2-19
ミネルヴァはそう言うと袖元から草のようなものを先程まで肉を焼いていた網に放り投げる。
するとあっという間にその草から白煙が立ち込め、辺り一帯の視界が遮られた。
なんだコレ!とか火事!?等と他の客や店員がパニックを起こす中、誰かにグイと手を引かれて一気に駆け出す。
何度か人にぶつかりながらも走り続けたサラの足が限界を迎えそうになった頃、先導していた人物はようやく止まってくれた。
かなりの広範囲に及んだ白煙は発生源から遠ざかったせいもあって、だいぶ薄らぎ始めた。
視界がクリアになったサラの手を引いていたのは、やはりミネルヴァだった。
どこかわからないが路地裏に入れたようで、用心深く周囲を確認したミネルヴァはドッと疲れが来たのかその場にしゃがみ込む。
ミネルヴァが座ったのだから安全なのだろうと思い、サラもその横に座り込んだ。
「ハアァー…久々に疲れることをした…」
「おつかれ、ミネルヴァ」
「すまなかったな。あんな方法でしか脱出出来なくて」
「ううん。私なんか監視されてるとか全然気付かれへんかったし」
「追手の狙いがわからないんだ…。王族かエルフかそれとも他の何かか。だからすべての要素を分散させたんだが…今思えば得策ではなかったかもな…。
エルフ魔法や神術を使えば特定されてしまう…いっそ3人2組のほうが良かったか…」
ミネルヴァは頭を抱えながら、ぶつぶつと己の作戦の穴を悔やむ。
そんな彼女の頭をサラは不器用に撫でつけた。
「大丈夫やって!作戦に穴があったとしても、結果オーライやん!多分みんな無事に逃げれてるはずやで!」
「…ああ、そう、だといいな。いや、そうだな!彼奴等なら大丈夫だ。そうと決まれば合流地点へ急ごう。敵が何をしてくるか分からんからな」
「合流地点とかも決めてたんや!もしかしてあの指トントン遊びで!?」
「指トントン遊びってお前な…。あれは軍でよく使われる信号の一つだ。
ジュリアに通じて本当に良かったよ。国によっては多少意味が違ったりするからな」
「へえー!色々あんねんなあ〜。今度私にも教えてぇや!」
サラがそう言ってニヘラと笑うと、ミネルヴァは目を大きく見開いた。
「お前が?珍しいな。覚えるだとかこういったことは嫌いなんだとリナリアから聞いていたが」
「何も知らんって、ちょっと悔しくなったんよ」
「…ほう、それはいい心構えだ。取り敢えずこの一件が一段落したら合間を見て教えてやる。
今は先を急ぐぞ」
「わかった!」
立ち上がったミネルヴァにつられて、サラもお尻に付着した砂利を叩いて立ち上がる。
早速向かうのかと思いきや、ミネルヴァがサラをじっと見つめてきた。
「なに?どうかしたん?」
「お前、そのローブ脱いどけ」
「えっ!?なんで!?」
「目立つからだ。私も印象を変えるために少し着替えるとしよう。預けていた鞄を出してくれ」
そう言われ戸惑いながらもサラは、カードに収納していたミネルヴァの荷物を取り出して渡す。
路地裏に人気はないとはいえ仮にも外だというのに、ミネルヴァはお構いなしに上半身インナー姿をさらして着替えた。
カロラで初めてあったときのような、シンプルな白シャツにショートパンツスタイルへと着替えたミネルヴァはサラを急かす。
「ほら、さっさと脱げ。ローブだけなんだから問題ないだろう。ちゃんとポケットの中身は移動させておけよ」
「このローブ気に入ってんねんけど〜…」
「その黄色は覚え安すぎる。追手を撒く為だ。
ついでに髪も下ろしておけ。だいぶ印象が変わるはずだ」
「わかったってえ〜…」
サラはミネルヴァに言われるがまま渋々ローブを脱ぎ、ポニーテールを解いた。
毛量の多い長い髪が脇下まで垂れ下がる。
暑い。首の後ろがムシムシする。
だがこれも無事にみんなと合流するためだ。我慢しなければ…。
手早くミネルヴァの荷物と自分のローブを収納し、よく使いそうな大事なカードは腰のポシェットに移し替えた。
「よし。これからさっきの大通りに戻る。
慌てずに、だが少し急ぎ足で人に紛れていく。
その先の閑静な居住区を抜けた奥、そこが合流地点の大聖堂だ」
不審ではない程度に早足で、サラたちは小声で会話しながら路地裏から出る。
「よう知ってんねんな〜。ミネルヴァってポートレイム来たことあんの?」
「まあな。というか、大抵のやつはポートレイムかエデンの地理を知っているはずだぞ?」
「え?なんで?」
「なんでって…お前も受けたはずだ。大聖堂での洗礼を。私の場合はここで受けただけだ」
「洗礼…たしかに受けた…かも?」
朧げではあるが、何となく兄に連れられて大聖堂へ行った気がしなくもない。
勉強のために教会へ行くことは多々あったが、大聖堂に入る機会は指折り数える程度だ。
普段はそれくらい厳重に騎士団によって守られている大聖堂。
そんな限られたイベント事をサラはさっぱり覚えていない。
収穫祭やバザーなんかは毎年のことだけど、全部覚えているのに。
人生でたった一度の洗礼を忘れるものなのだろうか?
思考に集中して足が遅くなったサラの腕をミネルヴァが引っ掴み、人の波をかき分けるように誘導する。
先程の焼き鳥屋のある筋をするりと通過して、人で賑わう繁華街から居住区へと移った。
閑静な住宅街で、人の数がまばらになってはいるものの、この先に大聖堂があるからか旅の人もちらほら見かける。
ミネルヴァは歩くスピードを周りに合わせ、サラと肩を並べた。
「大聖堂はエデンとポートレイムの2つしかない。エデンはアルティナ信仰、ポートレイムはディーファ信仰だ。
信者で無くとも洗礼は受けなければならない。昔からの決まりさ」
「ミネルヴァはディーファ様信仰なん?」
「いや。特にはない。そもそもカロラ自体が無宗教なんだ。私の時は偶々カロラがポートレイムとの貿易を始めたかった時期にぶち当たっただけだ」
だから一緒に洗礼を受けたリナリアもポートレイムには詳しい。
それにジュリアたちエルフはディーファ様の敬虔な信者だ。もちろん洗礼もポートレイム一択だという。
また、ミネルヴァが言うにはポートレイムとエデンの大聖堂の立地は酷似しているそうだ。
国の外門から一本道で来れるようになっていると。
言われてみれば確かに、エデンも一本道だった。
外から来る人への配慮なのかもしれない。
だが、それよりもサラには気がかりなことがあった。
「なあ、洗礼っていつ受けるもんなん?」
「全国統一して10歳のはずだが。なんだ?お前は違ったのか?」
「10歳…ううん、ちょっとあんまり覚えてないだけやねん」
「ポートレイムの方はかなり派手にやったんだが…エデンは案外質素にやるのか?」
「さあ〜…連れてってもらったのは覚えてんねんけど…」
10歳で洗礼。
幼すぎたから覚えていないだけかと思ったが、それは無さそうだ。
さすがに10歳の頃の記憶は覚えている。
ちょうどサラが教会学校に慣れてきた頃で、
ミアが入学したり、お兄ちゃんが騎士団の養成所に入ったりと節目の年だったのだ。
そう、そうだ。思い出した。
そういえば、1つ年上のフェリの時は盛大に行われた。他の友達も同じ。
みんな沢山の人を呼んで、豪華な食事をしてお祝いしたんだ。
大聖堂が定めた月に一度の日、誕生月の子はその日に洗礼を受けていた。
だから自分も受けているはずなのに、洗礼のことになると記憶がぼやける。
誕生日を兄弟で祝ったのは鮮明に思い出せるのに。
「なんで…なんで思い出されへんねやろ…」
サラが頭を抱えて立ち止まっていると、足元に猫がすり寄ってきた。
ナァンと可愛らしく鳴くその猫には見覚えがあった。
「おい。そいつ、さっきまで一緒にいたヤツじゃないか?」
「え?あ、ほんまやね!柄がおんなじや。この辺に住んでるんかな」
猫のおかげで現実に引き戻されたサラは、足元で腹を見せている無防備な猫の前にしゃがみ込む。
わしゃわしゃと腹を撫でくりまわしつつ、頭や顎を指先で撫でてやれば、猫はうっとりと目を細めた。
「やれやれ、猫にかまっている時間はないぞ。早く行こう」
「あーごめん!待って、うわ、ちょっ、にゃんこ!離れて〜!」
そう言ってサラが立ち上がろうとすると、猫は爪をギュッと食い込ませてポシェットにじゃれついた。
ゆらゆらと揺れるポシェットに興味津々の猫がストラップ部分に爪を引っ掛けてしまい、ポスンと腰のベルトから抜け落ちる。
「あっ!!」
古いものだから落ちた衝撃でボタンが緩み、バラバラと大量のカードが散乱した。
「あーあー、もうお前何やってんだ」
「ご、ごめん!にゃんこの爪が引っかかってもうて!」
当の犯人、いや犯猫は呑気に散らばったカードを咥えて遊んでいる。
ミネルヴァの手伝いもあってすぐにカードは集まり、ポシェットも元通りになったが、猫が遊んでいる最後の一枚がなかなか取り戻せない。
二人が地面に散らばったカードをかき集めている間に塀の上に登っており、そこから高みの見物と言わんばかりに焦るサラの様子をじっと見ているのだ。
「このいたずらっ子ちゃんめ!はよ返して〜!」
「なんのカードを取られたんだ?」
「ええと…それが、その…杖、やねんな〜」
たはーっといっそ清々しく笑って見せれば、ミネルヴァは目を丸くして大声を出しかける。
「ばっ、あー…間抜けにもほどがあるぞ、お前…」
「ご、ごめんて〜…」
そうこうしているうちに、猫は杖の入ったカードを咥えたまま軽やかに路地裏へと入ってしまった。
「あー!!こらまて!!」
「さすがに取られたものが悪い。追いかけて捕まえるぞ」
「うん!」
こうしてサラたちVS泥棒猫の追いかけっこが開幕となった。
やはり猫だからか、高いところにばかり登って逃げていく。
住居を囲う塀の上から2階建ての家のベランダ、やっと地面に降りたかと思えばゴミ箱を伝って、また堀の上。
しかも絶妙な距離を保って追いかけてくるサラたちを見ているのだ。
完全に遊ばれている。しっぽが愉快そうにパタパタと動いているのが証拠だろう。
「なんっなんだあの猫…人をからかいおって…」
「いい意味で賢い子やねんけどね~。ちょっとオイタが過ぎるやんな…っと!あー!惜しい!」
あと一歩のところでまた逃げられてしまった。
猫は堀の上から優雅に地面へ着地すると、また別の細い路地裏へ逃げていく。
それを追おうと足を前に出したその時だ。
後ろからヒュンッとなにかが耳元をかすめる。
「なに?!」
すぐさま振り返った先にいたのは、妖艶なお姉さん。
そう、トイレの前で話しかけてきたあの人だった。
「ふふふ、見つけたわ」
女は妖しく舌なめずりをしてサラとミネルヴァを見つめる。
「…何者だ」
「名乗りなんていらないでしょ?
だって、あなた達はこれから死ぬんですもの!」
言い切るが早いかといった速度で、女は腰に隠していた鞭を手にしてビュンッとサラたちにその先を向けてきた。
杖がなくどうしようもないサラは、眼前に迫るそれをせめて防御しようと両腕をクロスさせて顔周りを守る。
バチィンッ!と閑静な住宅街に似つかわしくない痛々しい音が響く。
ばっと顔を上げてみると、サラの前にミネルヴァの背があった。
「ミネルヴァ!」
「くっ…はやい…」
咄嗟に剣を抜く暇すら与えられなかったせいで、ミネルヴァの両腕が鞭で捕らえられていた。
ギリギリと締め上げられる腕から血がにじみ始める。
「チッ…お前は逃げろ!」
「で、でも!「今のままでは動けんだろう!」
「そ、れは…」
たしかに杖がなければ魔導師なんてなんの役にも立たない。
カードを使うにも杖がいる。
今のサラは本当にただのお荷物でしかないのだ。
ミネルヴァは剣を抜きたいはずだが、両腕を縛られていてはそれも叶わない。
今自分にできることを探さなくては。
早く行けとミネルヴァが叫ぶ。
ジリジリと鞭を操作しながら愉悦顔で迫ってくる女。
杖、杖を猫からすぐに取り返さないと。
でももう時間が経ってしまった。
後ろの路地裏に走って逃げた猫が、まだいる可能性なんて限りなく低い。
どうにかミネルヴァの拘束を解くことができれば…。
などと、サラがぐるぐる考えていると後ろからポンと肩を叩かれた。
終わった。挟み撃ちにされたのだ。
「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃったよ」
そう言ってサラの横を素通りした淡いブロンドの優男は手にしていたレイピアで鞭を両断する。
急に現れた男にミネルヴァも動揺を隠せず、とっさに警戒して間合いを取る。
慌ててサラもミネルヴァと同じ位置まで身を引いた。
「なに?なんなのアナタ。ジャマしないでくれる?」
「邪魔なのはそっちだろ?商売でも先着順は守るもんさ」
「…なに?商売敵ってわけ?それでもアタシは引かないわよ。報酬のためなら何だってするの」
「欲張りだね。
まあいいや、時間が勿体無いから又の機会にね」
男がそういった直後、辺りに眩い光が放たれる。
「うわっ!?」
「くっ!?」
突然の光に目がくらみ、前後不覚になっていると
光を背にした男は一直線にサラたちの方へ駆けてきた。
それは一瞬のことでミネルヴァが剣を抜くことすらままならなかった。
隙を見て逃げようとしていた二人の手をあっという間に引いた男は、サラたちを無理やり走らせ、後ろの路地裏に逃げ込んだのだ。
「な、なにをする!!」
「誘拐?!誘拐する気なん!?」
男は見た目に反して力が強く、その腕を振り解くことはできない。
ミネルヴァですら引っ張られる腕の方向へ足を動かす他なかった。
男の目的が何なのかさっぱりわからない。
目くらましをして女から逃げおおせたところを見るに、男は共犯ではなかったようだが…。
困惑と警戒、焦燥が入り乱れるサラたちをちらりと見た男が柔らかく笑みを携えて口を開いた。
「きみたちのお仲間を保護している!今はとにかくいっしょにきて!」
「は?!」
「え!?」
「姫と忠臣たちに女神様と一般人だなんて、素っ頓狂なパーティで良くここまで来たものだよ!」
「えっ?えっ?!」
「待て、どういうことだ!」
袋小路にたどり着いた男は行き止まりの壁下の砂利をザッザッと荒く足で払いのけ、角にあった小さな丸い突起を足で踏みつける。
すると地面に魔法陣が浮かび上がり、袋小路だった壁に木製の古びたドアが現れた。
男がガチャリとドアを開けてサラたちを見やる。
「リナリア嬢が待ってるよ、ライナ嬢。
サラ嬢も、来てくれたら此方をお返しするよ」
「え?カード…なんで、どういうこと?!」
「…行くぞ」
「ミネルヴァ?!」
「どういうわけか知らんがこの先にリナリアがいる。それは間違いない」
男が持っていたカードは間違いなくサラのもの。じゃあその隣にあったお守りのようなものはリナリアのものか?
経緯はわからないが、杖や人質を取られている以上、男についていくしかない。
サラたちは意を決して夜明け色のドアの向こうへ足を踏み入れた。
バタンと後ろ手に扉が閉まる音がして、反射的に振り返ったがそこは真っ白な壁。
扉は忽然と姿を消していた。
退路を断たれたことにより一抹の不安を覚えたサラは、慌ててあたりをキョロキョロと見回す。
どうやらここは家の中、だと思われる。
木製の床には深緑の絨毯が敷かれており、天井には小振りながら装飾の美しい照明が等間隔で垂れ下がっている。
少し長い廊下の先には大きな両開きの扉があり、
その脇には観葉植物が飾られていた。
「ようこそ、我が隠れ家へ。屋敷の中を案内してあげたいけど、先にお仲間のもとへ行こうか。
僕の首が切られる前にね」
男はハハハと冗談交じりに笑い飛ばしながら、サラたちを先導する。
今にも飛びかかりそうなミネルヴァの殺気を受けてもあっけらかんとしているなんて、余程肝が座っているのだろう。
かくいうサラも警戒を解いたわけではない。
杖という武器がないからどうしようもないだけで、男が隙きを見せればカードを奪うつもりでいる。
ピリピリと張り詰めた空気感をそのままに、男は廊下の先にあったマホガニー製の重厚感ある古い扉を開いた。
その瞬間、聞き慣れた声が複数重なる。
「ライナ様!!」
「サラ!ミネルヴァ!」
「やっと来た!!」
たかが数十分間離れていただけなのに、懐かしさすら感じる。
安堵の表情を浮かべるジュリアとリナリア、ヘラヘラ笑うワトーに、ソファーで横になるネル。
焼き鳥屋以来の再会である。
「リナリア!ジュリアも無事だったか!」
「はい、あちらの方に助けていただきました」
リナリアの視線の先に居たのは、部屋の片隅で珈琲を飲みながら読書に勤しむ眼鏡の少年だった。
本に目を落としていて気付かない少年をまじまじと見ていると、不意に視線が絡み合う。
少年は一瞬目をまんまるにしていたが、すぐに無愛想な表情を作り、眼鏡のブリッジを片手で押し上げるとまた読書に戻ってしまった。
なんともひねくれた性格なのか、反抗期らしい。
「それで、説明してもらおうか?
リナリア達はもう納得しているようだが…。
お前たちが誰で、ここがどこで、何が目的なのかを」
「そうだね。まずは座って話そうじゃあないか。
おっと、その前にこちらを返しておくね。」
「あっどうも…」
男はやけにあっさりとサラのカードとリナリアのお守りを返却してくれた。
彼は、本当に敵意がないのだろうか…?
好きな場所に腰掛けていて、とにこやかに笑う男が何かを思い出したように立ち止まる。
「そうだ。イヌ…じゃなかった、もう一人仲間がいるから呼んでくるよ」
「あの馬鹿ならまたメシ作ってるぞ」
「だと思ったよ。キッチン見てくる」
そう言って男は、談話室のようになっているこの部屋の先にある扉のむこうへ消えていく。
男がいなくなったのと同時にサラたちは仲間たちとの距離をゼロにする。
「ワトーとネルはどうやってここに来たん?」
「んー?なんか図体デカい兄ちゃんに連れてこられたんすよ。多分その人を呼びに行ったんじゃないっすかね」
「そうなんや…で、あの人らは何者なん?」
「…カーバンクル小隊よ」
「なっ、どういうことだ?!」
「ライナ様、声が大きいです」
「す、すまん…。しかしよくジュリアたちが同じ空間に居られるものだと思ってな…」
ジュリアたちの敵であるエルフ狩りのカーバンクル。
存在を認識しただけで怯えていたジュリアが今は平常心を保てているのはおかしい。
「連れてこられた時はそりゃあもう暴れ倒しましたけどね。どうも向こうさんは事情が違うと分かったんで、一応落ち着いたんすよ」
ま、警戒レベルはマックスだけどとワトーは付け足す。
事情が違うとは何かと問おうとしたとき、奥の扉が豪快に開かれた。
「みんな!待たせたな!!ごはんの時間だ!!」
「五月蝿い。もっと静かにできんのか貴様は」
「元気なのはいいことだろう!それにしっかり食べんと大きくなれないぞ!!」
「図体ばかりデカくても邪魔になるだけだろうが」
大量のサンドイッチを持って現れた赤髪の男に対してメガネの少年が噛み付いていると、サラたちを連れてきた男が軽く手を叩いて場を制する。
「ハイハイ、そこまでー。ごめん、騒がしくて。
改めて自己紹介しようか。
僕はデレク・ジルベール・フォン・ウィルドース。
メガネの彼はカイザー・ローゼンクライツ。
赤髪のデカいやつがレオンハルト・ブラウンシュヴァイク。
全員マーファクト軍第二軍カーバンクル小隊に所属しつつ、間者として暗躍中ってところさ」
「間者?どういうことだ?」
「そも、僕たちはそれぞれに違う理由でマーファクトに恨みがあった。
目的は違うけれど…マーファクトを出し抜くためにわざわざ憎い軍に所属した3人が、偶然にも小隊を組んだのさ」
「軍に属する中で、奴らのさらなる罪を俺たちは知った。…エルフの人身売買や人体実験もその一つだ。
何も知らない若い兵士をカーバンクルという組織に集め、『エルフの保護』という名目で捕らえていた。
それを決定づける証拠を、ポートレイムの情報網から掴んだ」
それがこの資料だ、とカイザーが机に広げたのはマーファクトの紋章が入った複数の契約書と軍のサイン、その下に名前を連ねているのはバルトロメウス商会だった。
一番上にあった契約書の内容は、エルフの取引人数や臓器の必要数、報酬金まで事細かに記載されていた。
読み進めるだけでも吐き気がする内容だ。
パラパラと契約書に目を通す中、最後の用紙でサラとミネルヴァの手は止まる。
『耳長族の第一王女 捕獲計画について
必ず生け捕りすること
身体の保存状況は四肢の一部欠損までなら可とする
捕獲次第、即刻軍へ引き渡しせよ
施設収容後にヒュブリス様へ献上
捕獲懸賞金:5億リール
内商会手取り:1億リール+耳長1体
尚、商会所属者が捕獲した場合は上記に加え、捕獲者の希望する軍事品をひとつ提供するものとする』
言葉すら出なかった。
グシャリと用紙を持つ手に力が入る。
マーファクトが、ヒュブリスと繋がっている事実にも愕然とした。
やつの狙いはジュリアで、彼女を、こんな…こんな扱いをして。
ヒュブリスはもちろんだが、今はそれ以上にマーファクトへの憤りが抑えきれそうにない。
「……ハッ。さすが、我が国の王を屠った国だな。
やること成すこと全てにヘドが出る」
「…こんなこと出来るなんて、人やないよ…」
そう言ってサラは手にしていた紙の束をカイザーへと突き返した。
もうこれ以上、ジュリアとワトーの視界に入れたくはなかったから。
「…だからこそ俺たちは、レニセロウスの姫を匿う必要があると判断したんだ!
やり方が少々乱暴だったのは謝る!
嬢ちゃんたちには本当に怖い思いをさせたな…改めてすまなかった!!」
レオンハルトの言葉に合わせて、カーバンクルの3人は深々と頭を下げる。
「…こちらも話を聞かずに実力行使したことは謝罪するわ。けれど、貴方がたとマーファクトを赦すのは容易ではないの」
「…うん。そこは重々承知さ。
間者とはいえ、軍に属していた事実は変わらない。
僕らに対する態度もゆっくりで構わないよ。
それで…ここがどこか、だったね。
ここはまだポートレイム国内で、詳しい場所は秘密なんだけど、『地下にある』とだけ言えるかな」
「ここの存在を知っているものは?」
「僕ら以外には情報屋くらいなものさ。なにせ、その情報屋さんから借りている隠れ家だからね」
「隠れ家とかワクワクするやんなあ!」
「阿呆。ちっとは緊張感を持たんか」
「ご、ごめんミネルヴァ〜…」
「で?ここに私達を集めた目的は?」
隠れ家という響きに目を輝かせていたサラとは対極に、ミネルヴァは淡々と情報を引き出そうとする。
まだまだ警戒しているのか、ずっと左手は剣の柄に置かれたままだ。
あからさまな緊迫感の中でもデレクはニッコリと笑い、ミネルヴァの質問に的確に答える。
「僕らの当面の目的は大きく言って1つさ。
『きみたちに全力で手を貸すこと』
情報屋から仕入れた話とマーファクトの契約書から鑑みるに、きみたちはヒュブリスから敵対視されている。
つまりは、ヒュブリスを脅かす唯一の存在でもあるってことさ。
人類の希望といっても過言ではないきみたちに、あの腐りきった国とヒュブリスを倒してほしいんだよ」
「待て。ヒュブリスは兎も角、国1つを潰すのはあまりにも難しい問題だ。
カロラが何度あの国と戦って疲弊したと思っている」
「確かにこの場にいる人数では到底叶わないさ。
でも、協力者と同盟国を増やせると言えば?」
「そんなことが可能なの?今や世界の大半はヒュブリスによって機能を停止させられているはずよ」
ジュリアの指摘通り、エデンを含めた多くの国が国民を魔力の餌に変えられ、協力など得られる状況にはない。
だからこそサラたちは自国を救うために、こうして模索しているわけだが…。
この問いに答えたのは、未だ分厚い本に目を落としたままのカイザーだった。
「大国は落とされたが、まだ小国は無事だ。
この国もそうだが…ブルヴィアやヴァイスベロー、パニージャも無事だと報告を受けている。
幸いにもデレクと俺は各国の要人に顔が利く。
それを利用すれば出来なくはない」
「みんなで力を合わせれば、ヒュブリスとマーファクトを倒せるかもしれんってこと?!」
「そういうことだ!!」
ガハハと豪快に笑って胸を張るレオンハルトが肯定する。
「成程。で、その先頭に立つのが私達だから力を貸す…。そうだな…この国にいる刺客から逃れるために亡命の手伝いをする、だとか言いたいのか?」
「話が早くて助かるよ。
まさにきみたちには一刻も早くポートレイムから逃れてほしい。
今のここは、それぐらい危険が伴う場所になってしまっているからね。
そして、ヴァイスベローへ渡ってもらったあと、僕の知り合いの情報屋に会ってほしいのさ」
「実に胡散臭いが、他に道はなさそうだしな…。皆、それでいいか?」
「そうね…ヴァイスベローへ行くのなら、その道すがらにでも祖国へ寄ってもらえるかしら?
少し、気になることがあるの」
「わかった。そうしよう。
それで、これからの計画はどういう手筈になっているんだ?」
「まず、今日の夕食後21時に港からヴァイスベロー行きの船へ乗り込む。船で一夜明かした翌日の昼にはヴァイスベローに到着予定だから、その足で情報屋に会ってもらいたい」
デレクの言葉にミネルヴァが頷くと、レオンハルトが急に大きくため息をつく。
「だあああ〜もう我慢ならねえ!腹減ったぜ!」
そう言うとレオンハルトは、机においたままにしていた大量のサンドイッチを口に放り込み始めた。
「全くレオは…。ああ、そうだ。2階に客間がいくつかあるから好きに使っていいよ。
残念ながら給仕は雇ってないから、食事に関してはレオンハルトの手作りになるよ。
それが嫌なら勝手に厨房使って各自で作ってね。
僕は自室で少し休むとするよ」
ちなみに僕の自室は2階の一番左奥だよ、と言い残したデレクはゆっくりと階段を上っていった。
「…それじゃあ、私どももお言葉に甘えるとするかな。ジュリアたちも今のうちに休んでおけよ。
無理にとは言わないが…ずっと張り詰めたままでは、いずれ身体にガタがくる」
「お気遣いありがとう」
「ライナ様、ネル様はどうしましょう?」
「あ~…運んでやるか。ソファーで眠り続けるのはよろしくないだろう」
「御意」
ミネルヴァに軽く会釈したリナリアが音もなくソファーに近づき、こんこんと眠り続けているネルを軽々と抱えあげる。
そのままミネルヴァに続いてリナリアとネルは2階へと姿を消した。




