ手に隠してサラ達に腰を折った。

どうやらこの宿は『アーベントロート』という名前らしい。

白漆喰の壁に赤のレンガ屋根が特徴的な3階建ての建物にカーヤは案内しようとする。

その前にと、ワトーが口を開いた。


「ご丁寧にどうも、荷物はどうしたら?」

「す、すみません!こちらでお運びいたします!パロマ!はやく運びな!」

「人使い荒すぎだっての~」

「なあに言ってんだい!今はうちのバイトだろうに!」

「ハイハイ、やりますよー。」


パロマと呼ばれる麦わらの彼女がワトーに荷物の確認をして、宿の中へ運んでいく。


「あの、彼女はこちらで働いているのですか?」

「ええ。普段はしがない画家をしていましてねえ~。一人で食っていけるほどの稼ぎは無いので、ここでバイトをさせています」

「あの人画家やったんや~!もっと変な人かと思ってた!」

「まあ…あの子にも色々とありまして…。少し前から私が面倒を見ているんですよ」

「え?じゃあカーヤさんとは親子じゃないんや「おまっ、バカ!」

「す、すみません。私の連れが失礼を…。ご気分を悪くされましたよね?」

「いえいえ、気になさらず!よくお客様に聞かれますから。娘さん変わった人ですねとか、似てないですねとか。

えー…実はパロマは私の親友の娘でして、その~…戦争でね、両親を亡くしたんですよ」

「…戦争で…」

「ご、ごめんなさい。私なんも考えんと聞いてもうて…」


色々と、と伏せていた話題を掘り返してしまったサラは、カーヤに平謝りする。

そうだ。あまり詳しくは知らないが、カロラは戦争をたびたび起こしていると兄から聞いたことがある。

いつ頃の戦争でパロマの両親が亡くなったのかはわからないが、町に大きな被害を受けたこともあったらしい。

思ったことを考え無しにすぐ、口にしてしまう癖は治さないといけない。

今度から気を付けようと反省するサラであった。


「良いんですよ~。もう何年も前のことですから。それにね、最近では本当に娘のように思えてきまして。

自由気ままに育て過ぎたのか、へったくそなのにずっと画家を目指していてねえ~」


困った子だよと笑い飛ばすカーヤは、しっかりと母の顔をしていた。

パロマの話をしながら、宿泊の手続きを済ませたサラ達は客室の鍵をカーヤから手渡される。


「こちらがお部屋の鍵です。あいにくお客様用は一つしかありませんので、無くさないようご注意ください」

「ありがとう。この宿は食事を出しているのかしら?」

「いいえ。申し訳ありませんが、この近くの食堂をご利用くださいませ。

もし安価なお食事処をお探しなら、パロマが詳しいので聞いてみてくださいな」

「わかったわ、色々とご親切にどうも。

サラ、パロマさんにご馳走すると言ってしまったし、あの方も連れてお昼ご飯を頂きましょうか」

「せやな!私もうおなかペコペコやわ~!」

「運んでもらった荷物と部屋の確認だけしたら、パロマさんを呼びましょう」


受付のあるロビーから階段を使い、サラ達は3階の客室へ向かう。

シンプルな赤い絨毯が敷かれた木製の階段は所々きしんでいたが、掃除は徹底されている。

全体的に内装は古めかしいが歴史ある宿屋なのか、踊り場には古い写真がいくつも飾られていた。

3階の廊下に出ると、鍵の番号を知っているジュリアが突き当りの部屋だと教えてくれる。


「お嬢様、部屋の鍵は誰が持ちます?」

「私が持っておくわ。それでいいかしらサラ?」

「ええよ!私が持っとったら絶対なくすし!」

「自信満々に言う事じゃないっすよ、それ」

「開いたわ。さあ、入りましょう」


用意された客室はバルコニー付きの角部屋。

部屋に入ってすぐの扉には浴室とトイレがあり、反対側には洗面台が設置されていた。

すりガラスの入った内扉を手前に引くとベッドルームだ。

広々とした空間に大きなベッドが3台。バルコニーの近くに小さな書き物机と椅子が置いてある。

部屋の隅のクローゼットの前には、パロマに運搬を頼んだ荷物が積まれていた。

荷物を見つけたワトーがすぐに中身を確認し、数枚の衣服をクローゼットに入れる。

そして首から下げていた小さな道具袋を服の中から取り出し、備え付けの金庫の中に入れようとする。


「ワトー、それなに?」

「ワイアーっす。これは貴重品っすよ、お嬢様のね」

「貴重品?」

「私が国から出るときに持ち出した貴金属と宝石よ。換金もできるし、資金には困らないと思うわ」

「あっ、ボブ爺さんの時も使ったんやっけ」

「ええ。ボブさんはお金よりも物々交換をお望みだったから、宝石を渡したの」


金庫に入れる前に少しだけと、サラはワトーに無理を言って袋の中身を見せてもらった。

袋の中はサラの想像以上に煌いていた。まさに宝石箱。いや、宝石袋か。

小さめの一粒ピアスや控えめながらも上品なデザインの指輪、親指の爪ほどの宝石がコロコロと袋の中を転がる。

全部持ち運びやすい小さなものばかりだが、その輝きは本物。

石が互いに光を反射しているせいで袋の中は、満天の星空と太陽をこれでもかと敷き詰めたかのように燦然と輝く。たった数秒見ただけなのに目がちかちかしてきたサラは、ワトーに礼を言って目頭を押さえる。


「にしても結構減りましたよねえ~。あんのジジイ、馬車隠すだけなのに滅茶苦茶なこと言ってきましたからね」

「そうね。でも旅を続ける分には問題ないでしょう?」

「まァ…数は少なくても個々の値段はべらぼうに高いっすから、豪遊してもおつりが来ますよ」

「そ、そんな高いもん持ち歩いてんの?」

「大した額じゃないわよ。今あるものをすべて換金したら…そうね、大体いくらになるのかしら?」

「今のラインナップを見る限り、ざっとですが…100億リールは余裕であるかと」


袋の中身を覗いてワトーが頭の中のそろばんで弾き出した額は、サラにとって無縁の桁だった。


「は?!?!ひゃ…おくっ?!」

「あら、意外と少ないなのね。少し倹約した方がいいかしら?」


しれーっとそんな計算をして何ともなかったように金庫に入れるワトーもおかしいが、その額を聞いて表情一つ変えないジュリアの方がもっとおかしかった。

しかも少ないとまできた。100億ってなんだっけとサラの頭の中がぐるぐると回りだす。

大混乱を起こすサラと対照的に、小首をかしげているジュリアを見たワトーが頭を抱えた。


「えっ!?!?すくな、えっ!?!?」

「すまん、サラ。お嬢様は、ほんっとうにプリンセスだからさ…金銭感覚が桁外れなんすよ」

「いや、わと、ワイアーもそんな大金よう首からぶら下げて歩けるわ…こっわ…」

「慣れって怖いっすね…」


ぽん、とサラの肩を叩いたワトーは引きつった笑みを浮かべ、ジュリアに聞こえないよう呟いた。

お姫様の金銭感覚って怖い。ジュリアに買い物だけは頼まないでおこうと誓ったサラであった。


「二人ともどうしたの?顔が引きつっているわよ?」

「あああ何でもない!何でもないから!」

「ごはん!ごはん行きましょうお嬢様!」

「え?ええ、そうね?」


サラとワトーは頭に疑問符を引っ付けたジュリアの背中を押して、部屋を後にした。

部屋の鍵はジュリアが、金庫の鍵はワトーが持って1階へ降りる。

パロマは探すまでもなく、ロビーにいた。

先程のバカでかいリュックサックは背負っておらず、麦わら帽子だけはしっかりと被って、サラ達が降りてくるのを待ち構えていたらしい。サラ達を見つけたパロマは、すぐこちらに向かってきて腹の虫の鳴き声と共に口を開いた。


「メシ!いきましょ!!」

「ほんっとに、たかる気満々っすね…」

「素直で結構なことよ。おすすめの店へ案内していただいても?」

「もっちろーん!あたしの大好きな店があるから~、そこに行こ~う!」


パロマと合流したサラ達は宿を出て、人の行き交う大通りを進む。

様々な商店がひしめき合う歩行者天国と化しているその道は、そこらじゅうで美味しそうな匂いが漂い、サラの鼻孔をくすぐる。

パロマはどんな店に連れて行ってくれるのだろう?肉でも魚でもなんでも好きだが、おなか一杯食べられるところがいいなと、サラはまだ見ぬ料理につばを飲み込んだ。


そういえばワトーは、金庫に宝石を置いてきていたが他にお金は持っているのだろうか?

サラに持ち合わせなどないし、そもそもエデンの通貨がカロラで使えるのか知らない。

うっきうきのパロマの後ろをついていく中、サラは気がかりだったそのことをワトーに小声で話す。


「なあなあ、お金って換金してあんの?」

「エデンで換金済み。カロラもリール硬貨っすよ」


ほれ、とワトーが小さな革の財布をサラに見せた後、ズボンのポケットに突っ込んだ。

そして怪訝な顔を作ったワトーがさらに続ける。


「今時違う通貨使ってんのはマーファクトくらい…ってかアンタ、行商で来たことあるんじゃないんすか?

んなことも知らないで、よく商売できたっすね」

「え、っと~…カロラのはお手伝い程度で担当ちゃうかったし~…。

お店で交渉するような難しい仕入れはお兄ちゃんがやってたから~…」


カロラの発注書には品物名と個数しか明記されていないし、金額や単位なんて載っていないのだ。

それに発注書を兄に渡して商品を箱詰めするまでがサラの仕事だった。

他の業務はオズワルドとミアがやってくれた。外国との連携が必要らしく、兄弟は仕入れの度に小難しい話をしていたし、二人からもサラはエデンの仕事に専念していいからと言われたので、邪魔しないよう自分の仕事だけをしてきたのだ。


「兄貴に任せっきりって…。アンタ、ほんっとに周りが見えてないタイプだねェ」

「しゃ、しゃあないやん!お兄ちゃんがサラは好きにしてていいよって言っててんから!」

「そりゃただの甘えでしょうが。そんなんだからアホ毛が生えるんすよ」

「いだだっ!引っ張らんといてってば!も~!」


ワトーがサラのアホ毛をぐいぐい引っ張る。その痛みからサラは声を上げてしまった。

少し大きくなった声にジュリアがピクリと反応し、振り返る。


「ワイアー、何をしているの!サラがかわいそうでしょう?」

「でもお嬢様、コイツ「ワイアー」

「…すんませんでした」

「サラ、ごめんなさいね。この子ったらすぐに手が出るから…」

「う、ううん。全然、平気やから」


二人の会話の内容を知らないジュリアから見れば、またワトーがふざけてサラのアホ毛を引っ張ったように見えたのだろう。従者の素行について謝るジュリアの態度に、サラはどこか居心地の悪さを感じていた。

それはワトーに言われたことが引っかかるからなのか?今はまだ、よく分からない。


「そう?なら早く行きましょう。パロマさんったら歩くのが早いのよ。見失ってしまうわ」


いつの間にかパロマとサラ達の間には100mほどの距離ができていた。

急速に歩くペースを上げたジュリアは、ぼんやりしていたサラとワトーを置いて行ってしまう。

サラに思うところがあったように、ワトーも何か考えていたようだった。

二人は離れていくジュリアの背中を見てハッと我に返り、足を動かす。

丁度追い打ちをかけるように、パロマが手を振ってサラ達を急かしてきた。


「おーい!くっちゃべってないで、早くこっちこっち~!」

「はいはい今行きますよっと、うわっ?!」

「ぅえっ?!」


ドンッと誰かにぶつかったワトーがサラの方に倒れこむ。

ワトーに押された衝撃でサラもよろけ、尻もちをついた。


「いったたた…」

「ぉおお…」

「ちょ、ワトー大丈夫?」


お尻の打ち身と地面の摩擦で両掌に細やかな傷を作ったサラは、人が多いから仕方ないかと思いつつ、顔面を殴打して痛みに震えているワトーに手を差し伸べた。

そのとき、サラの後方から若い女性の必死な声が3人の間に飛びこんだ。


「誰か!誰かそいつを捕まえてー!!」

「えっなに!?スリ?!」


咄嗟にワトーにぶつかってきた人物の走った方向を見る。

人通りが多いうえに細い路地もあり、どこに逃げたかわかりにくい。

サラが周囲を見回していると、起き上がったワトーが大きく舌打ちした。


「っ、やられた!」

「えっ、えっ?!まさか財布取られたん?!」


ダメだ、もうあんなに遠く。サラとワトーは服に着いた土を払うのも忘れ、前傾姿勢でスタートダッシュを切る。

慌てるサラ達の様子で気づいたのか、ジュリアはすでに男に目星をつけて追いかけていた。

それでも、男の逃げ足は速い。


「捕まえてパロマさん!その茶色のフードよ!」

「んな無茶な~!!」


ジュリアが逃げる男の背中を指さして、一番近くにいたパロマを誘導する。

スリの男の服にパロマは手を伸ばしたが、男はするりとウナギのようにすり抜けた。

このままでは人混みに紛れて逃げられてしまう、そう思い下唇を噛んだ時だった。


「アガッ?!」


急に男が奇声を上げて地面に伏す。

その真正面に立っていたのは切れ長の精悍な目元が印象的な黒髪の人。

女性…だろうか?

170前後の身長と中性的な整った顔立ち。肩の上で切りそろえられた黒髪は濡れ羽色で美しい。

簡素なワインレッドのブラウスになめし皮の胸当て、黒ズボンの裾をブーツインしている足は股下に住めそうなほど長い。そんな、どちらかと言えば男性の服装をしているので余計に性別の判断がつかない。

腰元には剣を2本差しているし、先ほどの大取りものといい、なかなか腕の立つ冒険者なのだろう。

凛とした雰囲気を纏ったその人は、まだ若干意識のあった犯人の背中の上に遠慮なく腰を落とした。

ぐえ、とスリの男が意識を失う。


「ふん、鍛え方が足りんな」

変人とイケメンの登場回でした。

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