※葬式の早朝 隼人
隼人が斎から連絡をもらったのが通夜の日だ。
幸いと言っていいかは分からないが、葬式が日曜だったので、隼人も仕事が休みで駆け付けられた。
隣県とはいえ、仕事終わりすぐに出発したらしい隼人が地元に到着したのは、深夜を過ぎた早朝に差し掛かった頃だった。
本来ならば日が昇った後に顔を会わせるはずなのだが、隼人はどうしてもと、到着する前に斎にメッセージを送っていた。
[そっちに4時ごろ着きそうなんだけど、ちょっと出れる?大事な話がある]
隼人とて、憔悴しているであろう斎にこんなメッセージを送るのは気が引けていた。だが、少し気になることがあったので、早めに解決しておこうと思ったのだ。
もちろん葬式後の方がいいのは隼人とて分かっている。だが少々ことが異常なのだ。
[起きてるからいいぞ。近くのコンビニまで出るわ]
[ありがと]
そうして10年ぶりぐらいに顔を合わせた斎は、昔とさほど変わっていなくてすぐに分かった。
本来ならば先輩と呼んで、それなりの敬意ぐらいは払うべきなのだろうが、小学校からの付き合いだからか、同い年の友人という態度しか取ることができなかったりする。
尤も、いまは久しぶり、などと再会を喜ぶ場でもないが。
「悪かったな、わざわざ出てきてもらって」
「別にいい。そんで?何があるって?」
「ああ。…伊織が、死んだって話を、うちの親にもしてな…」
自分の声は震えていないだろうか。精一杯の虚勢を張る隼人に、斎も気づいてはいたが指摘はしなかった。斎自身も、いま自分が震えていないかと思うぐらいだからだ。
いざ「死んだ」と言葉にしてしまうと、より深く現実を突きつけられていると思えた。
「…母さんが、「誰だっけ」って言うんだよ。伊織のことを」
「え、は?なん…」
斎と伊織、そして隼人は本当に気がよく合った。なので、異性間の友人にしては珍しく、お互いの家に遊びに行ったことは一度や二度ではない。
隼人がその他に家に招いた女友達も多くは無い…どころかゼロである。そんな唯一の女友達の存在を、10年以上経ったからとはいえ綺麗さっぱりと忘れるものだろうか。
斎がそう疑問に思っているのを察した隼人は、スマホの画面を触り出す。
「見ろよこれ。…先週の話だぞ」
そう言って隼人が見せてきたのはSNSアプリの画面だ。家族間でのグループチャットらしく、見てもいいものか一瞬躊躇したものの、差し出してきたということは見ろということだろうと解釈して斎はスマホを受け取る。
画面はすでに先週ぐらいのチャット部分にスクロールされていたので、その辺りからつらつらと読んでみる。
他愛ない話から急に結婚の話に飛び、そこで隼人の母親が伊織の名前を出している一文が確かに存在していた。
「いや、まあ、うん、それは分かるが、お前…」
「な、内容には目を潰れよ!それにお前知ってんだろ!」
「クソヘタレってのも追加でな」
「そろそろUターン考えてたんだよ許せよ!」
「おせーわお前いくつだよ」
実は隼人が伊織のことを憎からず思っていることなんてことは、彼らが高校生ぐらいの頃から半ば公然の秘密となっていたのだが、幸か不幸か伊織はその方面にはめっぽう弱かった。
そして隼人も「ヘタレ」という単語に、それぞれ人によって違う冠詞を付けられる程度には奥手だった。小学校から知っている仲だからこそだと、一度だけ隼人は斎に漏らしたことがあった。
「まあその話は後日でいいわ、話戻すぞ。伊織の存在を忘れてるってんだな?」
「そ、そうだな。…流石に母さんがうっかり忘れた可能性も疑って、あと2人に連絡入れたんだけど」
「お前…俺が連絡入れたの夜中だぞ…」
そこから母親に話を通して疑問に思い、連絡を取るとなると日付を超えるかという時間のはずだ。
「いや聞けって。姉貴とカズ…ええと、駒井にも聞いたんだわ」
「カズなら覚えてる。そんで?」
「…知らねえって」
「うっそだろ…?」
隼人の姉は斎と同い年である。が、斎はそれほど交流があるわけではない。
伊織と仲が良かったかと言われると分からないが、邪険にされていたという記憶もないので伊織の事は覚えているはずだ。
駒井…駒井和孝というのは隼人の同級生で、こちらは同性の友達で一番と言っていいほどに仲が良く、伊織のことでよく隼人を揶揄っていた人物だ。そんな彼が伊織を知らないと言うのはあり得ない。
「やっぱ俺のせいか…?」
「斎?」
周囲の記憶から消えていく、というよりは、まるで存在そのものが消えていってしまっているようで。
魔力にそんな作用があるなどということは知らない斎だが、昨日の魔力残渣を考えると、原因はそれしか考えられないと思った。
おおよそこの世界では考えられないことが起こっているのだから、原因はこの世界のものではないはずだ。
「だったら…!」
「おい、斎!?」
急に走り出した斎を追って隼人も走り出す。
どこへ向かっているのかと思ったが、徐々に街灯の少ない場所へと入っていくらしい。隼人も10年以上歩いたことはないが、この通りには記憶がある。記憶の頃から光の少なかった場所だが、今も同じらしい神社だ。
だが、なぜ今行く必要があるのだろう。斎の弾かれたように走り出した様子から、何かを思いついたのだろうが。
コンビニから神社までは数分の距離だ。真っ暗な鳥居に着いたのはすぐのことで、それをくぐってから斎はきょろきょろと何かを探しているようだった。
そしてその何かを見つけたのか、ぴたりと足を止める。しかし隼人にはそこに何かがあるなどとは到底思えなかった。
なにせそこは鈴のある場所でも、おみくじ売り場でもなんでもない境内の隅だったからだ。
「…やっぱりそうか」
「おい、斎…?」
隼人には見えないなにかに手を伸ばした斎に思わず声をかける。
「え?あ、やべ…!」
はっとした斎が隼人を振り返る。
だがその瞬間、斎の手の中から光があふれ始める。LEDにしたって眩しすぎるだろ、と隼人が思った瞬間、二人の姿は神社から掻き消えていた。
リーン、リーンと甲高い金属音のような音が鳴る。
隼人と斎はそれに気が付き、伏せた顔を上げて周囲を見回す。
周囲は石でできたドームになっており、地面から壁へと延びる魔法陣は淡く光っている。
先ほどまで立っていた場所とは、光量も、場所も、明らかに異質なものだ。
「ここって…?」
「まずった…マジでまずった…隼人の存在忘れてた…」
周囲を見回していた隼人とは対照的に、斎はといえば頭を抱えていた。比喩的にではなく、蹲って縮こまっての状態でだ。
しばらく光る魔法陣を眺めていた隼人だが、ふと神社で光に飲まれる前の斎の様子を思い出す。
明らかに隼人には見えないなにかに手を伸ばした結果がここにあるのだから、説明のひとつでもくれるのが筋だろうと目を向ける。
…向けたところで蹲ったままだったので、軽く肩を掴んで揺すってみる。
「……はっ!?」
「斎、何か知ってんのかこれ」
「いやまあ、知ってるといえば知ってるけど、あの時と同じとは限らねえし…うーん…」
「知ってんだな?」
「ソウデスネ…」
どっこいしょと立ち上がる斎。隼人はそれを見ると同時に、この部屋の入口に気配を感じた。斎も同じく感じたようで、目線を向けたのは同時だった。
入ってきた人物は青紺の髪をした美丈夫が二人。長髪の男が驚いているのが印象的だ。
しかし目こそ青に近い碧眼であるが、青紺の髪色というのはヒトが自然に持ちうる色ではない。染めている可能性もあるが、これほどまでに違和感なく馴染むものだろうか。
「…ところで俺が高二の夏休みに異世界に召喚されてたっていう話、信じるか?」
「五分前までは頭沸いてんのかお前って言ってただろうな…」
隣でぼそりと斎が呟いた言葉に、隼人は納得してしまうとともに、力ない肯定で返すことしかできなかった。




