4章 さよならの口づけを君に・・・(裏)
一瞬、言葉の意味が分らなかった。
突然の事で頭の処理が追いつかなかった。
悠人が、私の事を好きだと言ってくれた。
告白。
私は想い人から告白された。
それを理解した途端、胸が切なくなった。
体の奥から何かが一気に込み上げてきた。
抑え込む余裕すら無く、込みあがったそれは涙として溢れてきた。
「千歳、大丈夫か!?」
涙で滲む視界の中で悠人が心配そうに私を見つめる。
『大丈夫・・・ただ、とても嬉しくて・・・』
涙だけでは収まりそうに無い感情を押し殺そうと嗚咽が漏れる。
『ユウ・・・私、私・・・うわあぁぁぁん』
そして私はとうとう泣き崩れてしまった。
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自分の手だけでなく服まで涙で濡らして、ようやく私の涙は止まった。
泣きやんで落ち着いてようやく気付いた、私の隣で悠人が私に寄り添い、頭を撫でている事に。
「泣きやんだか?俺の幼馴染は泣き虫で困る」
悠人が私を見つめてからかう。
『・・・ユウのいじわる』
私は頬を膨らませる。
「突然泣き出すもんだからビビったさ、でもこうして千歳が泣いたときはいつも俺がこうして宥めてたんだよな、小学校の時が懐かしい」
悠人は笑う。
『やめてよ、恥ずかしい事を思い出させないでよ』
袖で目元に残る涙を拭っていると車内アナウンスが流れた。
『次は「きさらぎ」、「きさらぎ」です、お見送りの方は次でお降りください』
『・・・いよいよ本当にお別れだな』
汽車が徐々に速度を落としていく。
僅かな時間の再会は終わりを迎えた。
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レトロチックなガス灯に照らされた駅のホームに列車は止まった。
『きさらぎ~、きさらぎ~、お見送りの方は折り返しの列車がございまーす』
アナウンスと共に列車のドアが開く。
ホームに降りるとカエルの合唱と共に薄い泥の匂いが鼻孔をくすぐった。
田んぼが近いのかもしれないが、月明かりだけでは何処からが田んぼか分らなかった。
「千歳、これで本当にお別れなんだな・・・奇妙な形だが、最後の最期に会えて本当に良かった」
列車の乗降口まで見送った私へ振り返ると、悠人は少し苦笑いを浮かべた。
『おいおい、さっき泣いたばかりだろ?そんなに泣いてるとあの世に行けなくなるぞ?』
今、鏡があるならば私はとんでもない泣き顔をしているのだろう、それは悠人の反応を見れば自ずと分かった。
『そんな訳無いでしょ!ユウが心配で心配で仕方無いのにもう逝かなきゃいけないもの、泣きたくもなるわ!』
私の反論に悠人は少しだけ笑った。
「もう大丈夫だ、チトにさよならを言えたんだ・・・これからは死ぬまで自分でやっていくさ・・・」
「だから、安心して天国で待っててくれ」
『・・・必ず後で来てね?自殺とか卑怯な手を使ってきたら絶交だからね!』
「惚れた女との約束だ、必ず守る・・・ところで告白の返事をまだ、聞いていないんだが?」
『・・・そういえばそうだったね』
私は列車から降りて、そのまま勢い任せに悠人に飛びつき、腕を首裏に回して抱き寄せた。
『ユウ、貴方からの告白の返事は・・・『これ』』
そして勢いに任せ、私は悠人の唇を奪った。
ほんの数秒がとても長く感じた。
ガス灯に照らされた駅のホームで二人が別れのキスを交わす、それは古い恋愛映画のワンシーンのようだった。
そんなムードに終わりを告げたのは発車を報せるベルだった。
私はそっと悠人から離れて列車に飛び乗り、直後に閉まった乗降扉の窓を開けて叫ぶ。
「ちゃんと待っててあげるから、最期まで生きてからこっちに来てよね!」
機関車が別れの汽笛を轟かせ、列車が動き出す。
最初は歩いていた悠人も徐々に走りだし、汽車に乗る私を追いかける。
「どうせまた後で会えるんだ・・・だから、さよならは言わねぇからな!」
走りながら矢継ぎに最期の言葉を告げる。
「だから、お前も向こうでメソメソ泣くんじゃねぇぞ!」
列車の速度が上がり、悠人が遠ざかっていく。
「俺も、後で・・・必ず向うから・・・」
とうとうホームの端まで来てしまい、悠人が遠ざかる中・・・
「だから・・・ほんの少しだけ『さよなら』だ」
悠人の精いっぱいの言葉と共に駅は遠のいていった。
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『『さよなら』は言わないって言ったのに、最後に『さよなら』で終わるなんて・・・』
そのまま私は乗降口の扉に寄りかかり、その場に崩れた。
『・・・最後の最後に、それはズルいよ、ユウ』
枯れ果てた筈の涙が溢れだす。
『最後がさよならで終わっちゃ・・・・やっぱり寂しいよ・・・』
一人ぼっちの車内に私の嗚咽だけが響くなか、汽車は彼女を慰めるかの様に哀し気な汽笛を鳴らした。