2章 慟哭に震える空と始まりの汽笛(裏)
ある少女の独白
胡蝶の夢、と言うのがある。
自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか?
夢の中の自分が現実なのか?
現実の方の自分が夢なのか?
どちらが正解かなんて誰にも分らない。
ただ一つだけ確かな事は、私は死んだという事だ。
焼けたアスファルトの上で感じた氷の様な冷たさ。
鉛を詰めたように重たく、無数の針で刺されたかのように痛む体。
周囲を紅黒く染めた私の血と、色褪せて見えた青空。
そして、刹那に聞こえた汽笛の様な音。
何一つ、褪せる事無く鮮明に覚えたまま闇の底へと意識は沈んでいった、はずだった。
それを踏まえてもう一度、考える。
胡蝶の夢、と言うものがある。
自分は事故に遭い、死んだ夢を見ていたのか?
それとも今の自分は死して尚、夢を見ているのか?
夢の中の私が、交通事故で死んだだけか?
私が交通事故で死んで尚、見続ける夢か?
どちらが正解かなんて、誰にも解るはずはない。
それでも一つだけ確かな事がある。
私は汽車に乗っていた。
不規則ながらも心地よい揺れとカタンカタンという小刻みな音の中、私は微睡みに漂っていた。
そんな私を一気に覚醒へと導いたのは力強い轟音だった。
突然の音に体を小さく震わせ、目を覚ます。
『え!?』
起き上がり、周囲を見渡すと・・・そこは列車の車内だった。
『・・・・・列車?』
改めて、辺りを見回す。
木の香りに満ちた木造の車内、
木枠に青い革張りの簡単な造りの座席が前後に向き合い、車内の隅まで続いている。
車内は私以外、誰も居なかった。
『見たところ、かなり古い型の客車みたいだけど・・・』
窓から見える車窓は闇の中だった、トンネルの中なのだろうか?
『・・・・他に誰か乗ってないかな?』
座席から立ち上がり、別の車両へ向かおうと連結部への引き扉に手をかけた時、目の前の引き扉が開いた。
「おや?」
『キャッ!』
突然の事に私はバランスを崩し、尻もちをついた。
「あぁ、ごめんなさい。驚かせてしまったみたいで」
見ると目の前には車掌らしき男性が立っていた。
見た目は50代後半と言った風貌の男が手を差し伸べる。
服は深めの青いトレンチコートの様な外套の下に白シャツと赤ネクタイをしており、特徴的な黒い帯の入った青い帽子を被っていた。
『え・・・と、あなたは?』
手を取るより先に質問が出てしまった。
「あぁ、自己紹介を忘れてました、失敬失敬」
男は帽子を被り直すと右手を帽子の前に添えて、敬礼を行う。
「私、この列車の車掌をさせて頂いてます、比良坂と言います。簡単に『車掌さん』で良いですよ」
『わ、私は如月 千歳・・・です』
「如月 千歳さん、ですか・・・よい名前ですね」
比良坂さん、車掌は朗らかに笑う。
一度席に座り直し車掌さんも座る。
『あの・・・この列車はなんですか?どうして私は乗ってるんですか?』
「この列車は、御霊列車と言いまして、あの世とこの世を結ぶ列車、簡単に言えば霊の乗る列車ですね。」
『・・・私はどうしてこの列車に?』
「如月さん、ご存じの通り貴方は亡くなりました」
『はい』
そうだ、確かに私は死んだ。
最後に見た最期の光景は鮮明に覚えている。
「本来ならば四十九日後に現世を離れて浄土へと渡っていただくのですが、訳あって早巻きながら浄土へとお連れする事と致しました」
『どうして?』
「貴方は最期にとても強い想いを抱いて亡くなりました。それがどんな内容であれ現世に残れば、やがて悪影響を及ぼす事になるからです」
生前に京都で聞いた坊主の説教を思い出す、強い思念は現世に留まり続けると悪意を持ってしまうのだとか。
『四十九日も放って置く訳にはいかないから、前倒しであの世に送ると?』
「言葉を選ばず、尚且つ誤解を恐れずに言えば、その通りです」
車掌さんは少し気まずく答える。
訳も分からないままあの世へ行くというのは多少の不安があるが、私は浄土へ行けると言う事である程度の安堵を得る事が出来た。
この車掌さん、少し怪しい雰囲気を纏っているが何故かウソを言っているようには見えない。
「さて、私は一度ここらで失礼致します、私は2つ先の駅で交代なもので、降りる支度をしなくてはなりません」
車掌さんは重たげに腰を上げて、他の車両へと行ってしまった。
それと入れ違いだろうか?列車が長かったトンネルを抜けたようで窓の外から眩しい光が飛び込んできた。
『~~~~!』
急に射し込んできた光に思わず目を閉じる。
数秒後に白んだ視界が落ち着きを取り戻し、改めて目に映った車窓に私は言葉を失った。