剣の価値
レンガの壁に囲われた土のグラウンド。修練場と名のついたその場所の中央に、手持ち無沙汰な様子の茶髪の男が一人。呼びつけた相手を探すように周囲を見るも、他の人間の姿はない。軽く嘆息し、少しでも今の時間を有意義なものにしようと、人から教わった体術の型を練習していく。
しばらくして、壁際の方から物音が聞こえた。見れば武器を入れてある樽から、赤髪の男が得物を取り出している。その男が、まっすぐこちらへ向かってきた。
「来たか、フレデリック・ターナー」
そう言って男は、こちらに向けて何かを投げて寄越す。目を向けてみると、反りが入った片刃剣と白い小さな花が団子になったような植物が地面に転がっている。
「サーベル、と、なんだこれは?」
「スイートアリッサムだ。街の花屋で見かけて、ちょうどいいと思ってね」
「……何が?」
「ハッ、そんなことも知らんのかね。在りし日の帝国にいた騎士は、決闘の際に互いの間にその花を置いたという。『価値あるもの』を賭けた戦いにね」
「つまり、あんたは俺と決闘をしようってのか? 何のために? 何を賭けて?」
「愚問だな。〈隼剣部隊〉のため、ひいてはクロードさんのためだ。貴様が真面目に剣術を学ぶ人間であれば、こんなことはせずに済んだのだがな」
「心外だな。俺は真面目にクロード・アイゼンブルクの剣術を学びに来てるんだが」
飄々としたフレデリックの言葉に、男が激昂する。
「ふざけるな!! 型を無視して策を弄して、あまつさえ得物すら守らない!! それのどこが真面目というのか!!」
「それを言うならクロードだって、本来の型からは外れてるんだろ?」
「あの人は基本の型を学んだ上での『型破り』、だが貴様はただの『型無し』だ!!」
フレデリックが目を細める。ややあって、諦めたように溜息をついた。
「……正直、決闘なんかやっても意味ないと思うけどな。互いに見てるもんが違うから」
「何?」
「俺にとって大事なのは生き残ること。生き残るために戦いに勝つことだ。そのときになりゃ、手段なんて選んでいられる状況じゃない。だからあらゆる手段を学ぶ。長所は生かし、短所は補う。武器ごと替えることもあるけどそこはご愛嬌だ。剣で勝てないなら槍を持つ。当然の道理だろう」
一度口を止めて、フレデリックは相手に人差し指を突きつける。
「あんたが大事にしてるのは、旧帝国の騎士道とやらだ。それに一番近いと思うから、クロードに師事してるだけの話だろ。ぶっちゃけそんなにこだわるなら帝国に行けばいいんじゃねぇの。そんときゃ敵として相手になるぜ」
「貴様、言わせておけば……!! やはり貴様は排さねば気が済まぬ!! 剣を取れ!! 半端者との違いを、このセドルフ・アンタレスが見せてくれる!! 【自在の】フレン? 笑わせるな!! 【永遠の見習い】風情が!!」
怒髪天をつき、サーベルの切っ先を向けてくる男、セドルフ。その姿に、フレデリックは再び溜息をつく。
「……まぁ、やれってんならやるけどさ……本当に、勝てると思ってるのか?」
足下のサーベルを拾い、距離を取る。競技用の防御術式が起動するのを感じながら、フレデリックはセドルフと対峙した。