第06話 『デッドエンド回避の為に必要なこと』
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ダメダメダメ!
私は軽く恐慌状態にあった。
一瞬、叛乱が起きて私が狙われたのかと思ったけど、ニケアの態度を見る限り有り得ない人物らしい。理由も言わず、強行するように私に向かってくるってことは、狙いは私なんじゃないの?
そう思ったとき、すごく怖くなった。
私は私の前世ではあるけれど、そんなこと知ってるのは私とオッサン女神ぐらいのものだ。つまりこの世界の人達には私は異物に見えるかも知れない。私にも言いたいことはあるけれど、それは認める。
だから、その異物を排除しようとする人達に立ちはだかるニケアは、知らずにアルメリア王女の敵になってしまっているんじゃないだろうか。
そのためにニケアが殺されるなんて絶対にあっちゃダメだ。
テッサも私を庇うようにベッドから連れ出してくれたけど、ニケアとは違う形で私を庇い続けてくれる気がする。
ジェルジもニケアと一緒になって私を守ろうとしてくれてる。
その行為には当然のように皆の命がかかっていると思ったら、言いしれぬ恐怖が押し寄せてきたのだ。
私の為に三人も犠牲にするなんて出来ない。
でも大人しく殺されてあげるなんて殊勝なことは出来ないし、なにより私と一緒に私が死んでしまうかも知れない。どうやって私を退治するつもりなのかは知らないけど、普通に斬り殺すって感じだよね。
それ間違いなく私も死ぬでしょ。
それだけは出来ない相談だ。
正直、世界を救うとかは話が違うことになっているのでどうでも良くなっていたが、だからといって転生した後の人生を楽しむ気が無いわけではない。むしろ魔法なんてものがあるならそれなりに楽しみたいとすら思っている。
だったらこの危急存亡の秋を前にしてどうするよ私?
考えるまでもない。
逃げるしかない。
それも私だけでだ。
扉が塞がれてる以上、窓から逃げるしかない。
しかし窓の鍵の位置が分からない。
一見すると鍵なんて無いように見えるのに開かないのだ。
――何これ、鍵かかってるの!? どうやって外すのよ!!
開かないと分かると焦りだけが募っていく。
物音を立てるのは拙いと知りつつも、焦りはそんな思考を吹き飛ばしてしまう。
「姫さま……」
私は気付かなかったが、テッサは私を止めるべきか窓を開けるべきか迷っていた。
何より目前で動きがあったので、それに乗じてすり抜けるつもりだったからだ。
――窓が開かないならどうしよう……
――壊す? どうやって? じゃあ別の場所から――
混乱した私の耳に、ニケアの声が飛び込んで来た。
ぎょっとしてそちらを向いてしまう。
「殿下! 飛び降ります!」
ニケアがこっちに向かってくる。
ダメ、ダメだよ。
偽物を守る必要なんて無いでしょ。
でもそんな私の意志は無視して、ニケアは私を優しく抱き上げてくれた。
ダメだと言い聞かせていても、安心に包まれてしまう自分がいる。
「大丈夫です、私は貴女の味方ですよ」
その言葉は、恐怖と混乱に支配されていた私の心の中にするりと入り込んでしまった。
私はニケアの胸にしがみついた。
※ ※ ※
その後のことはあまり覚えていない。
軽い浮遊感を感じたので、飛び降りはしたんだと思う。
その後、どこをどう移動したのか、どこかの林の茂みの中にいた。
いや、林じゃないや。
壁がそそり立ってるって事はまだ敷地内っぽい。
時間的には昼間みたいだけど、それでも太陽が木々に遮られてかなり薄暗い。
そうやって周囲を見た理由は簡単だ。
私はずっとニケアにしがみついていたので、流石にこのままでは脱出に不都合なのだ。
「今度は私の番ですよ〜」
顔を上げた私をテッサが抱きしめてきたので、もしかすると「こうどなとりひき」があったのかも知れない。
胸に顔を埋めると、いい香りがしてふにゃふにゃで気持ちいい。
あっ……(察し)
いつもというか、先ほどまでならこれをネタに楽しくトークするところだけど、今はそんな気になれなかった。
これで間違いなく三人を巻き込んでしまったからだ。
私の立場がどうなっているのかは分からないけれど、この三人の安全だけは確保したい。
でもどうやって?
それを考えるには今の私の立場を確認しないといけない。
ニケアが言ってたみたいに叛乱が起きて私の命が標的になっているのか。単に暗殺だけという線もあるのかな。それとも私が気付かれているのか。
気付かれたなら侍医のヨフニルさんから漏れたんだろうけど、魔法があるんじゃどこから確認されててもおかしくない。
なんとなーく私の行動や発言が以前の私と違っている様子なのは、特にヨフニルさんの態度から顕著だったし、全く関係ない所から見られていて『偽物だ』って判断されたとかね。
肝心なのは気付かれていて、かつ私だけ処分しようとしてるのか、それとも私諸共かって事なんだよね。
テッサとニケアを見る限り、人としての倫理観って私とそこまでズレて無さそうだけど、そこから予想すると私諸共って有り得ないんじゃないかな。魔法があるならなおのこと治療しようとするはず。
さっきはパニクちゃったけど、冷静に考えると異物を排除しようとしたにしては辻褄が合わない……よね?
私がバレてないなら話は簡単――いや、単純なだけで簡単じゃないな。
大規模な叛乱が起きてるんならもう誰が敵で味方か分からないわけだし、どこかに逃げ延びるにしても大変だ。
けど、その場合の対応についてはテッサやニケアの方が詳しいだろう。
うん、今は考えすぎず、この状況から脱出して安全を確保する事を考えよう。
と、私はテッサにふにゃふにゃ埋もれながら考えを纏めていた。
しかもテッサは優しく頭を撫でてくれてる。
気持ち良くて落ち着くから、考えもまとまるわー。
なんてやってたら、こちらに目を向けたジェルジが速攻で目を逸らした。
失礼な!
なおその間、ニケアもジェルジも茂みの中から動かなかった。何をしていたのかというと、飛び降りた直後に速攻で移動して身を潜めていたのだ。
それも確実に追撃があるので、先手を打って逆撃を与える為にである。
しかし予想していた追撃はない。
5分ほども経過すると、長さ20センチほどの木の枝を手にしたニケアが眉を顰めていた。
「……どういうことだ?」
「それは、どういう意味です?」
「彼らは私達と同じルートで追撃できる。それがないということは罠かとも考えたが、それをする理由が見当たらないのだ」
「だとすると、まだ逃がしていないと考えている……。ですかね」
私的にはニケアが手にしてる木の枝が「どういうこと?」なんだけど、聞く気力は起きてない。代わりにそれを受けているのはジェルジだ。こちらはちゃんと細身の剣を鞘に収めているので、木の枝の違和感がすごい。
ではなく。
要するにニケアに出来ることを同じ近衛騎士である彼らが出来ないはずもなく、それをしない理由というのが思い当たらないってことか。
「そういえば咄嗟に『心話の指輪』を全部外しましたが……どうします? 防衛大隊の司令部にのみ連絡を付けるということもできますが」
「外していたのか……対応が流石だな」
「防衛大隊の司令部って連絡任務が主ですからね。そういう所だけはきっちり叩き込まれます」
左手に握り込んでいた指輪を見せるジェルジ。
ああ、あれ心話をするための指輪だったのか。チャラいとか言ってゴメンよ。
いや、言ってないな。
思っただけだからセーフセーフ。
「その司令部付きの観点から見てどう思う? 私もそうだがトップが叛乱に荷担していると分かった以上、その配下は全て荷担していると見て動くべきだと思うのだが」
「僕も全く同感です。そうですね……僕がここに向かっている間に司令部が掌握されたということもあり得ますね。ディアシウス卿は――」
「ディアシウス卿は止めてくれ、ニケアでいい」
「じゃあ、僕もジェルジと。で、ニケアは近衛騎士団に連絡を付けられないのでしょうか。そのほうが確実な救助が期待できると思うんですが」
「正直、今回の行幸の為に特別編成された支隊だと、陛下直属のオルドレイ支隊しか信用できぬ気がする。ランパス卿が裏切ったというのはそれほどのことなのだ。そして私ではオルドレイ支隊に連絡を付ける手段を持ち合わせてはおらん」
「確かにオルドレイ様なら裏切ることはないのでしょうが――」
言葉を句切ると、やや困惑した目つきでジェルジは言った。彼は比較的目尻が下がっているのだが、愁眉を見せるとますます目尻が下がる印象を受ける。
「――オルドレイ支隊は本日、陛下と共にドラクロス砦に出向いていますよね」
「……うむ、そう聞いているな」
なるほど。
事情は何となく分かってきた。
トップが視察に出たんで、これ幸いと叛乱を起こしたと。
魔王の威光がどんなもんか知らんけど、速攻で叛乱されるってダメじゃないのかね。
その深刻さがニケアとジェルジ、二人の顔に出ていた。
この辺りになると、私も混乱から大分回復していた。
そのおかげか、その音に気が付くとぴくっと顔を上げる。
テッサも撫でる手を止め、おやおやという様子で周囲に首を廻らせた。
「屋敷の周囲が少し騒がしくなってきましたね。これは……」
「包囲が完了しているということか。これは不味いな」
ニケアとジェルジもすぐに気が付いたようだ。
耳を側てていると僅かな風に乗って声が聞こえてくる。
『――近衛隊長ランパス卿および防衛隊長ジルスが謀反を謀った。これより我らは屋敷に突入し、アルメリア王女殿下の救出を行う。各部隊は――』
「良かった。助かりましたよ殿下――」
「待って」
私は身を起こすとニケアの腕を掴んで止めた。
思ったより華奢な腕だけど、女の子にとっては頼れる腕だ。
「私達が窓を破ってからこれほど短時間で包囲を完了してるなんておかしいでしょ」
「どういう、ことですか」
腕を掴まれたニケアは驚いた顔をしている。
窓を破ってから10分も経過していない。つまり襲撃されてからも同じような時間だ。
なのにこのタイミングで突入開始?
ってことは襲撃前から包囲しはじめてないと間に合わないよね?
ハッキリ言って嫌な予感しかしない。
「窓の割れた音は聞こえているハズってこと。事態が進行中であると認識したにしては悠長だし、それを無視して包囲を優先したってことは、私達も含めて包囲の対象にされてるんじゃ?」
「つまり――」
「包囲してる連中も敵――いえ、こっちが襲撃の本命なのかもね」
最初の襲撃はあくまで時間稼ぎか、居場所を知らせる為か。
あるいは犯人を作る為か。
「どうせなら、包囲してる連中がどこの誰なのか確認してから逃げたいわね」
屋敷が炎上してたら気分は織田信長だ。
逃げ場がないって意味じゃ、炎上してるも同然かも。
でも私は敦盛なんて舞うつもりはないし、明智光秀が誰なのかぐらいは知っておきたい。
そこまで呟いてから気が付いた。
三人ともきょとんとしてる。
ん? 何かおかし…な……
うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
やってしまった!!
これ11歳の女の子っていうか、この子の言うようなことじゃないよね。
でもしょうが無いじゃん。
私の予想が正しかったらデッドエンドルートなんだもん。
けどこの三人を誤魔化さないと、それはそれでデッドエンドではなかろうか……。
「あ、え、えーと……もしかしたら、魔法で瞬時に包囲とか、できたり……する…の、かし…ら?」
ここで「できるよ」とか言って貰えると、子供の背伸びみたいに見えて微笑まししい、なんてことにはなりませんか?
自分でも自覚できるほどに目を泳がせながら、私は訴えた。
「いえ、殿下のご指摘は尤もです。私も冷静さを欠いておりました」
「さすがは大王のお子でいらっしゃいますね」
「ええ本当に」
なりませんか。
でもなんか納得して貰えた?
叛乱だのクーデターだのと連呼していると、某チャッピーと愉快な下僕共がちらついて仕方ないのです。