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RESTART FANTASY【リスタート ファンタジー】  作者: 棚山 もんじゃ
第2章
25/27

2-18

初めて見るものに浮かれるネルと隣で笑顔を見せるサラを先頭に、一行は木漏れ日の当たる森を進んでいた。

ざくざくと土や草を踏みしめて順調に前進する中、リナリアが急に足を止めて辺りを見回す。


「……?」

「どうした、リナリア」


リナリアはきょろきょろと木陰に目をやっていると、草陰からガササッと猫が飛び出してきた。


「っ!ね、ねこ…」

「あら…」


リナリアとジュリアが後ずさる中、ワトーとサラは口角を緩ませて怯えさせぬようゆっくりと近づいた。


「森に猫とは、珍しいっすね~。野良猫かな~」

「ネル、にゃんこやで!にゃんこ!」

「にゃんこ、かわいい…」


猫はずいぶん人慣れしているようで、かがんで見ていたワトーの足元に猫なで声ですり寄る。

元より動物が好きなサラにとって、触らせてくれそうな猫を前にしたら居てもたってもいられぬものがあった。


「かわええ~!かわいいな~おまえな~!うーりうりうりうり~!」


慣れた手つきで猫を撫でまわせば、あっという間におなかを向けてくれる。

その様子を見ていたネルも、恐る恐る猫の頭に触れた。

初めて触れた猫の柔らかな毛に、ネルの緊張がほどけてゆく。


「ふわふわ…!」

「せやろ~!野良ちゃんって触らしてくれへんことが多いんやけど、この子はほんまに人懐こいわ~」

「ん~多分コイツ、地域猫じゃないっすかね?ほら、左耳にタグがつけられてる」

「ほんまや!にしても町から離れすぎちゃう?迷ったんかな~?」

「いっしょに、連れていってあげよう」


ひょい、とサラが抱き上げても、猫は暴れたりせず落ち着いた様子を見せた。

ほんとうに人慣れしている。元々は誰かに飼われていたのかもしれない。

サラがくるりと振り向くと、リナリアがあからさまに距離を取る。


「あれ?もしかして、リナリアって猫苦手なん?」

「……べつに…そういうわけでは…」

「そうなん?あ、触り方が分からんとか?にゃんこはな~「近寄らないでください!!」


猫の触り方を指南してあげようと近づいたサラを、リナリアは全力で拒否する。

急に大きな声をあげられてびっくりした猫が、モダモダとサラの腕の中で暴れ始める。


「ああ~ごめんなあ~、びっくりしたなあ~」


よしよしと頭を撫でれば、猫が少し落ち着きを取り戻した。

大きな声をあげて猫を怯えさせてしまったリナリアは、どうしてよいか分からずに猫から目線を落とす。

そんな時、リナリアの頭を猫よろしく撫でつけたのはミネルヴァだった。


「すまんな。リナリアは動物全般が苦手なんだ。特に小さな生き物はな」

「えっ、そうやったん?ごめん、早とちりしてもうた…。リナリアごめんな~。怖い思いさして」

「い、いえ…」

「気にすることはないわ、私も…少し苦手だもの」

「少し~?犬以外は全部ダメじゃないっすか~!」

「さあ、はやくポートレイムへ参りましょう。その子も町へ届けなくてはならなくなったことだし」

「いだだだだ!!足!姫様!足!!」


犬以外の動物がだめだと暴露したワトーの足をジュリアはわざと思い切り踏んづけながら、町への小道を下っていく。

その脇をくすくすと笑いながら、ミネルヴァ達も横切った。

時折猫を撫でつつ、サラ達は山を無事に下り切り、港町ポートレイムの入り口が見えてきた。


「やっと着いた~!」

「そうだわ、ネル様の衣裳を何とかしなくては」

「これじゃ…だめ?」

「まあ、そうだな…。なんというか…目立つな」

「正直、歴史の教科書に載ってそうな部類の時代遅れ衣裳っすよね」

「ノア!失礼よ!」


ネルの服装はお世辞にも普通とは言い難いものだった。

踊り子です!と言い切れば、あるいはとも思ったが本人の雰囲気が完全に別物なのである。

ワトーに平たく古い服装だと言われてしまったネルは、哀しそうに眉を八の字に下げて呟く。


「…これは、ディーファ様がくれたから…きがえたく、ない…」

「思い入れがある服なんだな。

ふむ…そういえば、ネル様は神術でなんでも出せると言っていたが、こういう物でも出せるのか?」


そう言ってミネルヴァは自身の着ている旅装束を広げて見せる。

ネルはそれをまじまじと見つめ、時には形や材質を確かめるように触った。


「うん…ちかいものなら、できる…とおもう」


少々不安げながらもネルは両手の指先を数秒合わせて、蕾がふんわりと花開くように離す。

するとその両手にはミネルヴァの衣裳に近しい羽織りものが握られていた。

色やデザインは無意識に好みの色になってしまうそうで、淡い水色のローブはミネルヴァの物よりも柔らかい材質をしていた。

しっかりとネルの服の裾まで隠す丈がありながらも、ネルらしく可愛らしいローブを見たミネルヴァは頷く。


「これならば問題ないだろう」

「そうね、良家のお嬢さんに見えるわ」

「お嬢様(仮)ばかりで旅をしている一行ってのもおかしな話っすけどね」

「まあ、そこは私とリナリアが用心棒で話を通せばいいだろう」

「私もお嬢様か~!」

「アホ。サラと私はどう見てもお嬢様(仮)の付き人でしょうが」

「ええ~?!」

「ネル様、町では一人で動き回らぬようお気を付けください」

「さま、はいらないよ?」

「そうか。確かに変に敬称をつけるのも良くない。リナリア、お前も私の事は呼び捨てにして構わんぞ!」

「…全員を敬称呼びすれば問題はないかと」

「全く…ああ言えばこう言うな、お前は…」


なんだかんだと言いつつも、一先ず町中での身の振り方が決まったところで、一行は漸くポートレイムへと足を踏み入れた。


遠目から見ていた景色よりも格段に美しい街並みに圧倒される。

青く丸っこいレンガが魚のうろこのようにきれいに並ぶ屋根と、白のペンキで余すところなく塗りつぶされた外壁の家々は統一感がある。

各家のバルコニーにはよく手入れされた植物や花が花壇に植えられていたり、天井から吊るされている。

町の中の道も程よく整備されており、白く細かい砂利道の脇には海水の流れる用水路があった。


もちろん港町らしく商売に盛んで、そこら中に土産物屋や飲食店などが立ち並ぶ。

少し薄暗い路地には怪しげな露天商もいるし、客引きも多い。

一部の地域に限り、あまり治安は良くなさそうだが、こういう部分があるからこその『情報の町』なのだろう。


「各地でいろいろ問題が起きてるってのに、ここは嘘みたいに人がいますねえ~」

「…観光客が多い、というよりは移民が多いように感じるな」

「そうね。生活必需品の店にばかり人だかりがあるもの。他国からの避難民かもしれないわ」

「二人ともそんなんよう気が付くなあ~!」

「注意深く観察すればすぐに分かる事です。店舗経営に携わっていた人間ならもっと早くに気づくはずですが?」

「うぐぐ…そりゃあ、そうかもやけど…」

「ねえサラ、あれはなに?」


リナリアに毒吐かれて言葉を失いかけていたサラの袖を、ネルがくんっと引っ張る。

その指さす先にあったのは大きな船だ。


「うわあ~船やん!私も生で見るんは初めてやで!」

「ああ、そうか。エデンは陸続きで海に面していないからな」

「ふね?」

「荷物や人を運びながら海上を走る乗り物の事です。時には観光目的で楽しむために使われることもありますよ」

「んと…かいじょう、ってなに?あと、かんこうって…?」

「すみません、言葉選びが難しかったようで…」


今まで寝所しか知らないネルにとっては知らないことだらけだ。それは言葉でもいえること。

いくら死者の記憶を見れると言っても限りがあるし、その言葉の意味を完全に理解できるはずがない。

そのことをリナリアも悟ったのか、すぐにネルの質問に対して丁寧に解説を始めた。

サラも説明してあげようと口を開きかけたが、自分よりも確実に物知りなリナリアの方が適任であると気付いた。

そして間抜けに半開きにしていた口元を引き締め、己の無知さに打ちひしがれる。

もっと知っていれば。

もっと勉強していれば。

得意なことばかりじゃなくて、苦手なことも知識として身につけていれば役に立てたのに。

そんな思いがサラの中に初めて生まれた瞬間でもあった。


自分の得意なこと、【魔法】で役に立つ。

その生き方が一番素晴らしいのだと、サラはエデンの教会で教えられてきた。

魔力がとても多いと幼いときに判明してからは、ずっとじいじ…教皇様に特別な講習を受けていた。


『力あるものが前に出て、弱きを助ける。

困っている人はどんな人であれ助ける。

それが、力を持って生まれた者の責務。

すべての命を尊び、すべての魂を慈しむ

我らが女神アルティナ様のように

清い心をもって己を高めよ』


講習が終わる合図のように言われ続けた台詞。

サラは概ねこの言葉通りにしてきた。

教皇様に言われたから?いや、違う。

たしかにそれも根底にはあるだろうが、自分なりに考えても理に適っていると思ったのだ。


まあ、最後の方の口説は教会の教えなので、特に気にしていないが。

お兄ちゃん曰く、オブラートに包んで梱包するなら口癖。意地悪く本音を語るなら愚説だそうだ。

教会を何故か目の敵にする兄らしい発言である。


ふと、兄の皮肉から故郷が思い返される。

こんな調子で大丈夫なのだろうか?いや、大丈夫なはずがない。

今こそ、自分は変わるときなのだ。国語のことわざにもあったはずだ。

ええと…

「イノシシと変わらず、大体を知らぬ…?だっけ?」

「はあ?イノシシ?」


ぽろりと口から漏れた独り言を目ざとく回収してくれたのはワトーだった。


「なんかこう、世間は広いのに何も知らんなあ〜みたいなことわざあるやん!あれ!」

「…それを言うなら『井の中の蛙、大海を知らず』でしょう」

「あ、あれ?そんなんやったっけ?お、覚え間違ってたかな〜!あはははは!」


慌てて笑ってごまかすも時すでに遅く、リナリアは呆れを通り越して物理的に距離を取っていた。

自身の恥を晒せば晒すほどに、リナリアからの評価や信頼が崩れていくのが目に見えてわかるのが辛い。

人付き合いは得意な方だと自負していたからちょっぴり傷つくな、と溜息を付けば後ろから頭をグリグリと掻き乱される。


「ちょっ!なにすんのもー!」

「いやなに、とんだ風評被害もあったものだと思ってな。

イノシシに謝っておけよ?オタマジャクシ」


含み笑いを浮かべるミネルヴァにカエルどころかオタマジャクシ扱いされたサラは、恥ずかしさからむうっと頬を膨らませる。

妙に上手い事を言ってきたのが余計に腹立たしい。

これが語彙力の違いというものなのか。

良い返しを思いつかないサラがぐぬぬ、と唸っているとネルが口を開いた。


「あっちのほう、いい匂いする…!」


そう言ってネルが指差した先にあったのは繁華街だ。

鳥の丸焼きをこれ見よがしに焼いて、目の前でカッティングして提供する屋台や、可愛らしい色合いのデザートが並ぶカラフルな店。

しっかり昼から飲めますと書いてあるガッツリ肉料理の居酒屋に、上品な店構えの高級そうな魚料理専門店。

ありとあらゆる食材が各々の店でアレンジされて所狭しと並ぶその通りは、見ているだけでお腹が減るというもの。

ぐぎゅるるるぅう!とサラの腹の虫が盛大に喚き散らしたのをきっかけに、ジュリアが時計塔の方を見やる。


「あら、もうお昼なのね。丁度良いんじゃなくて?」

「そうだな。食べられるときに食べたほうがいい」

「でしたら、その猫はもう離してやるべきなのでは?飲食店に連れて行くのはどうかと思います」

「リナリア、単に猫が怖いから一緒に居たくないだけだろう?やせ我慢はするな」

「衛生上!宜しくないと申し上げているだけです!」

「あー…まあ、せやな。さすがになあ〜」


リナリアの意見は最もだ。本人が動物嫌いという理由も多少は含まれていたとしても。

サラは名残惜しいが、温かなもふもふの癒やしを地面にゆっくりと下ろしてやる。


「にゃんこちゃん、元気でな〜。変なもん拾い食いしたらあかんで〜」

「ナァン」


サラの別れの言葉に呼応するように、猫は可愛らしく鳴いたあとテテテと軽やかな足取りで路地裏へと消えていった。

アニマルセラピーがなくなって少しの喪失感を覚えたが、人間3大欲求には勝てないものだ。

また、サラの腹の虫が主張し始める。

サラの腹に巣くう虫に共鳴したのか、隣りにいたネルもクウウと子犬のような音を響かせた。

2つの音を聞いたミネルヴァが小さく笑って、提案する。


「食いしん坊が二人もいるらしい。ああそうだ。

折角の機会だ、ネルに店を選んでもらおう」


初めての町での、初めての昼食。

ネルにとって大切な思い出になる時間を、ミネルヴァなりに良いものにしたいと思ってくれたのだろう。

ミネルヴァの心遣いにネルは一瞬戸惑ったものの、すぐさまキョロキョロと複数の店を見比べ始める。

そして何かピンときたものがあったのか、アッと小さく声を漏らしたあと此方へ振り返る。


「あそこ…!おいしそう!」


目を輝かせてネルが提案した店は、煙立つ焼き鳥屋だった。

本格的に店内で焼いているらしく、鶏の種類も豊富。客足もなかなかのもので、よく繁盛しているのがわかる。

ただこの店にほんの少しだけ難色を見せた者が居た。


「立ってお食事をする…お店なのね?」

「立食パーティみたいなものさ。少し焦げ臭いが」

「お嬢様、何事も経験っすよ!」


うまく食べられるかしらと心配するジュリアの背を押して、一行は焼き鳥屋に入る。

6人という大所帯であっても立食なのは変わらないらしく、大きめの丸テーブルを囲んでメニューを開く。

適当に肉といくつかの副菜を注文すれば、気の良い店員が次々に料理を運んでくる。


「え?あ、あの…これは生でしょう?このままで頂くものなの?」

「アハハ!まっさかあ!こちらで焼かせていただきますよ!」


そう言った店員がテーブル中央の網に生肉を並べ終えると、天井から吊り下げられていた明かりの下のフックを引っ張る。

するとフックはじゃらららっと真下へ伸び、網目の中心まで降りた。

そこに店員がもぞもぞと動く何かを引っ掛けた。


「ええっ?!な、ま、魔物?!」

「サラマンダーやん!!」

「そのとおりー!当店ではサラマンダーの直火焼きと、テッパンセキガメの蒸し焼きが楽しめまーす!今からご説明しますね~!」


張り切って説明してくれる店員によるとこうだ。

直火焼きはフックに尻尾で吊り下がっているサラマンダーくんが炎を吐き続けるので、肉の状態を見て任意のタイミングで引き上げて食べること。

サラマンダーくんのブレスは店で訓練されているので危険はなく、火を止めさせたいときは尻尾の付け根を撫でてやればいいらしい。

ただし火加減の調節はできないので、焦げに注意。


ちなみにテッパンセキガメの蒸し焼きは今回サラたちは頼まなかったが、どうやら甲羅が真っ平らで焼けた鉄のように熱い大きな亀が出てくるそうだ。

その亀の甲羅の上で肉を焼き、蓋をして蒸し焼きにするとのこと。

他のテーブルの客がやっているのを横目で見てみたが、あれもなかなかに美味しそうである。


慣れないながらも周りの見様見真似でサラたちは肉を焼いていく。


「あっちい!!」

「あーもうほらほら、ここはいいからお前さんは食べることに集中してな〜」

「お前なかなか器用なんだな。サラマンダーにビビり倒して焦がしているリナリアとは違う」

「そりゃどーも。なんせ実家が農家なんでね。たまーに売れ残った鶏捌いて焼いてただけっすよ」


さすがにサラマンダーでは焼いてなかったっすけど、とワトーは苦笑する。

その二人の様子をじっと見ていたリナリアが、無言で焦げ付いた肉を食べていた。

何でもそつなくこなすように見えて、案外不器用なリナリアの一面を垣間見たサラはバレないようにこっそりと笑った。

この店を所望したネルはと言うと、ワトーが絶妙な焼き加減の肉を出すたびに口いっぱいに頬張って、それはもう幸せそうに食べる。

食べさせがいがあるとはこういうことなのだろう。


「おいしい…!とってもおいしいの!」

「ネル、そんなに頬張ったら喉につまらせるっすよ。肉は逃げないっすから。

お嬢様は焼き加減どうっすか?もうちょいレアの方がいいとかあります?」

「今のままで結構よ。とても美味しいわ。美味しいのだけれど、私はまだ串が慣れなくて…」

「奥の肉は口で甘噛みして、先っぽの方に寄せたら食べやすいで!」

「え、ええ…」


サラの食べ方を披露して真似できるかと思ったが、ジュリアにはまだ酷だったようだ。

ちまちまとフォークで串刺しの肉をひとつずつ皿に取り外しては、細かくしてお上品に口に運んでいく。

王族のお姫様に串料理は珍しかった…かに思えたが、ミネルヴァは豪快に串のまま肉を食べていた。

もはや貫禄のある食べっぷりで、常連客ではないかと勘違いしそうだ。


「ライナ様、どうかもっと丁寧にお食べください」

「何を言う。こういう店ではこの食べ方がマナーだ。

一番美味い食べ方をしたほうがいいに決まっている。郷に入っては郷に従えとお前の祖国でも言うだろう?」

「それはそうですが…。せめて、爪楊枝をお使いの際は手で隠してください」

「頭の固いやつだな、お前は」


その後も皆で他愛のない話をしながら、あらかたの料理を食べ終え、デザートでも頼むかなんて話していた。その時だった。

ミネルヴァとリナリア、ワトーが一瞬手を止める。

そしてミネルヴァが面倒臭そうに串をくわえたまま、テーブルを人差し指で6回トントントトンと叩く。


「ミネルヴァどうしたん?」

「いや、まあ、おまえとネルが分からないのは仕方ない」

「え?なにが?」


サラとネルが頭に疑問符をくっつけつつ、ラストスパートの肉を頬張っていると、今度はジュリアが人差し指でテーブルをトトトと何度か叩いた。

それを見たミネルヴァがまた人差し指でテーブルを叩き返す。

そのやり取りを手早く数回ラリーした二人は、意味ありげにうなずいていた。


なにか新しい遊びなのだろうか?

そう思っているとミネルヴァが不意にサラへと顔を向ける。


「もうそろそろ店を出るとしよう。ああそうだ、みな便所は大丈夫か?」

「え?あ、行っとこうかな」

「なら私も行こう。見る限り結構並んでいるようだしな」


そう言われてミネルヴァの視線の先をたどると、トイレの前には2人ほど順番待ちをしている人がいた。

やはり飲食店のトイレは何処も混む。


「あら、私も行っておきたかったのだけれど…」

「私らはサラたちの後に行きますんで、先にどうぞ」

「それやったらミネルヴァはリナリアと行ったら…「私は会計を任されていますので」

「へ?そうなん?じゃ、まあ…お先に」

「ほら、後がつかえているんだ。さっさと済ませるぞ」


一体いつの間に会計の指示なんて出されていたのだろう?

もしやさっきの指トントン遊びは何かの信号だったのだろうか?

その中でミネルヴァがリナリアに指示を出していたとすれば、筋が通る。

いまいち何が起きているか分からず首を傾げるサラは、ずんずんとトイレへ歩いていくミネルヴァの後に続いた。

幸運なことにサラたちがトイレに着いた頃には待機列はなく、先にミネルヴァが中に入った。

サラが扉横の壁にもたれかかって待つことにした矢先、真後ろに2人並ぶ。

空いた頃合いを見計らっていたのかな?と、特に気にすることもなくミネルヴァが出てくるのを待った。

数分したのち、ミネルヴァが不服そうな顔をして個室から出てきた。


「おい。ここのちり紙なんだが、汚れている部分があるから、よく見てから使ったほうがいいぞ」

「ええっ、そうなん?気をつけるわ〜」


ミネルヴァはそう言うと先にテーブルへと戻って行った。

忠告を受けたサラは個室に入り、鍵を閉める。

用を足して紙を手に取った。

ガラガラと引き出すと紙に何か書いてある。


「ええ?!」


まさかちり紙に文章が書いてあるなんて、誰も予想打にしないだろう。

驚きのあまり多少声を上げてしまったサラだが、よくよく目を通してみるとそこには自分の名前があるではないか。

また声を出しそうになるのを慌てて抑え、サラはその内容に目を通す。

ちり紙のメッセージはこうだ。


【サラへ ミネルヴァより

13:05およそ6人の敵からの監視を確認

店出時に2人3組で分散す

貴殿は私と共に行動されたし

合図は『そろそろ行く』

本文は読了次第、水へ流し廃棄せよ】


ここまで読み終えたサラは慌てて文字の部分を引きちぎり、いつも以上に紙を消費して身支度をした後に、全部一緒くたに水へ流した。

洗面台の前で手を洗いながら、思考を巡らせる。

6人もの監視?そんなの気が付かなかった。

一体なんの目的で?そういえば前にカーバンクルが追ってきている情報があった。

ならばジュリアたちが狙い?

自分は一体どうしたら…とにかくミネルヴァについて行って逃げるしかないのか?

作戦の全貌もよくわかっていない。


得体のしれない団体に追われる感覚とは、こんなにも焦燥感と緊張にあふれたものだったのか。

不安と恐怖で押し潰されそうだ。

こんなことがエルフにとっては日常茶飯事だなんて、想像を絶する。

鏡の前できゅっと口元を引き締めたサラは、意を決してトイレの扉を開ける。

はやくみんなのいるテーブルまで戻らねばと、足早に踏み出したその時だ。

後ろから左肩をやんわりと掴まれる。


「っ!?」


驚いて振り向けば、スラリと背の高い優しげな女性が慌ててサラの肩から手を離す。

一歩引いてサラの足を止めた人物の全貌を改めて確認する。

身長はサラより頭ひとつ分ほど高く、少し顔を上げなければいけなかった。

腰が低く温和な話し方とは真逆の容姿をした人だな、と感じた。

大きくカールした色素の薄い金髪が印象的で、胸元がざっくり開いたカットソーにホットパンツと大胆な服装だ。

華やかながらも鼻につかぬ芳しい香りをまとう艶のある声のその人は、申し訳無さそうにすぐに口を開いた。


「あ、ごめんなさい!驚かすつもりはなかったのよ?

ただ、あなたの顔色がとても悪かったから気になって…。

私治癒師をしていてね、もし具合が悪いなら何か力になれるかと思ったのよ」

「え、えと…だいじょうぶです!」


咄嗟に言葉が出た。嘘ではない。

身体異常は無いのだから。精神的にすり減っている部分はあるが。

早くミネルヴァ達のところに戻りたいのに、何故か足が竦んでいる。

この人は、どこか怖いのだ。

腰のベルトにぶら下げている革のポシェットや魔具を見るに、おそらく治癒師だというのは本当だろう。

伊達に魔具を取り扱う雑貨屋をしていたわけではない。

彼女の腰で揺れるそれらは、間違いなく回復系の魔具ばかりだ。

でもだからこそ、不気味だった。

真実を織り交ぜながら、こちらを伺う話し方。

兄がサラたちの隠し事や悪事を暴くときによく使っていた手法。

言い逃れようとすればするほど何故かボロが出て、簡単に追い詰められてしまう話術を、なぜこの人が使ってくるのか。


「ほんとうに?」


腰を落としてサラの身長に合わせた女性の顔がずいっと近づく。

くっきりした形の良い目を囲う長いまつ毛が、その大きなピンク色の瞳を強調する。

桃色の双眸がサラの瞳を捉えると、心の奥まで入ってくるような危機感を覚え目線を逸らす。

それと同時に反射的に数歩後ずさりし、心臓がバクバクと鳴るのを全身に感じながらもサラは何とか口角を引き上げた。


「はい!!心配してくれてありがとうございました!!」


やたらと大きな声で返事をしたサラは一目散にその場を後にする。

あの女性は危険だ。何かわからないが、本能がそう告げた。

しかもミネルヴァからの事前情報を受けたあとだ。

仮にあの人が本当に善意で声を掛けてくれていたとしても、それにしてもあのシチュエーションはおかしいと思うのだ。

神妙な面持ちで冷や汗をかきながら帰還したサラを見て、ネル以外の察しの良い同席者は異変に気づいたらしい。


「他のお客も増えてきたようだし、お花を摘むのはまた後でにしておくわ」

「そうですね、また宿を決めたときにでも行きましょう。ほらネル、行くっすよ〜」


この会話でようやくサラは気づいた。

最初からジュリア達はトイレになど行く気はなく、ミネルヴァから自分に情報の共有をさせるためだけに一芝居打っていたのだと。

そして少しウトウトしていたネルはワトーと組むようで、しっかりと手を繋ぐ。

ジュリアもいつの間にかリナリアの隣にいるし、2人3組の面子が何となくサラの中で明確になった。


にしても、ジュリアとワトー、ミネルヴァとリナリアの主従関係にある彼女らが別行動を取るなんて珍しい。

それともそうしなければ行けない理由でもあるのだろうか?

これも作戦のうちなのだろうか?と悶々と考えていれば、ミネルヴァがサラの背をポンと叩く。


ハッとして顔をあげると、精悍ながらもほんの少し張り詰めたミネルヴァの凛々しい眼差しを受ける。


合図がくる。


「では、そろそろ行こうか」

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