2-12
ニムエを一番悪く言っていた村長が、ニムエを庇うような言葉を口にしたせいで村人たちの間に稲妻のように戸惑いが生まれる。
それは昨日ゼルバから聞き及んでいたサラ達も例外に漏れず、村長の意図が読み取れない。
ざわざわと口々に村人が喋る中で、ひときわガタイの良い男が声を張り上げる。
「村長、何言ってんだい!
アンタがニムエは村に不要な女神だ、あれは人を惑わすって言っていたんじゃあないか!」
「あ、ああ…儂は…儂は…」
「しっかりなされよ、アルトゥール村長」
頭を抱えてうずくまってしまった村長をゼルバは受け止め、言葉をかける。
「村長。まずは落ち着かれよ。そして村の者にも分かるように、説明していただけますかな?」
「ああ…」
花屋の店主が気を利かせて持ってきた丸椅子に腰かけた村長は、天を仰いで呆然とする。
村の人々とサラ達は村長が口を開くのを静かに待ち続けた。
数分後、待ち人は大きく深呼吸をした。
「儂は…ニムエを自由にしてやりたかっただけなのじゃ…」
「自由?村長はニムエを嫌っていたのではないのか?」
村人がざわめくのを村長は左手をあげて止めさせる。
「ニムエを嫌うなど、とんでもない。彼女は儂の青春をかっさらったからのう…。
だが彼女は湖に繋がれ、姉に囚われ、過去に縛られている。
好きに生きろと何度言ったとて、ニムエは自らの意思では湖を離れようとはしなかった。
もう、儂が…村が、ニムエを捨てる以外に方法がなかったのじゃ…!」
村長は若いころに育んだ恋心のために、愛するもののために嫌われる覚悟でニムエを迫害していたという。
村がニムエの力を必要としなくなれば、ニムエはこの村を見限って湖を去るだろうと思っていた。
「村の者たちにニムエの悪評を流したうえ、呪術師まで雇ったというに…まさかレニャがいなくなるとは…」
「待て、なぜ呪術師を雇う必要がある?」
「呪術で一時的にニムエを凶暴化させれば、村の者に危機感も芽生え、噂の信憑性が上がる。
ニムエにはかなりの負荷をかけることになるが、彼女を自由にするためには致し方あるまい…」
この村長の言い分にサラは眉根をひそめた。
言っていることは分かる。分かるが、それがどうにもニムエのためになっているとはサラには思えなかったのだ。
「なあ!さっきからニムエのためって言ってるけど、それってほんまにニムエのためになってるん?
ニムエはほんまに湖を離れたいって言ったん?」
「それは聞いていない…じゃが、あのままでは彼女はダメになってしまう!
湖の水位と共に彼女の魔力は年々下がるばかり…。
もう、村に力を使わず自分の幸せのために生きて欲しい…それだけが儂の願いなのじゃ…」
「村長、あなたの想いを一度でもニムエに伝えられたのですかな?」
「バカな。女神に人間の恋心など伝えても、彼女を苦しませるだけであろう…」
ああ、違う。この人は恋に恋しているだけだ。そう思うと、サラの口は勝手に動き出していた。
「なんなんそれ!?じゃあ告白もしてへんのに、勝手にニムエのためってこじつけて動いてるだけやん!」
「サラ」
「ニムエが好きなんちゃうわ!女神に恋した自分に酔ってるだけやん!」
「サラ!言い過ぎ!」
「でも!!」
パロマにきつく腕を掴まれ制止されても言い足りなかった。
ニムエが頼んだわけでもないのに悪評を立てたり呪術師を雇ったりするなんて、村の水問題と真摯に向き合っている彼女がバカみたいだ。
怒りを抑えきれないサラの姿を見ていた村長は、目に憂いを溜めてうつむいた。
「…その通り、なのかもしれんな…」
「村長…」
「儂は…ニムエのためを思っていた、はずだったんじゃがなあ…。実際に彼女に聞いたことはあらなんだ…」
「では、今から伝えに参りましょうぞ。雇った呪術師の行方も気になりますしな」
「すまない…すまないゼルバ…。呪術師は、おぬしの別邸に向かったのじゃ…」
「はっ?!」
「湖からほど近く、女神の様子もうかがえる。屋敷にはハウスメイドとゼルバの二人だけと聞いて、最良の場所と判断したらしい」
村長が呪術師に依頼した内容はこうだ。
今日、ニムエに呪術をかけ村を襲わせる。そして呪術師が旅人を装って術を解き、村とニムエを救うというもの。
また、依頼中に邪魔をする村人がいれば、軽い術をかけて眠らせることにも村長は了承していた。
「ならレニャはそれに巻き込まれたんじゃあねえのか?!何してくれてんだよじっちゃん!!」
「すまない…すまない…ロルフ…」
「チッ…じゃあやっぱあのメイド、入れ替わってたんすかね…。とっ捕まえておけばよかった」
「うっそ、蕎麦娘もそう思ってた感じ?アタシもなんだよね~」
「え?なんか変なことあったっけ??」
「サラは鈍すぎな~。ほら、ハリエットさんの様子見に言った時、なんか変だったじゃん」
食糧庫での会話よく思い出してみ、と言われて思い返すも特段引っかかるところはない。
いや待てよ?そういえば妙に大きな木箱を動かしていた。人一人入れそうなほど大きな…。
「んんっ?あの木箱?」
「もしかするっしょ~?」
「なんだ、お前たち。何の話をしている」
「あ、ええと…」
あの時一緒に行動していなかったミネルヴァ達にハリエットの言動を教える。
それを聞いてゼルバは片手で顔を覆い、言葉にならない声を漏らした。
「それは間違いなく部外者ですな…。ハリエットは酷い腰痛持ちでして、大きな箱など押せますまい」
「それなら今、屋敷にいるのは偽物…!」
「まずいな…もし呪術を行使するつもりなら急がないと!」
「え、でもニムエは夕方から夜の間しか湖から出ぇへんねんやろ?」
「呪術の種類によっては対象の力に関係なく術をかけられますよ。
強力な呪術であればあるほど、その強制力は強くなります」
リナリアの説明を聞いた村長が顔を青くする。
やっと自分のしでかしたことの大きさに気が付いたようだ。
「儂も行かせておくれ…!ニムエに謝らねばならん…」
「俺もいく。呪術師ってやつにレニャの居場所を吐かせてやる」
「では戻るとしますかな。わが屋敷に」
こうしてサラ達は村長とロルフを連れて、来た道を引き返した。
村長とロルフが先頭に立っていることを確認したゼルバが、スススとジュリアの傍に近寄る。
隣に並んだゼルバを不思議そうにジュリアが見上げると、そっと手に何かを手渡される。
開いてみるとそれは修理を頼んだ変化の指輪だった。
昨晩の約束通り、ゼルバは指輪の修理を仕上げてくれたのだ。
「わ」
良かったやん!と声をあげそうになったサラの口元にゼルバが人差し指を押し当てる。
そうか、確かに今ここで騒いだら村長やロルフに見つかってしまう。
変に勘繰られでもしたらジュリアとワトーが嫌な思いをしかねないのだ。
サラは本当に小さな声でジュリアのフード越しに感想を伝える。
すると指輪をはめたジュリアが少しだけフードを持ち上げて顔をのぞかせた。
『ありがとう』
そう聞こえるようなほほえみを浮かべたジュリアを見て、ゼルバは満足そうに目を細めた。
湖が見え始めた頃、その異変はすでに起こっていた。
どんよりとした暗雲が湖の上空を覆いつくし、水面で歌って踊っていたウンディーネたちの姿は見えない。
程なくしてゼルバの屋敷の全貌が視界に入る。
その前で腰を抜かして座り込んでいる人物こそ、ハリエット。いや、村長の雇った呪術師だ。
呪術師の視線の先に居たのは、闇の力にむしばまれたニムエだった。
アアアアア!!
「オセ!」
「そ、村長!あれ…ゴフッ!!
呪術師が村長に近寄ってきたのをいいことに、ロルフが話の途中で容赦なくぶん殴った。
「な、なにするんだい!」
「うるせぇ!レニャはどこだ!!」
「え、え?な、何を言ってるんですかねえ…??」
「オセ、もう計画はバレておる。ハリエットに化けるのは止めい。この初老が黙っておる内に術を解くのじゃ」
「……」
「あー…そ~ゆ~感じ?おっけ~ちょっと待ってよ」
オセと呼ばれた呪術師が右耳に付けていたピアスを外すと、ハリエットの姿がするするとほどけていく。
リンゴの皮のように剥がれた中心には、ガタイの良い男が立っていた。
もっさりした黒髪で両目は隠れてしまっていて陰気な雰囲気なのに、二の腕と胸筋がたくましくミスマッチを起こしている。
「ごめんよ~村長。軽めの術かけたんだけど、こうかはばつぐんだ~って強烈になっちゃってさ~。
女神サマ思いっきり暴走したよ~」
「レニャはどこだ!!」
「レニャって誰よ~」
「俺の妹だ!」
「妹って言われてもさ~…あ。もしかしてあの幼女?ピンクのエプロンドレス着たかわいい子」
「レニャをどこへやった!!」
「やばいモンペこわすぎるよ~。ハリエットちゃんと一緒に食糧庫の箱に入れたよ~」
「レニャー!!」
「待たんかロルフ!」
レニャの事で頭がいっぱいなシスコンのロルフを追いかけてゼルバが食糧庫へと消える。
それを見たミネルヴァが小さくため息をついて、リナリアを呼び寄せる。
「リナリア、あの若造とジジイを守ってやれ。もしメイドと子供がいるならそっちも頼む」
「承知しました」
リナリアが一般人たちの護衛をするために離れた一方で、村長とオセはもめていた。
「何故ニムエがこんな目に合わねばならんのだ…!早く、はやく術を解け!!」
「だ~から解けないんだって言ってるじゃんよ~。女神サマが俺の術を取り込んで書き換えちゃってるから、俺にはもう解けないんだよ」
「そんなバカなことがあってたまるか!前金通りに働いてくれんと困る!」
「もういいでしょ~?依頼はニムエちゃんの暴走がメインだったし、俺はこれでドロンするよ~。次の仕事もあるからさ~」
今後ともバルトロメウス協会をご贔屓に、と言ったオセは軽くお辞儀をして煙のようにその場から消えてしまった。
「ああ、ああ…ニムエ…儂のせいでこんなことに…」
「仕方ない、私たちで何とかするしかなさそうだ」
湖の中心で塞ぎこんでいるニムエの元へサラ達は向かう。
ニムエに近づけば近づくほど、水の中から藻や水草が這い出てきてサラ達の手足をからめとる。
「ああもう!ワカメ邪魔っす!」
「正しくはワカメではなくエアロマツモという藻の一種ね。水中で空気を生み出せる珍しい水草なのよ」
「そんな雑学どうでもいいっしょ!」
「何を言う。知識のあるなしで選挙区がひっくり返ることもあるんだぞ」
「それにしても動きを封じるばかりで、攻撃らしい攻撃はしてこんよなあ~」
相変わらず水の中で縮こまっているニムエはサラ達の方を見向きもしない。
攻撃の意思はないのだろうか?
先ほど呪術師のオセは自分で呪術を書き換えるほどの暴走状態になっていると言っていた。
だが今の状態を見るにとてもそうは思えない。
暴れ狂って湖を壊すわけでもないし、かといって村を襲撃しに行くような素振りも一切ない。
ただ水流が旋回して荒れる湖底でうずくまっているだけだ。
「話、聞いてみよう。聞けるか分からんけど…」
「…そうだな。今まで誰もニムエに踏み込んだ話題を振らなかった。
彼女が真に何を望んでいるのか、この村の人間は知るべきだ」
夕方になっていないのに現れている中心へ続く砂地の道に足を踏み入れる。
砂利を踏むたびに、一歩進むたびに、ニムエの小さな抵抗と拒絶は大きくなっていく。
水草の捕縛だけだったものに気持ち程度の攻撃が加わる。
ピシピシとたいして痛くもない水鉄砲がサラ達の服や体に当たった。
湖の中心にたどり着いたサラ達は、湖底のニムエに呼びかける。
「ニムエ、大丈夫だ。一度こちらに来て話そう」
「私ら何もせえへんよ!ニムエの気持ちが知りたいねん!」
「一人で抱え込んだってなんも解決しないっすよー」
「村の人を恨むのはわかるけれど、このままでは進展しないわ」
「ニムエ~!」
しん、と静まり返った湖。
サラ達の呼び声にニムエはピクリとも反応しない。
「ニムエ、ニムエはどうしたいん?
ここでずっと暮らしたいん?村長はニムエを自由にしたいって言ってた。
ニムエはこの湖から出て行きたいん?」
「……っ」
ざぱりと湖が波立った。
サラの問いかけにニムエの心が揺らいだのだ。
やはり村長が口走ったように、ニムエは湖と姉の存在と過去に囚われているのかもしれない。
「姉のエレインを探したいとは思わないのか?」
「お姉さんが帰ってくるまで、ここにいるつもりなんすか」
「湖の外に憧れはないの?」
「おいしいものいっぱいあるよ~うどんとかあるよ~」
パロマの緊張感のない台詞にずっこけるサラ達だったが、それでもこの問いかけはニムエの心を揺さぶるには十分だった。
ザザザザザ…と湖の中心が渦巻いて大きな泡が浮かび上がる。
泡の中でうずくまっていたニムエがサラ達をキッと睨みつけた。
ぱちんと泡が弾けたのを皮切りに、ニムエが左手を頭上に持ち上げる。
「おいおい、煽りすぎたか?」
「うどんがだめだったんじゃないっすか?」
「うどん悪くないっしょ!」
「みんな口調きつかったんやって~」
「いや、お前の方言が一番きついだろ」
「ふざけてないで、来るわよ!」
ニムエの左手が振り下ろされると同時にうねりをあげた水流がサラ達を呑み込む。
水流と水龍を掛けているのか、水で構築されたドラゴンに呑み込まれたサラ達は一気に湖底へと引きずり込まれる。
湖底に投げ出され慌てて水面へ浮上しようとするが、ワカメがサラ達の足に絡みついて離れない。
息が、出来ない。
それはつまり詠唱ができないということ。魔導師としては致命的だ。
空気さえ保てれば、ワカメを切ることもできるのに。
切る?そうだ、ミネルヴァなら剣でワカメを斬れる。
サラはミネルヴァの姿を探すも、長いワカメがカーテンのようになっていてどこに誰がいるかも検討がつかない。
いよいよ本当に苦しくなってきた。
はやくこのワカメを引きはがさなくてはいけないのに、引っ張れば引っ張る程どんどん絡みついてくる。
(なんなんよこのワカメ~!!)
『ワカメじゃなくてエアロマツモよ』
ふと、ジュリアが披露していた雑学がサラの脳内をよぎった。
そうだ、確かこのワカメは珍しい水草で…空気を生み出せる!
サラは手に絡みついていた水草を迷わず口に含んだ。
水草をかみしめるたびに空気が排出され、今までの息苦しさが少しずつ薄れていく。
これなら詠唱も出来る!
サラはポケットからカードを取り出し、杖を手にする。
『サイクロン』
足元に向かって放たれた旋風がサラの足に絡みついていた水草を細切れにする。
視界を遮っていた周囲の水草にも魔法を当てて、サラは水草を口に含みながら少しだけ浮上する。
やっと見えた湖底の全貌はサラには衝撃的なものであった。
ジュリアたちはニムエに捕まり、泡の中に閉じ込められているようだった。
どうやらサラだけが長い水草の地帯に放り出されていたらしく、他のみんなは気を失ったところを捕らえられたのだろう。
少々派手に水草を五分刈りにしたのに、ニムエはまだこちらに気づいていない。
サラは水草を食んで、もう一度草陰に身を隠す。
どうしたものかと悩みながら水草をもぐもぐしていると、後ろから何かにローブを引っ張られる。
バッと身をひるがえして避けようとすると、後ろにいたのはウンディーネだった。
『たすけて おねがい』
ウンディーネがたどたどしく話しかけてきたことにサラは驚く。
歌で人を惑わしたり導いたりするウンディーネが人語を介していたっておかしくはないのだが、基本的に喋らないと思っていたばかりに動揺してしまった。
目を丸くするサラにウンディーネはオロオロとうろたえる。
もしや伝わらなかったと勘違いさせてしまっただろうか、サラは慌ててハンドサインで了承する。
それを見たウンディーネは花開くように笑む。
『にむえ でられない かみ くさり』
くさり、とは何だろうか?
さっぱりわからないがそれをどうにかすれば、ニムエの暴走は止まるのだろうか?
『きる じゆう おねがい』
きゅっとローブを掴まれて懇願される。
こんなにかわいいウンディーネに可愛くお願いされては叶える他ないだろう。
ここで一肌脱がないと魔導師の名折れである。
魔導師の名折れいくつあるんだよと自分で突っ込みたくもなるが、とにかく正義のためなら魔導師は動かなくてはいけないのだ。少なくともサラの思い描く最強の魔導師とはそういうものなのだ。
むかし『かわいいは正義』と兄が言っていたから、可愛いもののために動くのは正義のために動くのと同義である。
ウンディーネの想いを受け取ったサラはニムエの位置を改めて確認する。
くさり、と言ってウンディーネが指さすのはニムエの足元。
よくよく見てみると、光の反射で何かがきらりと光る。
透明な鎖のようなものに繋がれているのだろうか?
もう少し近づいて確認したいと思い、水草をかき分けてサラが前に進むと何かが足先にゴンッと当たった。
明らかに硬いもの、しかも金属っぽいものをつま先に当ててしまい、サラは足を抱えて静かに悶える。
一体何に躓いたのか、少しの怒りも込めて足元の砂を払ってみれば黒い錆び付いた鎖が姿を現した。
その錆びた鎖を見たウンディーネはとても悲しそうに俯く。
『えれいん かみ くさり』
その一言でサラはハッとした。
これはニムエの姉、エレインを繋いでいた鎖なのだと。
何故、この湖の女神が鎖でつながれているのか。それは皆目見当がつかない。
しかし、この鎖を見る限り、外れるのだ。待て待て、ここで勝手に切っていいものなのか?
今ニムエに確認も取らずに外したら、村長とやっていることが同じにならないか?
サラはこの鎖が何の役割を果たしているかもわかっていない。
もし仮に斬ったとして、ニムエの生死にかかわる事だったら?
それに、ウンディーネは鎖を切れと言っているようだが、当の本人はどうなんだ?
サラはウンディーネの制止を振り切り、ニムエの背後に近づき鎖を手にする。
サラの気配に気づいたニムエが振り向き、サラの手を見るや否や目を吊り上げて威嚇する。
「何をするの」
グイ、と軽く鎖を引っ張ればニムエが体勢を崩す。
やはり、この透明な鎖はニムエと湖を繋いでいる。
今のニムエはとても落ち着いた様子だ。話も聞き入れてくれるだろう。
そう思ったサラは水草から空気を吸いながらニムエに言葉を届ける。
「なあ、ニムエはこれ切りたい?」
「……」
ふっとニムエが右手で水を払うと、不思議とサラの呼吸が地上と変わらず出来るようになった。
口の中に残していた水草をゴクリと呑み込んで、サラはもう一度ニムエに問う。
「鎖を切ったらニムエは自由になるん?ニムエは自由になりたいん?」
「わたしは…ひとに、なりたいの」
「え?」
ニムエの予想外の返答にサラは素っ頓狂な声をあげてしまう。
「人間になりたいの。でもなれない。神の制約があるから」
「神の、制約?」
「わたしは水の精霊を束ねる女神。だから水に触れてなくちゃいけない。
水の精霊が仕事をしているか監視する。仕事をしていなかったら罰を与える。
水が汚れたらきれいにする。この3つの仕事をしないと、わたしという存在は消える」
「そんな…」
「だからわたしは湖から出られない。ずっと水浸しでないとダメだもの。
それにここの精霊たちは未熟だから、わたしが見ていないと…」
その時だ。先ほどのウンディーネが仲間の精霊を引き連れてニムエの前に姿を現した。
『にむえ だいじょうぶ』
『わたしたち だいじょうぶ』
「だめ、それでも、仕事をしないと…あなた達を監視しないと、わたしは消えてしまう」
『わたしだけ ついていく』
『そう しごとできる』
『だいじょうぶ』
「そっか!ひとりだけ精霊がついて行けばニムエは仕事できるやん!」
「でも水に触れていないと…!」
『これ つける だいじょうぶ』
そう言って精霊がニムエに渡したのは水で出来た腕輪だった。
それを見たニムエは、小さく震え一筋の涙を流す。
「ああ、おねえちゃん…おねえちゃんの、腕輪…」
精霊から受け取った水の腕輪を両手で包み込み、ニムエはその場に座り込んで泣きじゃくる。
サラは柔らかく微笑んで、ニムエに歩み寄り手を伸ばした。
「ニムエ。もう自分に正直になってもええんちゃう?」
「でも…」
「こんだけしてくれてるんやもん。女神さまが人間に…っていうのは私にはどうしたらええんか分からんけど、でもここにずっと居るより外に出た方が成れる可能性あると思わん?」
「…それは…そうだけど…」
「それにな、村の人も悪気があった訳やないみたいやねん。村長さんはニムエのこと好きみたいやし」
「…うそ、だって…呪術つかってきた…大したことなかったけど…」
大したことなかったんや、やから暴走したって言っても一瞬やったんやなとサラは心の中で苦笑する。
冷静になって考えてみれば、女神にそんじょそこらの呪術師の術が効くわけがないのだ。
「とにかくさ、ニムエはもっと周りを頼ってええんよ。もう一人で悩まんでええんよ」
「…うん、……ありがと…」
サラの手を取ったニムエは何百年か振りに、それはそれは美しく微笑んだのだった。




