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一般人は冒険などしたくない  作者: ゆーらん
2/22

夢と現実のはざま

 リーン、リーンと甲高い音がする。

 金属音に近いそれは、警報のような役割ではなかろうか。

 音源はさほど大きい音ではなさそうだが、反響する音と合わさり無視はできないほどの音となっている。


 その音で目が覚めて起き上がろうとする伊織だが、どういうわけだか倒れこんだ状態から動けない。指先が僅かに動くぐらいで、あとは自分の身体ではないように力が入らない。

 その事で背中にぶわっと冷や汗が出る。

 今までも体調が悪くて倒れこむようにしたことはあったけれど、さすがに上半身すら起こせないという事態に陥ったことはない。

 焦っても仕方ない。ぎゅっと目を瞑り、わずかに動く指でざりざりと地面をひっかき、冷静であれと無理やり自分に言い聞かせる。


 少しするとマシになってきたのか、腕を支えに上半身だけを何とか起こすことができた。それでも力を込めるそばから抜けていくようで、立ち上がるほどには至らない。

 仕方ないので身体を支えたままに首を回してみる。

 手を付いた石造りの地面から何となく想像はしていたが、周囲もぐるりと石造り、というか煉瓦で組まれたドーム状の場所であるらしい。

 窓もないことからどこかの地下である可能性があるが、それにしては部屋全体が仄かに明るいのが気にかかる。


 そう、()()()()がだ。

 直接照明であればそこらじゅうに黒い自分の影があるだろうが、そういうわけでもない。ならばどこかに間接照明が仕込まれているのか、とも思うが、それにしては明るすぎる。

 そこまで見渡してみて、どうも光源はこれのみなのだろうとアタリをつける。


(……魔法陣?)


 淡く光るそれは、随分と細かく凝ったものだ。

 幾重にも重なり、思っているものよりはずっと大きい。大きいということは、それなりに色んな意味も込められているのだろう。

 陣を辿ってみると、ドーム状の壁にも文字が伝っていたりしている。

 伊織の中の中二病が僅かに騒いだが、それよりも気にかかるのは、ここは現実世界か否かということだ。


 仮に現実世界の何処かだとして、片田舎に住む一般人、それも倒れた女を拾って、わざわざこんなファンタジーめいた場所へ放置するだろうか。全くもって意味が分からない。

 盛大なドッキリにしたって、有名人でも何でもない一般人相手に、こんな手間隙と金をかけた仕掛けをするものか。最近は全くの一般人に芸能人を使って反応を楽しむみたいな悪趣味な番組もあったりするが、それでもここまで作りこむ金はなかろう。

 万が一どころか億が一どちらかだったとしても伊織は突発的に倒れた一般女性だ。まずは救急でしょうよと思うし、仮に前者だとすると状況としては考えたくはないが詰んでいる。後者であれば普通に訴えて取れるものは搾り取る。


 とまあ、色々考えてみたけれど、身体を起こし続けるのも中々に体力を使う。

 そういえば倒れたところなのだ。これがもし夢であっても、身体が弱っていることに間違いはなかろう。

 そう結論付けてぺしゃ、と力を抜いて寝そべり目を閉じる。石の地面は固いし冷たいしで寝心地はよくないけれど、動けないのだから仕方がない。

 夢ならせめて響く金属音には静かにしていただきたいし、この石の地面も見た目はそのままに布団のように柔らかくなればいいのにと思いながら。


 ……夢なら今度こそは色々と処分しなければならない。







**********




 伊織が意識を手放した後、この部屋に靴音が近づいてくる。

 重厚な扉を開いたのは、青紺の短髪でガッチリとした体格の若者であった。

 その背後から、その若者とよく似た少し年嵩の男が方陣の中に踏み込むと、先ほどまでうるさいほどに鳴っていた音がぴたりと止まる。


「――これは……」


 それは突然の侵入者に対する疑問からではなく、どこかで聞き及んだといった声色であった。


「まさか、本当に?ですが、兄上……」

「通達があったから想定内ではある。あるが……まあ、そうだな。()()()()おられるな」


 兄と呼ばれた方の青年が倒れた伊織に近づき、膝をつく。

 顔にかかった髪を軽く払い、二人してその顔をのぞき込んで息をのむ。

 伊織は決して美人といった類ではない。日本においては凡庸であると自他ともにそう認識している。

 良し悪しはともかく、特別に人目を引くものはないはずなのだ。


「クリフ、一先ずは客室へお運びしろ。侍女には、そうだな……マリアだけをつけよ」

「承知しました。兄上は?」

「私は少しこの部屋を見てから上がるよ。……そんな目をするな、屋敷の中だぞ?」

「……いえ。あまり遅くなられませんよう」

「そうしよう」


 クリフと呼ばれた青年は諦めたようにため息を吐くと、伊織を容易く横抱きにし、元来たところから階段を昇っていく。

 その背中を見送った青年は今一度部屋の中心を振り返る。

 先ほどまで光を放っていた魔法陣は、すっかりとその輝きを失って白い線を地面に残すのみとなっていた。

 その様子に力の片鱗が消えたことを確認した青年は頭を振る。


「イツキ殿……貴方様の縁者でしょうか?」


 ぽつりと零した言葉は、反響で少し大きく聞こえた。

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