夢と現実のはざま2
伊織が死を覚悟してから2回目の目覚めは、先ほどとうって代わって柔らかな布団の上だった。
いや、柔らかなどという言葉では足りない。少なくとも伊織が家で寝ていた寝床よりはよほど上等だし、ちょっといい宿泊先のベッドほどには上等だ。
あまりの寝心地に思わず二度寝を決め込むところであったが、ふと我に返る。
「違う!!」
がばっと上半身を勢いよく起こす。
一気に目を開き、そのまま周囲を見渡したいところであるが、その前に気にかかることがある。
「なんぞ、これ……」
伊織の視界にはいくつもの画面が現れている。
どれもが視界を塞ぐほどでもない半透明のもので、それぞれ違うものが表示されている。
思わずベッドの上で胡坐をかき、恐る恐るその中の一つに触れてみると、半透明からやや透明度が落ちる。どうやら触れることでアクティブ化するようである。
右上の画面はマップのようだ。いまは周囲数メートル程度の部屋の形が分かる。しかしスクロールしても現在地以外が判明しないあたり、自分で開示していかなければならないタイプ、要はオートマッピングということなのだろう。
左上はステータス画面だろうか。名前とパラメータらしき数字が並んでいる。レベルの概念があるらしいことも分かるが、果たして「この世界で」一般的であるかどうか。ちなみにレベルは35と中途半端に高く、魔力関係が伸びているらしい。
それよりもだ。ステータス画面がだいぶ酷い。
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イオリ・ミカゲ
Lv:35
HP:336/MP:13677
力:30 知力:94
素早さ:52 体力:24
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知力だけが突出した魔術師タイプ…よりもひどい力と体力の低さに頭を抱える。
(……平均がどの辺か知らんが、HPはともかくMPは多分異常だ)
そしてその大多数のゲームにおいてMPが五桁というのは滅多に無い。
ちゃんとした評価は周囲の人間のステータスを確認してからになるが、四桁上限の世界ならば体力面がかなり危うそうだ。防御値にもよるが自らを紙きれだと自覚し、絶対に無理はすまいと心に誓う。
ところで今は何時頃だろうか。きょろきょろと部屋を見回してみるが、時計らしきものが見当たらない。
ホテルなら枕元にありそうなものだけれど、と思いながらも、閉じられていたカーテンを少し開いてみる。
外はまだ薄暗いが、夕景のものではなさそうな青っぽい色をしていた。
ということは、倒れた日の翌朝あたりなのだろうか。
(そういやスマホは何処いったんだかなあ)
親切にも拾って枕元に置いててくれないものかなと、薄暗い中でサイドテーブルを見てみるが、それらしい物体どころかモノ一つすらも存在していない。
課金こそ微量だが何年も続けたゲーム、大量の写真、そしてSNSと強制的に切られた現実を一瞬で理解する。
だが最悪は誘拐されている状況でそんなことを言っている場合ではない。誘拐にしてはずいぶんと待遇が良いのが気にかかるが。
待遇がいいということは言葉が通じないということもなかろう。色々と考えるのが面倒になった伊織は、その辺の問題をざっくり先送ることとした。
過去にも似たようなことをやっており、そのたびに先送りした過去の自分を恨んでいるのだが、中々学習しないあたりが家の机に封じてある十通ほどの遺書の存在にも現れたりはしている。
(思い出すたび死にたくなるな、やめよう)
気を取り直して残りの画面を見るとしよう。
というかこの画面こそが本題であろう。なにかの編成画面のようだ。
ゲームという感覚から考えると、スキル編成だったりパーティメンバーの編成だったりするのだろうが、手持ちのものが何もないらしくて判断が付かない。
編成画面が現れるということは、何かしら得る方法があるはずだ。適当にぽちぽちと画面を押していると、新たな画面が出てきた。MPを消費して何かを作る、という画面らしい。
(ていうかこれが私のスキルなんだとしたら不親切が過ぎる。メニュー名とかちょっとした一文とかぐらいポップアップしろ)
MP消費はどれも驚きの二桁。多くても三桁に届くかといったところで、これに比べれば五桁の現状は無限のMPだなと思いながら内容を見ていく。
【疾風】【剛力】【金剛】【知識】など、基礎ステータスの支援らしき文字が並ぶ。
反面、「ゲームといえば」という感じの攻撃魔法のたぐいは見当たらない。
少し迷ったが、失敗したところで反動もなさそうであるし、伊織は軽い気持ちで作成をタップする。
何かしら派手なエフェクトが発生するのか、と少し身構えたが、画面が少し光っただけで【剛力】が生成された。
生成されたスキルをタップすると『力の値を上昇:7%』という表示が出た。半端な数字に首を傾げるが、その隣に『Lv.1』とあるから強化が可能なのだろう。
ちなみに腕力関係であろうスキルを優先させたのは、伊織がゲームで真っ先に上げるのが火力であるからだ。火力は正義とばかりに殴るパーティを組む癖があるだけの話である。
そして先ほどの編成画面に戻ると、ついさっき作成した【剛力】を空きスペースへとセットできるようだ。
MPを消費してセットする方式のようで、【剛力】は作成時と同じMPである50MPを払ってセットされた。
「これは…カードゲームの要領なのかな」
あまりのことに思わず声が出る。
伊織は数十枚のデッキを組むような実際のカードゲームはよく知らないが、ここ十年ぐらいでアーケードゲームに定着したような十枚以下程度でプレイするものならば知っている。
カードそれぞれにコストが設定されており、上限コストを守ってデッキを編成して対戦するというものだ。
ゲームによってそのカードに付随する要素は様々だが、大まかにはそんなものだろう。
しかしだ。
ここでいう「上限コスト」とは伊織の異常なまでのMP量ということになる。そしてたった今支払ったコストは50。ということは。
「ぶっ壊れデッキ組めますやん……」
いわゆる「ぼくの考えた最強のデッキ」が実現できるのである。
作成できるカードが今後増えるかどうかはわからないが、これで低すぎるであろうHPや、不安要素であるスタミナ部分を補えれば万々歳ではなかろうか。
それに、セットした半分のMPコストを払うことで解除も容易にできるようである。五桁MPという馬鹿みたいな容量の前ではタダにも等しい。
あまりに都合がよすぎるので、どこかにデメリットは存在するだろう。その辺りは追々見極めていかなければならない。
(ていうかこれ、どこかで見た画面だよなあ)
既視感が気になりつつも、とりあえずこれは全種類作っておくに限る、と興奮しながら作成画面を開いたところで、部屋のドアがノックされる。
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「お目が覚められましたらご案内するようにと、屋敷の主人より申し付かっております」というメイドの言葉で案内された先というのが、どう考えても応接間だとかではない。
調度品は客をもてなすといった風ではないし、光の加減も華やかだとは言い難い。
周囲の様子や、この部屋の上座にあたる場所にある机を見るに、執務室ではなかろうか。
(いやマジねえわ、こんなとこに案内していい人物じゃねえだろ私)
執務室、ということはどちらかと言えばプライベート寄りの空間ではなかっただろうか。
とてもではないがジャージ姿で訪れていいような場所ではない。
勧められるがままにお高そうなソファに腰を下ろし、正面の人物を見る。
三十代半ばほどに見えるその男はこの屋敷の主であろうか、それにしてはやや若い気はする。
その背後には、正面に座った男とよく似た若い男が立っていた。親子にしては歳が近そうなので、兄弟か従兄弟あたりかもしれない。
二人とも緑に近い碧眼ではあるが、青紺の髪が「ここは現世ではない」と強く思わせた。
しかし伊織も呆けている場合ではなかった。
「アレクシス=アラン・ヴェラー。辺境伯位を賜っているよ。彼は弟のクリフォードだ」
目の前の男がそう名乗ったのを聞き、伊織は息が止まるかと思ったという。




