異形王子と共に断罪を
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コンコンコンと扉をノックする音で、アメリアは目を覚ました。
真新しいオーク製の扉から聞こえたその音は侍女の鳴らしたものだと自然と理解できた。
「どうぞ。」
か細い声をこぼし、おずおずとエプロンドレスを身に纏った侍女のフランがタオルと水の張った桶を手に入ってきた。
「失礼します。アメリア様、タオルの替えをお持ちいたしました。」
「ありがとう…。痛みはひいたし、良くなったと思うわ。」
椅子の上に置いていた右足を静かに床に下ろす。控えめなフリルがあしらわれた純白のドレスから覗くアメリアの足首には、ぬるくなったタオルが巻かれていた。フランがタオルをほどくと、青黒いアザが足首を覆い、同じく大きな腫れが足首に広がっていた。フランが温水に浸したタオルで字を包み込むと彼女は痛みに顔を歪めた。
フランの簡易的な治癒魔法で痛みがだいぶ引いたのは事実だが、まだ多少の痛みは残っていた。
申し訳なさそうにフランが口を開く。
「まだ治っていませんね…。ヴィクター様も心配していらっしゃっいましたよ。どうか安静になさってください。」
温くなったタオルと桶を抱えると扉の前で一礼し、彼女は部屋を出て行った。
深いため息を吐くと、アメリアはそっと患部に巻かれたタオルを見つめる。はらりと肩にかかっていた金髪が前に流れた。この傷は偶然起こった事故によって作られたものだ。表向きには。アメリアはそれが事故ではなく故意によって引き起こされたことだと確信していた。
ベルカント王国には2人の王子がいる。その兄が第一王子でありアメリアの愛する夫でもあるヴィクター・エーデルシュタインだ。
ヴィクター王子は朗らかで社交的な性格。頭脳明晰、武術に優れ、政治に対しても前向きに活動している。だが、彼は王位継承者ではない。
それは女王エルジェベートの胎内にいた時に出された星占い師のお告げに従ったものだった。
再び扉をノックするが聞こえ、ふと扉に視線をやる。声を掛け、入室を促せばひょこりと扉の向こうから顔が覗く。
黒く長いツノに黒い肌。肌と対照的に真っ白な髪はツンツンと跳ね、ぴょこんと生えた耳と淡い青色の相貌に浮かぶ横長な瞳孔は羊を連想させる。
普通の人なら卒倒しているであろうこの光景を、アメリアは愛しくさえ思っていた。
そう、この異形の人物。彼がヴィクターだ。
「失礼します、アメリア。怪我をしたと聞いていてもたってもいられず君の部屋を訪ねたんだ。どうか無礼を許してください。」
突然の来訪という無礼を詫び、アメリアが座る椅子に近づくと片膝を立ててしゃがみこみ、腫れた足首を見つめた。その目には悲壮感と仄かな怒りを滲ませていた。
「君のことを守ってやれなくて申し訳ありません。この怪我は…」
「ええ、確証はないのではっきりとは言えませんが。彼女が得意な罠魔法と同じでした。」
「私がもう少し早く気づけていれば…。まだ痛みますか?」
腫れ上がった患部に指を伸ばし、撫でるように軽く触れる。くすぐったかったのか、アメリアは少し笑みを浮かべた。
「少し捻っただけです。2、3日もすれば完治しますよ。」
その言葉を聞き、少し安堵したのかヴィクターはふっと表情を緩める。
「力不足ですみません…。少し彼らと話をしてきます。アメリアは安静にしていてください。」
そう残すと怒気を放ちながら一礼し部屋からさっていった。嵐のような人だと思いつつ彼の優しさに、味方がいるのだと感じアメリアはホッとした。ヴィクターが言う彼らとはヴィクターの弟、第二王子のライアン・エーデルシュタインとその妻ソフィの事だ。偶然を装った嫌がらせや根も葉もない噂など誰かを貶めることが好きな最低最悪な夫婦であるとアメリアは認識している。その標的が、何故かアメリアに向けられているのだ。そのねじ曲がった性格を除けば、賢く政治に積極的、国民を愛している理想的な王子夫妻であると言えるだろう。
ヴィクターが化け物のような見た目になってしまったのは、女王が懐妊した際にある魔術師が放った呪いが胎児に影響したことが原因だと言われている。その魔術師はすぐに捕らえられたが、呪いを解くことはできなかった。魔術師は女王に私怨を持っており、放たれたものは嫉妬から作られた強固な呪いだった。
__捻っただけで済んでよかったわ。いつもはもっとひどいもの。
アメリアが怪我をすることはよくある。アメリアが近づいた途端に窓が割れて切り傷ができたり、階段の上で転び、転げ落ちてしまい骨にヒビが入ったこともある。外傷は幸いにもドレスで隠れる目立たないところが多い。偶然起こってしまう事故だから。そう言われているが、アメリアはそれが事故なんかではないことを分かっていた。
アメリアはぼんやりと宙を見つめ、ふと机の上に置かれたままの封筒に気づく。隣国の使者から受け取ったものを預かったままだったことをすっかり忘れていたのだ。
__そうだ…女王陛下に渡しに行こうとしてたのに…。すっかり忘れていたわ。
慌てて封筒を手に取り、足に巻かれたタオルを解く。安静にしていたのが良かったのか、少し痛むが困るほどではない。
心の中でヴィクターとフランに謝罪をすると、アメリアは部屋からでて女王の部屋をゆっくりと目指した。
「いい加減にしろ、ライアン。」
廊下に敷かれた上質な赤いカーペットにくぐもった靴音をたてる。
ヴィクターは怒気を孕んだ低い声と怒りをあらわにしたらしくない口調で第二王子、ライアンに凄んだ。白に近い金色の髪に美しいコバルトブルーの瞳。真っ白な肌と真っ白なタキシードは兄のそれとは真逆だった。
「なんだい兄さん、言いがかりはやめて欲しいな。」
飄々とした態度と気味の悪い笑顔をはりつけライアンは返答する。
「君らが私の妻に嫌がらせをしていることは知っている。何のつもりだ。」
「何のことだか。証拠でもあるのかい?」
「君が一番知っているんじゃないか?私は怒っているんだ。すぐに止めろ。」
「さてね、さっぱりだ。」
しらを切るライアンにヴィクターは距離を詰める。黒い肌に浮いた血のような赤い瞳が煌々と輝いていた。
「ふざけるなよ。すぐにボロが出る。」
「黙れよ悪魔。お前ら如きに何ができる?」
弾かれたようにライアンの胸ぐらを掴み拳を顔面に振り上げる。彼の拳が命中する直前、どこかで破裂音が聞こえた。眼前で拳を止めると、ニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべたライアンを一瞥し、ヴィクターは破裂音のなった方へと走り出した。
時を同じくして、女王の部屋から程離れた廊下でアメリアとソフィは対峙していた。
第二王子の妻、ソフィは美しい金髪にフリルが盛られた真っ赤なドレスを身に纏っており、派手な化粧と勝気な笑みを浮かべていた。ニコリともせず、アメリアは冷たい視線を向ける。
「何か御用ですか?ソフィ様。」
「あらぁ、足の怪我を気にしてきただけですわぁ。あなたの不注意とはいえ、骨折でもしていたら大変ですもの。」
「大したことありません。少し捻っただけですので。」
「それならよかったわ。ほんとあなたって足元見ないんだからぁ。」
「ソフィ様こそよく懲りもせず罠魔法を仕掛けられますね。」
ばちばちと見えない火花が両者の間に弾ける。さっさとあしらって届け物を済ませたいと思いつつ、前に立たれると避けようがない。
鼻につく甘ったるい喋り方と嫌味ったらしい態度に、ため息をつき露骨に嫌そうな顔を向ける。
「用がないのでしたらどいてください。届け物がありますので。」
そう言い、立ち塞がるソフィの脇をすり抜け進もうとする。すると飛び跳ねるようにソフィがアメリアを過剰に避けた。
「ひゃぁ、触らないでよ!悪魔の妻なんて穢らわしい!私に呪いを移さな…」
ソフィがセリフを言い終わる前にアメリアが動いた。一歩踏み込み、体重を乗せた平手打ちをソフィの頬に放つ。風船が弾けるような音と共に衝撃が走り、バランスを崩したソフィは床に倒れ込む。真っ赤になった頬を押さえ、キッとアメリアを睨みつけた。
「あんた何すんのよ!この私に暴力だなんて許されると思ってらして!?」
「あら、申し訳ございません。虫が飛んでいたので、つい。お怪我はございませんか?」
驚くほどすらすらと言葉が出てきた。たしかに彼女の叩いた手から虫がはらりと落ちる。
悪びれもなくそう言うと目線を合わせて叩いたのと反対の手を差し出す。差し出された手をはたくと、鋭く睨みつけながら唇を噛み、口を開こうとする。と、騒ぎを聞きつけた使用人達がぱたぱたと小走りで集まってくる。これ以上争えないと悟ったソフィは自身の真っ赤なドレスをはたき、アメリアを一瞥する。
「あんた、どうなるかわかってんでしょうね。タダじゃ済ませないわよ。」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたします。」
飛びかかってきそうなほどの殺気を放ち、踵を返すとカツカツとその場を離れていった。
入れ違いで女中がアメリアに駆け寄ってくる。
じくじくと熱を持ち始めた右手の感覚で、我に返る。
__私、何をしたの?こうならないよう、今まで耐えてきたんじゃなかったの?
気に入らない相手に暴力だなんて、ソフィと全く同じではないか。
自分のことはどれだけ酷いことを言われてもいい。それでも愛する夫への暴言だけは許せなかった。
魔法が苦手で、愛想がなくて、これといった長所もない私を彼は好いてくれた。
優秀な姉達のいる家で居場所はなかった。視界に色はなかった。それでも、彼と出会って居場所も色も私にくれた。だからどんな嫌がらせだって彼と一緒なら耐えてこれた。それなのに。
女中が何かを話しているが何も耳に入ってこなかった。自分が大変なことをしてしまったとようやく認識できた。
第二王子の耳に入れば、自ずと女王の耳にもこのことは伝わるだろう。この家にもいられなくなるかもしれない。
__そうしたらヴィクターとは離れ離れに?取り返しがつかない、なんてことをしてしまったの?
ぐるぐると取り留めのないことばかりが頭の中を駆け巡る。両膝を大理石の床につけて俯く。冷や汗が額を伝い、ばくばくと心音が耳元でなっているような感覚に陥る。手足が徐々に冷たくなっていくのを感じた。
女中がアメリアの肩をさすりながら他の女中に何か指示を出している。状況が飲み込めていないのだろうか。何か話さなければ。
乾き切った喉からは乾いた風のような音しか出ず、言葉にならない。呼吸がうまくできない。
霞んだ視界が真っ暗になる前に、愛しい人の声を聞いた気がした。
無機質な冷たさを額に感じ、アメリアは跳ね起きた。気づけば廊下ではなく再びアメリアの部屋に移動していたようだ。突然の行動にアメリアの額に乗せていた手を引っ込める。びっくりした顔で周囲を見渡すアメリアにヴィクターは優しく声をかけた。
「貴女は失神してしまったんですよ。女中が近くにいてくれて助かりました。」
はっとなって先程の出来事を思い出す。すぐに血の気が引き、自分が何をしたのかヴィクターに事細かに話すことになった。相槌をうち、真剣に話を聞いてくれた彼の態度からアメリアは少し落ち着きを取り戻した。
顛末を聞いた後、ヴィクターは少し考え込み、またアメリアに向き直って口を開いた。
「アメリア、私と一緒にこの家を出て、どこかのどかな田舎で暮らしませんか?」
とんでもないセリフに自分の耳を疑う。
一国の王子が城を捨て辺境の地で暮らす。それは王室の離脱を意味する。女王が許可をするだろうか。それ以前に、「呪われた王子」が王室離脱など国外から批判を受ける可能性もある。彼が離脱すればライアン達の思う壺であり、できることなら避けたい選択肢だった。
「ヴィクター様!?そんなこと…!」
「最愛の君を守れないなら、地位なんかいりません。」
「もっと良い選択肢があるはずです。私はこれ以上、ヴィクター様に迷惑をかけられません…!」
「何か考えがあるんですか?」
アメリアは言葉を返せず、二人の間に沈黙が流れる。
__たしかに短時間でソフィ達の悪事を暴くことは難しいわ…。ずる賢い彼らのことだから、決定的な証拠を提示することだって…。
彼女が口を開くより先に、ヴィクターが口を開いた。
「意地悪なことを言ってすみません。ですが、私にはこれ以上の意見を出せそうにないです。申し訳ありません。」
寂しそうな光を帯びた赤い瞳を伏せ、彼は考え込んでしまった。
__自分で蒔いた種なんだから、私がなんとかしないと。
考えつつも、魔法も満足に使えないアメリアにできることはほとんどないようにみえた。
くるくるとその場を行ったり来たりし、逡巡した後に上階から靴音が聞こえた。カツカツとした鋭い音はソフィのそれだった。もう一つ聴こえる足音はライアンのものだろう。
彼らと話をしても真っ当に話せるわけがない。ましてや本当の話など女王にするはずもない。が、アメリアは何を思いついたのかハッとした表情を浮かべる。黙りこくってしまったヴィクターの方を見ていたアメリアが突如口を開いた。
「ヴィクター様、できるかもしれません。ライアン様達の所へ行きましょう。」
その言葉に、驚いて彼は顔をあげる。
「けれど、彼らが本当のことを話すはずがないだろう。話したとしても証人が…。」
「証人がいないのなら、作ってしまえばいいのです!ヴィクター様、協力してください!」
「…アメリアがそういうなら。手伝わせてくれ。」
そういうとヴィクターは立ち上がり、アメリアを抱きかかえる。驚いたアメリアはきゃあと情けない声を出しヴィクターにしがみつく。
「貴女は足を怪我しているでしょう。力に自信はあるので、安心して運ばれてください。」
そういうとヴィクターはイタズラっぽく微笑む。ほおを赤らめたアメリアは目を逸らして小さく頷いた。そうして二人は部屋を出て上階へと向かった。
「フランには話をしましたか?」
「ええ、彼女なら大丈夫なはずです。」
ヴィクターに抱えられたまま、アメリアは答える。二人はすでにライアン達の部屋の前に立っていた。ヴィクターはアメリアの方を向き、二人は頷く。大丈夫です、と小さくアメリアが言ったのを合図にヴィクターが扉を叩く。
ややあって扉が乱暴に開けられ、仏頂面なライアンが顔を出す。突然の訪問者を鋭く睨みつけ、嘆息すると顎で入れと示す。
ヴィクターはゆっくりとアメリアを下ろし、一礼すると室内へ足を踏み入れる。
「侍女に話もせずに来るとは、無礼なんじゃないのか?」
「すまない、急用だったので。」
ライアンはふん、と鼻で笑う。
室内の奥で真っ赤なベロア生地のソファに深々と腰をかけていたソフィがアメリアを見つけると素早く立ち上がり近づいた。間にヴィクターが入るとソフィはギロリと二人を睨み、少し離れた。近くで見ると、彼女の頰はまだ赤くなっていた。
「びびって逃げると思っていましたわ。私の顔に傷つけといて、タダで済むと思ってらして?」
いつもの甘ったるい口調は消え、怒りをあらわにした、たたみかけるようなきつい口調だった。アメリアは怯まず、ソフィを睨み返す。
「貴女を叩いてしまったのは謝罪致します。ですが、本当に謝罪すべきは貴女ではないのですか?」
「はぁ?何を言い出すかと思えば、意味のわからないことをおっしゃるのね。」
ソフィは大袈裟にため息をついてみせ、やれやれと首を振る。腕を組み、苛立たしそうにアメリアに向き直ると再び口を開いた。
「馬鹿ね貴女。今まで通り黙っていればよかったのに。そうすれば女王の耳に伝わることもなかったのですよ?」
間髪入れずアメリアが返す。
「私のことだけなら耐えられました。ですが、彼のことを悪くいうのは許しません。もう終わりにしようと思ったんです。」
「あら、そう?じゃあ無駄口叩いてないでもう一回階段から突き飛ばしてやればよかったわ。惜しいことしたぁ。」
「本当だ。窓ガラスを割ってやった時、もっと派手にやってやればよかった。」
そういうと豪奢な扇子で口元を隠しクスクスと意地悪く笑う。彼女の隣に立っていたライアンもそれに同調するように笑った。
それを見て、黙って話を聞いていたヴィクターが怒っているのがわかった。
アメリアが袖の裾を引っ張り制止させる。
「そういうことです。謝っていただけます?」
「私が貴女に謝罪ですって?やだ、そんなのごめんだわぁ。」
ソフィは露骨に嫌そうな顔をする。
「なぜ、なぜ貴方達はアメリアをそんなに嫌う?」
それまで黙っていたヴィクターが突然口を開いた。その言葉にソフィはキョトンとした顔になる。が、すぐに面白そうにコロコロと笑った。
「なぜ、ですって?教えて差し上げるわ。呪われた人の妻だなんて、気持ち悪いじゃない?存在が不愉快なのよねぇ。」
愕然とするヴィクターがつぶやくように言葉をこぼす。
「そのために、そんなことのためだけに貴方はアメリアに嫌がらせをしていたのですか?」
「お前には触れたくもない。大切なものを壊してやるのが、一番よく効くだろう?」
ライアンがそういうと、ソフィはクスリと笑いアメリアの方に勝ち誇ったような笑みを向けた。
「お前ら二人揃って王家の汚点なんだ。さっさと出ていってくれた方が都合がいいんだよ。契機を作ってくれたソフィに感謝したまえ。」
ライアンは豪快に笑うと、ソフィの肩を抱き自分に引き寄せる。ソフィはそれに身を任せ、同調するように笑いライアンの腰に腕をからませた。アメリアは今にも飛びかかりそうなヴィクターを必死に止める。彼に小声で"もうすこし抑えて"とささやき、噛み付くような声で二人に声を上げた。
「貴方達、それが民を愛し国を治める未来の国王夫妻の姿なのですか!?」
「愛するですって?国民なんて都合のいい金ヅル以外の何者でもないでしょう?平民なんて掃いて捨てるほどいるもの!」
「笑わせるなよ。悪魔みたいなお前らが何をしようが、女王の心が揺らぐことはない。さっさと王室から離脱しちまえ。」
ライアンはヴィクターに詰め寄り、捲し立てるようにそう言った。
悦に浸り、完全に勝利を確信している二人の耳にガチャリと扉が開く音が届く。ノックもせずに王子の部屋に侵入してきた無礼者を叱りつけようと、ライアンが入り口の方を向いた瞬間、その表情は固まった。
白髪は編み込みを入れて美しくまとめられ、純白のドレスにファーのついた真っ白なローブを羽織っている。ピンと伸ばされた背筋に還暦を過ぎた老齢さを感じさせない威厳のある鋭い青の瞳。小さいながらも輝きを放つ王冠が、彼女が女王であることを示していた。
その隣におどおどとして不安そうな表情を浮かべるフランをはじめ、複数の護衛が立っていた。アメリア達を一瞥し、ソフィ達に近づく。
ひぃと小さな声をあげ、逃げるようにライアンの後ろに隠れる。
女王エルジェベートは口を開いた。
「まあ、身勝手な行動をしていたようですね。」
冷ややかな視線と相まって芯から冷えるような冷たい声は空気を凍らせる。
「アメリアさんの侍女から話を聞き、呼び出されたのです。謁見に来ないなんてと思いましたが、事情が変わってしまいましたね。」
口の中で何かモゴモゴと言い訳の言葉を籠らせているライアンとソフィは女王を直視できず、決まりが悪そうに足元を見てダラダラと冷や汗を流していた。
「外で全て聞いていました。ライアン、ソフィさん、随分と偉くなったものですね。」
その言葉に二人はぎくりと体を震わせる。
必死に言い訳をしようとしているが、言葉にならずに言い淀んでいた。
「義理の姉に嫌がらせ。実の兄を悪魔呼ばわり。愛すべき国民を金ヅル呼ばわり。今まで私の耳に入らなかったのが奇跡のようですね。」
「母…女王陛下。も、申し訳ございません…!!」
ライアンがそういい取り繕おうとするのを片手で制する。諦めたのか、小さく何か言うとそれきり黙ってしまった。
あたりを見渡し、十分に人がいることを確認すると女王は再び口を開いた。
「分かっての通り、ライアンは次期国王、ソフィさんは王妃となります。これはヴィクターがうまれた際に出された、宮廷占い師のお告げに従ったものです。この国で、お告げは絶対ですので。そして今日まで第一王子ヴィクターに王位継承権はありませんでした。」
一度言葉を切ると、ヴィクター、ライアン双方を見る。静かに話を聞いているヴィクターは、片方の手をアメリアと繋いでいた。祈るように二人は指を絡ませ合い、固く繋いでいる。
ライアンは最悪を予期したのか、瞳孔が開き、ぱくぱくと口を動かしていた。
「ですが、第二王子ライアンとその妻ソフィさんの悪行は許されるものではありません。そして、私は彼らが国王夫妻に相応しくないと思い至りました。この場にいる者全てを立会人とし、特別女王権限により第二王子ライアンの王位継承権を剥奪。然して、第一王子ヴィクターに王位継承権を授けます。」
わぁっと声を上げて、アメリアはヴィクターに抱きついた。想定していなかった出来事にヴィクターは呆然として立っていた。
アメリアが声を上げたと同時に悲痛な叫び声を上げてソフィが膝から崩れ落ちた。受け止められなかったのかライアンは何事か独り言を言い、自失状態だった。
女王はヴィクター達に近づく。パッとアメリアはヴィクターから離れ、ドレスの裾をつまみ丁寧にお辞儀をした。ヴィクターも片膝をついてお辞儀する。
「アメリアさん、お一人で頑張られていたのですね。気づけずすみません。一国の母として失格ですね。」
「い、いえ!私が迷惑かけたくなかったので…。結果的にかけることとなってしまいました。申し訳ありません…。ですが、一人ではなかったので心強かったです。」
そう言ってヴィクターの方を見る。目が合うと、二人は微笑んだ。それを見て硬い表情だった女王も表情を緩ませる。そして、ヴィクターの方に向き直った。
「ヴィクター。この国の慣習とはいえ、第一王子である貴方から王位継承権を奪ってしまった。そのことを謝らせてください。」
ヴィクターは慌てて手を振りすぐさまそれを否定する。
「お母様、謝らないでください。そんなこと気にしていないので。」
ですが、とヴィクターは口籠る。おそらく、自分の容姿を国民に受け入れてもらえるかを気にしているのだろう。
女王は大仰に手を広げ、ヴィクターに問いかける。
「王に見た目など関係ありません。民を愛する心、国を治め、国を支えていく事。そのことが大切なのです。ヴィクター、国に寄り添うと誓えますか?」
そしてヴィクターはアメリアの手を引き、自分の近くに優しく引き寄せた。アメリアの髪がふわりと風になびく。
「女王陛下、私たち二人でベルカント王国に寄り添い、生涯支えていくと約束します。」
アメリアはコクリと頷き女王と正面から見つめ合う。それを見た女王はふっと笑った。
「良い妻を持ちましたね、ヴィクター。」
それから20年。崩御した女王の後を継ぎ、ヴィクターは国王になった。星占い師は王国を去らざるを得なくなり、王位継承者は占いによってではなく、国王の裁量によって決められることとなった。公の場に出る際は顔を隠すなど、異例の対応がよく見られたが国民は異形のヴィクターを心温かく王として迎え入れた。そしてその妻である王妃アメリアも。異形王子として悪い意味で各国で名を知られていたヴィクターは、国の統治において素晴らしい才能を持っていると再び名を馳せることとなった。しかし、隣国からの使者との対談のたびに彼はそれを否定する。
「私に才能があるわけではありません。最愛の妻アメリアがいるから、私は頑張れるのです。」
そう言われるたび、アメリアは恥ずかしそうにはにかんだ。
そうして二人は世界一の幸せ者としても、その名を知られることとなった。




