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RESTART FANTASY【リスタート ファンタジー】  作者: 棚山 もんじゃ
第1章
5/27

1-5


ドン、ドン、と爆発音が連続して聞こえてくる。

やっと噴水広場に着いた途端、

キィンッと3メートルはある巨大な氷塊がサラの目の前に生える。


「うわっ?!」


急に発現した氷塊を前にサラは尻もちをついた。

きらめく分厚い氷の向こうが、ごうごうと燃えている。

魔導師団の人が数名いるのか、

兄の詠唱に交じって複数の魔法の気配を感じる。

その中に、居てほしくなかった人の声が聞こえた。


「兄さん!!」

「動くなよミア!お前らいくぞ!!」

「「イエスボス!」」


オズワルドとミア、魔導師団の人たちは、

いったい、何と戦っている…?

ポケットからすぐさまアルティナ様の杖をカードから取り出す。

とにかく氷が邪魔でよく見えないし、広場に入れない。

だから壊す!


「サラ!待って!」

「サラさん!?」

「姫様危ないっ!」


後ろからジュリアたちの声が聞こえるが、知ったことか。

サラは両手で杖に魔力を込め、氷塊に向かって振りかざす。


《集えよ集え聖なる雷球

我が行く手を阻むものに怒れる稲妻を下したまえ

ライトニングボール》


バリバリと雷を纏った光の玉がドドンッと氷塊に次々とぶち当たる。

氷の壁が粉々に崩れ落ちたのを見て、

サラは即座に広場の中に入った。


「な、ミア!?」

「ねえさん!にげて!」

「サラ!下がりなさい!!」


噴水の向こうにいるのはフードを被った長身の男と、禍々しい魔力を放つ真っ黒な犬。

そしてその男に魔法で拘束されているミアの姿だった。

ミアは菫色の魔球の中に閉じ込められており、

無駄とわかっていながらも必死に魔球の内側を叩き続けている。


「おや、お客人が増えましたね。おもてなししなくては」


にやりと口角を上げたフードの男は、

手に持っていた気味の悪い漆黒の杖をサラに向けた。

杖の先端にある8面体の紫水晶から、赤黒い光線が放たれる。


「サラ!」

《ホーリーナイトシールド》


サラの視界一面に光線が迫る中、

誰かにグイっとローブを無理やり引っ張られる。

その勢いのまま受け身を取る暇もなく、

道具屋が普段積み上げている小麦粉袋の山へ倒れこんだ。

不思議と痛みが少なく、後ろ首を押さえつつ起き上がるとサラのお尻の下でうめき声が聞こえる。

慌てて跳ねのくと、小麦粉まみれになっているワトーとジュリアが気を失っていた。

2人がサラを引っ張り、緩衝材の役割までも果たしたのだろう。

身を挺してサラをかばってくれた彼女たちに声をかけるも返事はなく、しばらく目を覚ましそうにない。


「ワトー?!ジュリア?!」

「やめろジェフリーっ!!」


砕いた氷の陰に隠れながら移動しているオズワルドの叫び声を聞いて、サラはその視線の先をたどる。

自分が先ほどまで立っていたその場所には、

騎士団特有の盾魔法を片手で行使しているジェフさんの姿。

騎士団の盾魔法は役職持ちかつ、

魔力が豊富な者のみに与えられる紋章だと兄から聞いている。

現にジェフさんは右の掌に刻まれた騎士団の紋章を男の光線に向け、長方形の大盾を魔法で作り出している。

ジェフさんの盾魔法が徐々に弱まり、片膝をつきそうになった時、

離れた場所から滑り込んできた兄が彼の腕をつかんで支える。


「しっかりしないかジェフリー!!」

「すまない…オズ…ワルド」

「トム!ヴィンス!作戦Bに移行!」

「オーケイボス!任せときな!」

「トム、気を抜くなよ」

「それはこっちの台詞だっ!」


《ブライトボール》

《アクアスプリット》


兄にトム、ヴィンスと呼ばれた魔導師団の服の青年たちが、

フードの男へ魔法をどんどん放っていく。

その魔法の閃光と応酬で二人が男の視界を阻んでいる隙に、

オズワルドは長い詠唱にとりかかる。


《白明より来たれ陽光の大聖布

天より帯びし光幕を以て聖域とせよ

悪しき全てから弱き者を隠し護り給え

受けし力は打ち捨てよ

盟約により力を与えん

エクステンション・サンライズ・リーインフォース!》


深緑色の長杖の先で大きな魔石が銀に煌いた。

オーロラのように美しい魔法の幕が、

男とサラ達を分断するように降りてゆく。


「トム!ヴィンス!走れ!」

「ヴィンス!先いけ!!」

「トムこそ先行きなよ!!」

「ならば、揃って逝けばいいのさ」


オズワルドが空から降りてきている幕の中に急いで入るよう促すも、

魔導師団の二人はフードの男の攻撃を防ぐのに精一杯だ。


彼らがオズワルドのところに戻ることは無かった。

攻防戦を繰り広げる二人を残し、幕が降りる。

オズワルドは眉根に皺をよせ、杖を折れんばかりに握りしめた。

二人のことはとても心配だが、

それよりもジェフさんの容体がとても悪い。

幕が降り切ったのを見たジェフさんは途端に盾魔法を解き、

その場に倒れこみそうになった。

だがそれを許さんと、兄がジェフさんの体をぐっと掴んで肩を貸しながらサラがいる方に進む。

未だ気を失っているジュリアたちの横壁に、

ジェフさんを寄りかからせた。


「ジェフリー。何であんな無茶をしたんだい」

「そうでもしないと、サラさんを守れなかった…でしょう?」

「…きみが倒れたら元も子もないだろうに」

「ああ、そうだ…サラさん。

前に、ブローチが欲しいと言っていましたね…?」

「え?う、うん」


ジェフさんが指さすのは、彼の胸元で燦然と輝く魔石のブローチ。

少し前、いやサラが6歳だった10年も昔のことだ。

当時のサラは魔石が大好きで、特にキラキラとまばゆい光を放つジェフさんのブローチに憧れていた。

何度も欲しい欲しいとねだって泣いたものだ。

そのたびにジェフさんに困り顔をさせて、

これは大切な物だからと優しく説き伏せられた。

今も欲しいかと言われればそうでもないのだが、

前に欲しいと言っていたのは間違いない。

急にどうしたのだろうと戸惑うサラを見て、

ジェフさんはひどく優しい笑みを浮かべた。


「これよりね、とびきり大きいのが、あるんですよ。」

「そんなんええから、安静にしてジェフさん!」

「今看てやるからじっとしてろ!」

「すまないオズワルド…約束を破ってしまうよ」

「約束?お前なにを言っているんだ」

「サラさん」


頼むから休んでいてくれと懇願する兄妹の声に耳を貸さず、

ジェフさんはサラに向き直る。

右手の手袋を歯で外した彼は、

剣だこで分厚くなった頼もしい掌をサラの手に重ねた。


「サラさん、あなたに、呪いをかけてもいいでしょうか…」

「の、呪い?え?ジェフさん…?」

「あなたを、愛しています。どうか…受け取ってください」

「あ、い…。え…?」

「は?…まさか、待てっ!俺はまだ、きみに「ごめんね…オズ…」

「ジェフ!!」

「ジェフ、さん?」


オズワルドが必死の形相でジェフさんの体を揺さぶった時にはもう、遅かった。

穏やかにサラへ微笑む彼は、大聖堂の盾のように強固で、

永遠の愛を誓うには大きすぎる、

それはそれは美しいダイヤモンドへと変わっていた。

サラは震える手を彼の掌の上からゆっくりとのけ、

自身の口元に押し当てる。

瞬きすら忘れて見開かれたサラの目に映った、

ブローチとジェフの顔。

全く同じ鉱石に成るなんて、粋が良すぎる。

飛び切り大きいのはブローチについた魔石ではなく、

彼自身のことだった。

受け取れないじゃないか。

こんなに重くて大きいと、仕舞いきれるはずがない。

神秘的な輝きを放つ彼の光を前に、

サラの目からはとめどなく感情が零れ落ちる。

哀しみと怒りが混ざり合う中に、ほのかに混じる甘いもの。


「じぇ、ふ、さ…」


愛していると、彼は言ってくれた。

その気持ちにサラは応えられるかわからない。

だって、そんな風に見たことがなかった。

兄の友人とはいえ、

16歳のサラからすればおじさんと呼べる年齢の人なのだから。

いきなり言われても困る。時間が欲しい問題だ。

なのに彼は、サラに考える余地も与えず『呪い』をかけた。


最低だ。騎士の風上にも置けない。

大体、自分の死に際に言い逃げするとかクサ過ぎるし、

ドラマや恋愛小説の読み過ぎだ。

こんなことなら、未亡人の管理人さんを口説いてる苦学生の方がずっとマシだ。それに言われる側の身にもなってほしい。

どうあがいても心に刺さってしまうんだから、

絶対に文句を言ってやる。

吹っ掛けたい言葉が山ほどあるのに、

どうして彼は、ダイヤモンドなのだろう。


そして同時に、また失ったのだ。

サラの大切な人が、また美しい石像と化した。

家族のように慕っていた人と、

初めて愛をくれた人がいなくなった事実に耐えきれず、

サラは地面に伏して泣き叫んだ。

兄は壁をダンッと強く殴り、怒りの形相で一筋の涙を流す。

妹に告白した盟友に怒っているのか、それとも別の理由なのか。

はたまた両方か。

兄の怒りは史上最高のものとなっていた。


「サラ、ここで待っていなさい」

「お、にいちゃ…」


バチバチとオズワルドの魔力が放電するように、

青黒い稲妻を発して周囲を威嚇する。

こんな兄を見たのは初めてだ。

手足が震え、鳥肌が立つのをサラが懸命に抑えようとしている隙に、

オズワルドはサラ達に向かって何かの魔法をかけ終えていた。


「お兄ちゃん!待って!私も…んぎゃっ?!なにこれっ!?」

「その中にいれば存在を認識されない。

私がいいというまで、絶対に出て来るな」

「何それどういうこと?!待ってお兄ちゃん!私も行く!

ねえ!待ってってば!お兄ちゃん!!」


サラと気絶している二人、

そして石化したキザ野郎を包むのはかなり複雑な魔法結界。

存在を認識させないという事は、

この中でどれだけ叫んでも叩いても暴れても、

外に声と音と存在は感知されない。

音に関しては術者である兄ですら、サラの声を聴くことは無い。

透明な薄い壁がとても分厚く大きな壁に感じる。


「いやや…!待って!おにいちゃん!!」


サラの悲痛な叫びに兄が振り返ることは無い。

そんな時だ。

先ほど兄が張った町を覆う大きな幕の結界は、シャボン玉がはじけたように消えてしまった。

噴水の向こう側が露見する。

フードの男が足で何か黒いものを転がしていた。

なんだ?何をしている?

よく目を凝らしてみたものは、人の頭だった。


「…っ!!!」


フードの男が足で転がしているのは、トムの頭部だった。

恍惚とした表情で兄を見据える男は、トムの後頭部をグリンと回し、わざと顔が見えるように仕向けてきた。

白目をむいて泡と血反吐を吐いたままのトムの顔面は、

何度も地面に擦られたせいで鼻がえぐれており、頬や額の皮はズル剥けていた。

髪で良く見えなかった首元は焼き切れたようになっており、彼の白磁のような骨と肉の断面が見え隠れする。


「うぉえっ…!」


もう勘弁してほしい。

森の怪物の時に吐けるものはすべて吐いたというのに、

サラの横隔膜は痙攣し続け、

たった数滴の胃液を涙と一緒に地面へ零した。

その間にオズワルドは一人、男と対峙していた。


「大した趣味だな」

「ワタシの趣味ではなくてね。

わが友、ジャックの嗜好さ。許してくれないかな」


そう言ってフードの男がトムの頭を蹴り上げると、

隣で伏せていたジャックと呼ばれた黒い犬が見事にキャッチし、

頭部を丸のみにした。

犬の背後には頭を失ったトムとヴィンスの遺体がごみのように転がっており、赤黒い海を作っている。


「ミアはどこだい」

「ああ、あの少年なら我の城に送ったよ。

彼は良い闇を持っているね。これからきっと強くなるさ。

そちらこそ、あの盾の男と他の娘たちはどうしたのかな?

逃がしたのかな?」

「きみに教える必要はない。ミアを返してもらおうか」


ミアはすでに、フードの男の根城に送られてしまったらしい。

いったいどこに行ってしまったのだろう。

早く見つけてあげないと、独りでは泣いてしまう。

オズワルドはミアを人質にされてもなお、冷静さを保とうとしているようだ。機転の利く兄のことだ。

ミアが捕らわれているらしい城の手掛かりを聞き出すまで、話を引っ張るつもりなのだろう。


「そう言われてもね。彼はすでにワタシと契約した身。

肉体だけでも良いなら返せるけど、どうかな?」

「…ふざけるなよ。何が目的だ。せめて町の人を元に戻せ」

「戻す?すこし、考えてみてよ。

美しい宝石となっていた方が良いと思わないかな?

この国の人間は魔具が大好きだろう?生活に魔具を組み込んでいるくらいだものね?

だから魔具の元となる石、

それも宝石にしてあげたのだから、感謝してくれても良いよ?」


魔具が好きだから魔具にしてあげた?何様のつもりだ、この男。

…待てよ?それなら国ごとに襲撃内容が違うのも、あの男なりの意趣返しだとでもいうのか?

ふざけるな。こいつ、人の命を何だと思っているんだ。

サラが憤りを感じている中、兄も同意見だったようだ。


「いい加減にしろよ…俺は気が長い方じゃない」

「ははは、そうか。

けれど、君はほんの少しでも喜んだのではないかな?

どんな形であれ、国が機能を停止したのだからね」

「っ、私はそんなこと…思ってなどいない!!」

「おや、おかしいな。

君は国を…いや、大聖堂を憎んでいるのだろう?

恨んでいるのだろう?

彼らが動かなくなった今、君は晴れて自由の身。

…秘密を抱え続けるのには変わりないけれど、誰にも縛られずには、生きられるよね」

「…、秘密?はっ、何を言っているんだか…」


オズワルドは確かに大聖堂が嫌いだ。

でも、居なくなって嬉しいなどと、そんな危険思想は持っていない。

それに秘密とはなんだ?

オズワルドは嘘をついている。秘密があることは間違いない。

昔から兄は嘘をついたり、図星だったりと自分に都合の悪いことがあると、左手であご先を撫でる。

頭が切れる癖に自分が探られるのにはめっぽう弱いのだ。

そういえば前に教皇様と兄の話を盗み聞きした時も、よくわからない話をしていた。

そのことを言っているのだろうか?

あとでオズワルドに問い正した方がよさそうだ…。

サラが見抜いた兄の嘘を男も見抜いたらしく、小首を傾けてニヨリと笑った。


「おやおや。ウソはいけないよ、オズワルド・エトワールくん」

「なぜ私のフルネームを…?」

「ああ、失礼。名乗りが遅くなってしまったね。

ワタシの名はヒュブリス。

この薄汚い世の中を壊し、自由と平等を創るものだよ」


男のフードがパサリと外される。

よろしく、と言ってフードを外しオズワルドに握手を求めた『ヒュブリス』と名乗ったその男は、足先まである紫の美しい長髪が目を引く人だった。

彼の肌は羽のように白く透き通っており、

凛々しく整えられたツリ眉、切れ長の目型は目尻の方で垂れていて色っぽさすら感じる。

何よりその中心で揺らぐアメジストの瞳と長く濃いまつげは、

女性のそれよりも美しいのではないかと錯覚させる。

まさかこんな美青年が狂人なのかと己の目を疑ったが、人は見かけによらないものだ。

そんな誘惑たっぷりの妖艶な笑みを浮かべるヒュブリスの手をパン、と叩き落とした兄は嫌悪感を示した。


「きみと宜しくやるつもりはないよ」

「痛いじゃないか、オズワルドくん。

もっと心に正直に生きた方が楽じゃないかな?」

「…何が、言いたいんだい?」

「オズワルドくんは実に不運な青年だね。その運命を何度も呪ったことだろう。

もっと自分に力があればと、悔やんでいるね。

そういえば、弟くんも同じような悩みを抱えていたよ。

君は知っていたかな?」

「ミアが…?そんな馬鹿げた話があるか?いや、無いね。

きみはいったい全体何者?何を知っているんだ」

「そうだね。君の全て、かな?

ワタシは触れた人間の闇を見ることができるのさ。

オズワルドくんもミアくんも、ジャックが食してしまった彼らの心もすべて。

その中でも特上の闇を生む、君みたいな人間をスカウトしているんだよ」


触れた人間の心を覗く魔法が使える、という事だろうか?

そんな魔法は聞いたことがない。

アイツはいったいどこの国から来たんだ?

握手を拒まれてもなお、ヒュブリスはオズワルドの肩に手を置こうとしたりスキンシップを図ろうとする。

すべて兄に拒まれて未遂に終わっているが。

ただ、その手を払う度に一瞬でも接触していることがサラには気がかりだった。


「お兄ちゃん、大丈夫かな…」


この兄の結界を出て助けに入れたら一番良いのだが、

サラの魔力がオズワルドの魔力を上回るはずがない。

びくともしない結界の壁をだんだんと叩いていると、

後ろで声になっていない音が聞こえた。


「サ、ラ?」

「ジュリア!目ぇ覚めたんやね!よかった!」

「こ、これはいったいどういう事…?」


目覚めたばかりのジュリアに、気を失っていた間のことを簡単に説明する。

サラのつたない説明でもジュリアには十分伝わったようで、すぐさまワトーを叩き起こしていた。


「ワトー!起きなさいワトー!」

「ええい、せからしかこつば言いなすな…はったおすぞ…」

「は?」

「んえ、あ…」

「ふふ、覚悟なさい」


色々あってジュリアに往復ビンタで起こされた目覚め最悪のワトーにも事情を話し、三人で結界の中からオズワルドの様子を見守ることとなった。

さあ、兄は大丈夫かと目を向けると、全然大丈夫ではなかった。

『大丈夫だ、問題ない。』とか言ってる奴が、大抵大丈夫じゃなかったように。


「…さあ、オズワルド君。この手をとるかい?」

「…私、は…きみと、いっしょ、に…」


いったい目を離している隙に何があったというんだ!

ジュリアとワトーに情報共有をした、たった数分の間にオズワルドは篭絡されていた。

もうこれはサラが一番いい装備を持って行く…いや、装備自体になるぐらいしないと間に合わない。


「あれ、サラの兄ちゃんヤバくないっすか?」

「でもこの結界を破れないのだから止めようにも…「だめ、だめええ!!おにいちゃん!!」


火事場のバカ力というやつである。

サラが思いのたけを乗せて杖でぶん殴った箇所の結界が砕けると、

そのひび割れが原因でガラガラと全体が崩れ落ちた。

これでもう、隠れていられなくなった。

ジュリアとワトーには申し訳ないが、目の前で兄を失うわけにはいかない。

サラは杖を手にしたまま、ヒュブリスの腕の中に捕らわれている兄の元へ走った。


「おやおや、隠れていたんだね。

わざわざ出てきてくれてありがとう。

でも惜しかったね、もう君のお兄さんはワタシと契約してしまったよ」


ヒュブリスの腕の中で項垂れて意識を旅立たせている兄が、

ミアの時と同じように魔球に入れられて黒い雲の中へ導かれていく。

契約してしまったからもう手遅れです~?

『僕と契約して魔法少女になってよ』ってか?

お前は一体どこの悪徳業者だ。


「アンタなぁ!二十歳越えの魔法少女(男)と主夫属性の魔法少女(男の子)なんて需要ないに決まってるやろ!

さっさとお兄ちゃんとミア返して!!」

「…男の子の方は男の娘っぽかったし、一部の層に需要ありそうっすよね?姫様」

「しっ!馬鹿げた水を差さないの!」

「ハハハっ!これはこれは。面白い娘さんたちだね。

それに…そのうちの二人は良い魔力を持っているようだし、ワタシと共に来ないかな?」


サラとジュリアを見たヒュブリスは、オズワルドの時と同じように握手を求めてくる。

先の兄のやり取りを見ていたので、サラとジュリアは決してヒュブリスの手に触ることなく、

口頭でのみ拒否を示した。


「よろしくせぇへんわ!全身紫のなすび野郎!」

「下等生物と馴れ合うつもりはないの、ごめんなさいね?」

「えっ、私は対象外っすか!?」

「そうか、それは残念。

でも口先だけの恥ずかしがり屋さんかもしれないからね、

君たちの心の奥に聞いてみることにするよ」


そう言い終わらぬ内にヒュブリスの腕が動いたことを目視できたのは、ジュリアとワトーだけであった。

あ、と気づいた時にはもう遅い。

ぬうっと、ねじれた黒い空間から伸びた掌がサラの目元にぐっと押し当てられる。


「サラ!」

「てめえ!アホ毛を離しやがれってんですよ!」


ワトーとジュリアがサラを助けるべく各々魔法を放とうとするも、

ヒュブリスは赤子の手をひねるように二人を魔力で吹っ飛ばした。

指の隙間から辛うじて見えたのは、噴水に体を打ち付けられて頭から血を流すジュリアの姿。

許せない、赦せない、ゆるせない。


「さて、あの娘は後で見るかな。

ふむ、サラ・エトワール…うん。オズの心に出てきた妹さんだね?

だいじょうぶ、君のはゆっくり見せてもらうからね」

「あああああっ!!!」


サラの心の中に、頭の中が勝手にかき乱され侵されていく。

こんな奴に記憶を、心を覗き見られてしまうのか?

いやだいやだいやだいやだいやだ!!!


「すごい抵抗だね…これは少し骨が折れるかな?

そんなに暴れないで、ワタシに身をゆだねたら早く終わるからね」

「……やだ、……ろ、………な…」

「おやおや、すごいね。

ワタシの手と『握手』しているのに喋れるとはね」


グググッとヒュブリスの手の魔力が格段に強くなる。

気持ち悪い。心の中を紫の瞳がぎょろぎょろと動いている。

記憶の本棚を読もうと手を伸ばしてくる。

思い出の庭に土足で入ろうとしてくる。

私にもっと力があれば、こんな下種野郎ひねり潰してやるのに。

もっと、おにいちゃんにも負けないくらい大きな力があれば、

おにいちゃんとミアは攫われずに済んだかもしれない。

生まれ育った大好きなこの国を、丸ごと守れるような力があれば、

もしかしたら教皇様も、ジェフさん…も、みんな守れたかもしれないのに。


私は無力だ。この濃密な1日で実感した。

結局、ジュリアの役にも立てていないし、私をかばったせいでジェフさんが宝石になった。

お兄ちゃんの手助けにもなれない。

自分の杖が欲しいからとか、好奇心で動いたりだとか、自分本位にしか考えていなかった。

潜入の時だってそう。

自分が手伝えば楽になるはず、国の結界は破られないはず、きっとバレやしないだろう。全部不確定要素ばかりじゃないか。

その先のことをちっとも考えていない。

自信過剰にも程がある。

なにが国民の力を教皇様に信じてもらう、だ。

教皇様の想っていた通りじゃないか。

私は何一つ、まともに一人で解決できていないのだから。

力が欲しい、こんな奴に負けない、誰かを守れるだけの力が欲しい。


そう強く願ったサラに応えるように、アルティナの杖がパアァッと金色の閃光を解き放つ。


「ぐうっ?!」


目を刺すようなまばゆい光に、ヒュブリスはたまらずサラから手を引く。

杖が放った光はサラを優しく包みこむ。

まるで温かな陽だまりのような、

母の腕の中で眠る赤子になったような気分だ。

こんなに強い魔力がアルティナ様の杖にあったなんて、信じられない。

魔石が足りず、不完全と言われていたにもかかわらず、秘めていたこの力。

サラに力を与えてくれる杖を両手で力強く握り、光り輝く繭の中、しっかりと目を開いた。


「アルティナ様…どうか、私に力を…!」


杖に祈りを捧げると、

光の繭の中に充満していた魔力がサラの体の中に集まってくる。

これで、皆を助けられる。サラの心の中に希望の火が灯った時だった。


「くっ、解放させないよ…!」


ヒュブリスが空間魔法で取り出したのは、オズワルドの杖。

兄を洗脳した上で、抵抗できないように杖を取り上げたのだろう。

本当に卑劣な真似ばかりする。

サラがヒュブリスに憎悪の目を向けていると、奴が持つ兄の杖が妖しく光った。

突然、地中から黒い鎖がサラの両手両足の首、そして喉元に枷を繋いできた。

ヒュブリスが兄の杖で妨害をしたらしい。

ガチンと固定された5本の枷のせいで、魔力の供給が止まってしまった。


「なに、これ…っ!!」


いやだ、せめてアイツを退けるだけでもいいから、私に力を。

どうにか外れてくれとサラは懸命に利き手で左の枷や鎖を引っ張る。

そんなことをしても無駄だと嗤うヒュブリスがジュリアの方を見た。

サラに近寄れないと悟り、標的を変えるつもりだ。

ジュリアとワトーは、意識はあるが体を動かすことはままならない様子だ。

近づいてくるヒュブリスを見て、ジュリアが腕の力だけでずるずると体を引きずり距離を取っている。

あんな状態では、すぐさま捕まるだろう。

二人に触らせなどしない。絶対に助けてみせる。

サラは右手に力を込めて今まで以上に鎖を引っ張った。


「外れろぉおおおおおっっ!!!!」


左手の枷が、パァンッ!と砕け散った。


それからのサラの記憶はあいまいだ。

左手を通して魔力が入った感覚。

波のように眼窩へ雪崩れ込み続ける光と、誰かの叫び声。

白んでいく視界の端で捉えた、人影。

それを最後に、サラは意識を手放した。

2021/08/01 誤字を訂正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サラとジェフさんのシーンがとてもすきです。ジェフさんのサラを想う気持ちと、それを知ったサラの感情の描写に涙が出ました。美しいのに切ない呪いですね…。
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