第03話 『侍女と騎士』
侍医さんが退室した後、漸く一息。
ふぅと肩をなで下ろす私に、侍女さんがサイドテーブルを滑らせながら尋ねてきた。
「姫さま、何かお飲みになられますか?」
「その前に、二人のお名前を聞いていいかな?」
飲み物も欲しかったけど、それより前に名前を聞いておかないと話しづらい。
「そうでした、お忘れなのですものね。私は姫さまの側仕えを努めさせて頂いておりますテッサロニカ・リンドと申します。テッサとお呼びくださいね」
流れるようなカーテシーで挨拶してくれるテッサ。
こっちの世界にもあるんだと思うより、その気品への感嘆の方が強い。
この世界の成人というものが何歳からなのかは分からないが、アルメリアと比較して少し年上――高校生ぐらいだろうか――に見える。薄紫のくりくりと丸い目が特徴的の、右に2本左に1本の角を持つ、おっとりとした雰囲気の少女だ。
いや、少女にしてはこう、胸部と腰のくびれに滅茶苦茶差があるんだけど、コルセットとかで締めてるからそう見えるだけだよね。
薄いピンク色の髪をおかっぱのような長さに切りそろえているように見えて、サイドの一部が長いまま三つ編みにされて、後ろで括られていた。
そしてメイド服ではなく、紺を基調にした簡素なドレスを着ているところを見るとこの世界のお仕着せとはこういうものなのだろうか。改めて見ると侍女という認識はあったのにブリムも付けていなかった。
「私はその、近衛でも一時的な直衛になるとは思うのですが……」
「いいから、いいから」
そしてイケメンの女騎士さん。
こちらは上品な赤を基調にした騎士の制服か。
襟元をジャボで飾り、コルセットのようにくびれたベスト、だぼついたズボンをロングブーツで絞ったスタイルは中世風なのだろうか。その上に燕尾服に近い形のロングコートを羽織っている。全体的に細やかな金地の刺繍がされているため、儀典用にも見える。
年の頃はテッサと同じぐらい、つまり私からすると年下に見えるのに、服に着られている様子が全然無いのが凄い。
私の成人式とか酷かったもんだけど、体型がいいと何着ても似合う典型ってヤツだね。
全体的に長い金髪をお団子にして、サイドから編み上げた左右の三つ編みで結い上げている。テッサもしていたこのサイド編みは、この世界の流行なのかな。
凛々しい顔立ちが控えめに困り顔をしているところが可愛らしいけど、その遠慮がちなところを強引に押して自己紹介をして貰おう。
「近衛騎士団ランパス支隊所属、ニケア・ディアシウスです。本来の身辺警護の者が現場から戻り次第交代になってしまうかと思うと恐縮ではありますが」
「現場? そういうば何があったのかは聞かなくていいと言われたけれど……私に何かあった場所ってこと?」
「そう…なります。実際に何があったのかまでは私にも分からないのですが、緊急時の場合は姫さまだけ<転移>で避難する手筈となっておりましたので」
ニケアは少々言い淀んだものの、結局説明してくれた。
この人、押せば割と話してくれそう。
が、私はそんな事柄よりも聞き捨てならない単語に反応してしまった。
「てれぽーと!」
おおっ、めっちゃ魔法って感じ。
これは興奮する。
「習熟難易度は高めですが、そこまで珍しい魔術ではありませんよ」
「へぇ、それじゃあどんな場所へも一瞬で移動出来るの?」
それが出来るならかなり便利。
移動時間なしはデカい。
この世界の流通って凄いことになってそうだよねー。
が、そんな美味い話はないらしい。
苦笑しながらこんなことを言われた。
「そのぐらいの話になると界境門で位相を変えないといけませんが、そのようなものは賢者級ですのでお伽話程度に考えておくべきかと」
デスヨネー。
やっぱり魔法にもランクがあるらしい。
というか、複雑な術式を自分に合わせて構築するには、最高位の魔導師級じゃないと難しくて扱えないとかなんとか。
この部分はよく分からなかったけど、ランクを大まかに分けると以下の四段階になるらしい。
魔導師 > 魔術士 > 魔法使い > 一般人
細分化は省くけど、一般人でも魔法とは無縁ではないというから驚きだ。
魔法の呪文は一般人でも使えるし、魔法使いに至っては現代で言うところの自動車免許程度には気軽らしい。免許制ではないようだけど。
魔術士に関しては術式を改造できる人のこと。高度で複雑な術式は個人の魔力の質やらなんやらに合わせないと効率的にはならないらしく、ここで越えられない壁がそびえ立っている。私のような地球人が想像する魔法使いってのはここになるのかな。
魔導師に至ってはもうゼロから術式を構築できる人。それだけの知識と経験が無いと難しいとか。
で、その上にいるのが賢者とか聖女とかのお伽話の人達。実際にいないこともないらしいんだけど。
この辺りは軽く説明して貰ったら思い出した。
私の記憶じゃないけど、体が覚えてる記憶ってヤツ?
聞いた事ないけど、聞いたことあるなーって。
言葉にしてみてもそうだけど、言葉にしなくてもすごく変な感じがするな。
うーん、説明は難しい。
「そういう凄いテレポートだけでも使えたら便利そうなのにね」
「制限が多いので、そこまで便利なわけではないのです。距離なども数キロがせいぜいですし、予め転移ポイントを設置しておかなくてはなりませんし」
「ニケアさん、詳しいね」
騎士なのに魔法に詳しいのは、近衛騎士だと魔法の対策も必要だからなのかな。
「私も一応、魔術士級に片足を突っ込んだ程度は修めていますので、門外の魔術についても基本は一通り」
「えっ、騎士なのに魔術士なの!? 剣を使ったりしないの?」
「いえっ、剣も使いますよ。むしろそちらの方が得手といいますか……」
驚いて声を出した私に、慌てたようにフォローを入れるニケア。
いやいや、それで失望なんかしないよ。
てか、剣を振って魔法も使えるってエリートじゃね?
あっ、王女様の近衛が勤まるんだからそりゃエリートか。
しかもこの若さですよ。
「エリートなんだねぇ」
「そんなっ、私など近衛騎士団でも見習いなのですから、そのような過分なお言葉はっ」
「えー、でもまだ若いんだから将来有望間違いないよね。今後ともよろしくお願いします」
感心しきりな私に、ニケアは両の掌をこちらに向けて、恐縮そうにしてしまう。
そんなところも好感度高い。
今後がどのぐらいあるのかは分からないけれど、この人は信頼できそうだなと思ったのでぺこっと頭を下げた。
「あのっ、そのっ、そんなっ――」
「ふふ姫さま、あまりニケアをおからかいにならないでくださいね。この子、素直なので」
頭を下げたので見えないが、ニケアがあたふたしている様子が手に取るように分かる。
ちょっと楽しい。
なんて思ってたら、私達のやりとりをほんわかと眺めていたテッサにストップを入れられてしまった。
あー、王女様だからそう易々と頭下げたりしちゃダメかな?
「お喋りして喉も渇いたでしょう? こちらをお飲みになってくださいな」
真っ赤になって俯いてしまっているニケアから視線を逸らすように、目の前にお盆が差し出された。
なんと浮いてる。すげー。
魔法と言うよりSFだね。
ちょんと突いてみるが動かない。
それを見たテッサがにっこりと微笑む。
「そんなに簡単には動かないのでご安心ください」
「ありがとう。頂きます」
だよねー。
ちょっと突いて動くようじゃ、確かに危ない。
縁を金で飾られた、なんとも豪奢な陶器のグラスを手に取る。中身は水のようで、透明な液体の中に丸い氷が3つほど浮いていた。
へー、冷凍庫みたいなのもあるのかな。
「はい、ニケアもどうぞ」
「お気遣いありがとうございます」
私の後に水を手渡されていたニケアは、何故か恐縮している様子。立場的にはテッサの方が上なのかな。それともテッサの方が年上とか、仕えてる年数で職場内権力が確立されるとか。現代社会よりそういうのって厳しそうだよね。
そうして何の気なしに口に含んだ水は、爽やかに喉を抜けていく。甘いようで甘くなくて、酸っぱいようで酸っぱくなくて。まろやかだけどまろやかすぎず、確かに舌触りがあるのだけど味はないように感じる。
なんだこれ。
全てにおいて調和の取れた水って言えばいいのかな。
ミネラルウォーターって飲んでも「ふーん」としか思わなかった私だけど、これは確かに「Mineral Water」って巻き舌のアクセントで言いたくなる。
「なにこれ美味しい!?」
「今朝汲んだばかりの湧き水だそうです。魔術で出した水とは違いますよ〜」
「へー、魔法で水出したり出来るんだ」
「はい、その氷は魔術ですよ」
ひょいぱく。
うん。これは味がない。
「お行儀が悪いですよ」
「はーい」
「返事は『はい』です」
「はい」
直径3センチほどの氷を口に含んでもごもごしていたら、怒られた。
お行儀はどこの世界も一緒でした。
しかし目が醒めて少ししか経ってないのに、この状況に馴染んじゃってるなー。
普通はもっと慌てたりするもんだよね。
まー、二人ともいい人だし。
この時はゆっくりと情報収集すればいいやと思っていたけど、後から思えば何があったのかだけは無理にでも聞いておくべきだったんだよね。
私は知らなかったけど、私は命を狙われてたんだから。それを知っておくだけでも全然違ったかも知れない。
ま、結果論だけどね。
補足:
魔導、魔術、魔法の順でランクが下がっているように見えますが、実際は“魔法”という不可思議な力を体現する力のカテゴリ内に“魔術”が存在し、その魔術を教えられるレベルの人を“魔導師”と呼んでます。
故に今回登場している力のカテゴリとしては“マナ”をエネルギー源とする“魔術”しかありません。
そして下のランクにいる“魔法使い”はどうして魔術が発生するのかを理解していないが故に、その現象を『魔法』と呼び現しており、それが定着してしまったのです(劇中の千姫もこれと同じ認識なので、魔法と魔術の区別が付いてません)。
一部の魔術士の中にはこうした“魔法使い”に対して「お前らは魔法も魔術も使ってねーよ、唱えてるだけだ」と見下して“呪文使い”と呼ぶこともあります。
この辺りはいずれ、リファレンスデザインなどで解説するかもしれません。