2-4
城に向かう道中、サラが宿の窓辺で見た男たちの声が町中に響いていた。
人目を避けつつ裏通りを進むパロマにサラは問いかける。
「パロマ!あの人らもお城に行くん?」
「ちっがうよ!あのおっさん達は町の自警団!女子供を非難させて、町を守るのが仕事~!今は城に侵入者がいるっぽいから、町に入らないように正門前で構えてるだけっしょ」
通りを挟んだ向こう側の景色を走りながら横目で見やると、確かにパロマの言う通りだった。
飛翔亭で酒を水のように飲んでいた大男たちが女性や子供たち、お年寄りを先導している。
だんだん近くなってきた正門前では、武装した男たちが城を正面に槍を構えていた。
町の人々はみんな一様に城を警戒しており、城の中に敵がいることを確信しているようだった。
何故そう確信できるのだろうと小首をかしげていると、ワトーがサラの疑問を代弁してくれた。
「ちょい待ち!なんで城に侵入者がいるって断定できるんすか?」
「だあって、あの火の色はウルの結界の色だし。城に何かが侵入した警告みたいなもんだよ~!」
「ウル?」
「火の精霊の俗称よ。成程、カロラは数多くの戦を通して民が自衛をする流れができていたってことね。そうなれば、侵入者は間違いなく…」
「ヒュブリス…!」
「気合い入れて行くっすよ!!」
「え、なに?お宅ら、侵入者知ってるワケ?!」
「話したら長くなるから簡単に言うと、史上最悪ななすび色の魔法使いがカロラにおるかもしれん!」
「なすび?マジで~?あたし、なすび嫌いなんだよね~」
水臭くって嫌い~と唇を尖らせたパロマは、正門が見える数十メートル手前の古い民家の庭先に入り込む。
ジュリアがあからさまに足を踏み入れたくなさそうにしていたが、そんなことはお構いなしにパロマは雑草の無法地帯をかき分けて進んでいく。
元々はトウモロコシでも育てていたのだろうか?サラよりも遥かに背の高い草の先に隠れていたのは大きな丸井戸だ。
「よし、ここ降りるよ~!」
「こ、ここを通るの…?」
虫と草に覆われた畑という立地、全体的に苔むしていて少し泥の臭いが鼻につく底の見えない井戸。
極めつけは今にも切れそうなギシギシの縄である。
これらを順繰りに見たジュリアは眉山を剣山のようにとがらせ、両手で鼻周りを覆う。
お姫さまにはかなりきついだろうが、ここは我慢してもらうしかない。
「お嬢様、あとで綺麗にしてあげますから。なあに、息を止めておけばどうってことないっすよ」
「そうそう。ここ降りたら一直線だし、入口だけ汚いけど中は掃除してあるから大丈夫っしょ~」
「そんなら余裕で行けるやん!牧場の肥溜めの方が匂いすごいし、こんなん無臭!無臭!」
「そ、そうね…急ぎ、ましょう…」
肥溜めに比べればマシと言った途端にジュリアがサラから距離を取った気がしたが、足元に虫でもいたのだろうか?これだから温室育ちのお姫様は困る。
まず初めにパロマが降り方の手本として井戸の淵に足をかける。
中央に垂れさがる縄をしっかりと握って、両足を軽く交差させて滑り落ちていく。
程なくして井戸底でランタンを持ったパロマが顔を出して手で合図してきた。それを見てジュリアが体をこわばらせたので、仕方なくサラが先に下へ降りる。
井戸の底で待ち構えていたパロマがうえ~いと言って手を出したので、そのノリに乗じてハイタッチした。
ハイタッチは良いものだ。特に何もしていなくとも何か偉業を成し遂げたような気分を味わえる。
どうやら次はジュリアが降りているらしい。どれだけ悲鳴を上げて降りてくるのだろうとワクワクしながら見上げていたのに、実際は縄を使わず風魔法で優雅に着地してきたものだからガッカリである。
汚れどころか衣服の乱れすら何ひとつとしてないジュリアが井戸底から横につながる地下道を見て、安堵の息を漏らす。
「あら、地下はこんなに整備されているのね。この次はモグラのようなあなぐらを進まないといけないのでは、と内心ひやひやしていたの」
「最初に見つけたときは完全にあなぐらだったけどね~。今はあたしが歩きやすいように改造してるトコ」
「城に忍び込んで絵を描くためだけにここまでしますかねェ、普通」
「るっさいなあ~!ホラ、早く行くよ~!」
軽々と最後に降りてきたワトーを加えて、サラ達は再び走り出す。
直線の地下道を進む途中、少し幅の広い他の通路と合流した。もしかしたら戦争続きだったカロラの地下は、緊急避難用の通路が張り巡らされているのかもしれない。
そんなことを考えつつ、宿から出て懸命に走ること数分。
サラが思っていたよりも早く城へと通じる扉に辿り着いた。
鉄格子の扉を開け、人一人分ほどの幅の石階段を上ると何故か突然現れる本棚。
パロマは慣れた手つきで本棚の上から3段目、赤い背表紙の分厚い本を奥に押し込む。
すると本棚が右へとスライドし、道が開いた。
どういう仕組みで動いているかはサッパリ分からないが、カロラ城の仕掛けカッコイイ!とサラは目を輝かせる。
城の食料貯蔵庫に繋がっていたそこに人の影はない。しかし散乱する野菜袋やペディナイフ、包丁を見れば誰かがここで何かの作業をしていた形跡は見て取れる。
「不思議ね、炎に包まれているというのに全く熱くないし、煙すら立ち上っていないわ」
「それがウルの結界だからね~。でもおかしいな…ここだけ精霊がいないなんて」
「いつもやったら居てるん?」
「うーん…あたしの経験上だけど、各部屋に2、3人は必ずいたかな~」
「まるでここから入ってくださいって言ってるようなモンっすよねコレ」
「…何か、妙ね…」
「ここで立ち止まっててもしゃあないやん!とにかく他に人が残ってないか見て…「きゃあああっ!!!」
突如、女性の叫び声がサラの台詞を切り裂いた。
「今の声っ!」
「こっち!ここから1階の廊下に出れる!」
パロマの誘導でサラ達は食糧庫から1階の廊下へと躍り出る。
そこに待ち構えていたのは、全長2mはあるだろう二足歩行の魔物。
トカゲのような皮膚が全身を覆っているのに手足は異様に長く、オオカミのような鋭い爪が黒紫色にぎらついている。背中はキャンプファイヤーでも開催しているかの如く大きな炎が燃え続けており、その炎の中心には数多の長剣が墓標のように刺さっていた。
「な、に…あれ…」
「魔物…?」
見たこともない異質な魔物の姿を見て動揺していると、その魔物がゆらりとこちらを向いた。
「ひっ」
「あ…」
焼け爛れた顔の中でぎょろりと動き回るカメレオンのように突き出した眼球が7個。
白濁した白身のような白目の真ん中に浮かぶ薄緑色の瞳孔はずっと宙を見つめている。
口元は耳まで裂けたように広がっており、おぞましく整った真っ白な歯が列を成していた。
サラと同じ、人の歯を持っているだけでこんなに気味が悪く感じるものだろうか。
嫌悪感と恐怖しか抱くことのできないバケモノは、全くサラ達なんて見ていない。興味がないようだ。
それなのに、目が合った訳でもないのに、体が動かない。
首どころか目も動かせない。蛇に睨まれたカエルのような感覚を何とか払いのけ、サラはバケモノの手元へと視線を移す。
するとそこには奴の手の内で暴れているメイドの姿があった。
メイドはひどく取り乱しており、泣き叫んではもがくを繰り返していた。
はやく、早く助けなければ。その為に来たんだろう。
困っている人を助けるんだ。絶対、一人でも多くの人を助ける。自分の力で。
そう強く心の中で叫びながらサラは下唇を噛み、自身の震える両手に力を籠める。
「わ、私…私が助ける!」
「ちょ、サラ!迂闊に近づいたら危険っすよ!」
ワトーの制止を振り切り、サラは飛び出した。
杖を収納したカードをローブのポケットに常に用意しておいて本当に良かった。
カードから杖を出し、魔物と一直線の位置を陣取る。この距離ならば魔法の射程圏内。
初級魔法を使った時は何の問題もなかったんだ。きっと中級魔法も制御できる。
いや、確実に当てなければいけないのだ。あんなバケモノ、中級以上の魔法でないと倒せないだろう。
やるしかない。選択肢がないのだから。
自分で言いだしたことなのだ、絶対に救い出してみせる。
「大丈夫…最大火力なら自信ある!!」
両手でグッと杖を握りしめ、魔物へと剥ける。
サラが明らかな戦闘態勢を取っているにもかかわらず、魔物は悲鳴を上げるメイドしか見ていない。
舐められているのか?腹立たしいが、余裕ぶっている今がチャンスだ。
サラは魔物の背中の炎をちらりと見る。部分的に見れば、エデンの森の魔物討伐依頼でもいたタイプだ。
炎を纏った魔物というのは、水をあてれば動けなくなる。
《静寂なる清廉の水よ 彼の者に蒼海の戒めを与えたまえ》
サラの詠唱に合わせて杖が呼応し、足元にオレンジ色の魔法陣が展開される。
《ワーンスプラッシュ》
魔法名を言った瞬間。中央の青い魔玉が星のように煌き、魔玉の左右から真白な翼が広がった。
すると魔物の頭上からドドォッと竜巻のように水が渦巻いて、奴の背中の炎をあっという間に鎮火させる。
上手くいった!よかった!この杖なら中級魔法も制御できる!
やっと自分の魔力と波長の合う杖に出会えたことにサラは感動を隠せない。
喜びをかみしめ、改めて魔物の様子を窺う。そしてハッとした。
魔物の手に捕らわれているメイドも唐突に呑み込んできた水流に身もだえている。
しまった。魔物の事ばかり考えていて、肝心のメイドさんの事をすっかり忘れていた。
…い、いや、でも大丈夫なはず。たった数秒のことだし、炎を得意とする魔物からすれば水は天敵。
魔物が動かなくなってしまえばこっちのもん。すぐに救出しに行こう。
妙な汗が背中を伝うのがわかる。何を焦る必要がある。大丈夫、魔法が切れてからすぐに行けば問題ない。
「よ、よし!お姉さん今から助けに……え?」
魔法を発動し終えて翼が消えた杖を手にサラはメイドを助けようと足を踏み出そうとした。
完全に背中の炎は勢いを失っていたし、魔物も四つん這いになっている。
沈黙したと勘違いするには十分過ぎた。
グアアアアアッ!!
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が周囲にとどろく。
一番バケモノに近かったサラは思わず杖を落とし、両耳を必死に守る。
パリン、パリンッと廊下を彩っていた花瓶が振動に耐えきれず割れていく。
魔物はピンピンしていた。それどころか、サラの不用意な攻撃魔法のせいで刺激してしまったのだ。
背中の炎が紅蓮に燃え上がる。魔物じゃなくても誰だって急に頭から水をかけられれば怒るもの。
ではその怒りはどこに向く?
「ひっ、…い、…や…いやああっ…!!」
金切り声をあげて身もだえるメイドだった。
彼女をまじまじと至近距離で見つめた魔物は、左腕でとらえていたメイドの肩口へ長い爪をフックのように引っ掛けて宙づりにする。
「た、すけ…て…!」
極限状態で絶望の涙を流すメイドが必死にサラ達へ手を伸ばし、もがく。
魔物はわざとサラ達に見せつけて愉しんでいるようだった。
蛇のような長い舌を彼女の体に這わせ、恐怖の色に染まる声を聞いてはギエギエと気持ちの悪い声を出す。
「…っ、まっ、て、いま助ける、からっ…!」
サラが何とか絞り出した声と共に杖を拾い上げると、魔物はニタリと口角を上げた。
トス、とメイドの腹から爪が飛び出した。
「い、あああっ!!」
メイドが叫ぶたびに、痛みで体をよじるたびに、魔物が彼女の背中を長い爪で貫いていく。
ブチ、ブチ、と肉を破る音が凍てついた空気の廊下に響いた。
バケモノが爪で刺すと、彼女の体がキーホルダーのようにぶらんと揺れる。
左右に揺れるごとに赤いシミが絨毯にまだら模様を作った。
刺すことに飽きたのか、次は体の臓物を引きずり出されていく。
体を赤黒く染めた彼女は虫の息で一筋の涙を流し、か細い声で救いを求めていた。
「………て…」
それに応える事は出来ない。
サラはもちろん、ジュリアもワトーもパロマも、ただただこの惨たらしく吐き気を催すショーに付き合わされる他ないのだ。目を逸らしたい、逸らしたいのに体が言う事を聞かない。
そして、サラ達が動けないのをいいことに、魔物はフウッと炎の息を吹きかけた。
「ああっ…あ……!!」
メラメラと燃える彼女の体。もう声にすらならない悲鳴が、その苦しみを物語っていた。
頭の先まで火に包まれ動かなくなったそれを、魔物は長い舌で巻き込んで口内に放り込む。
少し口の中で転がし、ゴリゴリ、バリボキ、とひどい音を立てて咀嚼する。
最後にこれは食べられないと吐き出されたのは、小型ナイフ。
護身用に身に着けていたのだろうか、たった1本のナイフだけが廊下に転がったのを見て、サラは両膝から崩れ落ちる。
「う、そ…」
救えなかった。
困っている人がいるかもしれないと、私は救うと、ジュリアに大口叩いておきながら、救えなかった。
涙を拭くことも、開いたままの口から漏れる唾液をぬぐうこともできず、サラはただひたすらに天を仰いでぶつぶつと謝罪を繰り返す。
自分が早まったからだ。軽率な行動だった。ワトーの制止を聞き入れておけばよかった。
こんなに残忍で危険な魔物とは思いもしなかった。
違う、それはいいわけだ。
自分は結局、エデンでの教えを笠に着て自分の力を証明したかっただけなんだ。
困っている人を助けるのは当然のことと言いながら、自分で考えて行動するんだと言いながら、自分の力を認めて欲しかっただけなんだ。自分は役に立つんだと、信じて欲しかった。必要とされたかっただけなんだ。
兄が居なくても、弟が居なくても、私は誰かを守れる強い存在なのだと。
エデンを、みんなを、救うに値する。価値のある存在なのだと、認められたかったんだ。
魔法を制御出来てうれしかった。初めて自分の想う通りに魔法が使えたから。
今までは魔法が使えても、どこか不完全燃焼で、もやもやとした何かが体の奥底でくすぶっていた。
その感覚もなく、すっきりと目覚めた爽やかな朝のように魔法が使えた。
そのことを喜んだんだ。
あの場で。
彼女が、苦しんでいたというのに。
あの時、彼女の身の安全なんて何一つ考えちゃいなかった。
魔物を倒すか気絶させてから、助ければいいなどと、簡単に考えていたのだから。
なんて浅はかで、愚かで、間抜けなのだろう。
本当に、自分勝手にもほどがある。こんな私のせいで、名前も知らない彼女は命を落としたんだ。
「サラ!!」
グイ、と体が引っ張られる。
涙と鼻水にまみれたサラを引き寄せたのはワトーだった。
ワトーの目線の先には、アイツ。あのバケモノはサラを見ていた。ひゅっ、と息苦しくなる。
息が荒くなり、うまく呼吸ができない。その様子に気づいたワトーがサラの両眼を手で覆い隠した。
そして耳元で小さく『だいじょうぶ、ゆっくり』と繰り返し囁き、背中を一定のリズムで撫でる。
両目を塞がれているので何が起こっているかはわからないが、数秒の沈黙状態が続いたのち、ズズンと大きな音が聞こえた。それを合図にワトーが視界の拘束を解いてくれた。
恐る恐る瞼を開くも、そこにバケモノの姿はない。どこかへ消えてしまったようだ。
「はっ、はっ、はぁーっ…」
「サラ、立てるっすか?」
バケモノの恐怖から解放された反動から、サラは今までうまく取り込めていなかった酸素を肺に送る。
ワトーが後ろから腰を支えてくれ、サラは何とか平静を取り戻すことができた。
「う、ん…ごめん…」
「なに謝ってんすか、ちがうでしょ」
「ごめん、なさい…私が、私が…」
「死なせたって?」
「…っ!」
死なせた。そう露骨に言葉にされると心に突き刺さる。
サラが苦い顔をしていると、ワトーは少し目を伏せてうーんと唸った。
「まァ…やり方はまずかったっすけどね。どっちにしろあの人は助からなかったっすよ」
「ちゃうよっ…だって、ぜったい、私が余計なことしたから…!」
「サラ!あなた…大丈夫…?」
「ジュリア…」
まだ足元に力が入らないサラを心配してジュリアとパロマが駆け寄ってきた。
サラはジュリアの不安げな顔を見て、俯いてしまう。
合わせる顔がない。こんなみじめな姿を見て欲しかったわけじゃないのに。
何と言われるだろう?無茶をするからと怒るだろうか、軽率な行動に呆れただろうか…。
サラは降りかかるだろう言葉の棘に怯え、身を固くする。
だが、サラの頬に触れたのは温かい掌だった。
「良かったわ、怪我がなくて」
目を細め、ふわりと女神のように微笑むジュリアの手がサラの両頬を包む。
どうして、この人はこんなに優しいのだろう。
サラの目に涙が溜まる。また泣くのか。もう泣かないと決めたのに、本当に、弱い。
「ぶじ、ちゃうよ…あのお姉さんが…私っ…!助けられへんかった…!!」
杖を握りしめ、サラは自分の行いを悔いる。
身体を震わせて鼻水をすするサラの頭をパロマがわしゃわしゃとかき乱した。
「終わったこと言ったってムダムダ。そもそも、あの状況で唯一動けたのお宅だけだったし~」
「そうよサラ。あなたはとても勇敢だったわ…たとえそれが、どんな結果であろうとも」
「私、そんなすごないんよ…ほんまに…自分の事ばっか考えて…あの人の事全然考えれてなかった…!」
「じゃあ次からそうしよ」
「え…?」
「今回のは~…言い方悪いケド仕方なかったし。次から考えたらいいっしょ」
「で、でも」
「ポニテの姉ちゃんに限ったことじゃあないけどさあ~…死んだら終わりなんだよ?
生きてんだからさ、また頑張ればいーじゃん」
「……」
死にかけた経験のあるパロマが言うと、重みが違った。
つらい過去を背負っているというのに、それが今はどうだ?
こんなにも高らかに笑い飛ばして、次だ次ともう前を向いている。
そうだ。パロマの言っていることはレイばあちゃんの言っていたことに似ている。
『失敗は成功のもと』なのだ。
この経験を決して忘れることは無い。忘れてはいけない。反省して、活かして、次こそは必ず…。
「…うん。私、がんばる」
サラは涙をぬぐい、ワトーの支えなしで歩けるようになった。
まだ心の地盤は柔らかいところだらけだが、自身の足元ぐらいは固まってきた。
魔物に警戒しながら廊下を進んでいくと、奥の広間から打ち合いの音と人の声が聞こえる。
「大広間に誰かいる…!」
「戦っているみたいね…サラ、行ける?」
「行く。次は…間違えへんから」
「よし、行くっすよ!」
それぞれ戦闘態勢を取り、大広間の扉を開いた。
パロマが大広間と呼んでいた空間は本当にだだっ広く、サラの家が10戸以上は入りそうな広さだった。
ダンスフロアでもあるのか、つるつると滑らかな石が床一面に敷かれ、天井は豪奢な金のシャンデリアが並んでいた。
その中央、王家の者と思われる紋章が刻まれた床の上で、ミネルヴァとリナリアが一人の男と戦っていた。
ミネルヴァとリナリアは昼間にあった服装とは打って変わって目立つ格好をしていた。
あれが本来の彼女たちの正装なのだろう。
赤い服に身を包んだミネルヴァは双剣を手に颯のごとく切り込み続け、男の首を狙う。
リナリアは少し後ろから弓を構え、巫女服の背にある矢筒から矢を取り出して狙いを定めていた。
その狙われている男はというと、チャラチャラと装飾品を揺らして舞い踊るかのように二人の攻撃を避けている。
3人の気迫に圧倒され、サラ達はどのタイミングで加勢していいものかと足踏みする。
その時、凄まじい身体能力を見せていたミネルヴァが部屋の入り口で固まっているサラ達の存在に気づいた。
「っ?!立ち去れ!危険だ!」
「アレェ?おもちゃが増えたなァ~。それなら、お出迎えしてあげようネ」
《ファブロ》
ミネルヴァが必死の形相で声を張り上げるも、時すでに遅し。
ミネルヴァの剣に対して大きな銀のハサミで応戦していた男がポケットからガラス玉を床に投げつけた。
3つのガラス玉が床にあたって砕けると、中から赤い液体が飛び散り魔法陣を形成する。
大広間に展開された魔法陣はぐるぐると回転するたびに大きく広がり、その陣の中央から黒紫色の爪をもつ長い手がぬるりと這い出た。
ずぶずぶと魔法陣からその全貌を表したのは、サラ達が先ほど対峙したバケモノ。それも3体同時に出現した。
こいつを城に引き入れたのは、この男だったのだ。
急に敵の数が増えたことにより、ミネルヴァとリナリアは一時的にサラ達の元まで引き下がる。
「っ、ライナ様これでは数が…!」
「…致し方あるまい。お前たち、多少は戦えるな?!」
「はい!」
「もちろん!」
「あの魔物を町に出すわけにはいかない!頼んだぞ!」
「承りましたわ」
サラ達の返事を聞いたミネルヴァとリナリアは目配せをした後、互いに首を縦に振る。
ミネルヴァが魔物の相手を頼むとサラ達へ言い残し、ニヒルに笑う男の元へ突っ込んでいった。
「私は中央の魔物の討伐に向かいます。もし何かあれば呼んでください。援護します」
「サラ!あなたはパロマさんと右の魔物を相手してちょうだい!私たちは左の魔物の方へ行くわ!」
「え?!わ、わかった!」
リナリアは中央、ジュリアとワトーは左に出現した魔物の元へと矢継ぎ早に走って行ってしまった。
取り残されたサラの肩にポン、と置かれる絵の具臭い手。
「んじゃ行くかあ~」
「待って!パロマって戦えんの?!?!」




