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第67話 鎧とマント

常々、この世界の武人の筋肉(マッスル)については、レベルが高いと思っていた。


肉弾戦の戦争が主流なので、筋肉に対する理解は深く、たゆみない日々の努力は、確実に心身の変化へと帰結している。


人が鍛え抜ける極限をつくして鍛え抜かれた肉体、その成果を遺伝子達は、次の世代へと確実に託して繋いできた。

より良い筋肉のあり方を追求する人類の肉体への飽くなき理想を昇華しようと、遺伝子達もまた切磋琢磨してきたのだ。


何がいいたいかというと。


リンドル領民の筋肉量がすげぇーーーっっ!!


……ってことね!!


レオンの三角筋や上腕二頭筋、簡単に言えば腕周りは、わかりやすいパワーの象徴であり、私が一人ぶら下がっても問題ないくらいに鍛え抜かれているご立派なものだ。

普段屋敷の警備をしているリンドル兵と比べてみても、抜きん出ている。ワイルドさが輝く、まさにハンソン家の人物国宝レベルだ!!


しかし、そのレオンを上回るムキムキが、リンドル領には沢山いたのだ!!


レオンよりガタイが良い二メートル以上の男達がぞろぞろいるのだ!!

ちょいちょい予想の斜め上のスペックを持ってくるリンドル領の本領がついに発揮された瞬間である。


すげぇーーっっ!!あの大腿四頭筋の盛り上がり、尋常じゃないわ!!あっちの三角筋なんてバキバキじゃない!!

二メートル越えの長身の男達についた筋肉もまた超重量級で実に見応えがある。


ハンソン家前に集まったリンドル兵はどれもこれも、甲乙付け難く私は釘付けである。


リンドル兵(真紅のマント)をみたら逃げろ!と教える他国の兵教育に納得である。肉弾戦の剣や槍での戦いで勝てる訳がない。どうみても体格差(リーチ)重量(パワー)も桁違いである。


戦力としては申し分ない彼らが何故今までハンソン領の警備等に従事していなかったかといえば、おそらく力が有り余る彼らはうっかり物を壊すので、屋敷仕事をするにはリスクが大きいからだろう。


レオンも未だに勢い余って時々ドアノブを壊しているくらいなので、力が強すぎるゆえの不便は容易にお察しできる。


そういえば、レオンが鉱山採掘用のツルハシを特注して良いか聞いてきた事があったが(勿論、速攻OKした)……彼らが使っていたのなら納得である。


そして、今、当初想定していた以上に、ガンガン採掘されている鉱山資源量に納得した!!

彼らのツルハシ一振りで余裕で岩盤砕けるわ!!


よし、今度鉱山視察に行こう!!

彼らの筋肉がわき踊り、汗の輝きに照らされる現場を是非見てみたい!!


「リリー様、涎が垂れてますよ」

「!!っっ垂れてないわよ!!」


ゆるゆるしていた口元をきっと引き締めてから反論するが、クロウの目は冷たい。


邪な事など考える訳ないでしょ?私は、ハンソン家の侯爵様よ?

今から戦に行くというのに、欲望まみれの不謹慎な事なんか考えていないわよ?


すすっと、さりげなく窓際から離れる。


「リリー、出立の準備ができました」

「そのよ……ん??」


私はレオンの声に振り返り、目が点になった。


「!!」


目をパチパチしてから、もう一度レオンの姿を確認する。

そこには確かにレオンがいた。


以前にお揃いでと新調しておいた鉄鎧を着ている。


リンドル領の一軒しかない鍛冶屋でおまかせで作ってもらった鎧は、青みの強い銀色の鎧だ。リンドル領を散歩していたメリッサ卿と鍛冶屋が意気投合して試行錯誤の末に誕生した新素材を使った素晴らしい鎧だ。竜の鱗を重ねたようなデザインも実に斬新である。


言うまでもないが、竜の鱗のような鎧を着たレオンは、『青龍』の二つ名を贈りたいほど凛々しい武人姿である。

SSRカード確定の出立ちである。

虹色に光るエフェクトが確約されているくらい尊い!!


因みにお揃いである私の鎧は軽量化に徹底してこだわっているので鱗柄はなく、実にシンプルなものだ。色は同じだけどね!!


私の旅支度は、ハンソン家の色正装である群青色のドレスで、その上から胸当てをつけている。他国を通るときにハンソン家の当主として出ていかねばならない場面が多いので、道中はドレス(色正装)を着用することにした。

レオンは、フルプレートアーマーで防御を固めた方がいいのでは?と難色を示したが「頭と胸の直撃をさければ死なせないよ!」とメリッサ卿のありがたい保証があり、移動中は胸当てと兜だけにした。正直、軽量化に拘った鎧すら、私には重すぎるのだ。勿論、戦場ではちゃんと完全武装するつもりだが、あれを着て長距離移動は辛すぎるのだ。


さて、話を戻し、今、私が()()そんなに驚いたのかというと……。


レオンの肩から垂れた()()()()()である。

それはそれはまごうことなく、()()()()()()()()()()()()()であった。


リンドル家といえば、真紅色のマントだ。

これはこの国の者ならば誰でも知る英雄の色だ。

だが、今、レオンの肩からするりと翻るのは()()()()()()()()()のマントだ。


マントは戦装束とされ、戦場に行く貴族は皆着用する。侯爵家は家の色、寄子なら寄親の色を纏う。

本来、色正装を纏うのは侯爵家の者だけだが、マントだけは家臣も同じ色を纏うことが許されている。指揮官を目立たせないようにという意味もあるが、死を覚悟してついてくる家臣を侯爵家の一員として迎えるという意味もある。下位貴族にとって寄親の色を贈られる唯一の機会であり、誉れである。


婚約者に色正装を贈るのは許されているので、群青色(その色)をレオンが着用するのは問題ない。


ただ、そうなると……()()()()()()()()()()ではなく、()()()()()()()()という一段下がった格になってしまう。


戦場では侯爵家と家臣達が同じ色のマントをするが、侯爵家の者は背面に家紋が刺繍される。そして国法では家紋持ちマントをつける者が指揮官と定められている。例えば、他派閥との混成軍を編成した場合など、家紋持ちマントをつけた者が指揮官になる。


ゆえに、レオンには、リンドル家の家紋のマントを着用して欲しかったのだが……。


「……」

「きちんと家紋も入ってますよ」


思わず首を伸ばして後方を確認しようとした私にレオンは、背を向けて見せてくれる。


そこには、黒糸でハンソン家の家紋の刺繍がしっかりとされていた。


え?!


……いや、まって、レオン、それはダメなやつよね??

私達、まだ結婚していないからさすがに、それは、まずいわよ?!

ハンソン侯爵家に属していないのに、家紋を入れるのはまずいわよ?!


ちらりとクロウをみやると、すっと視線を逸らされる。


「……クロウ?」

「……今朝付けでリリー様の結婚が王より承諾されました……リンドル家とハンソン家の未婚の貴族を外国に遠征させるには支障もあるとヴェレクタ侯爵の後押しもあり、グラッドニー侯爵も外交上、婚姻を先んじて許可すべきだと上申したそうです」

「……」


え?……。

えええ??

ちょっとまって、それ、私聞いていないのだけど?!


「ちょっ」

「書状は預かっておりましたが、リリー様にお伝えするのは最後でよろしいかと判断しておりました」

「っっんん!!クロウ!!」


それ、重要事項!!!

私とレオンが結婚したとか、もっと早く知りたかったわ!!

あと、王家の使者!!!書状を私に渡さず、帰るとは何事よ!!

クロウがハンソン家の次の実権者なのは周知の事実なのでクロウに『預かります』と言われたら、書を託す気持ちは、わからないでもないが、まだ私は出立していないわよ!!!!


あと、今朝、結婚したとして、マントを仕立てるのが早すぎない?!

新しく雇った護衛兵の服などハンスには山のように仕事があったので、仕立てる余裕があったとは思えない。


絶対、前もって作っていたわよね?!

マントは戦装束なので、結婚したら絶対必要になるものだ。前もって用意してあっても不思議はないが……。


「あと、何故レオンが驚いているのかしら?!まさか知らなかったとか?!」

「すみません、初耳でした……家の方に使いが着た可能性はありますが」

「!そうよね!忙しかったもの、仕方ないわ!私もいま知った訳だし」


レオンがチラッとクロウを見た。


……家紋入りのマントを用意したのはクロウのようだ。


我が家の色正装で家紋入りなので、我が家にしか作れないので当然ではあるが……何もいわずに、押し付けたのか……。


色々問題はあるが……クロウが、レオンのためにマントを仕立てる手配をしてくれたと思うとなんだか……二人の距離の縮まりを感じて感慨深い。


「……()()()()()()()に作っておいたものですよ」

「……わかってるわよ」


私の予備がレオンにぴったりな訳ないでしょ!体格差を考えたら、前もってレオン用に作っておいた事は間違いない。

生温い眼差しになった私に、クロウは嫌そうな顔になった。


とにもかくにも、正真正銘、レオンは、ハンソン家の者になったのだ。

つまり、私の家族である!!


正真正銘、私達はお揃いのマントを羽織る夫婦になった!!


なんてことだ!!

前世を含めて、初めて結婚できた!!

異世界転生は特典チートもスローライフもなかったが、恋愛結婚ができた!!

感無量である!!


これからは、ハンソン家は二人の家であり、二人はお墓まで一緒に入れる公認の仲になったのだ!!


す、すごいわ!!


ついに、私は……伴侶(レオン)を得た!!

物語ならここで、めでたしめでたしと締めくくられる節目である。


【選択してください】

 今すぐ結婚式をする。

→帰ってきたら結婚式をする。


衣装はあるので略式で今から結婚式をできなくもないが、着替えるのは大変だろう……。

レオンも私も、もう鎧をきてるしね……?


あと後者はダメなフラグよね?


『この戦争が終わったら、結婚式をあげるんだ!』と言うフラグは絶対いらないわよ?!


「リリー様、何か私に()()()()()()()()()()()()()()()()はありませんか?」


クロウが、フラグを立てようとしてくる。


「ないわよ?……何もないわよ?」


意地でも結婚式フラグはたてていかないわよ?

結婚式の招待状や引き出物一式はすでに準備済みだし、戻ってから着手しても全く問題ない。


レオンは、私達の水面下の攻防をよそにしみじみハンソン家の色マントを確認していた。


「だ、大丈夫よ!!よく似合っているわよ!勿論、真紅も似合っていたわ!!でも、群青色もレオンにはよく似合うわ!!」

「……ありがとうございます。真紅と違って夜襲にむいていそうで良い色ですね」

「たしかに!!いっそもっと暗い色にすればよかったわね!」

機会があったらダメ元で明度を低くできないか打診してみよう。


「ところで……ハンソン家の家紋は何を表現されているのですか?」

「牛と黒百合よ!!どちらもハンソン男爵領にあったものよ!」


この世界で家紋の出番は戦の時に出す旗くらいなので、武器や凶暴な動物モチーフが多い。

そのどちらとも縁遠い花モチーフだが、百合紋章は個人的にはカッコいいと思っている。


「……牛と黒百合ですか……ハンソン家に相応しい家紋ですね」


あの時は完全に思いつきで適当に決めたものだったが、よく考えれば百合はリリーであり私の名前の語源でもある。


つまりレオンのマントに刺繍された家紋の百合は私であり、レオンの背中を守るのは私ってことだ!!しかも剣にも見えるので、思った以上にいい感じにハマった気がする。


「黒百合の花言葉は呪いと復讐ですので、王子妃を解任されたハンソン家に相応しい花だと私も思います」


クロウがしれっと情報を追加してくる。


「んん?!」


え、まって、黒百合の花言葉ってそんな物騒なものだったの?!


「ちゃんと、左右の黒い牛のツノは呪いを、中央の黒百合は、復讐の剣と化した黒百合を表現していると申告しておきましたので公式にもそのように残してありますよ」

「なんでそんな物騒な申告したのよ!ハンソン領の特産品の牛と花って説明したじゃない!!あとよくそれで審査が通ったわね!!」


よくその説明で王家の承認が得られたわね!!審査の役人、仕事してないわよね?!止めなさいよ!!申請を却下しないさいよ!!


「あの当時はヴェレクタ侯爵派が文書部を牛耳っておられましたので、戦意向上の旗として申し分ないモチーフだと絶賛しておりましたよ?」


……反対意見は出たが数の暴力で黙らせたというのがわかった。


まぁいい……。

すんだ事は覆らない。

群青色に黒刺繍なので家紋がすごく目立つ訳でもないはずだ。

呪いとか復讐とかを初見で思いつく方が少ないはずだ。


「たしかに黒ツノは禍々しくて良いモチーフだと思います。黒みが強いほど強力な毒ですし威圧という狙いは成功していますね」


黒が毒を表すとは、知らなかった……。

戦場で使う旗なので汚れが目立たない方が旗持ちが気を遣わないで済むかと思っただけなのだ……。


「という訳で、リリー様の兜は牛のツノ付きにしました」

「んんっ?!」


クロウがワゴンからとりだした兜には、禍々しい黒いツノがついていた。


……ちょっと、これ……アリなの?!

巨大な黒いツノが大きく天をついている、戦国武将みたいなド派手な兜だった。


というか……重過ぎて、ムチウチになるんじゃない?!


「……間違えました。リリー様のはこちらでした」


クロウがすすっとワゴンの下の台から兜を出し直す。

鎧と同じ色の兜は、一見普通だが、左右にポコッと控えめなツノが生えている。


……なんでかんで、牛のツノ付きなのね?!


「こちらは不要なので、どうぞ」

「……平場で使わせてもらいます」


レオンが律儀に最初の牛のツノ付き兜を受け取る。


「レオン、邪魔になるから置いていって良いのよ?」

「いえ、これはこれで素晴らしい出来だと思いますよ。平場の乱戦時にも目立ちますから、ハンソン家の武名をあげるのに効果的でしょう」


そうか……結婚したという事は、そういう事なのだ。


レオンの行動は、ハンソン侯爵家のものとして知れ渡る。

ゆえに、レオンはこの戦では無理も押し通すつもりなのだ。


女侯爵家はどうしても武で侮られる。リンドル家を寄子としていても所詮は他家、借り物の兵とみなされる。

この戦場は、ハンソン家の者が、わかりやすい実績を作る絶好の場である。と、同時に前線に突っ込む大将(レオン)の危険度は、いうまでもない。


レオンを、ぎゅっと抱きしめる。


無理はしないでほしいと……こみ上げる言葉を漏らさないように、震える唇を厳しく縫いとめる。


レオンは誰よりもハンソン侯爵家の者として、武を示さねばならない立場なのだ。

2万4千の兵の命を握る指揮官として、この戦の義を揺らしてはならない。


これは私が望んだ戦場であり、否定することは出来ない。

私は誰よりも、誰の命よりも勝利に拘らねばならない。

ハンソン家の当主(あるじ)として、勝利だけを求めねばならないのだ。


大丈夫。

私のレオンは死なない。

英雄一族のリンドル家の血筋だ。


筋肉は裏切らない。

レオンの筋肉は、レオンの生きてきた時間そのものだ。

その努力と経験は、筋肉となって必ずレオンを守る。


そっと頬擦りしようとしたが、鱗鎧が刺さりそうで、眉間に皺がよる。


そんな私に気付いてか、レオンはくすぐったそうに息をぬいて笑いそっと私の体を離させ、私の顔を両手で包み込む。


その手は革手袋のせいで、ちょっと革くさかった。

だが、しっかりとレオンの温もりは伝わってくる。

その瞳には、私がしっかりと映っていた。


「リリー、必ず此度の戦では、()()()()()()()()()()()()二つ名を得てきます」

「楽しみにしているわ!」

「そろそろ出立のお時間が過ぎたのでは?」


クロウが、わざとらしく時計を見る。


今、良いところなのよ?!みてわかるでしょう?!ちょっとくらい新婚気分に浸らせなさいよ!!


レオンは苦笑いで私から手を離した。





こうして、私達は、ハンソン家を使用人達に見送られて出発した。




今回は、出来る限り日程短縮の速度重視でアールノッテ王国を目指すことにしたので、馬車ではなく馬移動を選択している。


馬車は後方からついてくる形で持っていくが、先頭の隊列に私とレオンが位置しての移動になる。これは、他国を通る時、不測の事態にOHANASHIでの解決を速やかにはかるための隊列だ。


私の周囲には、今回の遠征のためにハンソン家で雇った護衛(女性)兵達が陣取っている。総勢35名……うち33名が武家、辺境伯陪臣騎士爵の娘達である。といっても、その殆どがすでに夫が戦死している未亡人で、籍だけ実家に出戻り(辺境伯陪臣騎士爵)状態で、辺境伯派とのつながりは薄いという。


他、2名はマロハ派の御令嬢である。

アルマン伯爵令嬢とロザン子爵令嬢だ……この二人に関しては、正しく御令嬢である。所作やマナーなど、他の武家の女性達とは違って洗練されていて、どこをどうみても細身の儚げな御令嬢である。


下位貴族とはいえ、王都に屋敷を持てるほどの財力のある家なので『本当にお嬢さんを連れていって大丈夫ですか?』的な確認はしたし、万一の場合も問題ないという一筆ももらっている。

二人の父親は、今回のマロハ派の人足部隊に参加しているらしく、たまに様子を確認させて欲しいと言われたので許可しておいた。


因みに、私は今、ロザン子爵令嬢と一緒に馬に乗っている……。


この世界の軍馬は大型なので、二人乗りも問題なくできる。偉い人が馬に乗る時、一番警戒すべきは背後からの弓の攻撃なので、護衛を後ろにのせての二人乗りはスタンダードな乗り方でもある。


正直に白状しよう、速度重視と言って馬車にしなかったのは、レオンと二人乗りの馬で、まったり道中を楽しもうという邪な気持ちがあったからだ。


……だが、レオンはいざという時の戦力として扱った方が良いと護衛達に反対され、万一の時には、馬の機動力が活かせるように一番体重が軽いマロハ派のロザン子爵令嬢と移動する事になった。


ごもっともな指摘なので、反論はない。


ただ、不満があるだけだ。


「ハンソン卿、馬車も用意はありますから、いつでもおっしゃってくださいね」


すすっと隣に馬をよせて、にこやかに気遣ってくれるのは、マロハ派のアルマン伯爵令嬢だ。

一見、普通の御令嬢だが、馬の捌きがかなりうまく、それだけで、もうすでにただものじゃない感が滲み出ている。


アルマン伯爵夫人からは『いざという時は、娘を身代わりにしてくださいね!殺してもただでは死なない子ですから安心して殿を任せてくださいね!』という怪文書がご丁寧に送られてきた。


……家庭環境が複雑な子なのかもしれないと……私は疑っている。


「えぇ、ありがとう。警戒が難しい街中になったら馬車にするわ……それまではなるべく外を見ておきたいの」

「!!」


王弟領に入るまではまだしばらくは、ハンソン領である。

私の住むあたりは、ハンソン領の南部であり、北部は就任間もない頃に領線の確認に来ただけだ。この機会に市井の暮らしぶりの視察を兼ねておこうと思っている。道中、ざっと目視するだけなので、視察というほどではないが、馬車でただ揺られるよりも、馬にのっていた方が、遠くが見え、音も拾えるので、有意義だと思いたい。


「なんと深いお考え……敬服いたします!!」


いや、そんなに深い意味はないが、護衛兵達の私への好感度が軒並み高い気がする。


「そういえばマロハ派でも侯爵夫人が、社交シーズンは寄子の家を回ったりして直接農作物をみていると聞いたわ」

「えぇ、第二侯爵夫人が定期的にいらっしゃってますね。博識な方ですが、あまり人前でお考えをあらわにされないので何という訳でもありませんわ……それよりハンソン家の芸術団の公演は素晴らしいですね!ハンソン卿はいつから構想を練っていらしたのですか?」


自派閥の話をポイッとして、芸術団に話を寄せてきたアルマン伯爵令嬢に、ますます家庭環境への疑いが高まるが……気付かなかったふりをしよう。


「楽団を作るのは、レオンと私が初めて観劇デートをした時に決めていたわ!純粋に舞台を楽しむためには自分で作るのが一番ですから」


リンドル家もハンソン家も、色々とやらかしな家なので他家が作った舞台を楽しむには、ハラハラが先立つ。侮辱案件は即抗議!が基本の貴族社会なので、招待を受けても身構えて舞台に臨まねばならないのだ。


レオンは、ちらりと私を振り返った。

レオンのエスコートで行った観劇デートは良かった。内容は全然覚えてないけど、レオンとずっと手を握っていたのは良い思い出だ。


「たしかに!!あのレベルの舞台は、ハンソン卿にしか作れませんわ!!」

「全力で同意ですわ!!」


後ろのロザン子爵令嬢が間髪入れずに同意した。マロハ派の二人は友人同士と聞いていたが、大変息があっている。


「そう……?専門家にお任せしていてあまり口は出していないけれど」

「まず、役に複数の役者をあてる体制が極めて画期的ですわ!!舞台の効果音の導入も天才的発想ですわ!!」

「勿論、話に合っている舞台装置も素晴らしいです!!お金をかけて壮大にしただけのチグハグな舞台背景や装置、小物、衣装がまかり通る従来の舞台とは違い、ハンソン芸術団の舞台は、物語に実に違和感なくそった背景を用意されています!これは芸術に対する深い理解がないとできない事ですわ!」


まぁ、舞台をやるのはプロパガンダなので、貴族の財力をみせつける一面をもつ、ゆえにどうしても装飾過多になってしまうのはわかる。


「一日に2回公演というのも素晴らしいですわ!」

「芸術団歌も素晴らしいです!」

「最高傑作です!!」

「そ、そう?……ありがとう……戻ったら、新作舞台のリハーサルでも観る?」

「「「「!!是非!!」」」」


二人以外の周囲の護衛の声までピタリと返事に重なった。


何かよくわからないが、うちの護衛兵は舞台が好きらしい。ハンソン家には、芸術団として役者や音楽家などありあまるほどの人材が確保してあるので、それ関係ならいくらでも優遇できる。


我が家に出仕してくれている貴重な女性護衛兵なので、是非、戦争後も繋ぎ止めておきたい。福利厚生として、チケットも提供するようにしよう。

女性兵のための福利厚生か……。

なるほど、いい戦略かもしれない。


例えば婚活パーティー的なお茶会をして、護衛同士で職場結婚してもらえれば、当然生まれた子もハンソン家の戦力として期待できる。


……いや、さすがに他派閥の伯爵令嬢や子爵令嬢に殿方をすすめるのはまずい気がする。しかも、殿方のあてがリンドル兵一択だしな……。

結婚までいくと寄親同士で話し合いになるので……リンドル卿が心配である。


そもそも今回出仕してきた女性達は、未亡人以外は、皆未婚で婚約者もいない。

学園卒業と同時に結婚という風潮なので、さすがに20を超えて未婚となると、結婚せず我が道を通す!みたいな主義かもしれない。下手に婚活パーティーを開いての後押しは、余計な上司の気遣いだろう。

恋愛はやはり見守る姿勢にしよう。


「レオン、女性兵の福利厚生についてだけど、とりあえず芸術団の公演チケットの配布とハンソン家のお菓子を食べ放題にしようと思うのだけどどうかしら?」

「良いと思います。ハンソン家のお菓子はとてもおいしいですから」

「じゃあ、戻ったらその二つは早急に対応することにしましょう」


これまでは一人で決めてきたが、今日からは、夫がいるので、ハンソン家の事は二人で決める。


なんだか、滅茶苦茶夫婦っぽい会話をしたわ!!独身時代にはなかった会話ね!!


「は、ハンソン卿……お、お菓子食べ放題とは?」


アルマン伯爵令嬢の顔がこころなしか強張っている。

食べ放題だとつい食べ過ぎて体重が増えるとかの心配かな?……たしかにハンソン家の菓子は、特産品である乳製品とありあまるチョコレートによって、高カロリー爆弾が多いので気を緩めると危険な一面がある。


「……ハンソン家にはおやつの時間があるので、お菓子は毎日作っているのよ。その範囲ではあるけれど、好きなだけという感じね。一応チョロリアンくらいなら常備してあるから、いつでも食べられる感じだけど……」

「「「チョロリアン!!」」」


ど、どうした?!

急に前を行く護衛も振り返った。

目がキラーンといった感じである。


「ハンソン家にはアレが常備されているのですか?」

「お客さま用に常備してあるけれど、殆ど減らないわね。そもそもうちに先触れなしで来るお客様がなかなかいないし……」


決して、私に人徳がないという訳ではない。

うちの寄子がリンドル家とメリッサ家なので、寄親にご相談の機会が他派閥と違って少ないだけなのだ。

リンドル卿は頻繁にきているが、あまり甘い物が好きではないらしく手付かずで、手土産もチーズの方が喜ぶのだ。


「私はチョロリアンよりも三角チョコパイが好きですね」

「「「!?」」」


何気ないレオンの言葉に女性陣の視線が刺さる。

殺意に似た鋭い圧すら放たれているのを察する。


レオン……食べ物の恨みと嫉妬は恐ろしいのよ?


「三角チョコパイは、私がレオンのために作ったお菓子なのよ?……だからそう言われると嬉しいわ」


とりあえず、レオンにヘイトが向かわないようにフォローをすると、いくらか圧が弱まった。


「……三角チョコパイ……」

「パイなのでしょうか?」

「なぜ三角??……」

「チョコではないか?」

「むしろ、ハンソン卿の菓子作りの才について崇めるべきでは?」

「「「異論ない!!」」」


いや、崇めなくて良いからね?

ちょっと邪な気持ちと勢いで爆誕したものだから。

菓子の着想を細かに聞かれるとすごく困る代物である。


ただ、皆の気持ちが一つになったようで、なんだか、少しだけあった女性達の距離がぐっと縮まった気がする。


こういう女子同士の会話も、なんだか楽しいわね!!


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