2-14
「…なるほど…そのようなことが…」
「エトワールさん、早速ですが老師に杖を見せてください」
「あっ、うん!」
サラが杖をゼルバに渡すと、ゼルバはなんと!と目を丸くする。
杖の先端から末端までを舐めまわすように凝視しては感嘆の声を漏らす。
「力の青魔玉の中央に刻まれたアルティナ様の魔法陣、柄の接合部に配置された黄金の魔法文字。
魂の赤霊石が欠いているものの、窪みに細工されたルーン文字がその歴史を物語っている…。
そして此度の意思の緑輝石を囲むこの縁取りはオリハルコン…!
これぞまさしくデア・ゲネシス…。まさかこの手に触れる機会が来ようとは思いもよりませんでしたな…」
「お前がそこまで饒舌なことに私は驚きだよ」
呆れた顔を隠そうともしないミネルヴァに対し、興奮収まらぬ様子のゼルバは何をおっしゃる!と息をまく。
「これは世紀の大発見と称しても過言ではない歴史的な遺産ですぞ!このような品を前にして冷静でおられる皆様方の勉強不足を爺は指摘したいほどですな!」
「あーハイハイ。とにかくこの杖は本物なんだな?」
「もちろんです!!これこそアルティナ様が我らの世界を創造された伝説の杖にございます!」
「ではゼルバさん、貴方は赤霊石がどこにあるかご存じなくて?」
ジュリアの問いにゼルバは言葉を詰まらせ、哀しそうに目線を下に落とす。
「実は…文献によると、もう失われておる可能性が高いのです…」
「なっ…」
「…本当、ですか?老師」
「力の赤霊石は、元々カロラにあったそうですが…度重なる戦争で行方知れずとなっておるのです」
「でもそれって行方不明ってだけで、どっかにあるかもしれんのやろ?」
「まあ…確かに、見た目は赤い宝石ですしな…。価値を知らず拾った者が、商人に売っていることもあるやもしれませんが…」
言葉を濁したゼルバだったが、魂の赤霊石の外見だけでもと書棚から分厚い本を手に取り、付箋の付いた頁を広げた。
そこにはアルティナ様の杖、デア・ゲネシスの詳細が載っており、赤霊石についても書かれていた。
手のひらに収まるほどの大きさで形は正円。本の挿絵だけ見ると、本当にただのルビーのようにも見える。
だが他の一般的なルビーとの決定的な違いがあった。
それは太陽に透かせば七色に色彩を変え、月明かりの下では真っ白になること。
「なるほど~?まあこんなにハッキリ特徴がある宝石なら高値で売れそうって思われるかも?」
「商人、市場…現在地はカロラの下…あ~、近場ならポートレイムか。そこで情報入らないっすかね?」
「ポートレイム?どこそれ??」
サラが首をかしげると、ワトーは呆れた顔でため息をついた。
その様子を間近で見ていたミネルヴァが致し方ない、と口を開いた。
「ここから南下した先にある、大きな港町だ。船での貿易が盛んで、商人の町とも言われている」
割と有名な国なんだがな…と珍しく小言を漏らした後、ミネルヴァはゼルバの方へ体を向けた。
その呟きにサラが肩をびくりと揺らしていると、追い打ちをかけるようにリナリアが会話に参加する。
「あの…エトワールさん。
貴女のご実家は商いを営んでいたと聞きましたが、ご自身で営業活動などはなさらなかったのですか?
政どころか地理にも疎いようですし…少しは座学に向き合われてはいかがですか?」
「うう、ええっと…」
とげとげしいリナリアの正論がサラの心をグサリと突き刺してくる。
確かにその通りだけど、勉強する必要性を感じなかったことも事実だ。
前に思ったことの復唱になるが、エデンにいた頃は難しいことは全部、兄弟がしてくれた。
困ったら周りの人が助けてくれた。すぐに手を差し伸べてくれた温かい環境。
我ながら恵まれているとは思う。
けれど、王族の人のように豪華な暮らしをしていたわけではないし、エデンではごくごく一般的な家庭だった。
それがまさか、祖国からこんなに遠くまで来るなんて夢にも思っていなかった。
でも、今更自分が苦手分野を学んだって、力になれるとは思えないのだ。
一から全部勉強する必要がある。
そんなに時間をかけるくらいなら、好きなことを伸ばした方が効率はいいだろう。
そう、魔法だ。魔法に磨きをかけた方が即戦力になる…気がする。
現状、デア・ゲネシスを扱えるのは自分だけのようだし、サラが強くなれば『奇跡』も起こしやすくなる…はず。
「ほ、ほら、私って今は戦闘要員?的な感じやし?
そういう難しいことは詳しい人に任せた方がいいかな~なんて…」
「…そうですか」
アハハ~と笑ってごまかすと、リナリアはあきらめたようにその後の会話を止めてしまった。
やはり言い方がまずかっただろうか?とサラがリナリアの顔色を窺っている中、ミネルヴァたちはゼルバに古い紙を見せていた。
二重底から出てきた、意味深なことが書かれているあの紙だ。
ゼルバは書棚の本をいくつも出してはページをめくり、あれでもないこれでもないと頭を抱えていた。
「わかりませんな…『器』というのが特に。
永遠、創造、智賢と名がついていることから、三女神さまに関することだとは察せられるのですが…。
器に関しては、いくら古文書をめくってもそんな言葉が見つからぬのです…。
それからアルティナ様が人間になられた、というような伝承は一言も見受けられませんでした…」
どうやらミネルヴァかジュリアがサラの体験した白昼夢の内容をゼルバに教えたらしい。
ゼルバはアダムという男についても、イヴについても頭を振るばかりで一切の情報は得られなかった。
「ゼルバをもってしても分からんか…」
「んん~…あ?そういやレニセロウスとマーファクトの出典本って無いんすね」
「その二国の書籍は滅多に出回っておりませんからなあ~。
マーファクトの前身であるブレアフォード帝国の書籍なんてもっと見つかりませんぞ」
見かけようものならプレミア物だとゼルバが言うと、ジュリアがもしかして…とつぶやく。
「器というのは亡国の言語、なのかしら…?」
「あり得るな。歴史オタクで骨とう品マニアのジジイですら知らない言葉なんざ、限られるだろう」
「酷い物言いですが、それならば爺も納得がいきますな。
もしそうであれば、セントレードの大図書館へ行けば参考文献が見つかりましょう。
あそこは世界最大で最高の『本の宝物庫』ですから」
私ではわからぬ伝承や口伝についての書物もあるかもしれません、とゼルバは続ける。
それを聞いたミネルヴァはふむ、と考え込む。
「どうなさいました?ライナ様」
「いや…情報を集めるにしても、場所が点々とし過ぎているだろう?
いっそ二手に分かれて探したほうがいいかと思ってな…」
先ほどポートレイムはここから南下した先、と言っていた。
流石にセントレードはサラでもわかる。
エデンの隣国であるセントレードへ向かうとあれば、ポートレイムとは真逆の道をたどることになる。
目的地が正反対に二分されていれば、誰だって頭を悩ませるもの。
ミネルヴァが思案しているとゼルバが髭を撫でつけて、にこりと笑った。
「爺もお手伝いしますよ。ホレ、ここに暇を持て余している弟子も居ますしな」
「あ、それ無理だわ~師匠」
頭の上に手を置かれたパロマがそれをゆるりと払いのけ、屈託のない笑顔で断りを入れる。
弟子の唐突な拒否にゼルバは一瞬面食らうも、すぐに眉根にしわを寄せて反論した。
「バカも休み休み言いなさいな。
ここに来るたびに暇だと言うてハリエットの菓子を貪り、ソファでぐうたらしてばかり…。
カーヤからの手紙にも、宿の手伝いだけで定職に就いておらんと聞きましたぞ?
まったく…少しは働かんか、日和見うどん娘」
「いやいや今は事情が変わった的な??アタシの時代来ちゃうかも的な?」
ニムエの肖像画を描くことで自分が有名画家にでもなると妄想しているのだろう。
パロマが変なドヤ顔を見せている理由を察したサラ達に対し、事情を知らないゼルバは怪訝な表情を浮かべる。
「何を言っているんですかな、この子は…」
「まあ、かくかくしかじかこれこれうまうまなわけよ~」
「きちんとした言葉で説明しなさい」
「アッ、ハイ」
キッと鋭い目つきでゼルバに睨まれたパロマは、ざっくりとながらもニムエの夢について説明した。
「んで、ニムエの旅にあたしが同行するってワケ」
「お前がついて行く意味は分からぬが…まあ良いでしょう。神が人になる術とは…。
しかし、ニムエには申し訳ないですが今や人類の危機でもありましょう?
そちらを気にかけるのが最優先でしょうな」
「いま、人の世はそんなに荒れているの?」
湖に囚われていたと言っても過言ではないニムエが、現世の人の事情など露ほども知るはずがなかった。
ゼルバがニムエに世界中で起こっている災厄について説明する中、リナリアは一人何か頭を悩ませていた。
さっきの事もあって少し気まずいが、随分深刻な顔をしているし、ミネルヴァ達はゼルバの話に耳を傾けていて気付いていない。サラは意を決して眉間にしわを寄せるリナリアの肩を叩いた。
「えっと、リナリア、どうかしたん?」
「えっ、ああ、いえ…たいしたことでは…」
どうにも歯切れ悪く返事をする従者に気づいたミネルヴァは眉根をひそめる。
「リナリア、お前また溜め込んでいるな?思ったことや疑問は発言しろ。遠慮は無用だ」
「…すみません…その、どうもおかしな話なんですが、バルトロメウス商会が妙に引っかかって…」
聞いたことも関係性もないのですが、と苦笑するリナリアに対し、ミネルヴァはふむと一考する。
「私も聞いたことは無い…が、例の呪術師が言っていたらしい隠語については気になるな…」
「確か『薔薇』と『百合』…でしたね。薔薇には効いたという意味、何かお分かりになりますか老師?」
リナリアの問いにゼルバが首を縦に振ることは無かった。
ただ少し、何か思い当たる節があったのか、そういえばと語りだす。
「随分古い古文書で見かけたような…はて何だったか…。ニムエ、精霊たちは何か聞いておりませんか?」
「ううん、あの子たちは何も…、あ。精霊といえば…いま、供給がおかしくなってるって騒いでいたよ」
「供給?なにそれ?」
「精霊と世界樹、大地の魔力供給の話ね」
「え?精霊って魔力持ってないん?」
「サラ、知識足りなすぎ~!あたしでも知ってるっての!」
「ええ?そんなん習うっけ?」
パロマに義務教育じゃん!と言われてしまい、いかにサラが座学を怠けていたかが露呈した瞬間でもあった。
これにはさすがのサラも気恥ずかしさに身を縮めたが、ジュリアが天使のようなほほえみで優しく丁寧に解説してくれた。
供給とは、一般的に『魔力の循環』の働きかけの一部の事を指す。
世界樹が精霊に魔力を与える、つまり供給する。
つぎに、供給を受けた精霊たちがその魔力を使って地上の汚れた魔物や植物を浄化する。
その浄化したものの残骸や思念が大地へ還り、大地の中で新たな魔力として生まれる。
生まれた魔力が世界樹に吸い上げられて蓄えられる。
そしてまた精霊へと魔力が巡るのだ。
世界樹が精霊に与えている魔力は蓄えのごく一部で、大部分は植物や生き物、海に渡っているそうだ。
「へえ~、そんな仕組みやったんや~」
「だから供給が途絶えると大変なのよ。精霊たちが汚れを浄化できなくなって、大地への循環が滞るの」
「とどこおる、とどうなんの?」
「おっ前、話ちゃんと聞いてんのかあ~?大地が新たな魔力を生み出せなくなるって言ったでしょうが」
「ええー!?じゃ、じゃあ、今って全体的に世界の魔力が少ないってことなん??」
やっとみんなの話している内容にサラの頭が追い付いたと思いきや、ニムエの言葉でまたアホ毛の上に疑問符をつける羽目になる。
「ん。なんか、世界樹と大地の働きがすっごく遅いらしいよ。ネル様に何かあったのかも…」
「ネル様あ~?今度は何なん?」
「眠りと調和の女神、ネル・ヒュプノス様だよ。その方が世界樹と大地の魔力管理をされているんだよ」
「ネル様か…よく書物に載っておられる古来よりの女神さまですが、本当に存在されていたとは…」
世界の魔力循環に関わる重要な女神様だが、そのお姿を見た者はだれ一人としていないのだとゼルバは言う。
何故ならネル様がいるとされる『寝所』がどこにあるか分からないからだそうだ。
寝所の場所以外に分かる事と言えば、神の使者が2人いて、各々入り口を守っていることだけらしい。
世界の根幹である仕事の内容は詳細に載っているのに対し、女神さまのステータス情報だけがさっぱりわからないのは、もはや都市伝説レベルの謎なのだとか。
「ネル様の寝所、行けるよ?この近くだもの」
「何!?本当かニムエ?!」
「ん。わたし、お友達だもん。だから『眠りの谷』の近くまでなら神術で飛ばせるよ」
ニムエ曰く、その眠りの谷はガルガロック鉱山の途中にある深い谷らしい。
しかも寝所へ入ることができれば、鉱山の出口付近にも出られ、南下が一気に進む。
その情報を聞いた一行は、ならば先にポートレイムへ急ごうという話の運びになった。
「でも…ネル様に異変があるのかは定かではないのでしょう?
杖の魔石の件もあるのだから、私は先を急いだほうがいいと思うわ」
どうもジュリアはネル様のところへ行くことに乗り気ではない。
早く杖を完成させて一刻も国を救いたいのだろう。
その気持ちは痛いほどわかるが、サラは困っている人いや、女神さまを放ってはおけなかった。
「行こう!もしかしたらそのネル様が杖の魔石について何か知ってるかもしれんやん!」
「まあ…地理的にはポートレイムへ向かう道中でもあるし、立ち寄ってもいいんじゃあないか?」
「通り道とはいえ、そこに時間を割くのは…」
「考えてもみろ姫君。世界中の魔力に関する事なんだ。
アルティナ様の杖と言えど、魔力が枯渇でもしたら魔法が発動しない可能性もあるだろう?」
「…そう、ね。…ごめんなさい。どうも気持ちが急いてしまっていて…」
「はやる気持ちは私も同じだ。
だがな。今は着実に冷静に、情報を集めて無駄足を踏まないようにするのが最善だと思うぞ?」
そうよね、とジュリアが笑みを浮かべる。
本当にジュリアは愛想笑いが上手だ。
ジュリアが心の底から笑える日が早く来るように、どんどん行動に移していかなければとサラは奮い立った。
「よーし!そんじゃあ荷物ちゃっちゃかまとめて出発進行やな~!」
サラの能天気な合図でみんな一斉に荷造りを始める。
そんな中、余ったニムエ達は壁にもたれて静観していた。
「ん~、どうすっかねえ~。どこ行く?ニムエ」
「え?えーと…どうしよう?人の世が大変なんだもの。わたしの事より、そのお手伝いが出来たらいいな…って思うよ」
「まずは他の精霊たちの様子を見に行ってみてはいかがかな?
ニムエならば、湖以外にある精霊の里へも入れるでしょう。私もいくつか所在は知っておりますゆえ」
「なるほどね~!確かにそれならワンチャン循環の動きを改善できたりするかも??
アタシとしても精霊だらけで筆がはかどるってもんだし~!」
「う、うん…?」
「ニムエ、貴女のような命を受けた神様が他にもおられるかもしれませんぞ?
神々に話を聞いていけば、人になる術の手掛かりが掴めるやも…。と、まあ爺の下らぬ想像にすぎませんが」
「あっ、そっか…水以外にも5属性いるから…。ん。ありがとう、ゼルバ」
ゼルバの名案を受け、二人はひとまず精霊の様子を見に行くことにしたらしい。
ちなみに精霊の属性についてはさすがのサラでも知っている。
火・水・土・風・雷・空気の6属性があり、それぞれ生息地域を持っている。
水の精霊ならば水中といったように。
そしてゼルバの言っている精霊の里とは、察するにパトリア湖のような場所を指すのだろう。
精霊が生まれる故郷、かなり気になるが自分は別行動だ。
世界に平穏が戻った暁には、世界中を旅してみたいものだ。
元々、全員が持参していたものは少なかったので荷造りは数十分で終えることができた。
みんなで話した結果、少し休憩を挟んだら出立する流れとなり、サラ達はまた椅子に腰かけてくつろいでいた。
「それはそうとゼルバ、お前はどうする?一緒に来るか?」
ミネルヴァの誘いにゼルバは眉を下げ残念そうにしつつも、パロマの頭に手を置いた。
「いいえ、私はこの子らと共に」
「えっ!?師匠こっちについてくんの~?!」
露骨に嫌そうな顔をするパロマの左耳をゼルバはぐいと軽く引っ張って、ため息をついた。
「お前さんとニムエだけじゃあ10分も経たず路頭に迷うだろうに。全く手のかかる弟子を持ったものだよ」
「フン、手のかかる方が好きなんだろう?物好きなジジイだ」
ミネルヴァが鼻で笑ったのに対してゼルバは目を細め、口角をあげる。
「おやおや。ライナ様もリナリアも、手のかかる弟子の内ですぞ?爺の手がいくつあっても足りませぬなあ。
御髪が長かった頃のライナ様はほんに愛らしゅうございましたのに、いつの間にやらこんな暴れ馬になって…カテジナにどう説明すればよいのやら」
「うるせえジジイ」
過去の話を暗に示しているのか、そこを引き合いに出されては流石のミネルヴァも程度の低い暴言しか吐けなくなっていた。
辟易とした態度でそっぽを向いてしまったミネルヴァに口が過ぎましたね、とゼルバは軽く謝って話を続ける。
「まあ…本音を申しますと、こんな老いぼれでもまだ利用価値がありますからな。ライナ様の弱点は人情の厚さだと、度重なる戦争で敵国も理解しております。
プリンセスの行く先で足枷にはなりたくない老兵の心中、お察しくださいませ」
「…お前が捕虜になるタマかよ」
「もう全盛期のような力はありませんゆえ」
その返答すらミネルヴァには皮肉に聞こえたのか、勝手に言ってろといたずらっぽく、けれどどこか柔らかく笑んだのだった。
サラには話がいまいち見えてこないが、ゼルバはミネルヴァの足を引っ張りたくないらしい。
「ああ、そうそう。忘れる所でした。ライナ様、これを」
「なんだこれ?」
ゼルバがガラス棚の引き出しから取り出したのは、赤いベロアの小さな巾着袋。
その紐をほどいてひっくり返すとミネルヴァの掌に転がり込んだのは赤い水晶だった。
「赤水晶?何に使うんだ?」
「柄飾りですな」
「はあ?柄飾り?」
「幼少のみぎりに父上と同じ剣が欲しい欲しいと駄々をこねられて、リナリアを引き連れて勝手に城下に飛び出し、何故か砂丘に入り込んで迷子になった挙句、大サソリに遭遇してリナリアと抱き合って大泣きしていたところを私が保護した件をお忘れで?」
「ろ、老師…!」「ああああやめろ!その話はっ!」
ゼルバの唐突な暴露にミネルヴァは慌てて大声をあげる。
豪傑、姉御肌、のような言葉が似合うミネルヴァの意外な過去を知って、普段弱い立場にある者たちがここぞとばかりにしゃしゃり始める。
「ミネルヴァそんなことしたん~?結構かわいいところあるんやね~!迷子にもなって大変やったね~!」
「欲しがったものが剣って男勝りすぎっしょ!あ、もしかしてファザコンだったり?」
「うちの姫様はそんなことなかったっすけどね~!さっすがカロラの姫様はやることが違うっすね!」
口々にからかうサラ達に対して無言のまま丁寧に強烈な腹パンを3コンボ決めたミネルヴァは、丸まって悶絶するアホ毛どもを振り返ることなく、ゼルバを睨んだ。
「ゼルバ。貴様、私に恥をかかせるために引き合いに出したのか?」
「滅相もない。どうかお持ちください。これは亡き父君からの預かり物なのですから」
そう聞くとミネルヴァとリナリアが同時に目を見開く。
ミネルヴァは自身の手の中にある丸く加工された赤水晶を転がして、ぎゅっと握りしめた。
「親父…」
「はい。父君はあの一件の後すぐに剣をお探しになられて、ライナ様にお与えになったでしょう?
父君の剣と瓜二つのデザインでありながら幼子でも振れる軽量の剣を」
「まあ、そうだな…しかし今は流石にあの剣は振るっていないぞ」
小さいころに扱っていた剣など、今のミネルヴァからしたら軽すぎて使い物にならない。
それに今や二刀流をする剣の腕前。
よく使いこまれた古い双剣に真新しい赤水晶を取り付ければ、変に浮いてしまうだろう。
そんな考えが顔に出ていたのか、ゼルバは今お使いの物にではございません、と笑って続ける。
「これは【王の剣】の柄飾りなのですよ。いずれ御国に戻られた際には、これを手にお探しくだされ。
必ずや王の剣の元に導いてくれるでしょう」
「王の剣…。先王様は崩御される直前に剣をどこかへ隠されてしまいましたからね…」
「ああ、いずれ親父の剣をこの手に…。あれはカロラ国を統べる証でもあるからな。
…しかし、なぜ今になって渡すんだ?親父が死んだあとに渡せば早かっただろう」
「戴冠を迎える前年…19歳の誕生日に渡すよう申し付けられておりましたので。
お誕生日には早うございますが、世が世ですし…2カ月程度の前倒しならば先王様もお目をつぶっていただけるかと思いましてな」
「そうか…ゼルバ、感謝する。このミネルヴァ、必ずや王の剣を手にして見せる」
「はい。心待ちにしております」
ミネルヴァが赤水晶を大事に懐にしまい、ゼルバとの約束を交わすという割と大事なシーンで突如、屋敷の玄関扉がバンッ!と開かれた。
「何事だ!?」
ゼルバに釣られてサラ達も席から立ちあがり、様子をうかがう。
「旦那様、旦那様!大変です!一大事です!緊急事態です!エマージェンシーです~!」
「これこれ、ハリエット。落ち着きなさい。深呼吸」
玄関から一直線にゼルバの元へ駈け込んできたハリエットが息の乱れを整えると、また大きく口を開いた。
「マーファクトの兵たちがお客様方を捕らえようとしております!」
「マーファクトの兵…もしかして、カー、バンクル…!?」
「姫様!」
くらりと立ちくらみを起こしたジュリアの肩をワトーが咄嗟に支える。
「エルフ狩りの連中か…なぜ今ここに…」
「村長が情報を売ったんじゃないんすか?!これだから人間は…!」
「違います!誤解です!いま、村長と村の男衆で賊どもを押さえております!
何でも、神への狼藉を働いた重罪人だとか言っているようで…!
ああ、それから村長から言伝ですわ!『はやくこの村から逃げるように』と!」
「神への狼藉だあ?!冤罪もいいとこっすよ!」
「兎に角、急がねばなりますまい。ニムエ、寝所への道はすぐにつなげますか?」
「ん。水があればどこからでも繋げられるよ」
「馬車は!?」
「大きすぎるとちょっと難しいかも…」
「合点招致、姫様!必要最小限だけ持ってきます!」
ニムエが言うには、彼女の術は水と水を繋ぐものらしいがあまりに大きなものは転移させられない。
それを聞いたワトーが珍しくジュリアの返事を待たずして納屋へと駆けてゆく。
その素早い判断が功を制したのか、サラ達がニムエに連れられて湖の前に立ったあたりで、ワトーも合流することができた。
大きな牛革のボストンバッグを下げたワトーはサラにこの鞄をトランプに収納してくれないかと打診し、サラはそれを快く了承した。この際だからとミネルヴァとリナリアの荷物も別のカード内へ収納し、サラ達はいつでも戦闘態勢がとれるようにした。
「ノア、他の荷物と馬車はどうしたの?」
「先にレニセロウスへ戻らせました!帰巣本能だけは完璧なんで、実家の厩舎に戻るはずっす!」
「結構よ。皆さんお待たせしましたわ。さあ参りましょう」
「じゃあ行くよ」
ニムエが湖の真ん中に立ち、水を両手で掬いあげる。
すると水は手の中で細長く形を変え、どんどんその長さを伸ばしていく。
新体操のリボンのようにくるくると水が舞い踊り、ニムエがそれに合わせて魔力を込める。
すると海が割れた逸話よろしく湖の水が真っ二つに割れ、中央へ歩いていけるようになった。
水の断面を見ながらサラ達が舞い踊る女神の元へ行くと、温かな木漏れ日のようにはにかむ。
ニムエの長い髪がなびく。
青いグラデーションの衣装は羽衣のように揺れ動き、別世界に迷い込んだ錯覚に陥るほど美しいそれが、終わる。
水のリボンが完全なる円になったところでブォンッ…と、魔法陣が形成された。
丸い水の粒がキラキラと陣の周りを漂い、舞を終えた女神は瞼を持ち上げる。
陣の前で微笑んだニムエの傍らにいつの間にか集まっていた水の精霊たちは、サラ達の行く先に光があるよう祈ってくれるらしい。
魔法陣の中に入ろうとした時、ゼルバとパロマもニムエの両脇に立つ。
「ご武運を」
「精霊たちの方はアタシらにまっかせて~!」
「もし、何か困ったことがあれば水の精霊に知らせて。水のあるところになら大抵いるはずだよ」
水の精霊を統べる女神だからこそできる連絡手段を教えてくれたニムエが、サラの手をそっと握る。
「ニムエ?」
「わたし、がんばるよ。だから…サラもがんばってね」
「うんっ!もちろんやで!」
ニムエの手を固く握り返したサラは魔法陣の中に踏み込んだ。
さいごの一人が陣の中に入った途端、ニムエの魔法が発動する。
魔法陣から淡い水色の光が発せられ、ニムエ達との間に垂れ幕のように降りていく。
寂しそうに、けれど嬉しそうに笑うニムエ。
穏やかで、温かな眼差しを向けるゼルバ。
にっかりと歯を見せて笑うパロマ。
三人の姿が光に、水に溶けていく。
幻想的な水色のカーテンが泡のように消えた先は、静かな川沿いだった。
空がはるか遠くに見える程、切り立った渓谷の間を細々と流れていく小川。
その周りをささやかながら色づけているのは可愛らしい花々だ。
「ここ、が眠りの谷ってとこ…?きれいやなあ~!」
「こんなところに『寝所』があるの?とても信じられないのだけれど…」
「まあまあ、そう言わずに。ニムエはあるって言ってたんですし…「ふうん、ニムエのおともだち?」
「どえええ?!?!」
「なっ、だっ、ええっ!?」
いつの間にか猫耳帽子の少年がワトーの後ろを取っていた。
驚き慌てふためくサラとワトーに対し、ミネルヴァとリナリアはすでに武器を構えていた。
さすが戦場慣れしているだけある。
「何者だ、貴様」
「子供とて容赦はしませんよ」
「こわいおねえさんたちなのだよー。まだ、なあんにもしてないのに」
見た目7、8歳くらいのおませな短パン小僧…に見えるのだが、身に纏う魔力が可愛らしくない。
わざと垂れ流しているのか、制御しきれていないのかは定かではないが、その力はこんな幼い子が宿して平気な大きさではないのだ。
「ねえ、あなた…ニムエさんとは知り合いなの?」
「ひめさ「大丈夫よ」
得体のしれない子供に警戒しつつも、ジュリアは従者の制止を振り切って話しかける。
「生命の力、なんてものを持っているのはネル様以外にその従者くらいだもの」
「ふふん。さすが、エルフのおひめさまは目の付け所が違うのだよー」
くるりと回って見せた少年の瞳が、青く妖しく光る。
「どういうことなん?生命の力って??」
「あらためて、ぼくはミューリット。ネル・ヒュプノス様に仕える使者。
気軽にミューって呼んで欲しいのだよー!」
「眠りの神の使者だと?何故そんなものがここにいるんだ。使者ならば、主の傍に侍るものではないのか?」
「おねえさんたちが来るのをずっとずうーっと待っていたのだよー!」
「私たちを、待っていた…?」
ミューリット、いやミュー君は、未だ武装解除しないリナリアとミネルヴァを見ても尻込みする様子を見せない。
それどころか、にんまりといたずらに笑って見せた。
「やっぱり、『ファタ』の言う事は間違いないのだよー!これで『ねえね』が救われる!」
「ファタ?ねえね?誰のこと??言ってることがひとつも分からへんよ~!」
「とにかく!ぼくがみんなを『寝所』へ連れて行ってあげるのだよー!」
「話が見えんが…姫君、このガキは本当にネル様の使者なのか?」
「ええ、間違いないわ。世界樹に宿るのは永遠の魔力。
そしてその魔力を持つ世界樹から生まれたものだけが受け継ぐ力。それが【生命の力】よ」
人間の死を嘆いてその身を投げたディーファ様の力はそのまま、世界樹【ユグドラシル】へと受け継がれている。
永遠に生き、永遠の魔力をもつ世界樹から生まれたものに、薄っすらと忘れ形見のように継承されているのが【生命の力】。
いまや血が薄らいできたエルフは女王の系譜かつ魔力の強い個体にしか受け継がれていない力なのだそうだ。
だが、ジュリアはその限定枠に該当していたらしく、生命の力を保有していた。
持つ力が同じなのだから、見抜けるのは至極当然の事だった。
「しかも世界樹から生まれた神はたったひとつ。眠りと調和の神だけよ」
「なるほど~?そのネル様の配下なら生命の力を持っていても不思議じゃあないってことっすね~」
「せいかい~!ねえねえ、これでぼくを信用してくれる?」
こてん、と首を傾けて見上げてくるミュー君の破壊力たるや凄まじい。
まん丸の両目は小型犬のように愛くるしく潤み、色が白く守ってあげたくなるような華奢な体つき。
金の柔らかそうな猫毛が早く撫でろと言わんばかりに誘惑してくる。
こんなお人形さんのように可愛らしい少年を前にして邪険にする人間がいるだろうか?
「あまり気乗りしませんが、仕方ありません。変な動きをすればすぐに射抜きますから、そのおつもりで」
おったわー。邪険と嫌悪と宣戦布告が入り乱れた台詞を平然と吐くのはリナリアだ。
そういえばレニャともあまり話そうとしなかったし、こどもが苦手なのかもしれない。
「わかったのだよー。じゃあ転移させるから横一列で並んで欲しいのだよー!」
ミュー君に言われた通り、サラ達が川辺で横一列に並ぶ。
転移魔法にしては変わった形だ。
普通、魔法陣は正円だから一カ所にできる限り固まってくれ、なんていう指示が来るのだが。
ミュー君がやろうとしている陣は正円ではないのだろう。
「じゃ、いくのだよー!」
《ソウルイーター》
「え」
にこやかに笑ったミュー君がパチン、と指を鳴らした瞬間。
あっという間に、いや違うな。えっと言う間にサラ達の首が体と分かたれた。
バタバタと崩れる音がする。ほかのみんなの体も司令塔を失って崩れ落ちているのだろうか。
不思議と痛みは全くない。ただただ眠くなって、瞼が緩やかに降りていく。
「ごめんねー。こうしないといけないのだよー」
遠のく意識の片隅で、あどけない笑顔の後ろに、銀の大鎌を手にした黒い影が見えた気がした。




