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RESTART FANTASY【リスタート ファンタジー】  作者: 棚山 もんじゃ
第2章
12/27

2-6


「エトワールさんは下がってください。私がお相手します」

「待って!!あれはパロマなんやで?!」


サラは麦わら帽子を手に持ち、魔物となったパロマに立ち向かおうとするリナリアの袖を引っ張った。


「だから見逃せと?」

「だってまだ何とかなるかもしれんやん!!」

「なりませんよ。女神の慈悲でもない限り、元には戻れません」

「なんで…なんでそんな断言できるんよっ!まだなんも「試しましたよ」


なんて血も涙もない人なんだと、サラは思っていた。

しかし、それは誤りだった。


「城の魔導師を総動員しました。全員死にました。結果、私が小間使いを討ちました」

「………」

「ご理解いただけましたか?」

「……」

「心配には及びません。すぐ楽にして差し上げます。私にとっても、彼女は…なじみの人でしたから」


リナリアは、知っていたのだ。

サラ達が来るより前にこの城で、パロマのようになった人がいたのだ。

そして、どうにもならないと悟った彼女がとどめを刺したのだろう。

そんなことを言われたら、止められないじゃあないか。

サラの手が力なく離れたのを一瞥したリナリアは、弓を構えた。

成すすべもなく、サラは麦わら帽子を手にしたまま立ち尽くしていた。

そんな無気力なサラの肩を叩く者がいた。


「サラ」

「ワトー…」

「諦めるんすか」


ワトーの問いかけにサラは押し黙る。

諦めたわけじゃない。でも、どうすればパロマを救えるのか、分からない。

サラが魔物と化したパロマと戦うリナリアを呆然と見つめる中、壁際に寝かされていたジュリアが片肘をついてよろよろと起き上がる。


「サラ…ごめ、なさい…私…」

「姫様、喋ったらダメっす!」

「へいき、よ…」


ぐらりとジュリアの体が傾いたのをワトーが受け止める。

見て分かるような大きな傷は無いものの、カスコーネとの戦いで魔力をほとんど使い切ったようだ。

サラも昔バカ程魔力を使って倒れたことがあるが、あの症状はかなりきつい。

魔力が底をついた事によって、体が血液を魔力にあてがい始める。そのせいで貧血を起こし、血液循環が狂って酸素が体に回らなくなってしまう。

そのおかげで頭はぐわらぐわらと凄まじい頭痛に襲われ、息切れや胸の痛みが酷くなっていく。

そんな状態の人が体を起こしていいはずがないのだ。

サラもワトーを手伝って、再度ジュリアを寝かせる。

こうなると横になって少し回復したタイミングで魔力回復のために食事をするか、薬を投与するほかない。

誰かが回復魔法を使ったって、魔法に反応する魔力自体が少ないと効果が薄い。


「どこが平気なもんですか。クソッ…杖さえ完全体なら、なんとかなったかもしれないんすけど…」

「杖…」


そうだ、杖だ。

サラはワトーの言葉でハッとした。

この杖は全てのものを癒す力があるはずなんだ。

ジュリアは魔力不足だから発動できないと言っていたけれど、まだ一度だって試していないじゃないか。

二つの魔石が足りなくたって、この大きな青魔玉で事足りるかもしれない。

やってみる価値はある。希望がそこにあるのだから。

サラはパロマの麦わら帽子をジュリアの傍に置き、床に転がしたままだった杖を拾い上げる。

そして大事なことを確認する為、ジュリアに問う。


「ジュリア、ジュリアごめん…しんどいのに。一つだけ聞かせて」

「おいアホ毛!姫様は今…「杖使って癒すのに、なんか呪文とか特別な魔法陣とかいる?」


熱に浮かされた主を見守るワトーに止められたが、サラは強引にジュリアへ話しかける。

ハアハアと息を荒くして寝苦しそうにするジュリアを見て、やはり答えは得られないかと落胆しかけたとき。

美しい海色のうるんだ瞳がサラを見つめていた。


「…ない…わ、いのり…だ、け…」

「ありがとうジュリア。安心して、私やってみせる」


返事の代わりにジュリアの口元が緩く弧を描く。

サラは杖を手にして、すくっと立ち上がった。


「おま、まさかっ…やめとけ!絶対失敗する…!!」

「…の、あ…」

「ひ、姫様…でも…もし杖に何かあったら…」

「サラ…、…て……………ね」

「…仰せのままに」


ジュリアのか細い声に耳を寄せたワトーは苦い顔をしつつも、主の命に膝をつく。

そしてサラと目線を合わせ、口を開いた。


「どうせなら姫様の容態も癒してくださいよ」

「初めてやんのに追加注文とか鬼畜やな~」

「…頼みます」

「うん。全力、出してくる」


ワトーに見送られたサラは杖を構え、魔物の前に立った。

目を閉じ、杖に向かってありったけの魔力を注ぎ始める。

魔力を注ぎ続けると、夢で見た大聖堂の扉が目の前に広がった。

現実のものではない世界が白い霧と共に描き起こされる。

実際の瞼は開かないし杖も手に張り付いたように動かせないが、白昼夢の中に置かれたサラの体は自由であった。

もしや杖が夢の続きを見させようとしているのか?

それとも奇跡を求める者への試練のようなものなのだろうか?


大聖堂の扉に触れようと手を伸ばすと、勝手にギイイと音を立てて開いた。

祭壇の前には教皇様とフェリ、ジェフさんに兄弟の形をした顔に影を落としたものたちが、横一列に並んでいる。

夢にいた彼らはサラを責め立ててきてとても恐ろしい思いをしたが、今は違う。

なんだか怖いものの感じはしない。

考えるより先に、サラはあの夢で伝えたかったことを口に出していた。


『私はお兄ちゃんみたいにすごい魔導師ちゃうし、ミアみたく知識が豊富なわけでもない。

でも、みんなを助けたいって思う気持ちだけは、誰にも負けへん』


『しかし、それは真か?己自身の意思かのう?』


『…確かに、成り行きでエデンを救うって決めたかもしれん。

私しかいないから仕方ないって心の底で思ったんかもしれん。でもそれは、そうでええんよ。

その弱いところも含めて私なんやから』


『じゃあまたみんなに助けてもらうのね?だってあなたは弱いもの』


『このままは…弱いままなんは、嫌や。

この数日間で、たくさん考えることがあって、自分のダメな所がわかった。

自分で考えるだけじゃなくて、ジュリアやワトー、パロマの言葉で気づかされたこともあった』


『何に気づいたのでしょう?』


『自分の無知さ、愚かさ、浅はかさ。でも…一番思い知らされたんは、ずっと誰かに守られて生きてきたってこと。お兄ちゃんやミアに甘やかされて、エデンのみんなに甘え切ってた』


『別にずっと甘えてもいいんだよ?』


『それはあかん。

私はもっと強くならんとあかんねん。お兄ちゃんを超えるような、皆が安心できるような存在になりたい。

エデンのみんなを…ううん、困ってる人を一人残らず、救うために』


『誰かを救えるだけの力が、欲しいんだね?』


『欲しいよ。今だってパロマやジュリアを助けたい。

二人だけやなくて、ほかにも救われる人がいるならみんな…救いたい。

もし…杖自体の力やなくて、私の力が足らんくて、奇跡が起きひんのやったら尚更』


『…傲慢だね。でもそれも悪くないかな。ああそうだ、僕の分は外しておいたからね』


『え…?』


何のことを言っているのかさっぱりわからず、サラは首をかしげる。

そんなことは興味がない様子で、ミアっぽい風貌の相変わらず顔が見えない人物は最後に一つと口を開く。


『杖の名前。それ言ったら1回だけ、発動するからね』


ミアの形をしたものが意味深にそう告げて消えると、サラは自分の右手に魔力が満ちていくのを感じた。

太陽の日差しを手中に収めたかのような熱い力が勢いよくサラの体をめぐる。

与えられた魔力は何故だか、すんなりとサラに馴染んだ。

サラは両手に魔力を集約させ、炎のような形で可視化させる。

ボッと灯った二つの火柱。魔力の塊であるオレンジの炎を見る限り、兄の魔力には到底及ばない。

だが、今までは扱えなかった上級魔法を難なく放てるくらいには増えた気がする。

これならば…そう思い、サラが顔をあげると彼らは煙のように消えていて、代わりにと杖が祭壇に置かれていた。

祭壇にあるアルティナの杖を手に取り、自身の魔力を遠慮なく杖へ送る。


温かな力がサラと一緒に白んだ世界を包んでいく。


そしてようやく、現実世界の自分が瞼を開いたのだ。

足元にはオレンジ色の大きな魔法陣。杖先で白い両翼がこれでもかと大きく羽を広げていた。

青魔玉が燦然と輝くのを見たサラは、グッと杖を天に掲げる。

夢の中で出会った弟もどきの言葉を信じて、己の力を信じて。


「デア・ゲネシス」


サラが杖の名を呼んだ途端に、目がくらむほどの閃光が杖から発せられる。

まばゆい光の中、サラは懸命に杖を持ち上げ続ける。

すると広間全体を照らしていた光が魔物たちへと集まり、その大きな体に纏わりついた。

パロマだったものと、こと切れている3体の魔物の体が浮かび上がる。

魔物とパロマの体が徐々にボロボロと崩れていく。まるで煙突の煤を払い落すように。


「魔物の体が…」

「崩れていく…」


サラを除いた全員がその光景を見て固まっていた。

ボロボロと黒くまがまがしいものが落ち切った後、一つの黒い塊から見知った人物が現れる。

すうっと、緩やかに地表へ降りてくるパロマの体。

サラは杖を手にしたまま、横たわる彼女の元へと走る。


「パロマ!!」


飛行石を身につけた少女が空から舞い降りるかのような、体重を失った女子高生のようなパロマが床に横たわる。

シチュエーション的にはサラが抱き留めた方が良かったのだろうが、生憎と距離的に間に合わなかった。

誰よりも早く駆け寄ったサラがパロマに声をかけると、緩んだ口元から笑みが零れた。


「…へへ、やるじゃん…サラ…」

「パロマ…!!よか、よかった…!」


パロマとの再会に涙ぐむ中、何かがサラの鼻頭をかすめた。

ふと上を見やれば、他の3体の魔物の中から色とりどりの花弁が宙を舞っている。

多くの花弁が天に消えていくのを見て、ジュリアとワトーは一筋の涙を流していた。


「ああ、ああ…なんてこと…」

「かえれた…かえれたんですよ……」


そうか。エルフは死ぬときに花びらとなると聞いた。これが、そうだったのか。

ひらり、くるり。消えずに残った数枚の花弁がジュリアの周りで舞い踊り、蛍のような小さな光の粒を彼女に贈る。光が体内へ入る度に、ジュリアの症状が回復していくのが見て取れる。


「あり、がとう…」


嬉しそうに、でもどこか寂しそうに微笑んで涙を流すジュリアとそれを支えるワトー。

彼女から離れた花弁は泡のように消え、ジュリアは自身の胸元を押さえて静かに黙とうした。


サラが夢の中で願ったことは奇跡となって叶えられた。

ありがとう、と杖を握りしめれば夢の残り香が耳元で囁く。


『今できるのはここまで』


咄嗟に天井や周囲を見回したが、夢を捕まえる事は出来ない。

今できる限りの力を尽くしてくれた、という事だろうか。

それなら、もし杖が完全に力を取り戻せばエデンは…。サラの中で小さな希望の火が灯る。


そうこうしているうちに、この幻想的な光景も終幕らしい。

杖から織りなす奇跡が朝露のようにきらきらと小さくきらめいて、床に溜まった水鏡へと儚く消えていく。


「な、んだよコレェ…聞いてないって…チッ、また報告が増えたなァ…」


面白くなさそうに奇跡の幕引きまで鑑賞していたカスコーネは、ぼそりと呟いて歩き出す。

サラ達が入ってきた扉とは別の、もっと大きな扉の方へと進んでいく。

だがそう簡単に逃すわけにはいかない。ミネルヴァが扉へ先回りして剣を構えた。


「待てカスコーネ!」

「アハハ、待てないねェ。もう良い頃合いなんだからサ。名残惜しいけど今日はこれでおしまい。カーテンコールは受け付けないヨ」


言い終わるのが早いかあいまいな所で、カスコーネがお辞儀をしたついでにズボンの両ポケットを裏返して中身をばらまいた。カン、カランと散らばったビー玉のような魔具が床に当たった瞬間に白煙を吐く。

ゴホゴホとミネルヴァを含めサラ達がむせていると、煙立つ中でどこからか声が聞こえる。


「じゃあねライナちゃん、リナリアちゃん、それにジュリアちゃん。また遊ぼうねェ?チャオ~♪」

「カスコーネ!!!」

「待て!!クソッ!!」


ふざけた挨拶と共に扉が開かれる。

唯一の逃げ道ができたと云わんばかりに、広間に充満していた煙がヒュゴウッと一目散に薄らいでいく。

一気に開けた道の先には外の明かりが零れ落ちていた。

どうやらカスコーネが逃げた方向は、町の男たちが集まっていた正門に通じていたらしい。


「城下に逃がしてなるものか!!」


ミネルヴァとリナリアがはじき出されるように扉の向こうへかけていく。

まだ体調が万全でないジュリアとパロマをワトーに任せ、サラも二人の後に続いた。

大広間の開け放たれた扉を抜け、一直線の通路を走る。

カロラ国のものであろう双頭の鷹の紋章が施された、とてつもなく大きな鉄扉が口を開けていた。

やっと追いついたというのに、正門に立つミネルヴァ達はピクリとも動かない。

一体どうしたのかと彼女たちの視線の先へ目を向けると、そこには信じたくないものが広がっていた。


「なにが、どうなった…?」

「町が…」


しんと静まり返った町。血に染まった道と外壁。

あんなに大勢いた人々の代わりに町中でたたずむ魔物たち。その足元に散らばる剣や槍、斧などの様々な武器。

そして正門と城下を繋ぐ唯一の橋の真ん中、月明かりに照らされて幻想的な色を纏う長い髪の後姿。


「ヒュブリス!!!」


サラの声に反応して、紫の髪がスカートのように翻った。

闇夜に紛れ込むような漆黒のローブに身を包んだヒュブリスが不敵な笑みを浮かべ、こちらを見やる。


「おや。数日振りだね。サラさん」

「ヒュブリス…カロラの人たちに何したん?!」

「そうだ…貴様…私の…この国の民をどこへやった!!」


サラとミネルヴァの怒りに対してヒュブリスは肩をすくめ、とぼけた顔をする。


「どこへって…ここにいるじゃあないか」

「え…?」

「ほら、例えば…これがそうだよ。

この子たちに姿を変えてもらったのさ。だって…この国の人たちは戦がすきだものね?」

「なっ…?!」

「そんな…」


奴が嬉しそうに手にするのは血濡れの剣。

ヒュブリスが撫でるようにその刃へ手を当てると、剣から浮き出た小さな光球が手のひらに吸収されていく。

全てを吸い取られた剣はみるみるうちに錆びて、朽ち果てた。

パラパラと鉄くずがヒュブリスの手の内から落ちていく。


「まさ、か…ほんとうに、人を…剣にしたと…?」

「剣にした、という表現は少し違うかな?正確には刃…『武器』にしてあげたのさ。好きなものに成れたのだからうれしいよね?」

「え…じゃ、じゃあ…」


サラは息を呑む。

城に入った時に見た包丁やナイフ。妙に散乱していたけれど、野菜も一緒に転がっていたからすぐに結びつかなかった。あの部屋で野菜の皮むきだとかをしていた人たちが慌てて逃げた結果だと思っていた。


だが真実は違った。

包丁やナイフだって、刃がある。

『武器』に成りえる。


あれらは、人だったのだ。


「……すぐに戻せ。そしてこの国から立ち去り、二度とこの地を踏むな」

「残念ながらそれは出来ないね。この世界のすべてがワタシの糧にならないと、新しい世界は生み出せないよ?それは困るでしょう。だから手伝ってくれるよね?」


そう言い終わらぬうちにヒュブリスが手をつき出す。

ぐん、と影のような紫色の魔力の手がサラ達へ伸びた。それは一瞬の出来事。

心を覗かれるー…そう気づいたものの、一足遅かった。

ミネルヴァの胸に入り込もうとしていた手を見たリナリアが体を滑り込ませる。


「おや、違う人が入ってきちゃったね。ええと…リナリア・マツユキさん?」

「…うぐぅっ…!!」

「「リナリア!」」


主人であるミネルヴァを庇ったリナリアの背中から生えた手は、ヒュブリスに繋がっている。

ぐらりと倒れこんだリナリアの体をミネルヴァが支えた。

ミネルヴァが必死にリナリアに声をかけ続けるが、リナリアは瞳を閉じたまま息苦しそうに唸るだけ。

サラはこの手の恐ろしさを知っている。だからだろうか、妙に冷静さを取り戻していた。

早くこれをどうにかしないと、もしかするとリナリアは…兄のようになってしまうかもしれない。

背中の位置から見るに、心臓をつかまれているようだ。無理に引きはがそうとするのは危険だろうか?


「貴様…リナリアに何を…!」

「ああ、君はライナさん…いや、ミネルヴァさんと呼んだ方がいいのかな?君たちは随分と重たいものを背負っているのだねえ…。もっとよく見せて欲しいな?」

「…や、いや…あああっ!!」

「リナリアっ…、やめろ…やめてくれ。私を狙っていたのだろう?私にすればいい!」

「あかん、ミネルヴァ!それじゃミネルヴァが…「じゃあどうしろと言うんだ!?」


ギラギラと怒気を帯びた眼光を向けられてサラは怖気づいてしまう。

で、でも…と口ごもった言葉の続きをミネルヴァは無視してヒュブリスに牙をむく。


「許さん…国に、民に…リナリアにまで手を出すなど…。叩き斬ってくれる!!」


リナリアを横に寝かせたミネルヴァが剣に手をかけた。

凄まじい敵意を向けられているにもかかわらず、ヒュブリスは涼しい顔をしている。


「ああ、なるほどね。そこが君の弱いところだよ?ミネルヴァさん。

リナリアさんが絡むとすぐに激情してしまう。普段の君ならば、冷静さを保っていられるだろうに。

かわいそうなリナリアさん。君は、いつまでたっても守られる側みたいだね」

「……っ…!」

「リナリアっ!」


ヒュブリスの言葉にびくりと反応したリナリアが、苦しそうに身を縮める。

先ほどよりもヒュブリスの魔法の気配が強い。リナリアが精神的に弱いところを奴が見つけたとでもいうのか。

わたしは、わたしは、と自問自答を繰り返すリナリアを見たヒュブリスがにっこりと微笑む。


「ねえ…ミネルヴァさん。君は間違っているよ。過去の過ちをまた、繰り返したいのかな?」

「な、にを…」

「だってそうだろう?今回はワタシの話を聞かずに一方的に悪だと決めつけて、そのうえ斬ろうとしている。

冤罪だったらどうするつもりかな?」

「ちっ、ちがう…。お前は、何の罪もない民や我が国に悪行を…それに、リナリアに危害を加えている…!」

「ほら、見えるものだけで判断しているよ?ワタシはほんとうに『悪』なのかい?

君の愛するものすべてが『善』なのかな?

ヒトは自分に不都合なことがあれば、すぐに隠蔽したり黙認したりする狡猾で下品な生き物なのにね。

それに…騙されやすい君のせいで、リナリアさんは裏で体を張ることが多かったみたいだよ?

ねえ、リナリアさん?」


うろたえるミネルヴァを見て妖しく笑うヒュブリスが、前に突き出した手で握り拳を作る。

するとリナリアの心臓をつかむ魔力の手も連動して力を込めた。

自分の記憶を無遠慮に覗かれ、精神的にかなり参っているリナリアに追い打ちをかけるような所業。

胸元を押さえて身悶え、生理的な涙を流すリナリアの姿はとても悲痛で見ていられない。


「…う、ううっ…ちが、ちがう…。わたし、わたしは…そんなこと……いやあああっっ!!!」

「おっと、この記憶はまだ開けちゃダメだったんだね。ごめんね。きちんと蓋をしておいてあげるからね」

「あああ…や、いや…!!…たす、けて……」

「リナリア!リナリア!!…頼む、もう…もうやめてくれ!たのむから…」

「二人ともしっかりして!!」


もう見ていられなかった。

リナリアを助けないとミネルヴァもおかしくなってしまう。

この魔力の手さえなければ…そう思ったサラは、杖を手にしていた。


「…え?おまえ、なにして…っ!馬鹿、やめろ!!」


ミネルヴァの声を振り切り、サラは杖を思い切り突き立てた。

リナリアの背からのびた魔力の手を杖で地面に縫い付ける。この杖の両端は槍のように鋭利だ。

特に魔玉のある上方の端は下方に比べて5倍は長く鋭い作りをしている。

その部分だけ見ればナイフくらいの刃渡り。

それが魔力を媒介にしているとはいえ、自分の手で操るものに突き立てられたのだ。痛くないはずがない。


「くっ!!」


ヒュブリスが突き出していた左手をしまい込むと同時にリナリアの顔色が一気によくなる。

つう、と垂れる左手の甲の赤い血。どうやら魔力の手と本体の手は連動していたらしい。

今やなにも捕らえていない杖を引き抜き、サラは疲弊しているリナリアを庇うように前に立つ。


「なるほど…アルティナが…ワタシに牙をむくか…おもしろいね…」


ぶつぶつと独り言を並べるヒュブリスに対し、寒気と嫌悪感を抱きつつもサラは声を荒げる。


「新世界の神になりたいんかなんか知らんけどなあ!

いろんな国の人巻き込んで作り変えたって意味ないやろ!!はよみんな元に戻して!!」

「ハハハハ!君は何もわかっていないねえ、サラさん。ワタシが神になるのではないよ。

すべてはリィトス様のため。そしてその『贄』としてヒトは選ばれたのさ!」

「リィトス…さま?嘘や、伝説では封印されたはず…」

「リィトス様は我が身と共に。…ああ、そうですね。

傷も負ってしまいましたし、お食事にしましょうリィトス様。

たんとお召し上がりください」

「食事…?」


ヒュブリスの言っている大半が理解できずにいたサラの後ろで、リナリアとミネルヴァがガバリと立ち上がる。


「っ!」

「ダメだ、やめろ!!」


2人の制止を合図に散らばっていた剣や槍、斧などの武器がふわりと浮かび上がる。

両手を広げたヒュブリスの元へ強制的に吸い寄せられる蛍火には見覚えがあった。

武器にされた人の魔力が、集約されていく。町のあちこちが光に照らされる。

近くに落ちていた武器は朽ち果て、黒い塵となって風に舞う。

幻想的な拷問が終わると、ヒュブリスはこちらを向いて深々とお辞儀をする。


「ごちそうさまでした。残りはデザートでいただきますね」

「あ…」

「う、そだ…」

「そんな…」


見える範囲にあった武器は全て朽ちてしまった。

ミネルヴァは剣に添えていた手をだらりと落とし、町を静かに眺める。

リナリアは見ていられないと顔を背けていた。


集まった光を見てはっきりとした。あれは、魔力と一緒に生命力も食っている。

魔力を使い切ってもなお、魔法を行使したら生命力が代償に支払われるのと同じ原理だ。

人の生命力を魔力へ変換して武器に変え、魔力をゴッソリ奪い取っていたのだ。

では搾り取られた後に残った朽ちた黒い塵たちはどこへ消えてしまったのか。

今となっては考えたくもない。

一瞬にして命が屠られる現場に居合わせたサラ達は、ただただ砂煙巻く町を見続ける。


「また、会える日を楽しみに。さようなら」


ふふふ、と目を細めて妖艶に笑ったヒュブリスはそう言い残すと闇夜へ消え去ってしまった。

呆然と立ち尽くすミネルヴァ達を見て、町を闊歩する魔物たちがじわじわと差し迫ってくる。

ドスン、ズズン…と地面が揺れた振動で、リナリアがハッと我に返る。


「下がってください!」


リナリアの剣幕に圧されたサラは慌てて3歩ほど後退する。

グイッとミネルヴァの襟首をひっつかんで広間の方へ放り投げたリナリアの行動は、目にもとまらぬ速さだった。

橋の手前にあったレバーを引いて城と町を切り離し、正門を閉じた。

一先ず魔物から襲われる心配がなくなった状況下で、ミネルヴァは未だ放心していた。


「ライナ様!しっかりなさってください!ライナ様!」

「………」


リナリアはその場に座り込んでしまったミネルヴァの前に膝をつき、両肩をつかんで語り掛ける。

それでもミネルヴァは動かない。大広間での勇ましかった姿がウソのようだ。

だが、それも仕方あるまい。

なんせカロラ中の人が武器へと姿を変えられ、町にはおぞましい魔物が徘徊する光景を見た。

それだけにとどまらず、目の前で自国の人々が魔力を吸いつくされ、塵となったのだから。


ふと、焦点の合っていないミネルヴァの視線の先をたどった。

サラの杖を凝視していた。言わんとすることは分かる。だが、それはきっとできない。

1回だけ、と言われたのだから。


「…ごめん、多分もう…さっきみたいな奇跡は…」

「……」


希望を持たせてはいけないと思い、突き放した。

俯くミネルヴァの代わりに、リナリアが震える声でサラに応える。


「わかっています。そんな都合よく奇跡を起こされては女神もたまりませんよ。

ライナ様も…本当はご理解なさってますでしょう?」

「………」


あなたほどの人ならばどうすべきか、おわかりでしょう?とリナリアが続ける。

それでもミネルヴァは黙ったまま。

リナリアは涙で歪んだ黒曜石の瞳をミネルヴァに向け、大きく口を開く。


「こんな時だからこそ、貴女様がしっかりしなくては!!

ミネルヴァ・ライナ・カロラ・レアード第一王女殿下!!」

「………」


無言。リナリアにはもう耐えきれなかった。いや、むしろよくここまで耐えたものだ。

先ほど、あんなに心をえぐられるような仕打ちを受けたばかりだというのに。

いくら自分が傷つこうと、苦しかろうと、リナリアはミネルヴァのために動こうとする。

まだ会ったばかりの人だけれど、彼女の言動からその生き方をひしひしと感じる。

自己犠牲の極みだ。そんな姿勢を見たサラは、杭を打たれたかのように胸が痛んだ。


何も返してくれない主の胸に縋り付き、はらはらと静かに涙を流す。

ミネルヴァの服に深い皺が入り、消え入りそうな声でリナリアは胸の内を吐露する。


「お願いです…ライナさま…私に、命令を……。…………しないで…」

「……」

「……ううっ……っ、……」


声を殺して泣くリナリアの頭に優しく、赤ん坊を触るかのように手が置かれた。

女性にしては勇ましい手のぬくもりを感じたリナリアが、ハッと顔をあげる。


「…お前は、本当に泣き虫で、さみしがりやだなあ…リナリア」


困ったように笑むミネルヴァが、リナリアの頭を撫でつける。


「…ライナさまっ…!」


顔をしわくちゃにしたリナリアを、ミネルヴァは強く抱きとめる。

ミネルヴァはすまなかった、不安にさせたなとリナリアの嗚咽が止まるまで、頭を撫で続けた。

リナリアの方がミネルヴァの面倒を見ている風にパロマは言っていたが、実際はその逆だったらしい。

…というか、二人の世界感がすごい。もしやサラがいることを忘れているのだろうか?

何だかいけないものを見ているような気分である。


居てもたってもいられなくなったサラは、苦肉の策として下手な咳ばらいを一つ落とした。

それにいち早く反応したリナリアが、しゅばばばっとミネルヴァから離れて身なりも完璧に整える。

まるで何事もなかったかのように澄ましているリナリアの顔を見て、ミネルヴァとサラは笑いを堪える他なかった。

リナリアの第一印象である冷徹な巫女さんが、ちょっと可愛らしい不器用な人へとサラの中で昇格した瞬間でもあった。


「…さて、考えるとするか…。頭が痛くなる話題だが、仕方あるまい」


リナリアのおかげで立ち直ったミネルヴァは、重い腰を上げる。

立ち上がった時にサラと目が合ったミネルヴァは、待たせたと頬を掻いて笑ってごまかした。

自国の危機に面しているというのに、この人はサラを気遣うことができる。

ほんの数分の沈黙を経て、彼女は自分のするべきことが完全に見えているようだった。

精神的にも強い人だ。そう思うと同時に見習わないと、と思うサラであった。


2021/9.22 本文の誤字を修正しました。

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