生成のおまけ
あれから大騒ぎの後、クリフォードにベッドまで運ばれる流れとなっていた。
そしてベッドサイドにアレクシスとクリフォード、少し離れたところにマリアが控えている。
伊織は気まずい表情で、誰とも目が合わないように視線をふらつかせていた。
もっとも背中にクッションをあてがわれ、上半身を起こされた状態では室内の視線を逃れる術はないのだが。
「…いやもう本当に申し訳ないというか、想定外だったというか」
その空気に耐えられずに謝罪ともいえない言葉をぽつりと投げると、アレクシスが軽くため息を吐く。
「いや…先に私が話しておくべきだったね。イツキ殿は物理での戦闘特化だったそうだから、その辺りの事には全く気が回らなかった」
やっぱりそうか、という言葉を飲み込みつつ次の言葉を促す。
伊織は斎に関してはゲームでいうところの脳筋戦士だと認識している。何かしらの魔法的なスキルがあったところで、あれは物理一択を選ぶ男なのだ。
「この世界では、内包魔力も使いすぎると極度の疲労状態になるんだよ。とはいえ、私のように数値が見れないのが普通だから、その辺りが管理できるようになれば一人前の術士だと言われるようになる」
災禍から救われた過去といい、人間にとって何らかの都合が悪い存在がいるのならば、冒険者的な職業があるのだろう。そうでないとしても、騎士団などの職業軍人もいるだろうし、思っているよりは戦える人間は多いのかもしれない。
確かに魔力を扱う上での実戦で、MPが切れて動けませんでは話にならない。
一人前の基準があるということは、感覚として培うものなのだろうか。
「それってどのぐらいまで減らしても?ギリギリぐらいになったら分かるもんですかね?」
「色々な人を見たけれど、最終ラインは上限の一割といったところだったね。一応、レベルやHP、MPを見ることが出来る魔道具はあるんだけど、それぞれの施設預かりだから頻繁に見られるものではないね。
魔力に関しては貴族は幼い頃から慣らす者が多いから、成人…ええと、16歳ぐらいまでにはその感覚を身に着けさせる」
「貴族は?ってもしかして…」
「察しの通り、魔力の器は貴族の方が大きい者が多いんだよ。だから小さい頃からきちんと制御を学ばせる義務がある」
まあ色々と例外はあるけどね、と肩を竦めるアレクシス。
魔力持ちのよくある話なら過去に存在したナントカ王族のご落胤の末裔だとか、もっと近いところでいけば高位貴族の庶子あたりだろうか。
その辺りは突っ込んで聞きたいような、聞きたくないような。
「まあ多分思ってる通りだと思うよ」
そんなに顔に出ていただろうか、と伊織は思わず頬を触る。
下世話な話だし、その辺りの噂は貴族間で駆けるのが早いということだろうか。だとすればやはり貴族には関わりたくはないものだ。知らない方がいいこともある。
それを踏まえると、伊織が当面取るべき方針は一つしかないように感じた。
「アレクシス殿。こんな時に何ですけど、当面の方針をお伝えしても…?」
「随分と急なことだね。うちで保護するという方針以外に、何か?」
「…ご覧の通りのザマなので、保護ついでに色々とご教授願えませんか?」
虫のいい話ではあると思っている。保護してもらうぐらいは権利として受け取るつもりであったが、ここまで要求していいものかどうかは迷っていた。
だが、今日というたった一日を思うと、恥を忍んででも教えは乞うべきであろう。でなければ、知らないことが原因で、思いもしないところで死にかねない。
「何もかも勝手が違うのは痛感したので、せめて判断がつく程度に学ばなければ話になりませんので」
「…そうだね」
そういったことを言葉に乗せるとアレクシスも納得したようだ。
というより、彼としてはそこまでの面倒も一切見るつもりで提案していたのだが、伊織から言い出したことならばそれを尊重する形としよう、と口をつぐんだ。
「それで、確認だけれど名前はどうする?ヴェラーを名乗るかい?」
「その話生きてるんです…?」
「死んではないね。私は請けてもいいと思っているよ。まあ、立場も立場だから多少の制限はあると思うけれど」
つい先ほど冗談めかして提案された件だが、まさか本気だったのかと思わず伊織は半目になる。
対してアレクシスはといえば、相変わらず読めない笑顔で彼女を見るばかりだ。
「オレならば、そんな制限はありません」
だが空気を読まない男も存在する。もちろんクリフォードだ。
思わず伊織もアレクシスも彼を見てしまう。
伊織が先ほどしっかり目に断った上に軽く怒ったはずであるが、この男には響いてなかったのだろうかとアレクシスと目線を合わせる。彼もまた同じことを思っていたようで、同時に目が合うとどちらともなく苦笑する。
「…アレクシス殿、家名は御影で通して貰えますか」
「…そうだね」
一瞬にして意思の疎通ができてしまったので、立場をすぐに決めてしまうことにした。
伊織としては今後事あるごとにこれが繰り返されるのは困るなあと思っていた。年齢を盾にはしているが、本心としてはいい歳をして異性に慣れていないことがバレたくないという気持ちが多少ある。
アレクシスにしても、今後奇跡的に伊織の心変わりがあったとして、この時点での禍根はよろしくないと判断をしたため、この話はここで終わらせようという判断をした。
「ミカゲの名でどうせ分かる者には分かるだろうし、屋敷の者には親戚筋だということは伝えておくよ。細々した人選もマリアに任せる」
「承知いたしました」
あっさりと色々決めてしまい、アレクシスはもう夜も更けるからと、腑に落ちない表情をしている弟をつれて出ていった。
夜が更ける?と伊織が意識した瞬間、ぐうとお腹が鳴った。そういえば昼食の後は食べていなかったか。
それを見越していたかのように軽食を用意してくれるマリアはサイコメトリーの使い手ではないか、とバカみたいなことを考えていた。
ちなみに魔力不足の弱った身体にガッツリとした食事はよくないらしい。
というのも、この世界はやはり魔力中心の世界らしく、代謝にもわずかな魔力を使うというのだ。なので、魔力のあまり多くない平民の子供などは、好奇心のスキル使用で命を落とすこともあるという。
貴族には滅多にみられない死因だとはいうが、それでも魔力枯渇状態では極力身体に負担をかけないように、という先人の知恵が世界には根付いている。
「あ、マリアさん。ひとつだけお願いがあるんですけど、衣服は男装というか、パンツスーツみたいなものをお願いできませんか…?」
「どうぞお呼び捨てください。ドレス以外ということになりますか…」
「ええ。向こうではドレスなんて生涯で片手ほどしか着ませんし…それに、魔法というか、私の持つスキルも色々試していきたいですから」
「女性騎士がいないというわけではございませんので、ご用意することは可能かと思います。アレクシス様に相談して準備させていただきますね」
「お願いします」
年上を呼び捨てろなどと無茶振りをおっしゃる、と思うものの、身分制度などあってないような世界から来たのだから、その辺りは郷に入ってはなんとやら。次からは頑張ってそうしようと頭の片隅に入れる。
御影を名乗ったということは、間違いなく力を持たされるということだ。アレクシスは偽名でもどうとでもなると言っていたが、相当に骨の折れる細工が必要になるだろうと伊織は見ていた。かといってヴェラー兄弟と婚姻というのは相手に悪い。
後ろ楯も身寄りもない世界でさらに無名となると、異世界人だと広く露見した時の対処が取れない。
ならば最初から《イツキ・ミカゲ》の縁者であるという事を最初に明かし、ヴェラー伯爵家の後ろ楯を示せば当面はどうにかなるだろう。もちろん、それに付随する面倒事はあるだろうけれど。
全く、いらんこと有名になってくれたなと複雑な心境の内心でぼやく。
もう会うこともないと思うと、最後に一目見ておきたかったと思わないでもない。少しだけ目頭が熱くなる。だが。
「(……いや今会ったら飛び蹴りでは済まねえな。思い出は綺麗なままにしておこう)」
今日一日で聞かされた事情を思い返すと、熱くなった目頭はすぐに元に戻ってしまった。
やはりしんみりとは出来ないらしい、と軽食のサンドイッチに舌鼓を打つと、体力…もとい魔力を回復させるべく、早めに休んでしまうことにした。




