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RESTART FANTASY【リスタート ファンタジー】  作者: 棚山 もんじゃ
第1章
2/27

1-2

にやりと笑ったサラは手早くストックトランプから杖を出し、

両足に魔力が集まるよう集中する。


《ジャンプ・フライト》


ブーツの靴底に張り付いた小さな魔法陣が、サラの跳躍力と浮遊力を少し高めてくれる。

杖の様子を見るに、初級魔法ならあと5回程度、

中級になると1回打てるか打てないか、といった具合だろう。

古い杖にもう少し耐えてくれと願をかけつつ、トランプの中に戻す。

屋根から屋根を渡り、西に位置する宿屋へ急ぐ。


ふと大通りの方を見れば、人で混雑している。

予想通り、というかいつも通りだ。

大聖堂から噴水広場、西の正門までのメインストリートは飲食店、

サラの店も含め商店が多い。

朝から昼は国に来る観光客や冒険者を相手に仕事をしているエデン市民が、

晩御飯と酒を求めて群がるのだ。

エデンの国民性なのか、みんな晩御飯を家では食べない。

外で食べた方が安上がりでおいしいからだ。

エトワール家では全員19時には自宅へ戻り閉店準備、

そのあと揃ってご飯を食べに行くのが定番。

確か今日はオズワルドの行きつけの店を20時で予約していたはず。

あそこのお通しは最高なので、せめてお店の予約時間までには戻りたい。


まあでも、フェリの依頼は今日で解決しそうだし、余裕だろう。

セントレードの偽名を使っていた怪しい二人組は、

風を操れるらしいレニセロウスのお姫様とその従者。

身元は割れた。後は名前だけだ。

宿屋バルベの一等客室は3階西の角部屋。

通常の客室の3倍の広さで、2部屋に間仕切りできる。

部屋の内容はダブルベッドが2台、

ソファとサイドテーブルが窓際にあり、風呂トイレ付き。


なぜそんなに詳しいかって?

フェリから毎日毎日、宿泊客の世間話や噂や痴話話や愚痴を聞いていれば、

どんな人でも間取りと置いているアメニティくらいまではわかってしまうだろう。

知っている前情報をもとに、どうやって一等客室近くまで行くか考えながら、

道具屋の屋根瓦をトンと蹴り上げる。


「あ、そういやあの窓…うん、あそこからやな!」


侵入場所を決め、

宿屋の屋根まで来たサラは迷いなく3階東側の客室のバルコニーへ降り立った。

『このバルコニーの窓は建付けが悪く、少し上下に揺らしたら簡単に開く。

まるで股の緩い女のようだ』

と、客から言われたフェリがサラに愚痴を3時間コースで施術してくれたので、

それはもうよく覚えている。

窓の鍵周りを上下に軽く揺さぶると、かちりと錠が外れた。


「ほんまに鍵ゆるゆるやん。大丈夫なん?この宿屋」


サラは小さく苦笑いをし、客のクレーム通りに開いた窓から室内へと入る。

外から見たときに明かりはついていなかったので、

東の部屋に客は止まっていないと踏んでいた。

そのヤマは当たっていたようだ。

暗い客室を進み、扉の隙間からそっと廊下の様子を見る。

誰も歩いていない。

廊下の突き当りにある西の角部屋も、扉前に従者らしき人影はない。

音を極力立てないように扉を開け、後ろ手に閉じる。

角部屋の前へ行く前にもう一度杖をトランプから取り出し、

盗み聞きの魔法をかけようとした。

その時だった。

とす、と首に軽いながらも脳を揺さぶる確実な一手。

サラはあっという間に意識を手放してしまった。


『………ら』

『……………よ』


誰かの話し声が聞こえる。

確か、例の二人組の名前を調べるために部屋の前で魔法を使おうとした。

それから、後ろから…そうだ、後ろから襲われてー


「っ!!え、身動きが…なんなんこのロープ!」


サラが目を覚ますと両手両足はしっかりと縛られており、

廊下から部屋の中に運び込まれたらしい。


「あら、お目覚めのようよ」

「このコソ泥が!何しに来た!吐け!げろっといけ!」

「えっえっ?コソ泥??」


目の前にいたのは、緑色の瞳をぎらぎらとさせて睨んでくる茶髪の女性。

その奥にはソファに優雅に腰かけている小柄な女性がいた。

立ち位置的にどうやら彼女の方が身分は高そうだ。

二人ともサラと同い年くらいか少し年上だろうか?

それにしてもお姫様っぽい人は何というかその、ナイスバディ―だ。

いや別に変態ではない。

ただ同性であっても、そこに目が行ってしまうくらいには大きすぎるのだ。

なんだ、あのはちきれんばかりのお胸は。

いったい何を食べたらそんなに膨らむんだ、羨ましい。

でも従者っぽい人よりは勝ってる…え、勝ってるよな?…ってそうじゃない!

そんなことを考えている場合ではないのだ。


要するに、この二人のどちらかに気絶させられてこのザマなわけだ。

従者らしき人が泥棒だと言ってやたらと突っかかってくる。

頼むから体を揺らさないでほしい、頭が痛い。

そもそもこれは冤罪だ。尾行はしたが泥棒ではない。

サラは慌てて話の通じそうなお姫様に弁明する。


「まあ、宝石狙いの子猫ちゃんではないの?」

「すらごと言うなこん泥棒猫!」

「え、なんて???」


突拍子もなく飛んできた聞いたこともない方言。

サラが首をかしげていると、

お姫様がガラス玉のような青い目を細め、静かに従者を窘める。


「ワイアー、言葉」

「…あ、ワイアーあたしか!ハッ!!すみませんひめさアッ!!」


姫、と口走った従者は呼ばれた姓にワンテンポ遅れて反応した。

明らかに偽名だ。

これで彼女たちの誤解を解いて、

本名を聞き出せばサラは明日にも新しい杖を買うことができる。

サラが偽名だと気付いたことを悟ったのか、

お姫様は左頬に軽く手をやってため息をつく。


「ワトー…あなたってば本当にうかつね…」


『ワトー』、どうやらそれが従者の本当の姓らしい。

お姫様が呼び名を切り替えたことで、ワトーはとても気まずそうにしつつお姫様のそばに控える。


「え~と…泥棒しに来たわけやないから、これほどいてほしいな~なんて」

「ごめんなさいね、無害だと確証ができるまではほどけないわ」

「お前、何者だ。ここまで追ってくるなんて…まさかカーバンクル…?!」

「カバン??いや私はサラ、サラ・エトワール。

この宿屋の向かいで魔法道具屋やってんねん」

「魔法道具屋ァ?

なんでそんなんがウチら追いかけて来るんですかァ~?うそつくなアホ毛~」


お姫様と比べるなんて申し訳なさが立つが、ワトーは随分口が悪いようだ。

動けないのをいいことにワトーがサラのアホ毛をグイグイ引っ張る。

口だけじゃなく素行も悪いときた。

お姫様が左手をすっと上げるとワトーはサラへの手出しを止めた。

どうやら痛めつける趣味はないらしい。


「アホ毛関係ないやろ!

それにほんまのことしか言ってないし!依頼で調べてただけやもん!」

「依頼?」

「そ!アンタらの挙動がおかしいから素性を調べてくれって、

ここの宿屋の娘に依頼されてんの!」

「あらあら、どこからおかしかったのかしら」

「名前書くのもたつきすぎとか、『ソバ』を食堂で探したりとか?」


サラの発言を受けてワトーが見るからに冷や汗をかき始める。

ソバの一件も彼女だったらしい。

度重なる従者の失態にお姫様は頭が痛いようだ。

この人解雇した方がいいですよ、お姫様。


「…ワトー…あなたは後でお仕置きよ」

「ええええ!?!?何でですか姫様ァー!?」

「あ、やっぱりお姫さんなんや。レニセロウス?って国の」

「なっ貴様なぜわかったァーー!?」

「まあ、想像に容易いわね…。

どうやって聞いていたのかは知らないけれど、大聖堂での話を聞いていたのね」

「そうなのか貴様ァーーー!」

「ワトー、少し黙りなさい」


どこから取り出したのか、お姫様は鞭を使ってワトーをキュッと縛り上げる。

そして自分の足元に引き寄せ、自然な流れでワトーを足置きにした。

まさかこれがさっき言っていたお仕置きなのか?

そういう意味でのお仕置きだったのか?

誰だ、痛めつける趣味はなさそうとか思ったやつ!

見た目が完全に怪しいお店に君臨している女王様だぞ!

しかもお姫様らしい上品さは変わらぬままでいるわ、

ワトーはなんだか縛られ慣れているわで、視覚情報過多だ。


「えっと…」

「ああ、気にしないで。どこまでご存じなのか、話していただける?」


唐突に始まった女王様プレイ(鞭編)を見せられて困惑せざるを得ないサラに、

お姫様もとい女王様が柔らかな口調でお願いしてくる。

なぜ人を足蹴にしながら、聖女のような笑みを浮かべられるんだサディストか!

ワトーはと言うと、こっちをガン見してきていた。

うさみちゃんかよ目ぇ怖っ!

この二人と関わりを持って大丈夫なのか?

今誰かがここに入ってきたら、縛られる趣味のある客に間違えられそうだ。

ワトーとは一緒にしないでほしい。

もう本当にあった(精神的に)怖い話に投稿できるレベルの光景をサラは極力見ないようにし、お姫様の皮を被った鞭の女王様からの質問に答える。


「え、う、うん。私が聞いたのは多分、途中から。

アルティナ様の杖をアンタらが教皇様に貸してほしいって言ったけど、

教皇様が断った…ってことは理解できた。

あとのエデンが攻められるとか、セントレードがどうとかは…正直よう分らへん」

「成程。それで、あなたは何が知りたいのかしら?」

「とりあえず本名!それで依頼は完了するから!

あとは…その、エデンも関係してるみたいやし、

なんでアルティナ様の杖が欲しいのかとか教えてほしい」


あの時、教皇とお姫様の会話の8割も理解できなかった。

サラはそれを少し不安に感じたのだ。

恐らくエデンの上層部が一般市民へ情報が渡らないよう、故意に止めている。

だからサラも知らない。

教皇様は優しいから、きっと市民が不安がらないように平和を取り繕っているのだ。

でもそれじゃあ解決にはならない気がする。

臭いものに蓋をして美味しくなるのは漬物くらいだろう。

もし、自分に何かできるのなら協力したいとサラは思っていた。


「ふふ。素直なのね、貴女。おもしろいわ。

…名乗りが遅くなってごめんなさいね。

私はレニセロウス国第一王女、ジュリア・ド・レニセロウス。

これが私の専属従者のノアイユ・ワトーよ」


すっと立ち上がり、スカートの裾を持ち上げてジュリアが上品に礼をする。

これと言って転がされたワトーは鞭で見事にミノムシ化していた。

その後ジュリアはサラのそばへ近寄り、サラのロープをほどいてくれた。

手足が久方ぶりに自由になったサラは両手首をさすりながら、掌への血のめぐりを確認する。

その後、サラは気になっていた話を切り出した。


「えーっと、失礼やねんけどレニセロウスってどの辺の国なん?」

「お前、そげんこともしらんのか?!馬鹿と?アホと?」

「ワトー、言葉。二回目よ。私が許可するまで口を開かないで」

「アッハイ」


ソファへ向かうついでにジュリアはミノムシを冷たく叱咤する。

ワトーは体を硬直させ縮こまる。

もうミノムシから羽化して飛び立つことはかなわないのではなかろうか。

ジュリアがソファの向かいにある椅子を指さして、

おかけになってと言い、サラはお言葉に甘えた。

サラが腰かけたのを見て、にっこりと笑ったジュリアは改めてと話を戻す。


「レニセロウスを知らないのね。じゃあ…エルフはわかるかしら?」

「エルフは知ってる!どっかにエルフの国があるってお兄ちゃんから聞いた!」


エルフとは人間より倍の魔力を持って生まれ、3倍の寿命を持つ種族のことだ。

外見は小柄な人が多く、耳と指が長いのが特徴。

ゆえに『耳長族』などと蔑称されることもある。

彼らは人間と関わらない上に国自体を不可解な魔法で隠している為、

国家がどこにあるのかも解明されていない。


「そのエルフの国が、レニセロウスなのよ。ちなみにエルフはこんな姿よ」


左手の小指にはめていた金の指輪を外すと、ジュリアの足元に魔法陣が現れた。

その魔法陣から突如柔らかな白い光が発せられる。

サラがまぶしさに目をつむり、すぐに瞼を開けるとそこには金髪の美少女がいた。


「うわあ…」


透き通るような金髪は肩の下あたりで整えられており、

青い瞳は更に深い海の色をしていた。

その瞳を縁取る金のまつげは長くきらめいて、目元だけで宝石のようだった。

それだけにとどまらず白磁のように白い肌、

ふっくらとした薄桃色の唇に、芸術的に整った鼻梁。

まさに『美人』、『美少女』の言葉しか当てはまらない、

恐ろしいまでに完璧な美しさだった。


「そうよね、初めて見ると気味がわる「めっちゃきれいやねんな!!」

「えっ?」

「きれいな金髪に青い瞳!それに肌も白くて羨ましいわ~!

耳と指が長いのは不思議やけど、なんか神秘的ですごくきれい!」

「貴女、変わっているのね。この姿を見て気味悪がらないなんて」


ジュリア曰く、美し過ぎるものを見ると人は恐れを感じるのだそうだ。

それにプラスアルファ、エルフ特有の長い耳と指があると気味の悪さまで感じる人間がほとんどなのだとか。

あまりに目立つ容姿のため、普段は小指に着けている魔具、

『変化の指輪』で投射した人間の容姿にできる限り寄せているらしい。


「エルフってだけで大変なんやな~。そんでなんでエデンに来たん?」

「今、私たちの祖国が危機に陥っているの」

「危機?セントレードの症状がどうとか言ってたんと関係ある?」

「順を追って話すわ。少し長くなるけれど、いいかしら?」


サラはちらりと客室の壁時計を見やる。

19時を過ぎたところだが、

20時までにお店に直接行けば食いっぱぐれることは無いだろう。

さすがに1時間以上の長話になることはあるまい。

正直、彼女たちの身に何が起こったのか気になって仕方ない。


「うん。もし何か困ってて、私にできることがあるなら手伝わせて!」

「…ありがとう。まず事の始まりは3か月前。

ある日突然レニセロウスの上空に黒い雲が浮かんだの。

その雲が黒い種を国中に降らせた後…種が民に宿って、発芽したのよ」

「種が、体に入って発芽?!そんなん聞いたことないで…」


幸いにもジュリアとワトーは宮殿の中にいたので、

すぐに感染することは無かった。

だが、外にいたエルフたちが次々と感染してしまった。

感染者は増える一方で、今や国民の7割が感染者なのだそうだ。


「前例のない病。

感染経路は不明…どれだけ調べても治療法はわからなかったわ。

発芽したエルフはみんな、

口や耳あるいは皮膚を突き破って出てきた植物に魔力を吸いつくされた…。

魔力を全部吸われた者は、黒い百合の花をその身に咲かせ、

干からびて…死んだの。

私たちはこの病を『クロユリ病』と呼び、治療法を探し回ったわ。

そして1週間前、やっと見つけたの」


エデンが保管しているアルティナ様の杖を使えば、どんな死の病も治る。

そう古い文献に書いてあったそうだ。


「それで教皇様に掛け合いに来たんかあ~」

「そうよ、断られてしまったけれどね…」

「なんで教皇様は断ったんやろ…

普段は困ってる人がいたらすぐに助けてくれるのに…」

「その雲のせいよ。

黒い雲はレニセロウスを襲った1か月後、セントレードも襲撃したの。

人々の魔力を奪ってから、体を本や魔物に変えてしまったと聞いたわ。

トラヴァス教皇は…次はエデンだと思っているのでしょうね。

だからこそ杖の力が必要になるかもしれない。

そんな状況下で他国に貸し出しなんてしないわ。

私が教皇様の立場ならしないもの」


成程、それなら確かに渡しにくい。

だがエデンは魔法結界で守られている。

世界大戦が起こった時も無傷で国を守った頑丈な魔法結界だ。

そんな無敵要塞みたいな国に黒い雲が入れる余地なんてない気がする。


「仮にほんまにやばい雲やったとしても、

エデンの結界やったら1週間くらい持ちこたえそうやけどなあ~」

「1週間…本当に持ちこたえられるのなら、私の国は助かるかもしれないわ」

「え、そうなん?レニセロウスってそんな近いん?」

「いいえ、とても遠いわよ。

けれど転移石があと3つ残っているから、これを使えば国へ戻るのに1日で足りるわ」


『転移石』、これはとてもポピュラーな汎用魔具だ。

見た目はただの丸い石に、中央が空欄の魔法陣が彫られているだけ。

しかしこの石っころのすごいところは1つにつき一度だけ、

行きたい国の教会へテレポートできること。

まあ、その為には行き先の教会に訪れておく必要があるが。

教会の神父様から転移石の魔法陣の中央に、その場所の座標を示す教会文字を描いてもらわないと、テレポートは発動しないのだ。

しかも一度掘ってしまった座標は書き換えられない。

なので冒険者や旅人は複数の転移石をいつも持ち歩き、各国の教会に訪れるのだ。


ジュリアの持つ転移石にはエデンの教会文字の石が2つと、見慣れない教会文字の石が1つ。

見慣れないものはレニセロウスの教会のものだろう。

これなら、レニセロウスへ行ってエデンへ戻ることは可能だ。


「そんじゃあ杖借りて、使ってから返すんやったら…」

「もし杖が手に入れば、私の魔法でダミーを置いていくつもりだけれど…。

教皇様に隠し通せるのはもって3日、というところかしら…。

古文書には杖をかざして祈るだけで瞬時に病は消え去るとあったけれど、

どこまで本当なのか怪しいものだわ。

色々と考慮して最低でも1日、できれば2日は欲しいところね」


1日、もしくは2日の間だけ杖が偽物とすり替わっているとバレなければいいのだ。

たった一日二日、杖を貸すだけで大勢のエルフが助かる。

そんなの貸さない方がおかしい。

教会学校で習った通りなら、エデンの結界は1年にわたる世界大戦で無傷だったんだから。

もし杖が偽物だと途中でバレたとしても、たくさんの命を救うためだ。

きっと教皇様も許してくれる。


「じゃあさ!杖借りちゃおう!」

「えっ!?あなた、それがどういうことだかわかって言っているの…?」

「わかってんで!でも困ってる人放っとかれへんし、

助かる命があるなら助けなさいって教えられたもん!教皇様にな!」

「…本当にいいの?

私たちに加担して。国を危うくするかもしれないのよ?」

「エデンの人らは強いもん!

大丈夫、市民でもなんとかできるってとこ教皇様に見せたいしな!」


そう、大聖堂で盗み聞きした時からずっと引っかかっていたのだ。

教皇様は自分の国の人間の力を信用していないんだ。

危険な目に合わせたくないから前線に出させないというのは分かる。

教皇様なりの優しさだ。

でも、それでレニセロウスの人を見殺しにするのは違う。

そう、思うのだ。

エデンがみんなで立ち向かえば、そんな意味の分からん黒い雲になんて負けるはずがない。

教皇様にもっとサラ達を信用してほしいと、信じてみてほしいと思っての発言だった。


「そこまで言ってくれるなら、乗ってみようかしら。何か算段はあるの?」

「無いで!!」

「何もないのね…期待した私が愚かだったわ…。

まあ、自国の民がいた方が隠れ蓑にはなるかもしれないわね。

ワトー、もう喋っていいわよ」

「姫様!こげん奴信用したらつまらんばい!!」

「ワトー…?3回目は?」

「アッ、ナイデス…」


ジュリアが左手の指をパチンと鳴らすと、

鞭が勝手に動き出しワトーの体をギリギリと締め上げる。

ワトーが白目をむいて気絶したところで、ジュリアが鞭を緩めて解放した。

ジュリアがなぜここまでワトーの方言を注意するのか、

サラにはよくわからないが何か深い事情があるのだろう。


「ごめんなさいね、お見苦しいものを見せてしまって」

「う、ううん。え、あれ大丈夫なん…?」

「気になさらないで。

そうねえ…杖のありかは古文書に書いてあったから知っているのだけれど…。

どうやって入ったらいいものかしら…」

「えっ、杖のあるところわかってんの?」

「ええ。大聖堂の地下、奥の通路を抜けた先の祭壇に祀ってあるそうよ」

「大聖堂に地下?!そんなんあったんや…。

って、え?ちょっと待って、そこまで調べてきてるってことは、私がおらんくっても…」

「私は大事なものを守るためなら、手段は選ばない方よ」


サラがいてもいなくても、杖を盗む手立てを用意してきていた、という事だ。

それだけ切羽詰まっている人たちだけで行かせるのは危うい気がする。

教皇様や騎士団の人にも気軽に話しかけられる自分がいるだけで、多少目を逸らせたりするはずだ。

私がジュリアたちを助けるんだ、とサラは息巻いた。


「じゃあこうしましょう。決行は今夜。深夜0時よ。

それまでに準備をして頂戴な。潜入に役立ちそうなものがあれば持ってきて。

特に期待はしていないから身一つでも構わないわ。

ここのベランダを開けておくから、この部屋で落ち合いましょう。」

「0時?!えっ、今が19時半…あと6時間くらいしかないやん!何が何でも早すぎん?」

「今日、私は教皇様に申し出を断られた。

あの保守的な教皇様のことよ、間違いなく明日の朝にでも大聖堂と地下の警備を強化するでしょう」

「そっか、そうやな…わかった!0時な!」

「またあとで。サラさん」

「サラでええで!ええーと、なんて呼んだ方がいい?」

「ジュリアでいいわよ。サラ」

「うん!じゃあまた0時に!」


こうして、サラはジュリアと約束をして宿屋をこっそり出てきた。

幸いにもフェリは宿屋にいなかったので、涼しい顔をして大通りに通じる扉から出ることができた。


「ふい~。なんとかこれでフェリの依頼は完了っと!約束があるから報告はそのあとでええかな~。

それよりもごはん、ごはーん!急がんと!」



大通りをすたこらと走り抜けて噴水広場に面したテラス席のある飲食店『ウマー』に向かう。

ウマーはエデンの古い言葉で、おいしいという意味らしい。

本当は『ヤミー』が正しい発音なのだが、幼児が舌っ足らずで使う言葉を、『ウマー』というそうだ。

大人も美味し過ぎるものを頬張れば、そう言ってしまうでしょ?というのが店の名前の由来だと、

オズワルドが自慢げに話していた。

カランカランと来店の鈴を鳴らして、兄たちを探す。

もう20時、オズワルドがこの店の予約を取り消すのだけはあり得ない。

たとえミアとサラがいなくても、一人で来るぐらいには店の常連なのだ。


「あら~来たわねサラちゃん。

2階のテラス席でおにいちゃんとミアちゃんが大変なことになってるわよ~」

「大変?なにそれ?!」

「それは~、行ってみての、お・た・の・し・み♪」


いつものお通し作るわね~と妖艶に微笑んで去っていった彼女はウマーの看板娘、ベティさんだ。

バインバインのお胸と大きなお尻で町のおじ様たちを魅了する大人のお姉さんは、

店に一度でも来た人の顔と注文を忘れない特技を持っている。

何度かここに来たことがあるサラなんて、もう好きなメニューを把握されているのだ。

大好きなお通しが来るウキウキと、何が大変なのかの不安に入り乱れた状態で、

サラは2階への階段を駆け上がる。

そして唖然とした。


「サラのぉぉ太ももはぁぁ世界一ぃぃぃ!!!」

「ハーイ!お兄さんもっといこー!」

「ヒャッハー!!!」

「うわああん兄さんのバカああああ!!なんで飲むんだよばかあああ」

「ほんにみんな、ええ子に育ってのう~」

「これのどこが良い子…ってああ!トラヴァスさま!それ以上呑んではいけません!!」


カオスだ。兄弟どころじゃなかった。なんだこの2階。

ほぼ貸し切り状態じゃあないか。

兄は呑みすぎて最高にハイってやつだし、

何故かフェリが兄のビールを注いでカオスを助長させている。

それを見てミアが泣きわめきながら、ベロンベロンの教皇様の膝に縋り付いている。

ミアの頭をなでつつ、

まだ酒に手を伸ばす教皇様のお酒を必死で取り上げようとするジェフさんだけが、

かろうじて理性を保っているように見えた。


「どうしてこうなった…」

「でしょ~?あたしもそう思う~」


呆然としているサラの隣に来たベティさんが、サラの前にお通しを差し出してくる。

ウマーの定番お通し、『サラマンダーの尾の漬物』。

通称サラ尾漬け。

サラマンダーという魔物が落とす尾をスライスして、長時間酢漬けにしたものだ。

食感はきゅうりに近く、一度食べたら癖になる。

そして白米にも合うし、お酒のあてにも最高だ。

エデンの食堂が作り出した特産品であり、観光に来た人もよくお土産で買っていくほどおいしい。

これがサラとオズワルドの大好物。

しかし、ミアは食わず嫌いをしていて家で作ってくれない。

仕方なくオズワルドとサラがたまの休みに大量に作って保存しているが、

ウマーのサラ尾漬けには到底かなわないのだ。


「はぁ~これこれ、ウマー」


行儀が悪いが、テーブルに近づきたくないのでしょうがない。

立ったまま小皿のサラ尾漬けに爪楊枝をぶすりと刺して、バリバリと食べていく。


「サラちゃんたら~、お行儀悪いわよ~」

「持ってきたんベティさんやろ~」

「んもう、しかたないコたちね~。

みなさァん!サラちゃんのご到着ですよォ~!」


ベティさんが間延びした声でそう呼びかけた途端、全員がこちらを向いた。控えめに言って怖い。


「ちょ、ベティさん?!」

「ハイ、これ気付け薬ね~。こっちはお水のジョッキ。それじゃあがんばってね~」


ポケットにねじ込まれた気付け薬、空になったお通しの皿と交換に持たされたジョッキ。

そしてこの惨状を前にサラを残してルディは1階に降りてしまった。

こうなればもうヤケである。サラは腹ペコなのだ。

ラストオーダーまでに食べたいものがごまんとある。


「えええいもう!!みんなしっかりしぃ!!わたしは!ごはん!たべたいねん!!」


そう言った後のサラは素早かった。

ゾンビのように這い寄ってきてサラの太ももを触ろうとする不届き者に気付け薬と水を食らわせ、

雰囲気酔いしているフェリの頭をスパコンと叩いた。

べろべろの教皇様に飲ませた後、目の焦点が合っていなかったジェフさんを見て無言で薬を渡し、

そのおじいちゃんのおひざ元で泣き疲れていたミアをそっと引きはがす。

あの気付け薬はいったいどういう調合なのか、

即効性がありすぎて兄と教皇様はすぐさまトイレへ籠城しだした。

ジェフさんはむにゃむにゃと眠たそうにしているだけなので、

オズワルドほど酔いつぶれてはいなかったらしい。

顔に出ないタイプの酔っぱらいという伏兵まで居た酔っ払い大戦争は、やっと終戦を迎えた。


「ねえさん、おそいよ~!どこ行ってたの心配したでしょ、僕大変だったんだよ~!」


わあんと泣きながら抱き付いてくる弟は相当参っていたらしい。

普段は外で大胆なスキンシップは嫌うのに、自らしてくるくらいだ。

かわいそうに、ごめんなあ~とここぞとばかりにお姉ちゃん風を吹かせておく。


「ごめーんサラ~!お父さんたちと来てたらオズお兄ちゃんと会っちゃってさ~」


先に家族で食事をしていたフェリがオズワルドを見つけ、

ほろ酔いだったフェリのお父さん、テレンスがオズワルドに絡んだのが事の始まりだと言う。

テレンスがオズワルドにガンガン酒を飲ませていると、

いつの間にか教皇様とジェフさんが合流してしまう。

そのままの勢いで話が大いに盛り上がった中、テレンスがギブアップ。

お酒にK.Oされたテレンスは、フェリの姉のジェナに引きずられて家に帰ったのだが、

せめて介抱してあげなさいとお母さんに言われたフェリがこの場に残った。それがいけなかった。

介抱どころか違うものを解放してしまい、元気な酔っ払いが爆誕してしまった。


「何やってんのフェリ~…」

「ほんとごめんってば!最初はお酒取り上げてたの!

でもオズお兄ちゃんたちの飲んでるお酒、匂いからしてアルコールきつくって…」

「知らんうちに匂いと楽しい雰囲気に酔ってもーた、と…」

「てへっ☆」

「てへ、で済まされへんっても~!うちのお兄ちゃん酔ったらめんどくさいん知ってるやろ~」

「ごめーん!ここのお代はママと教皇様が払ってくれてるみたいだから、

サラは好きなだけ食べてって!」

「そうなん!?よーしさっそく頼も~!」

「あっ、僕もほしい」


兄たちに囲まれてまともに食事できていなかったのだろう、ミアもメニュー表を覗き込んでくる。

なに頼む~と姉弟できゃっきゃとはしゃいでいると、

帰る準備を済ませたフェリが思い出したようにサラに問いかけた。


「それじゃ私は帰けど…あ、依頼の進み具合はどお?」

「んー?ま、まあ、ぼちぼちかな…」

「そ。あんま無理しちゃだめだよ~?

サラはイケるって思ったら、突っ走っちゃうとこあるからね~」

「ハイハイ、気を付けますよー」


バイバーイとフェリに別れを告げたサラは、すぐにベティさんを呼び、

ミアと一緒になってこれでもかと料理を注文した。

注文した料理がちらほらテーブルに並びだした頃、やーっと兄と教皇様がトイレから帰還した。


「うおぇっ…あ、サラちゃん…おそかったね…」

「いやあ…よもやよもや、だねえ…」

「おそかったね~ちゃうわ!何してんのまったく~!」

「めんぼくないねえ~…オズワルド君」

「…私に突っかかってくるジェフが悪い」


そう言ってオズワルドはうたたねしているジェフさんの額を小突く。

すると、いっ!?と言葉にならない声を発したジェフさんが目を覚ました。


「あ、オズ…ワルド」

「あ、じゃないんだよこのスカタン。

酔ったきみが私に突っかかるせいでゲロっちゃったじゃあないか」

「なっ、違うだろう?君が大聖堂の悪口を言うから指摘してあげたんだよ」

「ハア~??

きみ、まだ酔っぱらっているのかい?私は正論を言ったまでさ。

だいたい毎日毎日店に来てさ、なに?騎士団はそんなに暇なの?

仕事しなよ公務員サマ」

「正論じゃないだろう、君のは屁理屈だ。

自分がやりたくないからって大聖堂を悪く言うのは筋違いだよ」

「それじゃあ言わせてもらうけどね?

何回も拒否してる一般市民を苦しめるのが、大聖堂のやり方なのかい?

どれだけ最高の魔導師が欲しいんだよ。

未練がましい男はモテないぜ、副団長さん」

「おやおや、何をおっしゃるのやら。

見当違いも甚だしいよ、自称最強のお兄さん。

魔導師団を辞めた君が未だに「これこれジェフ、それ以上はいかん。争いは何も生まんよ」


教皇様が間に入ってくれたおかげで、オズワルドとジェフの言い争いは途絶えた。

この二人はいつもそうだ。顔を合わせるだけで静かに喧嘩が始まる。

決して声を荒げたり、乱闘沙汰にならないところが逆に怖い。

今回は何が火種になったのかは知らないが、

大体はオズワルドを魔導師団に帰るよう説得しに来たジェフさんと嫌がる兄で対立するのだ。

もういっそ、一度殴り合いのけんかをしてお互いにすっきりした方が、

いざこざが解決するんじゃないかと思いながら、サラはピザを完食した。


「さあもう行こうか、ジェフリー。

オズワルドも明日は警備に入るのじゃろう?」

「それはそうですが…」

「警備?それは聞いてないぞ」

「おや、依頼は伝えたのではなかったのか?」

「す、すみません。話の途中でもめてしまいまして…その、中途半端に…」

「役目はきちんと果たしてもらわねば困るぞ、副団長」

「申し訳ございません」

「…報酬次第では断らせてもらうけど?」

「なになに依頼??」

「手伝うよ兄さん」


大聖堂から依頼をしてくるなんて滅多にないことだ。

サラとミアは物珍しそうに兄たちの会話に首を突っ込み、目を輝かせる。


「コラコラ、サラちゃんたちはご飯食べてな」

「えー!!ちょっとくらい聞いてもいいやんケチ―!」

「まあまあ、そう邪険にするでないよ、オズワルド。

警備は丸一日かかるものじゃ、明日は忙しくなるのう」


今、明日って言わなかったか?!

サラは内心ドキリとする。ジュリアの言った通り、大聖堂の地下の警備を強化するつもりだ。

それ以外にない。顔が引きつりそうになるのをグッとこらえる。

どうするどうする?

深夜に潜入することを知られるのが一番まずい。…いや待てよ?

これは好機なのでは?

依頼をするという事は地下の内容を説明するのでは?

もしそうなら安全に潜入する手立てを得られるかもしれない!

このままコッソリ聞くことができれば…


「で、詳しい話は?」

「少しあちらで話そうか」


のけ者にされたー!!

これはまずい。何とかして聞かなければいけないのに。

魔法は…駄目だ、今から杖を出せば盗み聞きしまーす!と宣誓しているようなものだ。

仕方ない。一か八か、フェリに貰ったアレを使ってみよう。


「サラちゃん、ミア連れて先に帰っておきなさい。お兄ちゃんは依頼内容聞いてから帰るから」

「えーー!私も「ミア」

「わかったよ兄さん。ほらっ、行くよ姉さん!」

「あーもう、そんな引っ張らん取って!わかったってばー!」


ミアに引きずられながら、教皇様のやたら長いローブの裾へ向かって例のブツを指で飛ばす。

パッと見た感じは服に引っ付いた小さな黒いごみなので、大丈夫だろう。

それよりも本当に機能するのかが問題だ。早くチェックしなければ。

フェリは半径3m以内にいないと聞こえないとか言っていたし、

1階のトイレにこもるか、路地裏に隠れるしかない。

とりあえず、今は勘のいい弟を撒かなければならない。

ミアと一緒にウマーを出たらすぐ実行だ。

サラは主演女優賞も狙える、プロ顔負けの演技をかまして乗り切ることを決意した。


「いだだだだだ!!!ミア!私おなかが!めっちゃ痛いから!めっちゃやばい!

ちょっと先帰っててー!!」

「は?え、ちょっ、姉さん?!」


脱兎のごとくウマーのトイレへ向かうと、兄さんに怒られるよーと後ろで聞こえる。

さすが我が弟、私の巧妙かつ迫真の演技を見破ったというのか。

これだから勘のいいガキは嫌いだよ。

内心ちょっとこの状況かっこよくねと思っていたサラは、

口角をニヨリと上げながら女子トイレの個室に入って鍵をかける。

黄色いローブのポケットから『イヤフォン』というらしい『キカイ』を恐る恐る耳に引っ掛ける。


「ええっと…これで音量を上げるんやっけ…?」


昨日一昨日くらいにフェリから押し付けられた変なもの、キカイのイヤフォンとトウチョウキ。

魔法や魔具を一切使わずにできている、魔力を持たない発明品だ。

フェリは昔から魔力が弱いことを気にしており、

その反動からか魔法を使わずに使える便利道具の開発を趣味としている。


6歳のころ、エデンでは珍しい目の色でいじめられていたサラを、フェリは慰めてくれた。

綺麗な夕焼けの色と褒めてくれた1歳年上の優しいお姉ちゃんだと思った。

次の日にはいじめっ子を落とし穴に嵌め、フェリが仁王立ちで悪魔のようにゲラゲラ笑っていた。

それ以来サラは、フェリを『フェリお姉ちゃん』とは呼ばなくなったが、

心の距離がとても近くなったのは懐かしい思い出。

思えば、あの頃からフェリは周りと少し違っていて、おかしなものをよく作っていた気がする。


しかしこんな趣味がばれたら、調合でおかしな実験をしている兄と同様に変人扱いされてしまうので、

サラやフェリの家族など、ごく少数の人しか知らない。

ゆえにキカイの試運転は知っている人にしか頼めないのだ。

サラはイヤフォンとトウチョウキが本当に作動するかのテスターに選ばれていた。


何度もダイヤルという歯車みたいなものを調整するも、

ギュイン、ザザッ、ザーッと雑音しか聞こえてこない。

やはり失敗作か?と思ったその時だった。

とても小さな声が雑音にまみれてサラの耳に届いた。

『…ガガッ……ヴァ………ザザザ、…地下……』


サラは慎重に聞こえたあたりを探り、ダイヤルをゆっくりゆっくり回す。

そして、捕らえた。


『…ザ、…ありがとう、引き受けてくれて。恩に着るよオズワルド』

『別に俺は杖がどうなろうと構わないさ。でも国が危ないのは困る。家族がいるしね』


俺?そうか、兄は怒っているんだ。

オズワルドは怒ると一人称が『俺』になり、少しだけ荒い口調になる。

幼少期に使っていた名残だ。

魔導師団に入ってから矯正されたのか『私』になり、丁寧な口調でしゃべるようになった。

なんとなくジェフさんの口調に似ているから、彼を参考にしたのかもしれない。


『オズワルド、地下への入り方はまだ覚えているな?』

『当然。祭壇前の床にこれ嵌めるだけでしょ。

まーったく、爺さんも意地が悪いよ。

俺が協力すれば今後指輪は返さなくてもいい、でも協力しないなら指輪を置いて出ていけだなんて。

魔導師団長の指輪なんざ事務室にゴロゴロ転がってるし、

地下に入るのだって他の手段使える癖に。やり方が回りくどいんだよ。

俺は上層部のそういうところが嫌いなんだ』


指輪…?オズワルドが持っている師団長の指輪を祭壇前の床にはめ込む。

それで地下へ入れるのか?

何とかして帰ってきた兄から指輪を…いやいや、それは無理だ。

オズワルドはあの指輪を片時も外さないし、深夜帯なんて兄にとっては真昼。

ずっと起きている人から取れるはずがない。

ならば、事務室にある指輪を探したほうがよさそうだ。

大聖堂の事務室ってどこだ…?とサラが考えている間にも、話はどんどん進んでいく。


『本当にすまない、オズ。お前はただでさえ苦労しているというに…。

あの時、わしがもっと注意しておけば…今頃エドとロージーは『今更後悔したって遅い』

『オズ!黙っていれば教皇様に対して失礼であろう!』

『良いのだジェフリー。それだけのことを、わしは黙認してしまったのだから』


エドとロージー?サラ達の両親の愛称だ。

教皇様が黙認した?いったい何の話だろう…。

オズワルドは完全に理解しているような口ぶりで、教皇様を責めている。


(お父さんたちは薬草の研究のために旅に出たって、聞いてるけど…ちがうん?)


『…気分が悪い、もう帰るからな』

『そうじゃオズ、あの事は…』

『言えるわけないだろ!?まだ…その時じゃない。

俺が何をしてでも守ればいいだけの話だ』

『オズワルド、お前のしていることは…一時しのぎでしかないよ』

『わかっている…!』


バンッと大きな音がした。オズワルドが2階から出たのだ。

あの事とかよくわからない話をしていた。ほかに依頼を受けているのだろうか?

でもそれを追求するのは後だ、とにかく急いで帰らないと!

サラが慌ててイヤフォンを外してポケットに突っ込んだ時、

トウチョウキは最後の音を拾っていた。

『ジ、…………ゆび…………ザザザ、………わ………ガガッ

しかし今、この音を聞くものはいない。


2021/09/01 誤字を訂正しました。

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