第07話 『転移! そして脱出』
「しかしそういう話であれば……その、脱出だけならばできるかも知れません」
私の考え――包囲している軍勢も叛乱勢力ではないかという話に、ジェルジが少し口ごもりながら言う。
そういう話、とは完全に包囲されて逃げ場がないということだろうか。
それだと包囲されてなくても脱出できるんじゃないの?
言った本人を除いて全員が同じ疑問を抱いたことに気が付いたのか、ジェルジは肩を竦めると本当に申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。本当に最後の最後の手段なんです……僕としては、なんですが」
「その理由を聞きたいんだけど」
「ええと、できれば見逃してくださいよ。僕の部屋には転移の魔方陣を設置してあるのです……」
さすがに私に聞かれたら濁しきれないようで、ジェルジは頭を掻きながら答えた。
実はそれが違法行為であるとは流石に口に出来なかったようだが、私にはその意図が解らなかった。だからテッサが「ああー」って苦笑する中、私はそれの何が苦笑するような話なのか、小首を傾げる。
だがニケアとしては苦笑だけで済ませられる話でもないようで、非難がましい鋭い視線を向ける。
「……それは、官舎か?」
「まさか! さすがにそんな度胸はありません。うちの屋敷ですよ」
「えっと、それってどういうことなのかさっぱり分からないんだけど」
転移って使ってナンボじゃないの?
一人だけ置いてきぼりな私を宥めるように、テッサがポンポンと背中を叩いてくれた。
「そのような話は後でにしましょう。するとジェルジ…様は<集団転移>が使えるのですか?」
「いえ、使えません。ですが4名分の<対人転移>でしたらなんとか保つかと思います」
「<対人転移>か……」
良い案だと思ったがニケアが難色を匂わせる。
その理由は私にも分かった。
どの順番で行くか、と言う話だ。
魔法を使えるのはジェルジだけだろうから、ジェルジが最後になるのは確定として、転移先が罠だったら?
そのためには一番手にはニケアになるだろう。
しかしジェルジが叛乱側だった場合、ニケアがいなくなった段階で私に危険が及ぶ。
その意味で私が三番手は言語道断と言われるのは目に見えている。つまり二番手が確定だ。個人的には一番手が望ましいけど、そこは最初に斬り捨てられるだろうね。
ただ、どのような事情があろうとも、ジェルジを信用するのは絶対的な条件となる。
それを踏まえた上で私は聞いた。
「ねぇジェルジさん、貴方の家族は?」
「え? ああ、確かに屋敷には両親と兄弟がいます。男爵家なので使用人はそれほど居りませんが」
意図することを察した様子のジェルジは答えた。
が、おそらく様子だけで私の意図は読めていない。信用の為に家の位を聞かれた程度にしか考えていないだろう。
私は少しだけ目を閉じて長考する。
信用以外はルートが塞がれてるんだよね、今の状況。
そして塞いだ状況の最初からジェルジは絡んでる。上手く出来すぎてるにしても、やりすぎじゃないかな。
それでもジェルジの裏切りがあるとしたら、人知れず謀殺がしたい場合。その場合、行き先を正直に言わないにしても屋敷なんて言う事があるだろうか。だって貴族って、叛乱に荷担する可能性があるって事でしょ。
もう一つ考慮するなら家族を人質を捕られてる事もあるわけだし。そういう疑いを回避したいなら、適当に一人暮らしだとか言っておけばいい。
私達には判断できないからね。
うーん、怪しいと思えばみんな怪しいし、抜けていると思えばどこもかしこも抜けている。
少し長く考えすぎたかなと目を開けると、その間にジェルジは漸く質問の意図に気が付いたようで、表情を硬くしていた。
しかしそれに気付いてなお何も言わなかった事で、私は彼を信頼することに決めた。
理由は単なる直感ってのもあるんだけど、貴族家の名前を出す必要性だけが皆無だったし、言い訳などせずに断罪を待つかのようだったからだ。
「いいわ、一番手はテッサ、二番手に私、三番手にニケアで送って貰うのがいいかもね」
「殿下!?」
ニケアが思わずという風情で声を出が、慌てて口を押さえる。
「どのみちジェルジ…トライゼー男爵? 彼を信頼するのがこの場を切り抜ける絶対条件なのよ。それでも私が一番手ってのは承服しかねるでしょう?」
「しかし僕自身、殿下の信頼に応える術を持ち合わせていないと自覚しておりますが」
「その自覚だけで充分よ。私は自分の人を見る目を信頼することにしただけなのだから、貴方自身が応える必要は無いわ」
協力してくれるだけで充分。
それは本心だったし、その協力に対して証明まで求めるのは傲慢に感じたのだ。
ここまで言われるとジェルジだけでなくニケアも理解してくれたようで、大きく頷いた。
「……わかりました。あと、彼は男爵ではありません。トライゼー男爵家のご子息ですよ」
「はい、トライゼー男爵家の四男ですので、爵位を継ぐ予定もありません」
「あ、それはごめんなさい」
そっか。爵位って継げるの一人だもんね。
私が納得している一方で、本来の私の立場であれば言うべき事をテッサが口にする。
いわゆる「地位の約束」ってヤツだ。
この場合は確定じゃないけどね。
だからだろう、実は大サービスのオマケ付きだった。
「ふふ、でも事が無事に終わったら子爵位は固いと思いますよ。もちろん貴方ご自身が」
「は!?」
「なんでしたらリンド公爵家に属して頂いても構いませんよ」
「は? そ、それは……」
「リンド様、猶予もありませんし、あまりおからかいになられるのは……」
きっとあまりの事なのだろう。
緊張のあまりガチガチに固まってしまったジェルジを気の毒に思ってか、ニケアが助け船を出していた。
それゃあ将来は無爵でって考えてた所に、実家より上の爵位が転がり込む可能性があるんじゃなぁ。
って思ってたら、リンド公爵家に属するということは首都に屋敷を構え、かつ派閥に入れるだけではなく、公爵家の血筋としては見做されないが派閥内では公爵家の親族と同等の扱いをされるという事だそうだ。
しかもリンド公爵家は四大公爵家の一家だとか。
現代で言うと地方の零細企業の一従業員が、大企業の社長室に抜擢されるとかそんな感じなんだろうか。
そりゃビビるわ。
ジェルジもジェルジで、住む世界が違い過ぎることを自覚したのだろう。
改まった態度でニケアへ向き直ると、鞘に収めたままの自分の剣をニケアへ差し出した。
「ニケア様。アルメリア殿下の信頼に対するせめてもの返礼として、私の剣を預けたく思います」
「いや、それでは最後に残るお前が丸腰になろう。私は先ほどの手筈通り、この枝に<武器錬成>を貰うだけで充分だ」
様などいらぬと言いかけたのだろう。僅かに眉を顰めて口を開きかけたニケアだったが、相手の真摯な態度に唇を結び直すと改めて言い直した。
しかし枝も武器に出来るんだねぇ。
最初に見たときは何事かと思ったけど、そういう魔法があるなら納得だ。
ジェルジは人材としてはかなり優秀なんじゃなかろうか。
そして優秀な人材とは、自分の状態を正しく把握しているものである。
「それだと私の魔力が保たぬ恐れがあります。故にこの剣をお渡しするのです」
「でしたらこちらをお使い下さい」
テッサがドレスの裾を捲って身に着けた腕輪を外すと、ジェルジではなくニケアに渡した。
渡されたニケアが何かに気付いたように、その内側から小さなアンプルのようなものを1本取り出す。
「マナ・ポーションです。軍用のものですので使い方は分かりますね?」
「はい、大丈夫です。それではニケア様を転移する際に使わせて頂きます」
そう言って三人が頷きあうと、ジェルジはニケアの手にした枝を<武器錬成>で剣に変成し、疾く地面に円を描き始めた。
へ? 要するにポーションで魔力回復できるけど、リスクヘッジのために私とテッサの転移後までは渡さないよってことで、それ自体もジェルジの私への信頼の返礼として申し出た内容が却下された代替って事か。
それをさも当然のように短い話で決められるって、この三人すげー。
何が何でもこの三人は守らなくちゃ。そう思うと責任が重い。
守られる側だろって話は耳を塞いでおく。
そして私は、テッサの敷いたハンカチの上に下ろされる。
はい、私はずっと抱っこされていたのです。
だってベッドで寝てたところを逃げ出したから裸足だもん。
ついでに言うと寝間着のままなので、淑女としてはどうなんだろう。
11歳だしへーきかな。
あ、そういえば私がテッサでふにゃふにゃしてるとき、ジェルジが目を逸らしたのはそういうことか?
私以外の女性陣より年下っぽいし、思春期真っ盛りだと仕方ないね。
そのジェルジが描いていたのは、二重線の円とその内側の六芒星だった。
どう見ても魔方陣ってやつ。
そしてジェルジ本人がその魔方陣に足を踏み入れると、テッサに手を差し伸べる。
おや、転移ゲートなんてノリでテッサが中に入ると思ってたんだけど、違うんだね。
エスコートするように差し伸べられた手に、テッサがこれまたエスコートを受ける貴婦人のように優雅に手を添える。
「リンド様、転移先は僕の個室です。危険は無いかと思いますがもし使用人が居た場合、私の名を出して執事長のラングを呼びつけて下さい。それから言うまでも無いことかと思いますが、すぐに姫さまも送りますので出現位置からは離れて下さい」
「はい、わかりました」
テッサの頷きを確認したジェルジは、開いた手を額に添えて目を閉じた。
「……『我はロールの子鍵もて開封せり。現れよ現れよ現れよ、我が扉、人が潜りしものなりて、此方を繋ぐものなり。我が魔道、道を照らすものなりて、彼方を繋ぐものなり。現れよ、そして行け』」
思った以上に魔法の呪文だった。
呪文のリズムと共にジェルジの手からぼんやりとした光が溢れ、それがまるで水を流したかのような動きでテッサの体を覆っていく。魔法の光は地面まで流れ落ちるとゆったりと円を描き、次第に回転するように迸る。
静謐にして淡いその光は次第に強くなり、呪文の終了と共にテッサの姿と共にかき消えた。
思わず感嘆の吐息が零れる。
いや、さっき枝に3Dのボーンでも組まれていくように薄布のようなものが纏わり付いて剣に変わるのを見てはいるんだけど、その時って割と短い呪文だったし、ここまで「なんか魔法使ってます」って感じじゃなかったんだよね。
次は私の番と思うと、不謹慎ながらワクワクしてしまった。
「では、次は殿下です」
「お願いします」
軽く深呼吸してからジェルジが片膝をつき、手を差し出してきた。
返事をしてからテッサと同じように手を重ねる。
見た目の年齢にしては硬い手だった。なんとなく意外に感じてしまう。
「それでは参ります。足下がふらつくかも知れませんが、リンド様も居りますので慌てる必要はございません」
私が頷くと、旋律のような呪文が流れ始める。
テッサの時と同じような淡い光が私の体を包む。
これ、包まれたら眩しいんじゃないかと思ったけど、不思議と眩しさは感じなかった。光が強くなるにつれてどこかムズムズする感覚に襲われたけど、嫌な感じではない。
あ、いよいよ呪文が終わる頃かな。
そして転移。
千姫の感覚だと「魔法陣」が正しいのでしょうが、他と違って細かすぎて誰も気付かない選手権になりそうなので、この世界の表記である「魔方陣」を使ってます。