2-5
こんな間延びしたミミズ画家が戦えるとは到底思えない。
みんなどうしてコイツが戦えると思ったんだ?!どう見たって奇人変人愉快痛快なギャグ要因だろうに。
「戦えるって~これでも魔法絵師だよ~?見たことない?」
「なにその画力凄そうな人を指してそうな単語…似合ってへんで?」
「るっさいなあ~!じゃあそこで見てなよ!」
むすっとしたパロマが絵筆とパレットを手に、ノロノロと動く魔物の正面に立つ。そして悠長にも絵の具をパレットに出し始め、ぐるぐると筆になじませていく。
ふんふふーんと鼻歌交じりに絵の具をかき回すパロマに気づいた魔物が、どんどん距離を詰めてくる。
「パロマ!!」
「だあいじょうぶだっての~」
《パレットバレットセット カラーオープン イエローテンタクルス》
眼前にまで迫った魔物の腕が真っ黄色の触手にからめとられ、後ろへ放り投げられる。
ドズンッ…と魔物は大広間の壁にめり込んでしまった。
「はえ…?」
「ほら、戦えるっしょ?」
と、自慢げに笑うパロマの周りには7色の絵の具が手のひらサイズの球体となって、ふよふよと浮かんでいた。
「パロマ、それなに?」
「ホンットに見たことないんだ?魔法絵師」
アホ毛すらハテナマークにしてこくりとうなずくサラを前に、パロマはハァ~と深くため息をつく。
至極面倒くさそうにだが、魔法絵師が何たるかと使える魔法について教えてくれる気になったようだ。
「魔法絵師ってのは文字通り、魔法を使って絵を描く人の事。
画材に魔力を込めて描いたり、魔法陣を先に描いて絵を動かしたりするんだ~」
「へえ~楽しそうな絵になりそうやな!あれ、でもなんでそれが戦いに繋がんの?」
「そんなんは歴史の先生にでも聞きなよ!とにかく、あたしの魔法簡単に説明するからよ~く聞いといてよ?
これはあたしの魔力込めてる絵の具。んで、色ごとに効果が違うんだけど、基本的には捕まえたりとか目つぶししたりとかのサポートしかできないから攻撃ヨロシク~」
「ナ、ナルホド…??」
全くピンと来ていないが、とりあえずサラが攻撃魔法を打っておけばいいらしい。
小首をかしげているサラの様子を見て、パロマはまた大きくため息をついた。
「もうさ~、仕組み分かんなくていいから、これだけ覚えといて~。あたしの絵の具は使ったら減るんだよね。ホラ、今は黄色が減ってるっしょ?」
「あ、ほんまや」
他の色に比べると黄色の球体は一回り小さくなっている。これが絵の具の残量なのだそうだ。
「これ無くなったら補充するけど、1色に付き1回分だけしか補充できないよ」
「じゃあ…球体自体は何回ぐらい…ってうわぁ!?」
「戦いながら見て数えて~!」
「んな無茶な!」
サラが初めてのペアに四苦八苦している中、ジュリアとワトーは息の合った戦闘スタイルで魔物を翻弄していた。
「行くわよ」
「いつでもどうぞ!」
ジュリアが右手の中指に着けているバラの飾りがある金の指輪を外すと、指輪はその姿を短い杖へと変える。
指揮者が持つタクトのような長さのそれは、エデンで言うところの杖の役割を担っているようだった。
白銀に輝く真っ直ぐなタクトを左手に持ち、ジュリアが詠唱する。
《翠玉の秘奥より来たれ昏緑の疾風 風の子を護れよ金緑の盾
ティターニアが癒し続ける光風 キュアブロウシェルター》
ジュリアのタクトの前にライトグリーンの小さな魔法陣が正三角形に浮かび上がる。
その陣から発せられた光がフォンッとワトーの体を包み込んだ。
魔法がかかったことを目視したワトーは、魔物の足を払って転ばせようとする。
しかし、それに気づいた魔物がワトーの頭上へ拳を振り下ろした。
ズズンッと地面が揺れる。
これには別の敵の相手をしていたサラ達も反射的に震源地へ顔を向けてしまった。
魔物がしたり顔で円形に地面を抉り取る威力の拳を持ち上げる。
そこには潰れたワトーの姿が…ない。
「おあいにく様っすね。お嬢様の守護魔法は、最強なんですよねェ」
がら、と床の破片を腕で払いのけたワトーはかすり傷ひとつなかった。
何だ、心配して損した。無駄にかっこつけたワトーを目撃してしまったとサラが鼻で笑った時だ。
ミネルヴァと交戦していた男が笑い出した。
「アハハハッ!なんだァ~、こーんな所にいたんだねェ…エルフのおひめサマ…♪」
「なっ?!」
ミネルヴァの前から瞬く間にジュリアの背後までカスコーネは近づいていた。
唐突に背中に張り付かれ顔を覗き込まれるジュリアは驚くことしかできない。
「ううーん、驚いた顔も良いねェ。でもその変化はジャマだから外そうか」
カスコーネが指をパチンと鳴らす。
「ゆ、指輪が!」
「あ、ああっ!」
「なんと…」
魔法が解けたお姫様の本当の姿が露わになる。
目に焼き付いて離れない美貌のエルフが現れたことに、ミネルヴァたちは全員動きを止めた。
ジュリアが身に着けていた変化の指輪が効力を失ったのだ。
どういうわけかカスコーネは呪文を一切唱えずに、魔具を破壊することが出来るらしい。
得体のしれない能力を持つ男だ。
しかもジュリアが背後を取られている以上、迂闊に近づく事は出来ない。
カスコーネが指示しているのか、魔物が行動停止していることだけが唯一の救いである。
「おやおやァ?あのライナちゃんまで言葉を失う美貌…フフフ、たまらないねェ!」
カスコーネは恍惚の表情を浮かべ、ジュリアの頬を撫でつける。
「さ、わらないで…」
「アア、美しいねェ…本当に美しい。そうだ美しいモノには名乗っておかなくちゃあネ。
オレはイレネオ・カスコーネ。美しいモノを集めるのが趣味なんだよねェ」
「触らないでと言っているでしょう?!」
無理やりにジュリアがカスコーネの拘束から逃れる。
二歩、三歩と後ずさるジュリアが睨む先にはニヤニヤと笑うカスコーネ。
一体何を考えているのか、全く読めない。
サラ達が下手に動けない状況と知っていてか、カスコーネは舞台に立った役者のように大げさに両手を広げてにっこりと笑う。
「そうだジュリアちゃん、俺からの贈り物は気に入ってくれたァ?」
「…贈り物?」
「クロユリだよォ!美しいまま悠久の時を生きるエルフが、クロユリの花を咲かせて命を散らす!俺からのステキな贈り物!
どう?気に入ってくれたかなァ?」
レニセロウスに原因不明の病を蔓延させたのはヒュブリスではなく、コイツだった。
ジュリアとワトーの顔が歪んだ。二人の表情を見て、カスコーネは嬉しそうに舌なめずりをする。
狂っている。哀しみや憎しみや怒りといった負の感情を向けられて、喜んでいるのだ。
コイツはいったい何者なのだろう?サラは今にも動き出しそうな自身の体をぐっと抑える。
ここで動いてはいけない。今動いて、さっきの二の舞になったらどうする。
考えろ、考えろ、考えろ。次は必ず、救うと決めたのだから。
「ま、さか…あなた…」
「あ、アンタ…がレニセロウスにあれをばらまいたんすか!?!?」
「五月蝿いなァ。汚い田舎者は黙れ」
カスコーネが持つ大きな銀のハサミがワトーめがけて飛んでいく。
間一髪のところで迫りくる刃を避けるも、ハサミが突如大きく開きワトーの体を挟んだ。
カスコーネが右の人差し指をクイと内側に曲げると同時に、ハサミが刃を合わせようとする。
それはつまり、挟まれたワトーの体の分断を指し示していた。
「ノア!!」
「ワトー!!」
「うっ、ぐぁっ…!!」
どさりとワトーの体が地面に叩きつけられる。
幸い、気を失っただけで五体満足であった。先ほどジュリアがかけた守護魔法がワトーを守ったのだ。
サラ達はほっと胸をなでおろす。
カスコーネは面白くなさそうにしていたが、まあ動かないからいいかと再びジュリアへ向き直る。
「ねェ、ジュリアちゃーん。俺のコレクションに入れてあげるよォ〜!ダイジョーブ、キミの仲間もここにいるしさァ」
「な、かまって…」
「え…?」
「この魔物、ファブロ達はねェ…ヒトをベースに~、サラマンダーと~、人狼と~、蛇の魔物と~、エルフちゃんを混ぜて作ったんだよねェ…」
自分の瞳孔が開くのがわかった。
この魔物が、人…?エルフを混ぜた…?
まさか、連れ去られた人たちはそんな残虐な人体実験に使われているとでもいうのか…?
じゃあ、兄と弟は…いったい…。
呆然とするサラと同じく、ジュリアもそばに立っている魔物を見上げていた。
髪がかかった横顔からは、よく表情が見えない。
「………」
「おーい、ジュリアちゃーん。あれ?もしかしてコワレちゃった?ウワァ、それはレアものだ!
さァ、ジュリアちゃん。その壊れても美しいお顔、俺に見せてくれないかなァ?」
今すぐコイツを嬲り殺しにしてやりたい。そんな激情がサラの中を駆け巡る。
人の命を弄んで、わざとジュリアの心を揺さぶって、挙句の果てには壊れた顔を見せて欲しい?
ふざけるな。沸騰したやかんがグラグラと音を立てるように、サラの両手も怒りに震えていた。
カスコーネはサラに背を向けた状態。ここからなら魔法を当てられる、そう思い杖を握りなおした時だった。
俯いていたジュリアがつぶやく。
「………な…」
「んん~?聞こえないなァ~?もっとハッキリ喋らないとねェ」
「触るなと言っているのよ、汚らわしいニンゲン!!」
顔をあげたジュリアは今まで聞いたことがないほどの声量でカスコーネを罵倒した。
人形のように整った顔が般若の面へと変わっていた。
怒りで魔力の制御すら出来ておらず、ジュリアの周りをかまいたちのごとく風が吹き荒れる。
その様子を見て尚、カスコーネは今まで以上に高笑いする。
「ふふ、アハハハハハハハハ!!!!!やっぱりだ!!本当に美しいよキミは!!ますます欲しくなった!!」
「喋るな下等生物が!!今すぐ死んで詫びなさい!!!」
凄まじい覇気を帯びたジュリアは自身の右手の親指の腹を歯で嚙み切る。
鮮やかな赤が垂れる指を持っていたタクトに塗り付けた。
するとタクトが赤黒く光を放ち、彼女の身長を超える大鎌へと姿を変えた。
真紅の鎌を携え、ジュリアはカスコーネに一歩ずつ近寄る。
それに合わせてカスコーネは後退しつつも、愉しそうに目を細めた。
「あーあ、ヒューちゃんに渡すのが惜しくなっちゃうねェ~」
「死ね」
その言葉を皮切りに、ジュリアとカスコーネが激しく刃を交える。
サラは冷静さを取り戻していた。自分よりも怒りが爆発して感情をむき出しにしている人がいるのだ。
周りが落ち着かなければ最悪、彼女の鎌に巻き込まれるだろう。
それを気絶したワトー以外の全員が理解した瞬間でもあった。
何より抜け目ないカスコーネはすべての魔物の行動停止を解いていた。
今まさに、サラの方へと魔物がゆっくりと近づいてきている。
ジュリアのことはとても気がかりだが、先にこの魔物をどうにかする必要がある。
「な、なあアレってどうなって…つーかヤバくない?!サッサと魔物どうにかしなくちゃあ死人が出るよ!」
「わかってる!!でも、コイツ詠唱しようとしたら近づいてくるし、魔法打たれへんっ…!」
図体に合わせて動きはかなりゆったりとしているのに、詠唱し始めた途端に拳を落としてくるのだ。
魔法の詠唱を封じてくる相手は、魔導師として厄介以外の何物でもない。
パロマの補助魔法で何とか攻撃を掻い潜ってはいるものの、もう絵の具の残量もかなり少ない様子。
ついに部屋の隅に追い詰められたサラ達と魔物の間にリナリアが白い袖を翻し、ひらりと舞い降りた。
「下がってください」
そう言いつつリナリアは的確に魔物の体へ矢を打ち込んでいく。
魔物に矢が当たるたびにバチバチと弓矢が放電する。矢に雷魔法を乗せて射っているのだろう。
痛がる魔物はずるずるとサラ達から引き下がった。
「リナリア!!」
「あなたに呼び捨てにされる筋合いはありませんが…。援護します」
「あ、そっか!私サラ!サラ・エトワール!サラでええで!」
「ではエトワールさん。アレの弱点は顔です。顔めがけて水魔法を的中させてください」
差し出した手がとられることは無く、リナリアは淡々とサラに魔物の弱点を教えてくれる。
少しアホ毛と共にしょんぼりしたサラだったが、今はそれどころではないと気持ちを何とか切り替える。
「水?で、でもさっき戦った時に水魔法打ったけどピンピンしてたで?!」
「1分以上当て続けましたか?」
「そこまで長くはやってないけど…」
あの時は中級の水魔法で数秒間、水の渦に巻き込んだだけだ。
本当に1分以上、水を顔に当て続けるだけであの大きな図体が倒れるのだろうか?
サラがどんな水魔法なら効果的だろうと唸っているのもお構いなしに、リナリアは話を進めてしまう。
「では始めてください。私がアレらの気を引いて1カ所にまとめますので」
「ええっ?!ちょ、まって!リナリア!」
あのあたりに誘導しますと言って、リナリアはジュリアとカスコーネが戦う場所と対角線上の広間の奥を指さした。
そしてサラの声を聞くはずもなく、颯爽と弓に矢をつがえて別の魔物の相手をしているミネルヴァの元へ走り去ってしまった。
「ど、どうしたらええん?!」
ずっと傍で聞いていたパロマにサラは慌てて問いかける。
「とにかく水魔法をぶちかましたらいいってことじゃん?どうせだから特大のヤツぶつけてやんなよ~」
「特大…そう、そうやな!いっちょかましてくるわ!!」
よし、と意気込んだサラはリナリアが魔物たちを指定の場所に近づいてくるのを待つ。
ミネルヴァと共にリナリアが一番遠くにいた個体を引き連れ、こちらに走ってくるのが見えた。
サラは、ぎゅっと杖を握りなおし、詠唱の準備に取り掛かる。
《静謐たる水明の八雲よ
かの地にひと時の驟雨を憤怒のごとく降らせたまえ》
詠唱しながらリナリアの行動も見るのは容易ではなかった。
魔物3体のうち2体はうまくリナリアとミネルヴァの挑発に乗ってきていたが、最後の1体がなかなかやってこない。
このままでは間に合わない。
場所の範囲魔法にしてしまったから、今から対象を選ぶ水魔法へシフトすることは不可能。
出来ても魔法が当たる範囲を広げるくらいしかできない。
だめだ、詠唱しながら考えるなんて離れ技できない!
せめて詠唱だけに集中しないと、魔法が不完全のまま暴発してしまう。それだけはしちゃいけない。
その時、ちらりと見えてしまった。
壁際で倒れているワトーを狙って魔物が手を振り下ろそうとしているのが。
はやく魔法を放たなければ、と焦ったサラは呪文の一つをすっ飛ばしたのに気づかなかった。
《コンディショナル・ヘビーレイン》
杖がぐらぐらと揺れ、大砲のように水の魔法玉が連続して天井へ放たれる。
「あっ!!」
杖の挙動から魔法が暴発したことに気づき、サラが皆に知らせようとするより早くそれは発動した。
ザパアアアアアッ!!!
ドドドドド…と大広間に落ちる滝のような大雨が1分以上降り注ぐ。
リナリアとミネルヴァは想定外の雨に目を丸くしていたが、持ち前の反射神経で何とか雨脚から逃げ切っていた。
前すら見えない程に激しく降り続いた雨は、大広間の床を水鏡にして消え去った。
ぴちゃ、と最後の一滴が落ちた後に残っていたのは地に伏した3体の魔物。
魔物がすべて完全に行動を停止していた。
「やった…!全部倒した…!!」
「やるじゃんポニテ姉ちゃん!」
「………く」
サラがパロマとハイタッチして喜ぶ中、ずぶぬれの男が何かつぶやいた。
「あれ?なんかあの人変じゃね?」
「へ?」
パロマが指さす方向にいたのはギリギリ魔法の範囲に入ってしまったらしい濡れネズミの男の姿。
しまった、運悪く範囲に入ってしまったのか。ワトーとジュリアは…良かった、たいして濡れていない。
サラがジュリアたちを気にかけていると、カスコーネがかんしゃくを起こした子供のように地団太を踏み始める。
「最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪さいあくさいあくさいあく!!!」
やばい。
まさか、リナリアが範囲を指定していたのもこれが理由だったのだろうか?
ギギギ、と錆びついた首を回して向こう側の壁に寄りかかるリナリアと目を合わせた。
リナリアは頭を抱え、隣にいたミネルヴァは深くため息をついている。
これはもしかしなくともやらかしてしまったのか?!
サラはダラダラと冷や汗をかいて怒りに震えるカスコーネへと目を移す。
「せっかくお人形が手に入りそうだったのに気分台無しヘアセット台無し服はずぶぬれおろしたての靴もダメ香水の匂いは失せた何もかも全部、全部、全部、全部!!
…オマエ、ゆるさないから」
ジャキン、とハサミを鳴らしてカスコーネがサラを親の仇でも見るかのように睨みつける。
んな滅茶苦茶な!たかが雨に濡れたくらいで、殺される筋合いはない。
「あ、えっ…と…ふく、は乾かしたらええんちゃう…かな…?」
じりじりとにじり寄ってくるカスコーネを警戒して、サラは距離を取る。
近くにいたパロマからも離れておかないと巻き込みかねない。
次に逃げる道を考えつつ、もう怒らせまいと引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
「いいこと教えてやるよ。…ファブロはねェ…作れるんだァ…♪」
ニタリと嗤うカスコーネが袖口から何かを掌に落とした。
サラからは見えないそれを見たミネルヴァが目を見開く。
「っ!まずい!逃げろ!!」
「もう遅い!!」
「あ」
鼻先が触れそうな距離まで迫ったカスコーネの顔。
ドンッと横腹に強い衝撃が走り、右後ろへ体が吹き飛ばされる。
痛みで上体を起こすと、すぐそばにうずくまるパロマの姿があった。
「うぐぅっ!!あああっ!」
「パロマ!!!」
パロマの背中は真っ赤に染まっていた。
サラが慌てて駆け寄り、苦悶の表情を浮かべるパロマの頭を太ももの上に乗せる。
「パロマ!パロマ!しっかりして!!」
「庇ったァ?このクソ女を~?ばっかだねェ~!!ソイツ、あと数分でファブロになるよ!!」
「そ、んな…パロマ!!パロマ!!あかんよ、なんで…庇ったりなんか…!!」
パロマの傷口をよく見るとガラス玉が体内に入り込んでいる。
ファブロになる、という事はこのガラス玉は魔物を呼んだ時の魔具で間違いない。
早く取り出さなくてはと痛々しい傷口に触れようとするも、ガラス玉自体が魔法陣を張ってしまっていて、とてもじゃないが触れない。
パロマの体中に見たこともない魔法陣が次々と展開されていく。
ダメ、駄目、魔物になんかさせてたまるか…!
せめて回復魔法が使えたらよかったのに…!相性が良くないからって、今までまともに練習してこなかった。
いけない、こんな時にできないことを嘆いたって意味がない。とにかく、意識を呼び戻さなくては。
必死にパロマに声をかけ続けるサラを見て、カスコーネは腹を抱えて嗤う。
「アハハハハハハハ!!!いい気味!!!もっと絶望しろ!もっと泣け!!わめけ!!!ハハハハハッッ!!」
「私が相手だ、この腐れ野郎がっ!!」
ミネルヴァの鋭い剣さばきがカスコーネの腕をかすめる。
「さすがだねェ~…ライナちゃん」
「その名で呼ぶな」
「ハハハッ!まーだアレ引きずってるんだァ?かわいそうなライナちゃん…♪」
「黙れ。裏切り者めが」
「フフン、いいよ。相手してあげるさ。その間にあのヘンテコ娘は魔物になるけどねェ!!」
「ほざけゴミムシがあああっ!!」
ミネルヴァがカスコーネの相手を買って出てくれたおかげで、サラはパロマの容体に集中することができた。
カスコーネと会話している時はかなり怒っている風に見えたが、戦いとなるととてつもなく冷静だ。
全員の位置も把握していて、サラ達から遠ざかるように足を運んでいる。
サラが引き続き苦しみパロマに声をかけていると、やっと目を覚ましたらしいワトーが、傷だらけのジュリアを抱えてこちらに向かってきていた。
「パロマ!パロマ…お願いやから…こたえて…」
「…こりゃまた…ひっどい有様っすね…」
「ワトー、ジュリア!二人とも大丈夫なん?!」
「私は平気っす…姫様は…まあ、私が何とかしますよ…。それより、うどん娘の呪具を何とかしないと…」
「呪具?!魔法ちゃうん?!」
ワトー曰く、呪具とはマーファクトで作り出された負のエネルギーを媒介とする魔具のことで、使用すれば身体に影響を及ぼす危険な物らしい。
その効果は様々だが、一番危険なのは呪具を体内に取り込むこと。
呪具の影響をもろに受けるため、取り出すのは困難を極める。
もし無理やりに呪具を取れば最悪、死に至るとか。
それを聞いてサラはパロマの手を強く、強く握りしめた。
3人集まってもどうすることもできず、ただ刻一刻と時間が過ぎていく。
パロマの息が荒くなっていく中、凛とした声がサラ達の耳に届いた。
「エトワールさん、彼女から離れてください」
冷たい氷のようなまなざしを向けるリナリアが、サラの目の前に立っていた。
「え…?リナリア?離れるって…なんで?」
「いいから離れてください。危険です」
「危険って…そんなことない!絶対助けるもん!!」
パロマの手を握って首を振るサラを見て、リナリアの眉が僅かに動く。
再度リナリアがサラへ忠告しようと口を開きかけた、その時。
「ぽにて…」
「パロマ?!」
パロマが目を覚ましたのだ。そして自らの左手を握るサラへ右手を伸ばし、にかっと笑って見せる。
「…がんばって…みせてよ…」
する、とサラの手からパロマの手が零れ落ちる。
その瞬間、アアアアアアッ!!と身が引き裂かれるような悲鳴が大広間に響いた。
幾重にも重なる赤い魔法陣がパロマの体を持ち上げ、黒い光の中でその形を大きく変えていく。
バキ、バキ、バキン。
グググググと魔法陣と光は大きく広がり、サラの足元に麦わら帽子がパサリと落ちてきた。
「パ、ロマ…?」
サラの目の前に現れた魔物は一度だけ首を振ったあと、けたたましい咆哮を轟かせた。




