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一般人は冒険などしたくない  作者: ゆーらん
21/22

※兄たちの心配とは 斎

 伊織と隼人、それにクリフォードをメルガルト森林へ見送ってからの話だ。執事やマリアすら下がらせた執務室で、斎はアレクシスが手ずから紅茶を入れているのを眺めていた。

 斎が以前、ここで似たようなレベル上げをしていた頃は、直通の転移門などなかったはずだが、さすがに半世紀という時が流れると色々と変わるものだ。ここでの一世紀が何年なのかは知らないが。

 興味本位でその辺りの事を聞いてみると、転送陣を設置したのはごく最近のことだという。それにしては慣れているように見られたから不思議に思っていると、アレクシスはこう言った。


「私のレベル上げのために設置したのですよ」

「やっぱり間違いなく俺と血縁…!」


 なまじすべてのパラメータが可視化できるために、「あと少し、もう少し」と数値をどんどん上げていきたくなってしまうのだ。

 斎はこのレベル上げ作業が好きだったし、効率がよく作業として出来る場所をずっと探していた。そしてこちらに来て一ヵ月ほど経って訪れたあの森林で、非常に都合の良い条件が揃っていることに気づいてしまった。

 あの森林地帯、浅いところでは普通の森林とさして変わらないのだが、奥に行くにつれ、ヴァ―ルの木が魔力の影響で変質している。水属性のと相性の良い魔力が巡っているせいか、奥地に生えているヴァールはよほどの火でない限り燃えないのだ。

 どのぐらいが()()()かと言われると、正直なところ魔術の苦手な斎では燃やせそうにはないぐらいだ。当時は火属性を纏わせた大剣を振り回していたのだが、木が燃え上がったなどという記憶は一切ない。

 その反面、あの地に発生する魔物は火に弱い。水属性の魔力が変質した瘴気から発生しているのだが、この瘴気というのが特殊な概念になる。

 この瘴気に影響されると、よくいえばその地にいる生物は変質し進化することになるし、そうでなくともこの地にいた生物の「記憶」から瘴気が身体を作り上げる。区分としては前者を魔獣、後者を魔物と呼ぶのだが、動いているうちに区別をするのは難解なうえ、性質はほぼ変わらないのでひとまとめにして魔物と呼ばれている。

 魔獣・魔物となると、もともと持っていたその地の魔力属性の特性はそのままに、魔力耐性がスライドするようなのだ。


 例えば水の魔力が多いこのメルガルト森林だと、本来ならば火属性の魔術では大したダメージにはならず、反属性である風属性の魔術がよく通る。

 だが、この瘴気により生物が変質し魔物となると、耐性が変わって風属性に強くなり、火属性がよく通るようになる。これは地属性の特徴である。

 このスライドというのは火属性と風属性が光系統に、地属性と水属性が闇系統に分類されるため、水属性から地属性という系統内での変質をすることからそう呼ばれている。

 この法則は魔術師や属性武器を扱う冒険者にとっては極めて重要で、基本的には座学で修めることが望ましいとされている。冒険者であると実地で学んだりするようであるが、それでも狼狽えない心構えだけは言い聞かされるという。

 尤も、咄嗟には「〇属性の魔物だから△属性の反属性の~」などということは考えたりはしない。冒険者が修めるのはあくまで理論だけである。「違う属性を使え」という切り替えの速さだけを対処法として学ぶことが義務付けられているといってもいい。


「しかし、いくら条件が揃ってるっつっても、メルガルト森林(あそこ)ほど揃ってるってのも珍しいがな」

「そうですね。普通でしたら魔物以外の獣も多いわけですし」

「あそこの獣は穏やかすぎるからな。襲ってくるものが全部魔物だって分かってりゃ難易度は馬鹿みたいに下がるし、何より移動しねえのが一番デカい」

「私たちが子供の時分から潜れる場所ですからねえ。間引きの名目でよく足を向けたものです」

「だからと言って雑魚ばっかってわけじゃねえからな!?お前らがおかしいことは自覚しろよ!?」


 その言い分は心外です、とアレクシスが肩をすくめるが、斎としては紛れもない本心からの言葉だった。

 それというのも、この世界の成人は16歳である。その世界での「子供の時分」というのはつまり、剣を握って少し身体が出来てきたであろう12歳とかその辺りの話だ。

 これが悪いことに目の前の男の才気は本物であり、長い時間をかけて研鑽をしてきただろう自信も見える。ということは、一桁の年齢の頃から潜っていた可能性が捨てきれない。

 突っ込んで話を聞くのが怖いので、その辺りはあえて何も聞くまいと斎は思った。


「それで?いくら急ぐとはいえ、そんな超効率のとこにあいつら突っ込んで何考えてる?」

「ええ、まあ。婚姻の件を誤魔化す時間稼ぎと、少し気がかりな話がありましてね」

「結婚の話なら俺が全力でぶっ潰すけど、足りねえのか?」

「足りないというか…お爺様はお忘れでしょうが、婚姻に関してはダブル条例がありますから、早急に70ほどに上げていただけるならほぼ解決しますよ」

「え、なにそれ」


 聞いてみると、そもそもこの世界でのレベルというのは、大体が年齢とほぼ同じぐらいらしい。

 よほどの修練などを積んだ者であるとそれが上がるのだが、生涯で年齢以外で上げられるレベルといえばおよそ30ほどなのだという。平均寿命が日本よりも短いであろうこの世界でだ。

 しかもこの「上げられる部分」のレベルというのが、修練をやめてしまうと徐々に衰えていく。なので、仮にこの世界の平均寿命が60歳だとしてもレベル90という伝説が現れることはない。

 こう聞いてみると、50歳半ばでレベル70を誇るこの国の現在の騎士団長とやらは、よほどの修練を現在も続けていると見える。


 レベルが上がりにくいということ。そしてより高みへと到達したものへの恩恵として、ヴァイセンガルトでは婚姻に際して自由が与えられる。尤も、貴族法の一部であり、平民には関係のない話なのだが。

 要は年齢の倍のレベルがあれば、政略結婚を拒否できるという内容だ。

 高レベルの練達者に国を捨てられないようにとの配慮であろう。

 しかし先の通り、レベルというのはほとんどの人間が生涯で30ほどしか上がらない。肉体的に恵まれた20代とはいえ、その時点で50ほどに上げるのはほぼ不可能であることから、この条例が適用されたことはこの数百年で片手に収まるほどだという。


「いやその話初耳なんだけど…え、いやマジで?」

「……」


 これはどこかで話が止められたな、とどちらともなく悟ってしまったので思わず押し黙る。

 何せ異常な力を持つ、異常なレベルの異世界人だ。その血は貴族がこぞって欲しがったし、斎は貴族法が適用されるか微妙な立場であった。故意にどこかで伏せられたのだろう。

 何とも言えない表情を溜息一つで切り替え、アレクシスはひとつ咳払いをする。


「ええと。話を元に戻しますが……もう一つは南で召喚された方たちが、どうやら国境近くまで来ているようなのですよ」

「……南っつうと…シャラカルタか。あそこなら別に戦争を起こすつもりもねえだろ。ただなあ…」

「ええ。彼らの目的が何なのかが分からない上に、どこの紐がついてるかも分かりません。どうやらこの国に入ろうとしていることだけは確かなのですが」


 うーん、と腕を組んで唸ってみるが、斎の知っている情報というのはもう60年も前のもので、いささか古い。そこから情勢は変わったものと見るべきだが、お国柄みたいなものは変わってないだろうという推測だけで考えている。

 幸いにも今回はその推測は外れていなかったようだが、これから再びこの世界の情勢は見ておかなければならないな、とため息を吐いた。斎は自分ひとりだけならば行き当たりばったりで良いと思っていたが、伊織と隼人をそこに巻き込むつもりはないのだ。


「ま、そいつは今後注意して見ていくしかねえやな」

「そうですね。…それと、今後のことを考えるにあたって、お爺様に一つ伺っておきたいことがあるのですが」

「うん?」

「お爺様は()()向こう(地球)へと帰られました。ということは、方法はご存知でいらっしゃる…今回も、同じ方法で?」

「あー、それなあ、うん、そうだよな…」


 どうにも歯切れの悪い斎に、聞きにくいことを口にしたと思っているアレクシスの方が戸惑ってしまう。

 うんうん唸っていたと思うと、意を決したように重苦しくため息を吐いて口を開く。


「それな、俺が思ってる通りなら、多分、俺たちはあっちに帰れねえ」

「……え?」

「こっちに来たときの感覚が前と違ったんだよ。それに伊織と隼人、あいつら魔力と馴染むのが早すぎると思わなかったか?初日で鑑定どころか魔術発動?付与スキルがあるからって普通じゃねえだろ」

「それは…ええ、ですが…」


 それはアレクシスも感じていたことだったが、前例である斎がどのぐらいの速度で魔力と馴染んでいったのかなど知る由もないことだ。

 だが斎は魔力の全くないところから来て、半年ほどで災禍を打ち倒すほどの使い手となっていた。そのことから、異世界人の魔術修練速度は早いものだとアレクシスは勝手に思い込んでいた。

 しかしその前例である斎が「早すぎる」と評している。ということは、だ。


「どうも召喚術を通常の方法で受け損なってんだよな、俺たち三人とも。主に向こうに帰った俺の魔力のせいで」

「どういう…ことです?」

「いやな、俺が向こうに帰った時によ、魔力を持って帰っちまってたわけよ。向こうじゃ魔術なんて使う機会もねえからずっとその魔力が俺の中で浮いた状態になっててな。伊織と隼人はその魔力と長いこと触れてて…こっちに来るときに、多分身体が()()()()()()

「作り…変わっ…!?」

「外見とかは変わんねえけどな。どうも前より魔力との馴染みが良すぎるから、そっち方面がこの世界に最適化されてる」

「ですが、前回は魔力を持ったままでも帰れたのでしょう?問題がありますか?」

「ある。というか前回が異常だっただけで、本来は持って帰れねえらしいんだわ」


 言いにくいことを吐き出した達成感のせいか、喉が渇きを訴えてきたので斎は目の前の紅茶に手を伸ばす。普段は缶コーヒーばかりなので良し悪しなどは分からないが、イイモノを使ってるのだろうなと関係のないことをぼーっと考えていた。

 一方のアレクシスだが、大変なことを聞かされてしまったと、彼らしくもなく狼狽えていた。

 いつか帰るのだろうから、それまでに色々と学べる事はあるだろうと、ある意味では楽観的に捉えていたのだ。

 だがそこまで動揺しつつも細かい言葉尻には気づくものだ。


「…お爺様。らしい、とは?」

「あれ、知らねえか?前に帰った時はセージに手伝ってもらったんだ。そん時に雑談で色々聞いてる。諸々考えると今回もとりあえずセージを探すことから始めなきゃなんねえが…」

『――呼んだかい?』


 突如聞こえてきた声に、二人の会話が止まる。アレクシスはきょろりと周囲を見渡すように魔力を探るが、斎はといえば得心がいったように落ち着いていた。

 そして斎も下手だと自覚している探知で魔力を探ってみると、彼ですら感じられるほどに強い魔力が近づいてきているのを感じた。

 他でもない、この執務室に。


「そんな、馬鹿な…ここの結界は鍛錬場よりも上なのに…!」

「どんだけ強い結界張ってんだよ引くわ」


 鍛錬場の結界といえば、下手な上級魔術に耐えうるような、斎だけでなく伊織や隼人も要塞だと評したものだ。

 そんなものを屋敷内の一室に張る労力と魔力に呆れるが、それを壊すことなくうまく干渉して抜けてこようとする声の主にも()()()()()()()と懐かしい気分になる。


『……ええいめんどくさい結界を張ったものだね!』


 その声の主はといえば、そんな懐かしい気分もブチ壊してくれるイライラした声を上げていたが。

 斎が横目でアレクシスを見ると、結界を壊されるのではないかとハラハラとした表情をしていた。

 通常ならば結界の補強のため、後付けで魔力を乗せることができるのだが、ここまで高度な結界ともなると年単位で構築するものなのでバランスが大事になってくる。一ヵ所をバラしたからといって崩れるような代物ではないが、崩れた時の動作も設定しているので、外部から余計な魔力を与えると何が起こるか分からない。

 それに、高度結界は破られる時点で即時戦闘を想定するものだ。結界の延命をするよりはその戦闘に備えるのが想定であろう。

 しかしだ。年単位で構築したものがこうも平和的に破られそうだとなると、やはり張り直しのことが頭を掠めるものだ。崩壊した結界の解除、それを破った魔力残渣の除去、それから再び構築して…と、ノウハウがあるとはいえ、やはり再び年単位となるのは否めない。結界に謎の魔力が食い込んでいくのを感じるたびに蒼白な顔にもなるのは当然だろう。


 やがてアレクシスが危惧した事態にはならず、執務室の一部がわずかに歪んだかと思うと、そこから男の姿が現れた。

 真っ白いローブには金糸で刺繍が施されていて、いかにも術師らしい姿である。だがそのローブの下には胸部鎧(ブレストプレート)が覗き、細身だが帯剣もしていて非常にアンバランスに見える。

 そんなことよりも、アレクシスにとっては何より珍しく思えたのはその黒髪だった。金髪や青髪といった、色彩のある髪色が普通であるこの地では、その色はとても珍しく、そして意味を持つ。

 ――かつて日本人である()()()が召喚されたことによるものだ。

 そしてローブの男はふう、と息を吐くと、陽気な様子で斎に片手を上げる。


「やあ斎。何年振りだろうかね、100年は経っていないと思うんだけれど」

「ようセージ。ここだと60年らしいが、俺としちゃ20年ぶりだぞ」

「セージ…!?セージとは、もしかして、古の賢者と呼ばれた…!?」


 ローブ男だけでなく斎までも爆弾を投下するのはやめてほしい。急にキリキリとしだした腹を掴み、アレクシスは切に願ったのだった。







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